三周目 陸
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思った通り無限列車は整備工場だった。
車掌さんから聞いた私達は、すぐに廻送列車を飛び降りて整備工場に向かう。
整備工場にドンとその巨体を構える無限列車は、相変わらず鬼の気配を色濃く纏わせていた。あの巨大蚯蚓の下弦壱……思い出すだけでいつでもゾワゾワするぅ。
弁当を差し入れに来たと嘘も方便を使い、無限列車の話を聞き出す杏寿郎さん。
仕事でお腹ぺこぺこな時に、弁当と共に現れて……だなんて、私ならイチコロだわ。
相手の懐に入り込んで情報を得る手管、本当に脱帽する。
その際、詰所のタツ坊と呼ばれた少年にお弁当を届ける話が出てるけど、たぶんその少年が切り裂き魔の鬼に捕われていた子だ。
どうせ明日の夜、この無限列車は運行を再開するのだ。
ここは杏寿郎さんに任せて私もついていこう。
「タツ坊や。弁当の差し入れがあったから持ってきたぞ。……おい、タツ坊?」
整備士が詰所の扉を叩くも返事はなく。けれど、息を飲むような声。怯えた空気。これは……。
「様子がおかしいです。私が行くので下がっていてくださ……、やはりいたな、鬼!!」
私が開けるよりも早く、中から扉があいた。出てきたのは少年を爪で拘束したあの鬼だ。
少し急いだところで少年の頬、そして体に爪を食い込ませているのは防げなかったか。体には血が滲み、顔にはそれ以上に恐怖の感情が滲み出ている。
「なんだまたお前か。こんなところまで遥々ご苦労なこった」
「あの時は逃したけれど、今夜は逃さないよ……」
日輪刀を抜いて突きつける中、鬼の存在に気がついた杏寿郎さんが合流した。よし、心強……、グチャ。
お弁当が鬼の足に踏み潰された!
「あっ!食べ物粗末にしたっ!!」
超キレそう。ぷるぷるしちゃう。
オーケー、煉獄朝緋。落ち着けー?美味しいお弁当を踏み潰されたくらいでキレては『前』の二の舞だぞー?杏寿郎さんに冷静になれと言われたのを思い出せー?
でも代わりに杏寿郎さんが怒ってくれた。これっぽっちじゃ溜飲は下がらないけどね!
弁当と同じ、捕まえている少年にまで不味そうと呟いている。だから!不味そうとかいうなら解放しておやりよ!!
「……へぇー、不味そうな子だって?なら美味しそうな人間と交換しない?私のことだけど」
「自分で美味そうな人間だなんて言ってるのか?お前のどこが美味そうだと……」
「多分この中では一番美味しいわよ。証拠を見せてあげるからご自慢の嗅覚で嗅いでみるといい!」
日輪刀の刃を自分の腕に充てがう。
「!?よせ朝緋!!君の血は……っ」
杏寿郎さんが止めるけれどもう遅い。
スパッ!横一閃にした瞬間、そこからみるみるうちに血が滴り落ちた。
「ほぅら、貴方達鬼のだぁいすきな稀血ですよ?」
私は鬼じゃないから違いはわからない。けれど稀血特有の匂いがあたりに広がったようで。嗅覚の優れたこの鬼ならば、この匂いがすぐにわかるだろう。
「……切り裂きたい切り裂きたい切り裂きたい食いたい切り裂きたい切り裂きたい」
ただでさえ開いてるようにみえる鬼の瞳孔がより一層かっ開く。
この鬼、性癖も切り裂くことに特化しているようだ。切り裂くことそのものがすでに生き甲斐……もしかしたら、鬼になる前からこういう性格をしていたのかもしれない。
少年を拘束する腕はそのままに、ふらふらと歩み寄ってくる鬼。
杏寿郎さんが私を庇うように前に出た。
「ぐ、食っちまいたいし切り裂きたいが鬼狩りだからなぁ……」
たたらを踏む鬼の体の紋様が光ったと同時、鬼があたりを走り抜け始める。相変わらず速い!が、この程度なら目で追える。
ああせめて少年を離してさえいたら、この場で頸を落とせるのに……!
