三周目 漆
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見上げた空はどこか明るかった。
ああ、もうすぐ夜が明けるのね。朝が近い。
山と雲の向こうにもまた、太陽の光が小さく映っていた。
「朝緋っ!!」
ずっと聞きたかった声だ。
ゆっくりと抱き起こされ、次に見えたのは山向こうの小さな太陽でなくて目の前の太陽のような人。私の愛する杏寿郎さん。
「逃げられちゃった、ね……。杏寿郎さんは、ぶ、じ?」
「俺はなんともない!」
「ははは……。どこが、ですか……杏寿郎さんの太陽みたいな目が、一つになっちゃった、……っ、じゃないですか」
周りを暖かく、そして明るくする太陽のような一対の目が、一つになってしまった。一つだからといって杏寿郎さんの魅力が半減することはないけれど、痛々しくて。見ているだけでつらくなる。
悲しい。悔しい。鬼が憎い。
「目などどうでもいい!それより君だ!!
すまない、朝緋、すまない……!!」
傷口には触れぬように、けれど強く強く抱きしめられ、謝られる。
何を謝ることがあるんだろう?全然わからない。
「はあ、は、ぁ……、ぅ……っ」
ああ、痛みが増してきた。
栓になっていた猗窩座の千切れた腕が、太陽の光に焼かれ消えて行く。鬼の腕だもんねぇ。
きっと今頃、下弦の壱の持ち物だった錐の方も太陽の光に当たって消えていることだろう。実際、無限列車を覆っていた肉塊は本体が死んだこと。そして朝になったことでほとんど消えてしまった。
栓を失った傷口から、夥しい量の血が流れ落ちる。急激に失われて行く血液と、体温。
……寒い。
杏寿郎さんに触れているところはあたたかいけれど、他は寒くてたまらない。
体の芯から凍ってく。
冷たい体をした死神が、すぐそこまでお迎えに来てるかのよう。
滲む空。暗い視界。
あー。もう長くは持たないなあ。
いつか。
いつか、貴方と一緒に、無限列車の任務明けの黎明の空を見上げたい。
そう思ってたのにな。
ごめんね。
ごめんね……。
ああでも、これで貴方は。
杏寿郎さんは、死ななくて済むんだね。
「きょ、じゅろ……さ、」
私を抱きしめるその腕に、背中に手を伸ばす。伸ばしたその指を手に取り、再び強く抱き寄せてきた。
叫ぶように懇願する。
「もう喋るな……っ、回復の、回復の呼吸をしろ…っ!死んだら許さんからな!!」
じわじわと広がっていく血の滲み。それをこれ以上広げさせてたまるかと、傷を押さえにかかる。あまりに強く圧迫されて痛いなぁ。傷口が大きすぎて、どうやったってもう手遅れだ。
「いいえ、も、無理……。回復の呼吸なんて、意味がない。私……すぐにでも死んじゃうよ……?
