三周目 陸
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乗客が一人、また一人と眠りに落ちてゆく中鬼の話になった。鬼のところへと向かっているのではなく、この列車に巣食う鬼の話に。
強いくせに怖がりな善逸が怯える中、客室に車掌さんが入ってきた。鬼と繋がっている人だろうか……?
確証は得られないけれど、疑わしき者は信じるべきではない。
切符を切る音が、こんなにも不快だとは。
しかし見定めている間に私以外の切符が切られてしまった。いや、私だけでも起きているのは大事な事だが。
「さあ、次は朝緋の切符だ。出しなさい」
いつまで経っても切符を出さない私に、杏寿郎さんが急かしてくる。
でも残念ながら私の切符は既に夜の闇に破り捨てた。だから手元にはない。
「切符はありません」
「なんだって?」
「切符はないです。なくしました」
「なっ、朝緋!?君というやつは!!煙管 乗車か!?犯罪だぞ!!」
「その分、駅の端から端までの乗車分を払えば問題ありません。これで足りますか?足りますよね?ねぇ……、鬼の協力者の車掌さん??」
「っ!?」
その瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ。
車内は大して変わりない。けれど、乗客はすっかり寝入っていて、目の前の四人の隊士。
杏寿郎さんに、炭治郎、善逸、伊之助も眠りに落ちていた。
わあ、杏寿郎さんの今日の寝顔かわいい。って違う!今はそれどころじゃない。
起きてるのは私だけか。
ふぅん、つまり犯罪だ!とか言っていた杏寿郎さんは私の幻ということになる。
あやうく、切符を切られる前から術に飲み込まれるとこだった。実際に切符を切られたわけでもないのに、乗客は眠りに落ちているし。
鬼の関係者とバレた車掌が狼狽えてその場に座り込んでいる。私はそれを上から見下ろして尋問に入った。
「ねえ車掌さん。貴方どんな甘言聞いて鬼に協力してるの?言わなかったら鬼の仲間としてその頸を刎ねることもいとわない。
……斬首しちゃうかも」
「ひぃっ!」
車掌は亡くなってしまった妻と子供に夢でもいいから会いたい。その一心で鬼に協力しているそうだ。
夢の中で幸せな日々を送りたい、その気持ちを利用して人を使ってこちらを殺そうとしてくるとは。全く、いい性格してる。
「幸せな夢?相手は人を喰らう鬼。例え幸せな夢を見せてそのまま喰らうとしても、喰われたものが幸せな夢を見続けられると思う?あの鬼は性格が悪いから、そんな生やさしいことしてくれないよ。
それに夢で会えても現実に戻った時に虚しくなるのは目に見えてる。だったら、足掻くしかない。現実を見てもがき続けるしかないの。そりゃ、少しはいい夢を見たいとは思うけど……」
ちら、と杏寿郎さんを見る。
私もかつて鬼の血鬼術で眠りに落ちた時、幸せな夢を見た。あの光景に還りたいとは今でも思う。
でも夢は夢でしかないから。後で悲しくなるから。
「鬼のところに戻って下さい。決して、決して!私が起きていると悟られぬように。
わかりましたか?鬼の手はず通りにしたと、嘘の報告をしなさい。
もしもそれができないならば……私、本当に貴方の首を刎ねてしまうかも。
死んでも会いたいという奥さんとお子さんには会えないよ?痛い痛ーい思いをして苦しんで死んだら、最期の瞬間には会いたいなんて思う暇ないだろうから」
自分の首に水平にした手のひらを当てて横に引く真似をする。
それの意味するところは、首チョンパ。でも、一息に斬ったりはしないと言っているのだ。
ゾッとするような目で睨み、けれど笑いながら言う鬼殺隊士は怖かろう。
常人ならばこれで怯んで屈する。車掌もまた常人であるからして、真っ青な顔で何度も頷き、慌てて向こうに消えた。
「ふう。列車内の鬼を退治するかっこいい杏寿郎さんが見られなくなったのは残念だけど、多分この後で協力者の人間達が来るのよね。なら私がすべき事は……」
座席に座り目を閉じる。
「眠りの呼吸、壱ノ型〜たぬき寝入り〜」
眠ったふりをし始めてすぐに、五人ほどの気配がやってきた。
私の側に立つ人は……ああやはり、あの男性か。
「縄で繋ぐのは腕ですか」
「そう、注意されたことを忘れないで」
「大きくゆっくり呼吸する。数を数えながら。そうすると眠りに落ちる……壱、弐、参……」
なるほど、そうやって縄で繋いで自分も眠り、相手の夢の世界に侵入するのね。
まあ、私は眠ってないから入れないけどね!!ふはは!!