見れば杏寿郎さんも鬼を斬れず二の足を踏んでいた。
私のことも時折狙っているみたいだったけれど、私も杏寿郎さんと同じで日輪刀を抜いている状態。決して触れはしてこなかった。
「ふーん。稀血を前にしても理性が残ってるんだね?すごいすごい!
でも逃げることが最優先なのかな?逃げ足しか取り柄のない卑怯鬼め!鬼ならすぐ傷も治るんだし人質放してこっちに一撃でも与えてくればぁ?」
しかし煽りに煽る私。鬼の目の端が怒りでぴくぴく動いた。ちっ、これでも少年は放さないか。
大体一番速いだって?杏寿郎さんも言う通り、過信しないことだ。鬼殺隊には更に速い、人を逸脱したような柱がごまんといる。
「ふ、ふん!なんとでも言え!どう言ったところで貴様らは俺の速さにはついてこれまい?貴様等より先にたどり着いて、弁当屋を殺すぞ!」
話の中でお弁当屋の話が出てしまい、『また』も殺しに行くと鬼が豪語している。
不愉快極まりない鬼めが。
鬼の指に力が入った瞬間、杏寿郎さんの日輪刀が一閃した。黒く赤い刀身に美しく凛々しい顔が映る。
鬼の腕は斬り飛ばせたが、当人は逃してしまった。杏寿郎さんが少年を抱き止める。
それより早く追わねば。こんな時の為にも藤の御守りを渡してはあるけれど……。
鬼の元へと足を出した私に、荒っぽい声が飛んでくる。
「朝緋!君はなんてことを!!早く布で押さえろ!稀血がこぼれ落ちるぞ!」
「私の傷なんて手ぬぐいでパパッと巻いておけば血はこぼれません!それよりこの子の治療が先です!」
「わかっているとも!!だが俺は君の事も心配で……」
「私は鬼を追います!他の隊士も来るでしょうし後の事は任せますよ『炎柱』!!」
「朝緋!!」
上官である柱の静止は聞かない。足に炎の呼吸を纏わせて追う。
「私の速さ、思い知らせてやる……!全集中の呼吸、……炎の呼吸……!!」
『前』の時よりも更に速さを増した私の走り、見せてあげるんだから。……まだ杏寿郎さんほどじゃないけれど、いつか杏寿郎さんだって追いつけない速さを手に入れてやる。その気概でいるくらいなのだからね!
先程行ったあの駅についた。鬼の気配が濃厚で、……って!レールの上、鬼がふくちゃんの首を絞めんと押さえつけていた。
そうはさせな、っ!?
「ぎゃああ、藤!藤の匂いだぁぁぁ!!」
鬼が飛び退いた。渡した御守りが効いたようだ!!
「みぃつけた!
鬼が逃げる鬼事、とはねぇ。でも残念。私の勝ち。お前遅かったよッ!!」
「稀血の鬼狩り……っ!」
スパーン!日輪刀を一閃!!だけれども、その刃は足にかすって終わった。
また逃げられた!ほんっとに、逃げ足だけは早い。明槻とどっこいどっこいなのではないかしら。
「足だけだったか……。ふくちゃん、大丈夫?」
抱き止めたふくに怪我がないかを確認する。服のところどころが汚れている以外、なんともなさそうだ。
「あいつ、御守りの匂いを嫌がって怯んでました……!」
「うん、だろうね。鬼は藤の香りを嫌うの」
「……あっ!おばあちゃんが危ない!」
「大丈夫。
杏寿郎さん鬼が表に回ったわ!おばあさんのところに行く前に仕留めて!!」
近づく気配に大声でそう伝えれば、炎の化身ともいうべきその人の進路がそのままの速さで表に回った。
「朝緋!あいわかった!!」
直後、駅舎の前で美しく力強い炎が一直線に走った。
おばあさんのところに鬼を行かせずとも鬼の頸を取った。鬼に襲われる恐怖なんて、ないほうがいい。
「ああ、ふく!無事だったかい?」
「うん。おばあちゃんも大丈夫だった?」
「鬼が私を襲いにくる前にこの人達が助けてくれたようだね……私は無事だよ」
