三周目 漆
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生家で朝緋が使っていた部屋。
そこにはかつて朝緋が使っていたと思わせる生活感はすでにどこにもなく、朝緋の体が横たわるだけの殺風景な部屋に変わっていた。
強がりなのか悲しみを表に出さず、亡骸や俺に向かって小さく憎まれ口を叩く父上。
ずっと泣き続けているのであろう、瞼を腫らし縋りついて泣く千寿郎。
こんなに二人を悲しませて。こんな光景は君の望むものではないだろうに。
ああ、だがもしかしたら、この場所でこうして横たわっていたのは、俺だったのかもしれない。
全ては想像でしかないが、朝緋が本当に繰り返していたのであれば何度かこの光景を見ていたはずで。
俺の位置に立っているのが朝緋で、朝緋の位置にいるのが俺で。朝緋はこの悲しみを何度も経験していたのかもしれないのだ。
これはなかなかにキツい。
父と弟が俺に席を譲って退室した。
……朝緋と二人きりにしてくれた。俺と朝緋の関係については話した覚えもないのだがな。
布団ではなく棺桶の中に横たわる朝緋。着ているものが真っ白な死装束なのが嫌でたまらないが、見ていれば前に千寿郎に買ってきた書物の中にあった外つ国のおひいさまを思い出す。白磁でできた陶器のような美しさ。
苦しさも痛みも感じさせぬ、穏やかな顔をしおってからに。
いや、死化粧を施したけわい師役の隠の腕がよかったのだろうか?
亡くなっているだなんて嘘のように頬も血色が良く、今にも飛び起きてきそうだった。
本当にそうであったならよかったのに。
朝緋は稀血だった。上弦の鬼に鳩尾を貫かれたことにより大量出血して亡くなった。
こうして近づくと上手く隠せてはいるが、あの激しい戦いが一瞬にして蘇ってくるほどの血の匂いがする。
だがここに稀血であった朝緋の亡骸があるだなんて鬼にはわからないだろう。
外に溢れてしまうほどに、棺桶の中には薄紫色に色付いた藤の花が敷き詰められているからだ。
朝緋の匂いがしない。藤の花の匂いしかしない。
いや、匂いがあったとしても朝緋が纏うのは死と血の匂いだけになってしまった。
「まだ俺は朝緋に求婚できていないというに……置いていくなど酷すぎるではないか」
藤の花を掻き分け、朝緋の体をこの手に抱く。
亡骸は重いと聞いていたが、朝緋の体はひどく軽かった。
何度もこの体を抱いた。何度も身体を重ね、愛を育んだ。
あの心地よい重さはもう感じられない。あの熱も。
「こんなに体を冷やしたままだなんて、炎の呼吸使いとして失格だぞ。
俺の熱を与えてあげような……?」
俺の言葉はびっくりするくらい震えていた。震える自分の声を聞くだけで、目の前がより滲んできて君が見えなくなりそうだった。
重ねてみた朝緋の唇は、氷のように冷たく固いだけの無機質だった。
かわいそうに、あんなに柔らかかった唇がカサついている。
自分の口づけで潤そうとも、どんな言葉を投げかけても。当然だが答えはひとつも返ってこなかった。
……その夜、朝緋の部屋の外で酒を傾ける父上の姿を見かけた。
寒さで鼻を啜る音なのか、それともそれは……。うん、きっと後者なのだろうな。
放つ言葉が物語っている。
「朝緋が出て行くと言った時、止めておけばよかった。無理にでも鬼殺隊から除隊させればよかった。もっと引き留めれば……俺自ら動けばよかったんだ!
そうすれば、朝緋は死なずに……」
今なら父上の気持ちもよくわかる。酒に逃げたくなるその気持ちも。
俺はもう、酒は飲まないがな。
二十になった朝緋と飲む約束をしていた。それまではもう飲まないと、勝手に決めていたのだ。
だがその約束は永遠に失われてしまった。
生きていたのならきっと、朝緋が二十になったのち父上とも酒を酌み交わす時もあったろう。どこで覚えてきたのだかあの時は疑問だったが、時を繰り返していたのなら納得できる。朝緋の酌は手慣れていた。父上もお喜びになったことだろう。
もしかしたら成長した千寿郎も交えて酒を片手に団欒していたかもしれない。
俺はその未来すら朝緋からも父上からも千寿郎からも奪ってしまった。
謝っても謝りきれない。
火葬場で朝緋が天に昇っていく姿を見つめながら、隣に立つ父に俺は告白した。
「父上。朝緋は俺の身代わりになって死にました。本来ならば、今ここで天に昇るのは俺だった。
朝緋を無事に連れ帰ることが出来ず、申し訳ありませんでした」
ただ一言父上は「そうか」と答えてくれた。その言葉もまた、俺同様に震えていた。
俺と朝緋が鬼殺隊に入り静かになった煉獄家。
だが、俺がこうして帰ってきたというに、煉獄家はより一層静かになったといえる。
千寿郎も少しのことで泣くばかりで言葉を発したりしない。父上も、前はあんなにも罵声を浴びせてきたというのに言葉少なで静かなものだ。
朝緋がここにいたのなら、笑い声や歌声がこの家の至る所から聞こえてきていたろう。
千寿郎と食事を作ってそれを俺がつまみ食いしようとして……。そんな情景があったはずで。
父上と喧嘩をしている姿も珍しいものではなかった。
活気があった。
朝緋の存在がいかに大きいものだったのか、思い知らされた……。
この家には思い出がありすぎる。
そこにはかつて朝緋が使っていたと思わせる生活感はすでにどこにもなく、朝緋の体が横たわるだけの殺風景な部屋に変わっていた。
強がりなのか悲しみを表に出さず、亡骸や俺に向かって小さく憎まれ口を叩く父上。
ずっと泣き続けているのであろう、瞼を腫らし縋りついて泣く千寿郎。
こんなに二人を悲しませて。こんな光景は君の望むものではないだろうに。
ああ、だがもしかしたら、この場所でこうして横たわっていたのは、俺だったのかもしれない。
全ては想像でしかないが、朝緋が本当に繰り返していたのであれば何度かこの光景を見ていたはずで。
俺の位置に立っているのが朝緋で、朝緋の位置にいるのが俺で。朝緋はこの悲しみを何度も経験していたのかもしれないのだ。
これはなかなかにキツい。
父と弟が俺に席を譲って退室した。
……朝緋と二人きりにしてくれた。俺と朝緋の関係については話した覚えもないのだがな。
布団ではなく棺桶の中に横たわる朝緋。着ているものが真っ白な死装束なのが嫌でたまらないが、見ていれば前に千寿郎に買ってきた書物の中にあった外つ国のおひいさまを思い出す。白磁でできた陶器のような美しさ。
苦しさも痛みも感じさせぬ、穏やかな顔をしおってからに。
いや、死化粧を施したけわい師役の隠の腕がよかったのだろうか?
