二周目 壱
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俺が到着した時には手遅れだった。
強力な力を持つ鬼による、一家惨殺。
家屋自体も非常に強い力で捩じ切られたようなあとがあり、少し前まで人間が住んでいたとはおおよそ思えない状態だった。
「一足遅かったようだな。守れずすまない。
ッ!ここは、我が煉獄家分家の……!?」
門戸の姓名を確認すれば、そこにあるのは『煉獄』の二文字。関係こそ薄いだろうが、遠い親戚の者の屋敷だった。
中へと入ればあるのは食い荒らされた痕こそないものの、鋭い爪のようなもので抉られた痕跡。何があったか爆発したかのように肉塊同然に変わってしまった人間の胴体。
不自然な血溜まりが他にもあるが、その上には何もない。鬼がいた?いや、それともここに倒れていたであろう何者かが新たに鬼に変貌し目の前の肉も食わずに逃走した?
状況的にそんな様子だが、考えようとしても目の前の凄惨な光景に思考が邪魔されてしまう。
常人であれば、目にした瞬間に吐き戻してしまうほど惨たらしい現場だ。さすがの槇寿朗でさえ、一瞬入るのを躊躇してしまったくらいで。
このような現場を見慣れている隠にもあまり見せたくはない光景だなと、つい思ってしまった。
腐敗臭ではない、焼け焦げたような匂いの中進み、かろうじて綺麗に残っていた男女二人の亡骸の目をそっと閉じさせる。
男の方は煉獄家から他方へ枝分かれした分家の一つで、剣技ではなく生活の一部として呼吸法を使い生計を立てていたと聞く。
細君は炎を祀る神職からの出で、やはり奉納の際に呼吸のようなものを使っていたとの事だ。
鬼殺のためではないが、どちらも炎の呼吸使い。それを知った鬼共にやられた可能性があった。
せめて安らかな眠りをと、切に願う。
この分では誰も生存者はいなかろう。
かなりの強さの鬼がいた、そんな気はするものの鬼が近くに潜む気配ひとつ今はない。
ーーいや待て。
必死で逃げるような小さな足跡が森の奥へ続いている。血のついた足か裾を引きずっているのか足跡の所々や地面へ滲む血液も確認ができた。
それとも鬼に変貌した者のものか、それとも生存者か。
生存者の場合その者が亡骸となってしまっている可能性もあるが、確認しなくてはならない。
鬼ならば頸を刎ねて解放を。人ならば保護して介抱を。助けられるのならば、助けたい。
血の跡を辿って急ぎ向かえば、そこには懐かしの藤襲山を彷彿とさせる立派な藤の大木が花穂をたっぷりとゆらしていた。内側に抱え守るかのように、その根元には誰か伏している。
藤の花の下、ということは鬼ではないし鬼に変貌もしていないはずだ。
いたのは、およそ五、六歳程の女児だった。
近寄れば死んで……いや、生きていてひどく安心したのを覚えている。
身に纏う衣服や足にこそ血がついているが、幸い目立った外傷もない。その全てが返り血……親が亡くなった瞬間を目撃したということか。
足跡の感覚や乱れ方を見るに、這々の体だったはずで。ここまで逃げてきて、疲れて眠っているのだろうと思う。まだ小さいしな。
子供らしい顔に似つかわしくない皺が、眉間には刻まれている。多量の汗をかき、ひどくうなされていた。
かわいそうに。鬼に襲われたことで悪夢を見ているのだ。それは子の内に鬼に遭遇したものによく見られる傾向。
四半刻でもすれば隠が到着するだろう。隠に預けるため、抱き起こそうとして気がついた。
顔が、頭が熱い!この娘、熱が出ている!