かつての槇寿朗さんと同じ動きを見せずとも、おばあさんは昔鬼に襲われた時のことを。炎を纏うその姿を思い出して泣いた。
今度こそ、杏寿郎さんの口から槇寿朗さんに、貴女達のことも伝えさせてもらいますとも。
合流した隊士君隠の皆さんに起こったことを報告、すべきことを指示する。
全て終わり、朝焼けの中を二人歩くと少し疲れが襲ってきた。
けれどまあ、隣にいる杏寿郎さんの朝焼けに照らされた凛々しい横顔を見ていると、疲れも吹き飛ぶよう。
今日も顔がいい。かっこいい。好きぃ……。
その歩みが突如止まりこちらに向いた。
「どしたの師範」
「朝緋、頼むから危ない鬼殺の仕方はしないでくれ」
「稀血を使うなって事?風柱の不死川さんも同じ戦法してるけど……」
「不死川と違い、君はおなごだろう」
「やだなあ、師範。鬼殺隊に性別なんて関係な、「君に至っては関係大有りだ!!そして今は誰もいない!よって師範と呼ぶな!!」
「ひゃいっ!」
朝になったばかりで人がいないとはいえ、道の往来でいきなり壁ドンされた。
体を壁に押し付けられ、表情に怒りを滲ませた杏寿郎さんの顔がドアップだ。
「……朝緋の血も、肉も、体も心も。その全ては誰のものか。君はよくわかっていよう?」
「きょ、杏寿郎、さんの……ものです……」
耳元に低い声で囁かれ、全身が麻痺するかのよう。反射的にそう答えてしまった。、
「なら気をつけろ」
すぅるり、私の髪の毛を愛し気に弄りながら離れる。その手が、今度は私の腕をとった。
「傷をつけて血を出したところを見せてみなさい」
「呼吸を使ったからもう血はほとんど止まってると思いますけど……」
「いいからほら」
腕に巻いていた布を取り去ると、真っ直ぐな赤い線が横に走っている。布がなくなった事でぷくりと血の玉が浮かんできた。
「思い切りがよすぎだぞ、不死川の真似か?
普段鬼に裂かれて傷ついたものよりひどく見える。呼吸ですぐに治るのだろうが……それでも痛々しい」
赤い舌先が、血の玉ごと傷口をチュルリと舐めた。優しく強く、吸うように舐めるその動き。
「ちょっ、何してるんですか!」
「呼吸での治療以前に、消毒はしていなかったろう」
舐めて消毒だなんて、そんな事……。
あっ、やだ。ピリピリして痛いのに、同時にぞくぞくする。気持ちいい……。
「ン……稀血と普通の血の違いはわからないが、朝緋の血は甘いな……まるで君が俺との行為でしたたらせる甘い夜露のようだ」
「はぁう、舐めながら……しゃべらないでぇ……っ!きょ、じゅろさ、鬼じゃないから美味しいわけな……ぁっ」
「いや?美味いぞ?んん、じゅる、ぷは……っ。
…………ん?足を擦り合わせてどうした。消毒は今しがた終わったところだぞ?」
するり、スカートの中に熱い手が侵入して太ももをまさぐってきている。
ああ、触れている箇所から快感が溢れて火傷してしまいそう。傷口も太ももも、貴方のせいで熱い。
「……っ、床へのお誘いされているようですけど、まだ任務があります!しませんからね?この手も駄目っ!」
太ももを尚も執拗にまさぐる悪い手を、思い切りはたき落とす。
「よもや、それは残念だ!せっかくすぐそこに二階のある蕎麦屋が見えたのだがなぁ!」
わっ!ここって『前』にやらしい展開になった蕎麦屋じゃん!いつのまにかこの場所に誘導されていた……?恐るべし煉獄杏寿郎……。
「ほ、ほら!藤の家に行きますよ!!そこで休んで待機!のち!夕刻に無限列車に乗車です!!」
「むう……休む間は朝緋と添い寝くらいはしたいのだが!」
「添い寝以上の事は許しませんからね!」
「努力する!!」
すごくすごーく大変だったけれど、努力してもらいました。