あいつの腕が貫通したところが大きすぎだよ……」
「無理だなんて、意味がないだなんて言うな……頼む、全集中の呼吸だ。朝緋、ほら、ここに。怪我をしたところに『集中!!』だ。
修行の時に何度もしてきたろう?忘れたなんて言わせんぞ……?」
「ははは、なんて無茶、振り……ごほッ、んぐぅ……っ」
そういえば私、肺に肋も突き刺さってるんだった。どうりで話がし辛いわけだ。息を切らし途切れ途切れになりながら、杏寿郎さんに聞こえるギリギリの声量で言葉にする。
死ぬってほんっと痛いんだなぁ。意識がもう続かなさそう。暗くなってく。
「貴方が死ななくって、本当によかったぁ……」
この未来が見たかった。
貴方が生きている未来が。
「朝緋……っ」
「私ね、もっといっぱい、杏寿郎さ、と、見たいもの食べたいもの行きたいとこあった、よ。
たんじろ、とかともみんなで揃って、鍛錬したかった……」
「もう話さなくていい!意識を保ってろ!!今に隠が到着……いや、胡蝶に来てもらう!!そうしたら急いで治してもらおう!!朝緋は俺の継子だ!こんな傷なんて君なら……っ」
「……ううん、も、駄目ぽい」
「待て、駄目だなんて言うな!頼む、待て朝緋……!」
杏寿郎さんの声に混じり、炭治郎達の声も遠くからしてくる。
みんなに囲まれて看取られるなんて、私ったら日本一の幸せ者ね。
あれ、杏寿郎さんの顔が少しずつ滲んできてる。まだまだ太陽の目が一つ、私の上で輝いてるけれど、輪郭がぼやけてふんわりしてる……。
ああ、綺麗。
血まみれになってしまった己の手を伸ばす。
氷のように冷えてしまった手に、杏寿郎さんの指が絡められたのを感じた。
それをぴとりと、杏寿郎さんの頬につけて慈しんでくれた。
ほっぺも、手のひらもあったかいなぁ。まだ私にも感覚はあったんだね。嬉しい……。
暖かかった杏寿郎さんの頬に、冷たいものが流れていくのがわかった。
暗くなってきた視界の中で、杏寿郎さんが泣いていた。
後ろからは、微かに炭治郎達の啜り泣く声も聞こえる。
「やだな、笑顔が見たいなあ……。
貴方がかつて、最期に私の笑顔をね、見たいって言って、くれたよ、に、……私も杏、じゅ、……笑がぉ、見…………、……」
ぽたぽた、私の上に涙が雨のように降ってくる。
泣かないでほしいのに。最期くらい笑顔が見たいのに。
「逝くな!駄目だ、逝くなっ!!
どうやったら止まる!血が、血が止まらん!!
連れて行くな!神だろうと仏だろうと誰にも朝緋は渡さん!!俺の継子だ!俺の好い人だ!!連れて行くなど許さないぞ!
嫌だ!いかないでくれ!!嫌だ、嫌だ……!!
あ゛あああああああっ!!!」
貴方の泣き顔を最後に、意識は真っ暗闇に落ちていった。
ああ、もうすぐ夜が明けるのね。朝が近い。
山と雲の向こうにもまた、太陽の光が小さく映っていた。
「朝緋っ!!」
ずっと聞きたかった声だ。
ゆっくりと抱き起こされ、次に見えたのは山向こうの小さな太陽でなくて目の前の太陽のような人。私の愛する杏寿郎さん。
「逃げられちゃった、ね……。杏寿郎さんは、ぶ、じ?」
「俺はなんともない!」
「ははは……。どこが、ですか……杏寿郎さんの太陽みたいな目が、一つになっちゃった、……っ、じゃないですか」
周りを暖かく、そして明るくする太陽のような一対の目が、一つになってしまった。一つだからといって杏寿郎さんの魅力が半減することはないけれど、痛々しくて。見ているだけでつらくなる。
悲しい。悔しい。鬼が憎い。
「目などどうでもいい!それより君だ!!
すまない、朝緋、すまない……!!」
傷口には触れぬように、けれど強く強く抱きしめられ、謝られる。
何を謝ることがあるんだろう?全然わからない。
「はあ、は、ぁ……、ぅ……っ」
ああ、痛みが増してきた。
栓になっていた猗窩座の千切れた腕が、太陽の光に焼かれ消えて行く。鬼の腕だもんねぇ。
きっと今頃、下弦の壱の持ち物だった錐の方も太陽の光に当たって消えていることだろう。実際、無限列車を覆っていた肉塊は本体が死んだこと。そして朝になったことでほとんど消えてしまった。
栓を失った傷口から、夥しい量の血が流れ落ちる。急激に失われて行く血液と、体温。
……寒い。
杏寿郎さんに触れているところはあたたかいけれど、他は寒くてたまらない。
体の芯から凍ってく。
冷たい体をした死神が、すぐそこまでお迎えに来てるかのよう。
滲む空。暗い視界。
あー。もう長くは持たないなあ。
いつか。
いつか、貴方と一緒に、無限列車の任務明けの黎明の空を見上げたい。
そう思ってたのにな。
ごめんね。
ごめんね……。
ああでも、これで貴方は。
杏寿郎さんは、死ななくて済むんだね。
「きょ、じゅろ……さ、」
私を抱きしめるその腕に、背中に手を伸ばす。伸ばしたその指を手に取り、再び強く抱き寄せてきた。
叫ぶように懇願する。
「もう喋るな……っ、回復の、回復の呼吸をしろ…っ!死んだら許さんからな!!」
じわじわと広がっていく血の滲み。それをこれ以上広げさせてたまるかと、傷を押さえにかかる。あまりに強く圧迫されて痛いなぁ。傷口が大きすぎて、どうやったってもう手遅れだ。
「いいえ、も、無理……。回復の呼吸なんて、意味がない。私……すぐにでも死んじゃうよ……?