うなされているのは、悪夢が為ではなかったか。
寝冷えて風邪をもらいでもしたか。この小さき体にこの熱さでは、ただの風邪も命取りになる。
「っおい、おい君!しっかりしなさい!」
神か、藤の花の精か。このままでは子を気に入った彼の者に連れて行かれてしまう。駄目だ、逝かせはしない。
「隠を待つ暇はないっ」
屋敷に連れて行き、介抱した方が早い。柱の速さを持ってすればこんな距離どうという事もなかろう。
この子は亡くなっていた男女の御息女に相違ない。我が親戚が残したひとり娘。遠く遡れば血の繋がりがある。
そうだ。きっと俺はこの子を、物言わぬ骸と化した彼らから託されたのだ。俺がこの任務に当たったのも偶然ではない。運命だった。
む?祖父母など他にも預けるべき家族がいるだろうて?そんなもの今この瞬間に調べようもない!この娘が望んだ時にでも考えればいいだけのことだ。
もはや熱が出ている事さえ関係なかった。
この娘はうちが面倒を見なくてはならない。いや、見る!誰にも文句は言わせない。
うちの息子達はまだ幼いし、下の子は生まれて間もない。妻も産後で疲弊しているが、きっと彼女も俺と同じ気持ちでこの娘を迎え入れるに決まっている。実は娘も欲しかったのだと、笑みを浮かべるかもしれない。彼女はそういう優しい人だ。
熱も出ているようだが、顔の顰め方でわかる。頭をひどく痛がっているようだった。
今は夜中ゆえ診せられないが、朝になったら医師を呼ばねばなるまい。せめて暖かな布団で寝かせてやりたい。額を冷やして痛みをとってやりたい。
普段ならば隠を待つ俺だが、急遽取りやめだ。烏に隠への言伝を託し、屋敷へと急ぐ。鬼を追う時と同じくらいの速さを出せば、到着もすぐのことだった。
普段ならばもっと静かに開ける門扉を急ぎ開いてしまい、存外に大きな音を出してしまった。息子達を起こしてしまったかもしれない。あとで怒られやしないかとヒヤヒヤしていれば玄関戸の奥に気配。
「ただいま戻った」
「お勤めご苦労様でした。ご無事で何よりです」
俺が任務を終えて帰る前には烏からの伝言が必ず先にあるはずで。だが、我が妻・煉獄瑠火は三和土の向こうで俺の帰りを待ち立っていた。
まさかこの夜更けの肌寒さの中、こんな場所にいるとは……体が弱いのだから風邪でもひいたらどうする。腕の幼な子も心配だが、俺は妻こそ心配でたまらない。
「気配で分かっていたが、まさか入ってすぐ待っているとは思わなかった」
「いつもと違う『予感』がいたしました。幸いにも千寿郎は夜泣きせずすっかり寝入っていますゆえ、こうして待ってみましたところ丁度よく貴方が帰ってきた。それだけですよ」
「そうか。ありがとう」
手を触れば冷えていない。まだここで待って間もないのは本当のことのようだ。
聡いを通り越して、神職のものなのかと問いたいくらい先見にも長けた人だ。
「して、その腕の幼な子は…………。
っ、熱が出ているのですね。話は召し物を替えて寝かせてあげながら聞きます」
「ああ、頼む」
俺が抱く血濡れの子に心当たりがあったか、瑠火の目が一瞬大きく見開かれた。
だがそこは炎柱が妻。取り乱すことも大きな声を出すこともなくいつも通り凛とした佇まいでテキパキ用意しながら、俺の話を聞く体制に入った。
俺の方が最初から色々とあわてているくらいで。