亡くなっているだなんて嘘のように頬も血色が良く、今にも飛び起きてきそうだった。
本当にそうであったならよかったのに。
朝緋は稀血だった。上弦の鬼に鳩尾を貫かれたことにより大量出血して亡くなった。
こうして近づくと上手く隠せてはいるが、あの激しい戦いが一瞬にして蘇ってくるほどの血の匂いがする。
だがここに稀血であった朝緋の亡骸があるだなんて鬼にはわからないだろう。
外に溢れてしまうほどに、棺桶の中には薄紫色に色付いた藤の花が敷き詰められているからだ。
朝緋の匂いがしない。藤の花の匂いしかしない。
いや、匂いがあったとしても朝緋が纏うのは死と血の匂いだけになってしまった。
「まだ俺は朝緋に求婚できていないというに……置いていくなど酷すぎるではないか」
藤の花を掻き分け、朝緋の体をこの手に抱く。
亡骸は重いと聞いていたが、朝緋の体はひどく軽かった。
何度もこの体を抱いた。何度も身体を重ね、愛を育んだ。
あの心地よい重さはもう感じられない。あの熱も。
「こんなに体を冷やしたままだなんて、炎の呼吸使いとして失格だぞ。
俺の熱を与えてあげような……?」
俺の言葉はびっくりするくらい震えていた。震える自分の声を聞くだけで、目の前がより滲んできて君が見えなくなりそうだった。
重ねてみた朝緋の唇は、氷のように冷たく固いだけの無機質だった。
かわいそうに、あんなに柔らかかった唇がカサついている。
自分の口づけで潤そうとも、どんな言葉を投げかけても。当然だが答えはひとつも返ってこなかった。
……その夜、朝緋の部屋の外で酒を傾ける父上の姿を見かけた。
寒さで鼻を啜る音なのか、それともそれは……。うん、きっと後者なのだろうな。
放つ言葉が物語っている。
「朝緋が出て行くと言った時、止めておけばよかった。無理にでも鬼殺隊から除隊させればよかった。もっと引き留めれば……俺自ら動けばよかったんだ!
そうすれば、朝緋は死なずに……」
今なら父上の気持ちもよくわかる。酒に逃げたくなるその気持ちも。
俺はもう、酒は飲まないがな。
二十になった朝緋と飲む約束をしていた。それまではもう飲まないと、勝手に決めていたのだ。
だがその約束は永遠に失われてしまった。
生きていたのならきっと、朝緋が二十になったのち父上とも酒を酌み交わす時もあったろう。どこで覚えてきたのだかあの時は疑問だったが、時を繰り返していたのなら納得できる。朝緋の酌は手慣れていた。父上もお喜びになったことだろう。
もしかしたら成長した千寿郎も交えて酒を片手に団欒していたかもしれない。
俺はその未来すら朝緋からも父上からも千寿郎からも奪ってしまった。
謝っても謝りきれない。
火葬場で朝緋が天に昇っていく姿を見つめながら、隣に立つ父に俺は告白した。
「父上。朝緋は俺の身代わりになって死にました。本来ならば、今ここで天に昇るのは俺だった。
朝緋を無事に連れ帰ることが出来ず、申し訳ありませんでした」
ただ一言父上は「そうか」と答えてくれた。その言葉もまた、俺同様に震えていた。
俺と朝緋が鬼殺隊に入り静かになった煉獄家。
だが、俺がこうして帰ってきたというに、煉獄家はより一層静かになったといえる。
千寿郎も少しのことで泣くばかりで言葉を発したりしない。父上も、前はあんなにも罵声を浴びせてきたというのに言葉少なで静かなものだ。
朝緋がここにいたのなら、笑い声や歌声がこの家の至る所から聞こえてきていたろう。
千寿郎と食事を作ってそれを俺がつまみ食いしようとして……。そんな情景があったはずで。
父上と喧嘩をしている姿も珍しいものではなかった。
活気があった。
朝緋の存在がいかに大きいものだったのか、思い知らされた……。
この家には思い出がありすぎる。