二周目 壱
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透き通る肌寒さに、眠りの向こう側からでも今が夜だと知った。
鼻に届く蜜のような甘い匂いにゆっくりと目を開いてみれば、薄闇にぼんやり光るように浮かび上がる淡い紫色。
「匂いが甘いなあと思ったら藤の花?」
そこには満開の藤の花が花穂をこれでもかと顔へ下がり、私を甘やかに出迎えてくれていた。
あの兄の姿をした鬼に藤襲山にでも連れてこられてしまったのでは?と勘違いを起こすほど視界いっぱいに広がるそれを不思議に思いながら指で扱く。すると細かな花粉とともに藤の香りがより一層強まった。
とはいえ、鬼が藤の花の近くに来るわけがないのだから、勘違いも何もあり得ないんだけれども……。
稀血持ちだとはいえ私は鬼殺をしている時は藤の香りを放つものは身につけていない。討伐対象の鬼どもが寄って来なくなるからだ。
けれど今は任務中ではないのだ。久しぶりのそれを胸いっぱいに吸い込む。
匂いだけでも甘いなあ。藤の花から取れる蜂蜜は芳醇な香りで後味爽やかで美味だと聞く。蜂が好んで近寄る気持ちがわかった気がした。
藤もそうだが、こんなに近くで花を愛でる余裕なんて最近は全然なかった。杏寿郎さんとお花見したかったな……。
さらさら揺れるそれらを見ながら呆けたように香りを楽しんでいると、藤の甘さに微かにまじる、鬼殺で慣れ親しんだ血の匂いが嗅ぎとれた。
よく見れば手のひらが擦りむけて血が滲んでいる。痛みを認識した瞬間、目に涙が溜まり始めた。
「あれぇ?なんで??」
職業柄痛みにはなれている。呼吸で痛覚さえある程度操って我慢している。
手のひらを擦りむいているくらいで、泣くなんておかしい。なのになんでこんな、生理的な涙が浮かぶ?
おかしいのは、それだけではなかった。
よく聞けば、自分の声がやけに高い。舌ったらずな声音はまるで幼い子供のそれで。
そして目の前にある、自身の小さな小さな手のひらである。
刀なんて握ったこともないような、つんつるてんの子供の手のひら。薄くてやわくて簡単に傷がつきそうなそれに、血がじわじわ滲んでいる。
「えっ」
思わずぺたぺたと自分の顔、そして体を触る。小さい子供の体。
胸も……なんとまあ、ぺったんこ!
声は自分が子供の頃のものと全く同じ。
つまり、子供の頃の姿に戻っているのだと理解した。
「これがあの血鬼術の能力……!」
そう思った瞬間に、それが誤りであると知る。
ブレたように重なる記憶。
何者かによって襲われた我が家。夥しい量の血があたりに広がる中、その中心に倒れ伏す父と母。その何者かの襲撃で大怪我をした双子の兄と、その兄に庇われ外へと突き飛ばされた小さな自分。
『お前だけでも逃げろ。藤の花の下に!』
兄の声が蘇る。
そうだ。私は鬼に家族を殺された。兄に助けられた。兄の言葉に従って、藤の花が満開に咲く場所へと、急いで駆け込んだのだ。
もう、家族には会えないのか……。
悲しみであふれる涙。鼻を啜れば芳しい藤の香りと、血の匂い。
蹲れば、私の出血量にしては強いそれに更に理解した。
この身に纏う寝巻きにもたくさんの血が飛び散って模様を描くほどで、それら全てが両親のものだと。
べしゃり。血が自分の足元に跳ねたその瞬間の詳細まで、しっかりと記憶に呼んでしまった。
倒れ伏したどころではなく、両親の肉片が飛んできたその瞬間をこの身は覚えていた。
「うぷ……」
先程まで鬼殺隊員だったくらいだ。元の精神年齢の高さはともかく、幼い子供の体を持つ今の自分には衝撃的すぎる光景。
その記憶に泣き叫ばなかっただけ上々だが、さすがに吐き気は止められなかった。
こみあげるものを我慢し必死で耐える中、この身ではなく『私』に何が起きたのか考察する。状況の確認と判断を早くすることは大事だ。杏寿郎さんに何度も教え込まれた。
……そうだ、私は子供の姿にされたのではない。どこか違う場所に飛ばされたのでもない。
時間も空間も逆行し、私は過去の自分に戻ったのだ。
「うーん、人生やり直しの血鬼術……みたいな?でもどうしてここまでつんつるてんの、幼い時に戻った?」
血鬼術だと思ったけれど、これは実は夢?
