三周目 漆
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俺は朝緋の元へと向かう前に、馴染みの寺にとある絵馬を奉納した。
少し前に町で何の気なしに撮った、朝緋と俺が写る写真を貼り付けたものだ。
遠く出羽国には、死者との婚姻にかかわる冥婚という習慣があるそうだ。正確には死した者に架空の人物を充てがい、死者の国でも幸せになれるよう祈るための絵馬の奉納らしいが。
俺は朝緋に架空だとしても他の男を充てがうなど許せんし、俺自身も朝緋以外と共になる気はない。
まあ、そのあたりは父上も理解しているだろうがな。きっとこの先、俺宛ての見合い話など来ないことだろう。
衣装が違うからこれが冥婚に値しないのはわかる。けれど見る者によってはそれがその絵馬だとすぐにわかる。
寺の住職もその一人だった。
馴染みの寺と言ったが、この寺では母上の葬儀も朝緋の葬儀もしていただいた。鬼殺隊のことも知っているし朝緋の亡骸も見ている。だからすぐにわかってしまったようだ。
「煉獄のところの坊ちゃん。うちにはそのようなもの奉納できんよ」
「そこをなんとか頼みたい」
ばれてしまえば咎められるのは目に見えていた。
これは死者と架空の人物だからこそ、許される絵馬だ。死者と生者で奉納することは禁忌とされている。
それをこんこんと説明された。俺は既に知っていることだがな。知っているからこそ、最期にそうした。
「俺は彼女がいなくてはだめなのです」
「…………、次のお焚き上げ時に燃やすことになるがいいかね?」
「ああ、それでもいい。お預かりいただけないだろうか」
どうせその時にはもう。
「なら預かっておこうかね……」
寺を後にしようという時、住職が俺の背に声をかけてきた。その目にあるのはこちらを心配する色。
「なあ坊ちゃん。アンタ死に急いでいるわけじゃないだろうね?
霊とかではないが、周りに良くない空気が張り付いているよ。あの世に追い込むような、黒い空気が。早くお祓いをした方がいい。うちでやるかい?」
「ありがとうございます!だがお祓いは必要ないな!!」
俺がそういった絵馬を奉納しに来ただけと思っているようだ。
住職にはわからなかったろう。俺のこれからについては。
あの世に追い込む?願ってもないことだ。
連れて行ってくれ。……連れて行ってくれ。
あの子の元に。
「結局夜になってしまったな。町で花や朝緋の好きな物を買っていたのも大きいが、俺の移動速度が遅いのが大半か。
常中を解いた俺の走りがここまで遅いとは知らなんだ」
死者一名。
綺麗な花と朝緋の好物を片手に無限列車の跡地へと赴いた。
炎の羽織のない隊服姿では俺の姿は真っ黒で。暗闇にぼんやり浮かぶのは俺の鮮やかな焔色の髪と日輪刀の白い鞘くらいだった。
脱線してねじ曲がってしまった線路はまだ修理中のようで。
だが、無限列車本体はすでに回収済みのようだ。ただただ荒廃して抉れた土地が広がるのみ。
戦いの爪痕もまだしっかりと残っている。一般人には何が起きたあとだかはわからないだろう。けれど当事者である俺達は知っている。
ここで朝緋は……。
握った花束がくしゃりと歪んだ。
朝緋の稀血のあとを消すように、藤の匂いが撒き散らされている。土に染み込んだ血にすら鬼共は反応するからな。こうしておけば間違いはない。
藤の匂いを邪魔しないように、花を。そして好物を供える。
こんなものがあっても、食べてくれる本人がいないのではなんの意味もないのだが形式上な。
俺はその場に座り込んで長い長い時を、どこにもいない。言葉を返してもくれない朝緋に向かって話しかけ続けた。
***
新聞で読むことができたからわかったが、朝緋達が参加したであろう無限列車の任務が終わった。
俺は無限列車が横転したと思しき地に、鬼殺隊に会わぬよう気をつけながらやってきていた。下手に事故後早い時期に来てしまうと鉢合わせて頸を斬られる可能性があるからだ。
だけど『前』と同じであればそろそろ朝緋がやってくる時期でもあって。
「煉獄杏寿郎……?」
そこにいたのは朝緋ではなく煉獄杏寿郎だった。
なぜこの地に?いや、朝緋はやり遂げたのか!!炎柱を救った!?
うおおおお!やった!!ついに推しが救われたーー!!
小躍りしたいくらいだ!でも煉獄杏寿郎に見つかって頸を落とされるのは嫌だから心の中でだけにしておこう。
「ん……いや、様子がおかしいな」
よく見れば特徴的な炎の羽織がない。それに想像より体が細いように見える。元気もなさそうだ。
そういえば朝緋はどこだ?なぜ煉獄杏寿郎だけがここにいる?
こんな感動のシーン。あいつもいて然るべきだろうに。
「なあ朝緋、あの時何故庇った。何故君が死んだ?君がいないなら、他の人間を守れたところで意味がないというに」
!?朝緋が、煉獄杏寿郎の代わりに死んだ……っ!?