……。…………。………………。
「……なんで眠りに入れない?夢の世界に入れない?」
しんと寝静まってしばらく、あの男性がぼそりとつぶやいた。んー、そろそろ頃合いかな。
「私が起きているからに決まってるでしょ」
「!?」
すぐ後ろから声が聞こえて驚いたのか、男性がガタンと音を立てて席から落ちた。結構な物音だったけど、他の人間はぴくりとも動いていない。
「ふーん。もう他の鬼の協力者さん達は各自夢の中に入ってるのね。一度でいいから杏寿郎さんの夢の中に入ってみたいなぁ」
寝入っている杏寿郎さん。そして繋がっている人を見る。
いいなぁこの女の人。杏寿郎さんの夢の中で一体何してんだろ。羨ましい。相手が敵だろうとも嫉妬の一つや二つするのは当然でしょ?だって私、杏寿郎さんの彼女だもの。
この人の縄を私に繋ぎ直せば……いや、やめとこ。
こういう綱渡りで行く世界っていうのは、媒体がなくなると元の世界に戻ってこれなくなる可能性がある。ファンタジーあるある!
「あ、これ私の分だけでも切っちゃっていいよね?はーい、すっぱりー!!
こういうのは赤い糸を好きな人同士、小指で繋ぐのが定石ってもんでしょ。鬼の縄で知らない人と手首繋ぐとか、なんのプレイ?」
すっぱりとか言いながら、思い切り手で引きちぎる。なんか変な感じしたけど繋がっている者同士が寝てないから別にいいよね?大丈夫よね??
そんなこと考えてたら、男性が錐を手にして向かってきた。刺されたら痛いやつじゃん。
「くそが!眠ってろよ!!」
「おっと危ない。そんなもの無闇矢鱈に振り回しても私には届きませんよ?」
「くそっくそっ……!」
かわしても振るってくる。けれど当たらないし、逆に簡単に奪ってみせた。ぱっと見は純白の錐だけど……?
「うわ何これ。鬼の気配がする!鬼の骨とか歯とかでできてんの?気持ち悪っ」
つい窓の外にぽーんと投げてしまった。どうせ鬼の一部なら陽が昇れば消えちゃうよね。
「うおおおおお!!」
今度は拳を握って向かってきた。一般人の拳なんて止まって見えるんだけどなぁ。
「まだやる気ですか?許嫁殿が悲しむよ」
拳を指一本でピタリと止める。ひょいと横から顔を出して許嫁の言葉を言えば、相手の動きも止まった。
「何故君が許嫁のことを……?」
「さあ、なんででしょう?
貴方がしようとしていたことは、本当に許嫁殿が望む事ですか?怒られるのではなくて?誰かの不幸の上になりたつ幸福はない。そんな事をする貴方は嫌いだと、私なら絶対怒りますね」
「君に何がわかる……っ!君は彼女とは違う!!彼女なら……っ」
「彼女なら?」
男性の拳がおりた。
「っ君と同じだ……正義感に熱い彼女なら、きっと君と同じことを言うだろう……」
「そうですね。そうだと思いました。
そもそもあの鬼が見せてくれるのはただの夢。現実に戻った時、貴方は見せてもらった光景がただの夢だったことにひどく絶望するでしょうね。
ーーそんなもの見る価値ある?」
「それでも見たかった。会いたかった……もう一度、あの笑顔に会えるならと……」
「うん。気持ちは痛いほどわかりますとも。
きっと『前』の私なら、夢でいいから会いたいって思っていただろうから……」
夢でいいから鬼のいない平和な世界で。家族も杏寿郎さんもみんなみんなが幸せに過ごしている。そんな日常を送っていたかった。
あれは、私が望む未来そのもの。
「君も誰か大切な人を失ったのか」
「気にしないでください。私は乗り越えましたし、『そう』ならないよう今物凄く足掻いているところですから」
「そうならないよう……?」
私が何度かやり直していると知ったらどう思うだろうか。何度も大切な人を失っていると知ったら。
「私は他の人を起こさなくちゃいけない。鬼を退治しなくちゃいけない。
貴方は席に座って休んでいてください。ここは直に戦いの場になりますから」
「ああ、わかった」
男性を席に座らせた、その瞬間だった。
杏寿郎さんが動き、立ち上がった。繋がっている女性の首を絞めながら。
でも、起きていない。寝たままである。
「わっ!?きょ、杏寿郎さん!?えっ寝てる!?首絞めてる!どういう事!?」
「いや、わからんよ!?彼は術に落ちているんだろう?普通の人間なら動けないはずだが。きっと生存本能が高いのだろうな……」
「あー……ある意味普通の人間じゃないからね」
このままにしておいても良さそう……?死なない程度に絞めてるみたいだし。下手に拘束を解いて杏寿郎さんに何かあったら大変だ。
それにしても生存本能、か。そんなものが高いなら、あの鬼からも生還してほしいのに。
強いくせに怖がりな善逸が怯える中、客室に車掌さんが入ってきた。鬼と繋がっている人だろうか……?