それにしても我が妻はいつ見ても美しいな。夜に見ても、朝に見ても美しい。きっと明日も美しい。惚気るな?無理な話だ。
この幼な子には悪いが、うちには女児の服なぞない。
代わりに少し小さくなった杏寿郎の寝巻きをその体に巻きつけた。この子には少しだけぶかぶかかもしれないが、血塗れの寝巻きよりは遥かにマシだ。
瑠火と二人、手分けして看病しつつ額の上に井戸水でよく冷やした手拭いを乗せてやれば少しは楽になったようだ。最初の時より明らかに和らいだ表情にほっとする。
「普段なら隠に預けることが多いんだが、熱も高く苦しそうで一刻も早くなんとかしてやりたかった事が一つ。もう一つはこの娘の出身が我が煉獄家の分家であった事だ。……両親は既に鬼によって事切れていて間に合わなかった」
もっと早くその存在に気がついていれば。鬼に狙われる呼吸を使い暮らしていたともっと早くからわかっていれば。鬼殺隊の目をかけて保護をしていれば。
全て終わってしまったことだが、そう思わずにはいられない。
「勝手なことをして瑠火には悪いと思ったが、この娘を我が子として引き取りたい。育てるつもりで連れ帰った」
二つ返事で許可は出るかもと思い行動したが、それでもいざ聞くとなると緊張する。瑠火の顔色を伺いつつ、さらに詳しいことをつらつらと語ってみれば。
「そうですか……。さぞや辛く、怖かったことでしょう。
分家の者との事ですが、私の生家も元を辿れば煉獄家の出。煉獄家本家の血よりも遥かに薄いかもしれませんが、辿ればこの子は私とも血の繋がりはあるでしょうね。その分家の事は聞いたことがあります」
「よもや、そうであったか」
寝ている幼な子の寂しそうな手を握り、瑠火は時折頭を撫でてやりながら看病を続けている。
「私の子のようなもの。いいえ、私の子です。娘として育てることに異論はありません。
逆に貴方がもしこのような状態の子を場に残してこようものなら、私は怒っていました」
居住まいを正し、まっすぐこちらを見据えて言う彼女に、幼な子を隠に任せて見捨てずにいてよかったと、心からそう思った。
「貴方は弱き者を助くため、立派に責務を果たしました。その行動を私は誇りに思います」
存外あっさりと要望が通って、拍子抜けなほどだった。
「千寿郎もまだ幼いというに、勝手に家族を増やして怒られるかと俺はヒヤヒヤしたんだがな。君のような人が妻でよかった」
「家長は貴方です。元より、貴方のすることに不満はありませんよ」
それからは空が白むまで看病を続けた。
不謹慎な事だが、普段は鬼殺で家にいられなかったこの時間、瑠火とゆっくり会話が出来て少し嬉しかった。
強力な力を持つ鬼による、一家惨殺。
家屋自体も非常に強い力で捩じ切られたようなあとがあり、少し前まで人間が住んでいたとはおおよそ思えない状態だった。
「一足遅かったようだな。守れずすまない。
ッ!ここは、我が煉獄家分家の……!?」
門戸の姓名を確認すれば、そこにあるのは『煉獄』の二文字。関係こそ薄いだろうが、遠い親戚の者の屋敷だった。
中へと入ればあるのは食い荒らされた痕こそないものの、鋭い爪のようなもので抉られた痕跡。何があったか爆発したかのように肉塊同然に変わってしまった人間の胴体。
不自然な血溜まりが他にもあるが、その上には何もない。鬼がいた?いや、それともここに倒れていたであろう何者かが新たに鬼に変貌し目の前の肉も食わずに逃走した?