でもこの痛みは夢じゃない。
いや、それよりこの状況はそのままで大丈夫なのだろうか。
『前』はどうだったか。確か藤の花の元へ辿り着いて倒れ……目が覚めたらすでに煉獄家にいた。
だけど今回は、私は目を覚ましてしまった。それがどう転ぶかもわからない。
意識が覚醒してしまったことでなにかしらの展開が変わり、私の稀血の匂いが鬼に知られてしまう心配は?いや、藤の花咲いてるから大丈夫だとは思うけれど。
って、待って。
今戻れば、せめて兄を助けられたりはしないだろうか。この小さな身体でも、何かできる事は……。駄目だ、ひとつもない。
兄はあの言葉の後、鬼の血が体に入り、そのまま鬼へと変貌を遂げたのだ。呪いを解除してしまった、味方のようなどこか変わり者の稀有な鬼に。
でもきっと私なんかを守ったから鬼になった。ごめんなさい、お兄ちゃん。
兄のことを考えた時だった。
更に膨大な記憶が、この小さな頭に流れこんできた。
大正、昭和、平成を飛び越えて。自分がかつて、令和の時代に生を受けて『前世』を過ごしていたことを。
幼馴染だったが二人揃って事故にあって死に、再び生を受けたのはもうすぐ終わりを迎える明治末期。
今度は幼馴染としてではなく、まさかの男女の双子としての生だった。
鬼どころか兄は兄ではなかった。
「ちょっ、はあ??待って待って、はぁーーー!?」
その情報量の多さを前に、熱が出そう。
実際頭の上が尋常じゃなく熱い。湯が沸かせそうだ。京都●寿園の高級茶葉を所望する。
「うわー、頭がパンクしそう……って、頭めちゃくちゃ痛いな!?
頭の上に緊箍でも嵌めてる気分」
いかん、前世の私は今世の私よりも多少はっちゃけている。兄……ううん、幼馴染ほどその性格に差は少ないものの、今の私としての『個』が前世に引っ張られるのはあまり嬉しくはなかった。
大正の女性の奥ゆかしさや慎ましさ。芯の強さが霞んでしまう。
なお緊箍とは、西遊記に出てくる孫悟空が頭にはめているあれである。あんなもの呪文でぎゅーってされなくても食い込んでるってだけで頭痛いに決まってる。
「あー、鬼になった幼馴染が喚いていた言葉の意味がわかった。前世の時の性格が影響してるというわけね」
鬼化してしまったことで性格の変わった兄というより、鬼になったから前世の彼の精神がログインしてしまった?それとも鬼になるか死ぬか。その間際に走馬灯が如く前世を思い出したーー?
なんにせよ、私より先に前世を思い出しているのは間違いなさそうだ。
そして呪いにまで打ち勝ってしまった、というところか。
大事なことだから二回言ったなど。あのどこか破天荒な物言い、オタク気質の幼馴染そのままだ。
……だめだ、彼が叫んでいたダブルチーズバーガーのこと思い出したら私まで食べたくなってしまったではないか。この時代にあの味を再現するのはむずかしい。
まあ稀血はともかくとして、禰󠄀豆子ちゃんについてもいずれわかるってのは、どういうことか聞けなかったし今ここにいないから聞きようが無いけれど。
令和からの大正なんて、揃いも揃って二人とも異分子すぎる。
考えれば考えるほど、ほんと、頭痛い。
「駄目だ頭痛いし熱も出てる……」
思い出したことによる知恵熱?それとも、この小さな足で藤の花の元まで必死に走った疲れ?