でもこれで、体力は見違えるほどに有り余っている。万全の状態で無限列車の任務に挑むことができる。
待ってろ鬼ども。
車掌さんから聞いた私達は、すぐに廻送列車を飛び降りて整備工場に向かう。
整備工場にドンとその巨体を構える無限列車は、相変わらず鬼の気配を色濃く纏わせていた。あの巨大蚯蚓の下弦壱……思い出すだけでいつでもゾワゾワするぅ。
弁当を差し入れに来たと嘘も方便を使い、無限列車の話を聞き出す杏寿郎さん。
仕事でお腹ぺこぺこな時に、弁当と共に現れて……だなんて、私ならイチコロだわ。
相手の懐に入り込んで情報を得る手管、本当に脱帽する。
その際、詰所のタツ坊と呼ばれた少年にお弁当を届ける話が出てるけど、たぶんその少年が切り裂き魔の鬼に捕われていた子だ。
どうせ明日の夜、この無限列車は運行を再開するのだ。
ここは杏寿郎さんに任せて私もついていこう。
「タツ坊や。弁当の差し入れがあったから持ってきたぞ。……おい、タツ坊?」
整備士が詰所の扉を叩くも返事はなく。けれど、息を飲むような声。怯えた空気。これは……。
「様子がおかしいです。私が行くので下がっていてくださ……、やはりいたな、鬼!!」
私が開けるよりも早く、中から扉があいた。出てきたのは少年を爪で拘束したあの鬼だ。
少し急いだところで少年の頬、そして体に爪を食い込ませているのは防げなかったか。体には血が滲み、顔にはそれ以上に恐怖の感情が滲み出ている。
「なんだまたお前か。こんなところまで遥々ご苦労なこった」
「あの時は逃したけれど、今夜は逃さないよ……」
日輪刀を抜いて突きつける中、鬼の存在に気がついた杏寿郎さんが合流した。よし、心強……、グチャ。
お弁当が鬼の足に踏み潰された!
「あっ!食べ物粗末にしたっ!!」
超キレそう。ぷるぷるしちゃう。
オーケー、煉獄朝緋。落ち着けー?美味しいお弁当を踏み潰されたくらいでキレては『前』の二の舞だぞー?杏寿郎さんに冷静になれと言われたのを思い出せー?
でも代わりに杏寿郎さんが怒ってくれた。これっぽっちじゃ溜飲は下がらないけどね!
弁当と同じ、捕まえている少年にまで不味そうと呟いている。だから!不味そうとかいうなら解放しておやりよ!!
「……へぇー、不味そうな子だって?なら美味しそうな人間と交換しない?私のことだけど」
「自分で美味そうな人間だなんて言ってるのか?お前のどこが美味そうだと……」
「多分この中では一番美味しいわよ。証拠を見せてあげるからご自慢の嗅覚で嗅いでみるといい!」
日輪刀の刃を自分の腕に充てがう。
「!?よせ朝緋!!君の血は……っ」
杏寿郎さんが止めるけれどもう遅い。
スパッ!横一閃にした瞬間、そこからみるみるうちに血が滴り落ちた。
「ほぅら、貴方達鬼のだぁいすきな稀血ですよ?」
私は鬼じゃないから違いはわからない。けれど稀血特有の匂いがあたりに広がったようで。嗅覚の優れたこの鬼ならば、この匂いがすぐにわかるだろう。
「……切り裂きたい切り裂きたい切り裂きたい食いたい切り裂きたい切り裂きたい」
ただでさえ開いてるようにみえる鬼の瞳孔がより一層かっ開く。
この鬼、性癖も切り裂くことに特化しているようだ。切り裂くことそのものがすでに生き甲斐……もしかしたら、鬼になる前からこういう性格をしていたのかもしれない。
少年を拘束する腕はそのままに、ふらふらと歩み寄ってくる鬼。
杏寿郎さんが私を庇うように前に出た。
「ぐ、食っちまいたいし切り裂きたいが鬼狩りだからなぁ……」
たたらを踏む鬼の体の紋様が光ったと同時、鬼があたりを走り抜け始める。相変わらず速い!が、この程度なら目で追える。
ああせめて少年を離してさえいたら、この場で頸を落とせるのに……!