確証は得られないけれど、疑わしき者は信じるべきではない。
切符を切る音が、こんなにも不快だとは。
しかし見定めている間に私以外の切符が切られてしまった。いや、私だけでも起きているのは大事な事だが。
「さあ、次は朝緋の切符だ。出しなさい」
いつまで経っても切符を出さない私に、杏寿郎さんが急かしてくる。
でも残念ながら私の切符は既に夜の闇に破り捨てた。だから手元にはない。
「切符はありません」
「なんだって?」
「切符はないです。なくしました」
「なっ、朝緋!?君というやつは!!
「その分、駅の端から端までの乗車分を払えば問題ありません。これで足りますか?足りますよね?ねぇ……、鬼の協力者の車掌さん??」
「っ!?」
その瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ。
車内は大して変わりない。けれど、乗客はすっかり寝入っていて、目の前の四人の隊士。
杏寿郎さんに、炭治郎、善逸、伊之助も眠りに落ちていた。
わあ、杏寿郎さんの今日の寝顔かわいい。って違う!今はそれどころじゃない。
起きてるのは私だけか。
ふぅん、つまり犯罪だ!とか言っていた杏寿郎さんは私の幻ということになる。
あやうく、切符を切られる前から術に飲み込まれるとこだった。実際に切符を切られたわけでもないのに、乗客は眠りに落ちているし。
鬼の関係者とバレた車掌が狼狽えてその場に座り込んでいる。私はそれを上から見下ろして尋問に入った。
「ねえ車掌さん。貴方どんな甘言聞いて鬼に協力してるの?言わなかったら鬼の仲間としてその頸を刎ねることもいとわない。
……斬首しちゃうかも」
「ひぃっ!」
車掌は亡くなってしまった妻と子供に夢でもいいから会いたい。その一心で鬼に協力しているそうだ。
夢の中で幸せな日々を送りたい、その気持ちを利用して人を使ってこちらを殺そうとしてくるとは。全く、いい性格してる。
「幸せな夢?相手は人を喰らう鬼。例え幸せな夢を見せてそのまま喰らうとしても、喰われたものが幸せな夢を見続けられると思う?あの鬼は性格が悪いから、そんな生やさしいことしてくれないよ。
それに夢で会えても現実に戻った時に虚しくなるのは目に見えてる。だったら、足掻くしかない。現実を見てもがき続けるしかないの。そりゃ、少しはいい夢を見たいとは思うけど……」
ちら、と杏寿郎さんを見る。
私もかつて鬼の血鬼術で眠りに落ちた時、幸せな夢を見た。あの光景に還りたいとは今でも思う。
でも夢は夢でしかないから。後で悲しくなるから。
「鬼のところに戻って下さい。決して、決して!私が起きていると悟られぬように。
わかりましたか?鬼の手はず通りにしたと、嘘の報告をしなさい。
もしもそれができないならば……私、本当に貴方の首を刎ねてしまうかも。
死んでも会いたいという奥さんとお子さんには会えないよ?痛い痛ーい思いをして苦しんで死んだら、最期の瞬間には会いたいなんて思う暇ないだろうから」
自分の首に水平にした手のひらを当てて横に引く真似をする。
それの意味するところは、首チョンパ。でも、一息に斬ったりはしないと言っているのだ。
ゾッとするような目で睨み、けれど笑いながら言う鬼殺隊士は怖かろう。
常人ならばこれで怯んで屈する。車掌もまた常人であるからして、真っ青な顔で何度も頷き、慌てて向こうに消えた。
「ふう。列車内の鬼を退治するかっこいい杏寿郎さんが見られなくなったのは残念だけど、多分この後で協力者の人間達が来るのよね。なら私がすべき事は……」
座席に座り目を閉じる。
「眠りの呼吸、壱ノ型〜たぬき寝入り〜」
眠ったふりをし始めてすぐに、五人ほどの気配がやってきた。
私の側に立つ人は……ああやはり、あの男性か。
「縄で繋ぐのは腕ですか」
「そう、注意されたことを忘れないで」
「大きくゆっくり呼吸する。数を数えながら。そうすると眠りに落ちる……壱、弐、参……」
なるほど、そうやって縄で繋いで自分も眠り、相手の夢の世界に侵入するのね。
まあ、私は眠ってないから入れないけどね!!ふはは!!