そういえば新聞には誰のことだか書いていなかったけれど、『死者は一名』と記されてあった。
一名と書いてあり、また救えなかった。煉獄杏寿郎が死んだ。そう思っていたからこそ、目の前にいる煉獄杏寿郎の動く姿に感動していたのだが……。
朝緋と煉獄杏寿郎は恋仲だったはずだ。煉獄杏寿郎の言葉の端々からそれが痛いほどに伝わってくる。胸が色んな意味でちくりと痛む。
俺が朝緋を死に追いやったようなものだ。
煉獄杏寿郎が生きる未来を望むあまり、朝緋を死地に投げ入れた。
朝緋にも選ぶ権利はあったろうに、幼少から煉獄家で何度も過ごさせて。
煉獄杏寿郎に惹かれるよう仕向けたも同然……本気で隊士になりたいかどうかもわからないのに、俺が隊士になるよう仕向けたも同然!
あの子はただ俺の幼馴染だった子で。双子で。
ただの女の子だったのに。
けれど、煉獄杏寿郎は生き残った。
きっと朝緋のことだ。煉獄杏寿郎を守るため命を投げ打ったのだ。
煉獄杏寿郎の未来を勝ち取るために。
煉獄杏寿郎も言っているではないか。『俺を庇った』と。
ならば朝緋がいなくとも、このまま時を進ませるしかない。俺にできるのはこのくらいだ。
けれど続く煉獄杏寿郎の言葉に俺は絶望を覚えた。
「なあ朝緋……俺も君のところに行くことにしたよ。君に逢いたくてたまらないのだ。
だからそこで君の気持ちを、話を。全てを聞かせてくれ」
煉獄杏寿郎が日輪刀をスラリと抜いた。それを自らの首に当て。
「っ!!煉獄さ……っ!」
それが引かれる瞬間、目が合った気がした。一つになった、太陽の目と。
「ッああああああああ!!『血鬼術』発動!!」
推しの死も朝緋の死もまっぴらごめんだ。
朝緋、お前が死んだという今回、結局煉獄杏寿郎までも死を選ぼうとしたぞ!
炎柱が生きて。しかし自ら死を選んだ場合どうなる!?このあとの展開が読めない!!
羽織がないのは柱をやめてるのか!?もしそうなら鬼殺隊全体の士気が下がるのではないか!?
これのどこが完全勝利Sだというのか!一番最悪なエンディングだ!!
こんな展開は認めない!!絶対認めない!!
「朝緋!やり直せぇぇぇ!!!!死んでる場合じゃないだろ!!」
少し前に町で何の気なしに撮った、朝緋と俺が写る写真を貼り付けたものだ。
遠く出羽国には、死者との婚姻にかかわる冥婚という習慣があるそうだ。正確には死した者に架空の人物を充てがい、死者の国でも幸せになれるよう祈るための絵馬の奉納らしいが。
俺は朝緋に架空だとしても他の男を充てがうなど許せんし、俺自身も朝緋以外と共になる気はない。
まあ、そのあたりは父上も理解しているだろうがな。きっとこの先、俺宛ての見合い話など来ないことだろう。
衣装が違うからこれが冥婚に値しないのはわかる。けれど見る者によってはそれがその絵馬だとすぐにわかる。
寺の住職もその一人だった。
馴染みの寺と言ったが、この寺では母上の葬儀も朝緋の葬儀もしていただいた。鬼殺隊のことも知っているし朝緋の亡骸も見ている。だからすぐにわかってしまったようだ。
「煉獄のところの坊ちゃん。うちにはそのようなもの奉納できんよ」
「そこをなんとか頼みたい」
ばれてしまえば咎められるのは目に見えていた。
これは死者と架空の人物だからこそ、許される絵馬だ。死者と生者で奉納することは禁忌とされている。
それをこんこんと説明された。俺は既に知っていることだがな。知っているからこそ、最期にそうした。
「俺は彼女がいなくてはだめなのです」
「…………、次のお焚き上げ時に燃やすことになるがいいかね?」
「ああ、それでもいい。お預かりいただけないだろうか」
どうせその時にはもう。
「なら預かっておこうかね……」
寺を後にしようという時、住職が俺の背に声をかけてきた。その目にあるのはこちらを心配する色。
「なあ坊ちゃん。アンタ死に急いでいるわけじゃないだろうね?