見れば杏寿郎さんも鬼を斬れず二の足を踏んでいた。
私のことも時折狙っているみたいだったけれど、私も杏寿郎さんと同じで日輪刀を抜いている状態。決して触れはしてこなかった。
「ふーん。稀血を前にしても理性が残ってるんだね?すごいすごい!
でも逃げることが最優先なのかな?逃げ足しか取り柄のない卑怯鬼め!鬼ならすぐ傷も治るんだし人質放してこっちに一撃でも与えてくればぁ?」
しかし煽りに煽る私。鬼の目の端が怒りでぴくぴく動いた。ちっ、これでも少年は放さないか。
大体一番速いだって?杏寿郎さんも言う通り、過信しないことだ。鬼殺隊には更に速い、人を逸脱したような柱がごまんといる。
「ふ、ふん!なんとでも言え!どう言ったところで貴様らは俺の速さにはついてこれまい?貴様等より先にたどり着いて、弁当屋を殺すぞ!」
話の中でお弁当屋の話が出てしまい、『また』も殺しに行くと鬼が豪語している。
不愉快極まりない鬼めが。
鬼の指に力が入った瞬間、杏寿郎さんの日輪刀が一閃した。黒く赤い刀身に美しく凛々しい顔が映る。
鬼の腕は斬り飛ばせたが、当人は逃してしまった。杏寿郎さんが少年を抱き止める。
それより早く追わねば。こんな時の為にも藤の御守りを渡してはあるけれど……。
鬼の元へと足を出した私に、荒っぽい声が飛んでくる。
「朝緋!君はなんてことを!!早く布で押さえろ!稀血がこぼれ落ちるぞ!」
「私の傷なんて手ぬぐいでパパッと巻いておけば血はこぼれません!それよりこの子の治療が先です!」
「わかっているとも!!だが俺は君の事も心配で……」
「私は鬼を追います!他の隊士も来るでしょうし後の事は任せますよ『炎柱』!!」
「朝緋!!」
上官である柱の静止は聞かない。足に炎の呼吸を纏わせて追う。
「私の速さ、思い知らせてやる……!全集中の呼吸、……炎の呼吸……!!」
『前』の時よりも更に速さを増した私の走り、見せてあげるんだから。……まだ杏寿郎さんほどじゃないけれど、いつか杏寿郎さんだって追いつけない速さを手に入れてやる。その気概でいるくらいなのだからね!
先程行ったあの駅についた。鬼の気配が濃厚で、……って!レールの上、鬼がふくちゃんの首を絞めんと押さえつけていた。
そうはさせな、っ!?
「ぎゃああ、藤!藤の匂いだぁぁぁ!!」
鬼が飛び退いた。渡した御守りが効いたようだ!!
「みぃつけた!
鬼が逃げる鬼事、とはねぇ。でも残念。私の勝ち。お前遅かったよッ!!」
「稀血の鬼狩り……っ!」
スパーン!日輪刀を一閃!!だけれども、その刃は足にかすって終わった。
また逃げられた!ほんっとに、逃げ足だけは早い。明槻とどっこいどっこいなのではないかしら。
「足だけだったか……。ふくちゃん、大丈夫?」
抱き止めたふくに怪我がないかを確認する。服のところどころが汚れている以外、なんともなさそうだ。
「あいつ、御守りの匂いを嫌がって怯んでました……!」
「うん、だろうね。鬼は藤の香りを嫌うの」
「……あっ!おばあちゃんが危ない!」
「大丈夫。
杏寿郎さん鬼が表に回ったわ!おばあさんのところに行く前に仕留めて!!」
近づく気配に大声でそう伝えれば、炎の化身ともいうべきその人の進路がそのままの速さで表に回った。
「朝緋!あいわかった!!」
直後、駅舎の前で美しく力強い炎が一直線に走った。
おばあさんのところに鬼を行かせずとも鬼の頸を取った。鬼に襲われる恐怖なんて、ないほうがいい。
「ああ、ふく!無事だったかい?」
「うん。おばあちゃんも大丈夫だった?」
「鬼が私を襲いにくる前にこの人達が助けてくれたようだね……私は無事だよ」
かつての槇寿朗さんと同じ動きを見せずとも、おばあさんは昔鬼に襲われた時のことを。炎を纏うその姿を思い出して泣いた。