幼い体にこの寒さは骨身にしみるほど辛いだろうし、風邪の一つもひきそうだ。
だめだ、本当の本当に頭痛い。意識が朦朧とする……。半分は優しさでできてるあの薬が欲しい。
目を閉じる寸前、遠くに見たことのある黄金色が見えたような気がしたが、結局私は前と同じで意識を手放すこととなった。
鼻に届く蜜のような甘い匂いにゆっくりと目を開いてみれば、薄闇にぼんやり光るように浮かび上がる淡い紫色。
「匂いが甘いなあと思ったら藤の花?」
そこには満開の藤の花が花穂をこれでもかと顔へ下がり、私を甘やかに出迎えてくれていた。
あの兄の姿をした鬼に藤襲山にでも連れてこられてしまったのでは?と勘違いを起こすほど視界いっぱいに広がるそれを不思議に思いながら指で扱く。すると細かな花粉とともに藤の香りがより一層強まった。
とはいえ、鬼が藤の花の近くに来るわけがないのだから、勘違いも何もあり得ないんだけれども……。
稀血持ちだとはいえ私は鬼殺をしている時は藤の香りを放つものは身につけていない。討伐対象の鬼どもが寄って来なくなるからだ。
けれど今は任務中ではないのだ。久しぶりのそれを胸いっぱいに吸い込む。
匂いだけでも甘いなあ。藤の花から取れる蜂蜜は芳醇な香りで後味爽やかで美味だと聞く。蜂が好んで近寄る気持ちがわかった気がした。
藤もそうだが、こんなに近くで花を愛でる余裕なんて最近は全然なかった。杏寿郎さんとお花見したかったな……。
さらさら揺れるそれらを見ながら呆けたように香りを楽しんでいると、藤の甘さに微かにまじる、鬼殺で慣れ親しんだ血の匂いが嗅ぎとれた。
よく見れば手のひらが擦りむけて血が滲んでいる。痛みを認識した瞬間、目に涙が溜まり始めた。
「あれぇ?なんで??」
職業柄痛みにはなれている。呼吸で痛覚さえある程度操って我慢している。
手のひらを擦りむいているくらいで、泣くなんておかしい。なのになんでこんな、生理的な涙が浮かぶ?
おかしいのは、それだけではなかった。
よく聞けば、自分の声がやけに高い。舌ったらずな声音はまるで幼い子供のそれで。
そして目の前にある、自身の小さな小さな手のひらである。
刀なんて握ったこともないような、つんつるてんの子供の手のひら。薄くてやわくて簡単に傷がつきそうなそれに、血がじわじわ滲んでいる。
「えっ」
思わずぺたぺたと自分の顔、そして体を触る。小さい子供の体。
胸も……なんとまあ、ぺったんこ!
声は自分が子供の頃のものと全く同じ。
つまり、子供の頃の姿に戻っているのだと理解した。
「これがあの血鬼術の能力……!」
そう思った瞬間に、それが誤りであると知る。
ブレたように重なる記憶。
何者かによって襲われた我が家。夥しい量の血があたりに広がる中、その中心に倒れ伏す父と母。その何者かの襲撃で大怪我をした双子の兄と、その兄に庇われ外へと突き飛ばされた小さな自分。
『お前だけでも逃げろ。藤の花の下に!』
兄の声が蘇る。
そうだ。私は鬼に家族を殺された。兄に助けられた。兄の言葉に従って、藤の花が満開に咲く場所へと、急いで駆け込んだのだ。
もう、家族には会えないのか……。
悲しみであふれる涙。鼻を啜れば芳しい藤の香りと、血の匂い。
蹲れば、私の出血量にしては強いそれに更に理解した。
この身に纏う寝巻きにもたくさんの血が飛び散って模様を描くほどで、それら全てが両親のものだと。
べしゃり。血が自分の足元に跳ねたその瞬間の詳細まで、しっかりと記憶に呼んでしまった。
倒れ伏したどころではなく、両親の肉片が飛んできたその瞬間をこの身は覚えていた。
「うぷ……」
先程まで鬼殺隊員だったくらいだ。元の精神年齢の高さはともかく、幼い子供の体を持つ今の自分には衝撃的すぎる光景。
その記憶に泣き叫ばなかっただけ上々だが、さすがに吐き気は止められなかった。
こみあげるものを我慢し必死で耐える中、この身ではなく『私』に何が起きたのか考察する。状況の確認と判断を早くすることは大事だ。杏寿郎さんに何度も教え込まれた。
……そうだ、私は子供の姿にされたのではない。どこか違う場所に飛ばされたのでもない。
時間も空間も逆行し、私は過去の自分に戻ったのだ。
「うーん、人生やり直しの血鬼術……みたいな?でもどうしてここまでつんつるてんの、幼い時に戻った?」
血鬼術だと思ったけれど、これは実は夢?