霊とかではないが、周りに良くない空気が張り付いているよ。あの世に追い込むような、黒い空気が。早くお祓いをした方がいい。うちでやるかい?」
「ありがとうございます!だがお祓いは必要ないな!!」
俺がそういった絵馬を奉納しに来ただけと思っているようだ。
住職にはわからなかったろう。俺のこれからについては。
あの世に追い込む?願ってもないことだ。
連れて行ってくれ。……連れて行ってくれ。
あの子の元に。
「結局夜になってしまったな。町で花や朝緋の好きな物を買っていたのも大きいが、俺の移動速度が遅いのが大半か。
常中を解いた俺の走りがここまで遅いとは知らなんだ」
死者一名。
綺麗な花と朝緋の好物を片手に無限列車の跡地へと赴いた。
炎の羽織のない隊服姿では俺の姿は真っ黒で。暗闇にぼんやり浮かぶのは俺の鮮やかな焔色の髪と日輪刀の白い鞘くらいだった。
脱線してねじ曲がってしまった線路はまだ修理中のようで。
だが、無限列車本体はすでに回収済みのようだ。ただただ荒廃して抉れた土地が広がるのみ。
戦いの爪痕もまだしっかりと残っている。一般人には何が起きたあとだかはわからないだろう。けれど当事者である俺達は知っている。
ここで朝緋は……。
握った花束がくしゃりと歪んだ。
朝緋の稀血のあとを消すように、藤の匂いが撒き散らされている。土に染み込んだ血にすら鬼共は反応するからな。こうしておけば間違いはない。
藤の匂いを邪魔しないように、花を。そして好物を供える。
こんなものがあっても、食べてくれる本人がいないのではなんの意味もないのだが形式上な。
俺はその場に座り込んで長い長い時を、どこにもいない。言葉を返してもくれない朝緋に向かって話しかけ続けた。
***
新聞で読むことができたからわかったが、朝緋達が参加したであろう無限列車の任務が終わった。
俺は無限列車が横転したと思しき地に、鬼殺隊に会わぬよう気をつけながらやってきていた。下手に事故後早い時期に来てしまうと鉢合わせて頸を斬られる可能性があるからだ。
だけど『前』と同じであればそろそろ朝緋がやってくる時期でもあって。
「煉獄杏寿郎……?」
そこにいたのは朝緋ではなく煉獄杏寿郎だった。
なぜこの地に?いや、朝緋はやり遂げたのか!!炎柱を救った!?
うおおおお!やった!!ついに推しが救われたーー!!
小躍りしたいくらいだ!でも煉獄杏寿郎に見つかって頸を落とされるのは嫌だから心の中でだけにしておこう。
「ん……いや、様子がおかしいな」
よく見れば特徴的な炎の羽織がない。それに想像より体が細いように見える。元気もなさそうだ。
そういえば朝緋はどこだ?なぜ煉獄杏寿郎だけがここにいる?
こんな感動のシーン。あいつもいて然るべきだろうに。
「なあ朝緋、あの時何故庇った。何故君が死んだ?君がいないなら、他の人間を守れたところで意味がないというに」
!?朝緋が、煉獄杏寿郎の代わりに死んだ……っ!?
そういえば新聞には誰のことだか書いていなかったけれど、『死者は一名』と記されてあった。
一名と書いてあり、また救えなかった。煉獄杏寿郎が死んだ。そう思っていたからこそ、目の前にいる煉獄杏寿郎の動く姿に感動していたのだが……。
朝緋と煉獄杏寿郎は恋仲だったはずだ。煉獄杏寿郎の言葉の端々からそれが痛いほどに伝わってくる。胸が色んな意味でちくりと痛む。
俺が朝緋を死に追いやったようなものだ。
煉獄杏寿郎が生きる未来を望むあまり、朝緋を死地に投げ入れた。
朝緋にも選ぶ権利はあったろうに、幼少から煉獄家で何度も過ごさせて。
煉獄杏寿郎に惹かれるよう仕向けたも同然……本気で隊士になりたいかどうかもわからないのに、俺が隊士になるよう仕向けたも同然!
あの子はただ俺の幼馴染だった子で。双子で。
ただの女の子だったのに。
けれど、煉獄杏寿郎は生き残った。
きっと朝緋のことだ。煉獄杏寿郎を守るため命を投げ打ったのだ。
煉獄杏寿郎の未来を勝ち取るために。
煉獄杏寿郎も言っているではないか。『俺を庇った』と。
ならば朝緋がいなくとも、このまま時を進ませるしかない。俺にできるのはこのくらいだ。
けれど続く煉獄杏寿郎の言葉に俺は絶望を覚えた。
「なあ朝緋……俺も君のところに行くことにしたよ。君に逢いたくてたまらないのだ。
だからそこで君の気持ちを、話を。全てを聞かせてくれ」
煉獄杏寿郎が日輪刀をスラリと抜いた。それを自らの首に当て。
「っ!!煉獄さ……っ!」
それが引かれる瞬間、目が合った気がした。一つになった、太陽の目と。
「ッああああああああ!!『血鬼術』発動!!」
推しの死も朝緋の死もまっぴらごめんだ。
朝緋、お前が死んだという今回、結局煉獄杏寿郎までも死を選ぼうとしたぞ!
炎柱が生きて。しかし自ら死を選んだ場合どうなる!?このあとの展開が読めない!!
羽織がないのは柱をやめてるのか!?もしそうなら鬼殺隊全体の士気が下がるのではないか!?
これのどこが完全勝利Sだというのか!一番最悪なエンディングだ!!
こんな展開は認めない!!絶対認めない!!
「朝緋!やり直せぇぇぇ!!!!死んでる場合じゃないだろ!!」