……。…………。………………。
「……なんで眠りに入れない?夢の世界に入れない?」
しんと寝静まってしばらく、あの男性がぼそりとつぶやいた。んー、そろそろ頃合いかな。
「私が起きているからに決まってるでしょ」
「!?」
すぐ後ろから声が聞こえて驚いたのか、男性がガタンと音を立てて席から落ちた。結構な物音だったけど、他の人間はぴくりとも動いていない。
「ふーん。もう他の鬼の協力者さん達は各自夢の中に入ってるのね。一度でいいから杏寿郎さんの夢の中に入ってみたいなぁ」
寝入っている杏寿郎さん。そして繋がっている人を見る。
いいなぁこの女の人。杏寿郎さんの夢の中で一体何してんだろ。羨ましい。相手が敵だろうとも嫉妬の一つや二つするのは当然でしょ?だって私、杏寿郎さんの彼女だもの。
この人の縄を私に繋ぎ直せば……いや、やめとこ。
こういう綱渡りで行く世界っていうのは、媒体がなくなると元の世界に戻ってこれなくなる可能性がある。ファンタジーあるある!
「あ、これ私の分だけでも切っちゃっていいよね?はーい、すっぱりー!!
こういうのは赤い糸を好きな人同士、小指で繋ぐのが定石ってもんでしょ。鬼の縄で知らない人と手首繋ぐとか、なんのプレイ?」
すっぱりとか言いながら、思い切り手で引きちぎる。なんか変な感じしたけど繋がっている者同士が寝てないから別にいいよね?大丈夫よね??
そんなこと考えてたら、男性が錐を手にして向かってきた。刺されたら痛いやつじゃん。
「くそが!眠ってろよ!!」
「おっと危ない。そんなもの無闇矢鱈に振り回しても私には届きませんよ?」
「くそっくそっ……!」
かわしても振るってくる。けれど当たらないし、逆に簡単に奪ってみせた。ぱっと見は純白の錐だけど……?
「うわ何これ。鬼の気配がする!鬼の骨とか歯とかでできてんの?気持ち悪っ」
つい窓の外にぽーんと投げてしまった。どうせ鬼の一部なら陽が昇れば消えちゃうよね。
「うおおおおお!!」
今度は拳を握って向かってきた。一般人の拳なんて止まって見えるんだけどなぁ。
「まだやる気ですか?許嫁殿が悲しむよ」
拳を指一本でピタリと止める。ひょいと横から顔を出して許嫁の言葉を言えば、相手の動きも止まった。
「何故君が許嫁のことを……?」
「さあ、なんででしょう?
貴方がしようとしていたことは、本当に許嫁殿が望む事ですか?怒られるのではなくて?誰かの不幸の上になりたつ幸福はない。そんな事をする貴方は嫌いだと、私なら絶対怒りますね」
「君に何がわかる……っ!君は彼女とは違う!!彼女なら……っ」
「彼女なら?」
男性の拳がおりた。
「っ君と同じだ……正義感に熱い彼女なら、きっと君と同じことを言うだろう……」
「そうですね。そうだと思いました。
そもそもあの鬼が見せてくれるのはただの夢。現実に戻った時、貴方は見せてもらった光景がただの夢だったことにひどく絶望するでしょうね。
ーーそんなもの見る価値ある?」
「それでも見たかった。会いたかった……もう一度、あの笑顔に会えるならと……」
「うん。気持ちは痛いほどわかりますとも。
きっと『前』の私なら、夢でいいから会いたいって思っていただろうから……」
夢でいいから鬼のいない平和な世界で。家族も杏寿郎さんもみんなみんなが幸せに過ごしている。そんな日常を送っていたかった。
あれは、私が望む未来そのもの。
「君も誰か大切な人を失ったのか」
「気にしないでください。私は乗り越えましたし、『そう』ならないよう今物凄く足掻いているところですから」
「そうならないよう……?」
私が何度かやり直していると知ったらどう思うだろうか。何度も大切な人を失っていると知ったら。
「私は他の人を起こさなくちゃいけない。鬼を退治しなくちゃいけない。
貴方は席に座って休んでいてください。ここは直に戦いの場になりますから」
「ああ、わかった」
男性を席に座らせた、その瞬間だった。
杏寿郎さんが動き、立ち上がった。繋がっている女性の首を絞めながら。
でも、起きていない。寝たままである。
「わっ!?きょ、杏寿郎さん!?えっ寝てる!?首絞めてる!どういう事!?」
「いや、わからんよ!?彼は術に落ちているんだろう?普通の人間なら動けないはずだが。きっと生存本能が高いのだろうな……」
「あー……ある意味普通の人間じゃないからね」
このままにしておいても良さそう……?死なない程度に絞めてるみたいだし。下手に拘束を解いて杏寿郎さんに何かあったら大変だ。
それにしても生存本能、か。そんなものが高いなら、あの鬼からも生還してほしいのに。