今度こそ、杏寿郎さんの口から槇寿朗さんに、貴女達のことも伝えさせてもらいますとも。
合流した隊士君隠の皆さんに起こったことを報告、すべきことを指示する。
全て終わり、朝焼けの中を二人歩くと少し疲れが襲ってきた。
けれどまあ、隣にいる杏寿郎さんの朝焼けに照らされた凛々しい横顔を見ていると、疲れも吹き飛ぶよう。
今日も顔がいい。かっこいい。好きぃ……。
その歩みが突如止まりこちらに向いた。
「どしたの師範」
「朝緋、頼むから危ない鬼殺の仕方はしないでくれ」
「稀血を使うなって事?風柱の不死川さんも同じ戦法してるけど……」
「不死川と違い、君はおなごだろう」
「やだなあ、師範。鬼殺隊に性別なんて関係な、「君に至っては関係大有りだ!!そして今は誰もいない!よって師範と呼ぶな!!」
「ひゃいっ!」
朝になったばかりで人がいないとはいえ、道の往来でいきなり壁ドンされた。
体を壁に押し付けられ、表情に怒りを滲ませた杏寿郎さんの顔がドアップだ。
「……朝緋の血も、肉も、体も心も。その全ては誰のものか。君はよくわかっていよう?」
「きょ、杏寿郎、さんの……ものです……」
耳元に低い声で囁かれ、全身が麻痺するかのよう。反射的にそう答えてしまった。、
「なら気をつけろ」
すぅるり、私の髪の毛を愛し気に弄りながら離れる。その手が、今度は私の腕をとった。
「傷をつけて血を出したところを見せてみなさい」
「呼吸を使ったからもう血はほとんど止まってると思いますけど……」
「いいからほら」
腕に巻いていた布を取り去ると、真っ直ぐな赤い線が横に走っている。布がなくなった事でぷくりと血の玉が浮かんできた。
「思い切りがよすぎだぞ、不死川の真似か?
普段鬼に裂かれて傷ついたものよりひどく見える。呼吸ですぐに治るのだろうが……それでも痛々しい」
赤い舌先が、血の玉ごと傷口をチュルリと舐めた。優しく強く、吸うように舐めるその動き。
「ちょっ、何してるんですか!」
「呼吸での治療以前に、消毒はしていなかったろう」
舐めて消毒だなんて、そんな事……。
あっ、やだ。ピリピリして痛いのに、同時にぞくぞくする。気持ちいい……。
「ン……稀血と普通の血の違いはわからないが、朝緋の血は甘いな……まるで君が俺との行為でしたたらせる甘い夜露のようだ」
「はぁう、舐めながら……しゃべらないでぇ……っ!きょ、じゅろさ、鬼じゃないから美味しいわけな……ぁっ」
「いや?美味いぞ?んん、じゅる、ぷは……っ。
…………ん?足を擦り合わせてどうした。消毒は今しがた終わったところだぞ?」
するり、スカートの中に熱い手が侵入して太ももをまさぐってきている。
ああ、触れている箇所から快感が溢れて火傷してしまいそう。傷口も太ももも、貴方のせいで熱い。
「……っ、床へのお誘いされているようですけど、まだ任務があります!しませんからね?この手も駄目っ!」
太ももを尚も執拗にまさぐる悪い手を、思い切りはたき落とす。
「よもや、それは残念だ!せっかくすぐそこに二階のある蕎麦屋が見えたのだがなぁ!」
わっ!ここって『前』にやらしい展開になった蕎麦屋じゃん!いつのまにかこの場所に誘導されていた……?恐るべし煉獄杏寿郎……。
「ほ、ほら!藤の家に行きますよ!!そこで休んで待機!のち!夕刻に無限列車に乗車です!!」
「むう……休む間は朝緋と添い寝くらいはしたいのだが!」
「添い寝以上の事は許しませんからね!」
「努力する!!」
すごくすごーく大変だったけれど、努力してもらいました。
でもこれで、体力は見違えるほどに有り余っている。万全の状態で無限列車の任務に挑むことができる。
待ってろ鬼ども。