でもこの痛みは夢じゃない。
いや、それよりこの状況はそのままで大丈夫なのだろうか。
『前』はどうだったか。確か藤の花の元へ辿り着いて倒れ……目が覚めたらすでに煉獄家にいた。
だけど今回は、私は目を覚ましてしまった。それがどう転ぶかもわからない。
意識が覚醒してしまったことでなにかしらの展開が変わり、私の稀血の匂いが鬼に知られてしまう心配は?いや、藤の花咲いてるから大丈夫だとは思うけれど。
って、待って。
今戻れば、せめて兄を助けられたりはしないだろうか。この小さな身体でも、何かできる事は……。駄目だ、ひとつもない。
兄はあの言葉の後、鬼の血が体に入り、そのまま鬼へと変貌を遂げたのだ。呪いを解除してしまった、味方のようなどこか変わり者の稀有な鬼に。
でもきっと私なんかを守ったから鬼になった。ごめんなさい、お兄ちゃん。
兄のことを考えた時だった。
更に膨大な記憶が、この小さな頭に流れこんできた。
大正、昭和、平成を飛び越えて。自分がかつて、令和の時代に生を受けて『前世』を過ごしていたことを。
幼馴染だったが二人揃って事故にあって死に、再び生を受けたのはもうすぐ終わりを迎える明治末期。
今度は幼馴染としてではなく、まさかの男女の双子としての生だった。
鬼どころか兄は兄ではなかった。
「ちょっ、はあ??待って待って、はぁーーー!?」
その情報量の多さを前に、熱が出そう。
実際頭の上が尋常じゃなく熱い。湯が沸かせそうだ。京都●寿園の高級茶葉を所望する。
「うわー、頭がパンクしそう……って、頭めちゃくちゃ痛いな!?
頭の上に緊箍でも嵌めてる気分」
いかん、前世の私は今世の私よりも多少はっちゃけている。兄……ううん、幼馴染ほどその性格に差は少ないものの、今の私としての『個』が前世に引っ張られるのはあまり嬉しくはなかった。
大正の女性の奥ゆかしさや慎ましさ。芯の強さが霞んでしまう。
なお緊箍とは、西遊記に出てくる孫悟空が頭にはめているあれである。あんなもの呪文でぎゅーってされなくても食い込んでるってだけで頭痛いに決まってる。
「あー、鬼になった幼馴染が喚いていた言葉の意味がわかった。前世の時の性格が影響してるというわけね」
鬼化してしまったことで性格の変わった兄というより、鬼になったから前世の彼の精神がログインしてしまった?それとも鬼になるか死ぬか。その間際に走馬灯が如く前世を思い出したーー?
なんにせよ、私より先に前世を思い出しているのは間違いなさそうだ。
そして呪いにまで打ち勝ってしまった、というところか。
大事なことだから二回言ったなど。あのどこか破天荒な物言い、オタク気質の幼馴染そのままだ。
……だめだ、彼が叫んでいたダブルチーズバーガーのこと思い出したら私まで食べたくなってしまったではないか。この時代にあの味を再現するのはむずかしい。
まあ稀血はともかくとして、禰󠄀豆子ちゃんについてもいずれわかるってのは、どういうことか聞けなかったし今ここにいないから聞きようが無いけれど。
令和からの大正なんて、揃いも揃って二人とも異分子すぎる。
考えれば考えるほど、ほんと、頭痛い。
「駄目だ頭痛いし熱も出てる……」
思い出したことによる知恵熱?それとも、この小さな足で藤の花の元まで必死に走った疲れ?
幼い体にこの寒さは骨身にしみるほど辛いだろうし、風邪の一つもひきそうだ。
だめだ、本当の本当に頭痛い。意識が朦朧とする……。半分は優しさでできてるあの薬が欲しい。
目を閉じる寸前、遠くに見たことのある黄金色が見えたような気がしたが、結局私は前と同じで意識を手放すこととなった。