あいつの腕が貫通したところが大きすぎだよ……」
「無理だなんて、意味がないだなんて言うな……頼む、全集中の呼吸だ。朝緋、ほら、ここに。怪我をしたところに『集中!!』だ。
修行の時に何度もしてきたろう?忘れたなんて言わせんぞ……?」
「ははは、なんて無茶、振り……ごほッ、んぐぅ……っ」
そういえば私、肺に肋も突き刺さってるんだった。どうりで話がし辛いわけだ。息を切らし途切れ途切れになりながら、杏寿郎さんに聞こえるギリギリの声量で言葉にする。
死ぬってほんっと痛いんだなぁ。意識がもう続かなさそう。暗くなってく。
「貴方が死ななくって、本当によかったぁ……」
この未来が見たかった。
貴方が生きている未来が。
「朝緋……っ」
「私ね、もっといっぱい、杏寿郎さ、と、見たいもの食べたいもの行きたいとこあった、よ。
たんじろ、とかともみんなで揃って、鍛錬したかった……」
「もう話さなくていい!意識を保ってろ!!今に隠が到着……いや、胡蝶に来てもらう!!そうしたら急いで治してもらおう!!朝緋は俺の継子だ!こんな傷なんて君なら……っ」
「……ううん、も、駄目ぽい」
「待て、駄目だなんて言うな!頼む、待て朝緋……!」
杏寿郎さんの声に混じり、炭治郎達の声も遠くからしてくる。
みんなに囲まれて看取られるなんて、私ったら日本一の幸せ者ね。
あれ、杏寿郎さんの顔が少しずつ滲んできてる。まだまだ太陽の目が一つ、私の上で輝いてるけれど、輪郭がぼやけてふんわりしてる……。
ああ、綺麗。
血まみれになってしまった己の手を伸ばす。
氷のように冷えてしまった手に、杏寿郎さんの指が絡められたのを感じた。
それをぴとりと、杏寿郎さんの頬につけて慈しんでくれた。
ほっぺも、手のひらもあったかいなぁ。まだ私にも感覚はあったんだね。嬉しい……。
暖かかった杏寿郎さんの頬に、冷たいものが流れていくのがわかった。
暗くなってきた視界の中で、杏寿郎さんが泣いていた。
後ろからは、微かに炭治郎達の啜り泣く声も聞こえる。
「やだな、笑顔が見たいなあ……。
貴方がかつて、最期に私の笑顔をね、見たいって言って、くれたよ、に、……私も杏、じゅ、……笑がぉ、見…………、……」
ぽたぽた、私の上に涙が雨のように降ってくる。
泣かないでほしいのに。最期くらい笑顔が見たいのに。
「逝くな!駄目だ、逝くなっ!!
どうやったら止まる!血が、血が止まらん!!
連れて行くな!神だろうと仏だろうと誰にも朝緋は渡さん!!俺の継子だ!俺の好い人だ!!連れて行くなど許さないぞ!
嫌だ!いかないでくれ!!嫌だ、嫌だ……!!
あ゛あああああああっ!!!」
貴方の泣き顔を最後に、意識は真っ暗闇に落ちていった。