状況的にそんな様子だが、考えようとしても目の前の凄惨な光景に思考が邪魔されてしまう。
常人であれば、目にした瞬間に吐き戻してしまうほど惨たらしい現場だ。さすがの槇寿朗でさえ、一瞬入るのを躊躇してしまったくらいで。
このような現場を見慣れている隠にもあまり見せたくはない光景だなと、つい思ってしまった。
腐敗臭ではない、焼け焦げたような匂いの中進み、かろうじて綺麗に残っていた男女二人の亡骸の目をそっと閉じさせる。
男の方は煉獄家から他方へ枝分かれした分家の一つで、剣技ではなく生活の一部として呼吸法を使い生計を立てていたと聞く。
細君は炎を祀る神職からの出で、やはり奉納の際に呼吸のようなものを使っていたとの事だ。
鬼殺のためではないが、どちらも炎の呼吸使い。それを知った鬼共にやられた可能性があった。
せめて安らかな眠りをと、切に願う。
この分では誰も生存者はいなかろう。
かなりの強さの鬼がいた、そんな気はするものの鬼が近くに潜む気配ひとつ今はない。
ーーいや待て。
必死で逃げるような小さな足跡が森の奥へ続いている。血のついた足か裾を引きずっているのか足跡の所々や地面へ滲む血液も確認ができた。
それとも鬼に変貌した者のものか、それとも生存者か。
生存者の場合その者が亡骸となってしまっている可能性もあるが、確認しなくてはならない。
鬼ならば頸を刎ねて解放を。人ならば保護して介抱を。助けられるのならば、助けたい。
血の跡を辿って急ぎ向かえば、そこには懐かしの藤襲山を彷彿とさせる立派な藤の大木が花穂をたっぷりとゆらしていた。内側に抱え守るかのように、その根元には誰か伏している。
藤の花の下、ということは鬼ではないし鬼に変貌もしていないはずだ。
いたのは、およそ五、六歳程の女児だった。
近寄れば死んで……いや、生きていてひどく安心したのを覚えている。
身に纏う衣服や足にこそ血がついているが、幸い目立った外傷もない。その全てが返り血……親が亡くなった瞬間を目撃したということか。
足跡の感覚や乱れ方を見るに、這々の体だったはずで。ここまで逃げてきて、疲れて眠っているのだろうと思う。まだ小さいしな。
子供らしい顔に似つかわしくない皺が、眉間には刻まれている。多量の汗をかき、ひどくうなされていた。
かわいそうに。鬼に襲われたことで悪夢を見ているのだ。それは子の内に鬼に遭遇したものによく見られる傾向。
四半刻でもすれば隠が到着するだろう。隠に預けるため、抱き起こそうとして気がついた。
顔が、頭が熱い!この娘、熱が出ている!
うなされているのは、悪夢が為ではなかったか。
寝冷えて風邪をもらいでもしたか。この小さき体にこの熱さでは、ただの風邪も命取りになる。
「っおい、おい君!しっかりしなさい!」
神か、藤の花の精か。このままでは子を気に入った彼の者に連れて行かれてしまう。駄目だ、逝かせはしない。
「隠を待つ暇はないっ」
屋敷に連れて行き、介抱した方が早い。柱の速さを持ってすればこんな距離どうという事もなかろう。
この子は亡くなっていた男女の御息女に相違ない。我が親戚が残したひとり娘。遠く遡れば血の繋がりがある。
そうだ。きっと俺はこの子を、物言わぬ骸と化した彼らから託されたのだ。俺がこの任務に当たったのも偶然ではない。運命だった。
む?祖父母など他にも預けるべき家族がいるだろうて?そんなもの今この瞬間に調べようもない!この娘が望んだ時にでも考えればいいだけのことだ。
もはや熱が出ている事さえ関係なかった。
この娘はうちが面倒を見なくてはならない。いや、見る!誰にも文句は言わせない。
うちの息子達はまだ幼いし、下の子は生まれて間もない。妻も産後で疲弊しているが、きっと彼女も俺と同じ気持ちでこの娘を迎え入れるに決まっている。実は娘も欲しかったのだと、笑みを浮かべるかもしれない。彼女はそういう優しい人だ。
熱も出ているようだが、顔の顰め方でわかる。頭をひどく痛がっているようだった。
今は夜中ゆえ診せられないが、朝になったら医師を呼ばねばなるまい。せめて暖かな布団で寝かせてやりたい。額を冷やして痛みをとってやりたい。
普段ならば隠を待つ俺だが、急遽取りやめだ。烏に隠への言伝を託し、屋敷へと急ぐ。鬼を追う時と同じくらいの速さを出せば、到着もすぐのことだった。
普段ならばもっと静かに開ける門扉を急ぎ開いてしまい、存外に大きな音を出してしまった。息子達を起こしてしまったかもしれない。あとで怒られやしないかとヒヤヒヤしていれば玄関戸の奥に気配。
「ただいま戻った」
「お勤めご苦労様でした。ご無事で何よりです」
俺が任務を終えて帰る前には烏からの伝言が必ず先にあるはずで。だが、我が妻・煉獄瑠火は三和土の向こうで俺の帰りを待ち立っていた。
まさかこの夜更けの肌寒さの中、こんな場所にいるとは……体が弱いのだから風邪でもひいたらどうする。腕の幼な子も心配だが、俺は妻こそ心配でたまらない。
「気配で分かっていたが、まさか入ってすぐ待っているとは思わなかった」
「いつもと違う『予感』がいたしました。幸いにも千寿郎は夜泣きせずすっかり寝入っていますゆえ、こうして待ってみましたところ丁度よく貴方が帰ってきた。それだけですよ」
「そうか。ありがとう」
手を触れば冷えていない。まだここで待って間もないのは本当のことのようだ。
聡いを通り越して、神職のものなのかと問いたいくらい先見にも長けた人だ。
「して、その腕の幼な子は…………。
っ、熱が出ているのですね。話は召し物を替えて寝かせてあげながら聞きます」
「ああ、頼む」
俺が抱く血濡れの子に心当たりがあったか、瑠火の目が一瞬大きく見開かれた。
だがそこは炎柱が妻。取り乱すことも大きな声を出すこともなくいつも通り凛とした佇まいでテキパキ用意しながら、俺の話を聞く体制に入った。
俺の方が最初から色々とあわてているくらいで。
それにしても我が妻はいつ見ても美しいな。夜に見ても、朝に見ても美しい。きっと明日も美しい。惚気るな?無理な話だ。
この幼な子には悪いが、うちには女児の服なぞない。
代わりに少し小さくなった杏寿郎の寝巻きをその体に巻きつけた。この子には少しだけぶかぶかかもしれないが、血塗れの寝巻きよりは遥かにマシだ。
瑠火と二人、手分けして看病しつつ額の上に井戸水でよく冷やした手拭いを乗せてやれば少しは楽になったようだ。最初の時より明らかに和らいだ表情にほっとする。
「普段なら隠に預けることが多いんだが、熱も高く苦しそうで一刻も早くなんとかしてやりたかった事が一つ。もう一つはこの娘の出身が我が煉獄家の分家であった事だ。……両親は既に鬼によって事切れていて間に合わなかった」
もっと早くその存在に気がついていれば。鬼に狙われる呼吸を使い暮らしていたともっと早くからわかっていれば。鬼殺隊の目をかけて保護をしていれば。
全て終わってしまったことだが、そう思わずにはいられない。
「勝手なことをして瑠火には悪いと思ったが、この娘を我が子として引き取りたい。育てるつもりで連れ帰った」
二つ返事で許可は出るかもと思い行動したが、それでもいざ聞くとなると緊張する。瑠火の顔色を伺いつつ、さらに詳しいことをつらつらと語ってみれば。
「そうですか……。さぞや辛く、怖かったことでしょう。
分家の者との事ですが、私の生家も元を辿れば煉獄家の出。煉獄家本家の血よりも遥かに薄いかもしれませんが、辿ればこの子は私とも血の繋がりはあるでしょうね。その分家の事は聞いたことがあります」
「よもや、そうであったか」
寝ている幼な子の寂しそうな手を握り、瑠火は時折頭を撫でてやりながら看病を続けている。
「私の子のようなもの。いいえ、私の子です。娘として育てることに異論はありません。
逆に貴方がもしこのような状態の子を場に残してこようものなら、私は怒っていました」
居住まいを正し、まっすぐこちらを見据えて言う彼女に、幼な子を隠に任せて見捨てずにいてよかったと、心からそう思った。
「貴方は弱き者を助くため、立派に責務を果たしました。その行動を私は誇りに思います」
存外あっさりと要望が通って、拍子抜けなほどだった。
「千寿郎もまだ幼いというに、勝手に家族を増やして怒られるかと俺はヒヤヒヤしたんだがな。君のような人が妻でよかった」
「家長は貴方です。元より、貴方のすることに不満はありませんよ」
それからは空が白むまで看病を続けた。
不謹慎な事だが、普段は鬼殺で家にいられなかったこの時間、瑠火とゆっくり会話が出来て少し嬉しかった。