三周目 陸
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浅草から合羽橋を抜け、上野方面まで対象の動きを追いながら、潜むこと数刻。
相手はこそこそしながら、人身売買に精を出しているように見受けられた。
鬼と繋がっていようがいなかろうが、やっぱり怪しいわ。
そして私の目はそんな怪しい男ではなく、お空と、そして行く先々の民家の庭先へと向けられていた。
だって、怪しい人の監視なら、私より杏寿郎さんがしっかりやってくれてるんだもの……。
私、基本的には恋人役で隣にいればいいみたいだし。
はたはた、と棚引くように青空に翻るそれ。
はぁー。寒風吹き荒ぶ中とはいえ、天気がいいから干すのにはちょうどいいよねぇ……。
でもうちにはない。
「先程から朝緋は何を見ているんだ?」
「あちらのお庭で干されている炬燵布団を見てました」
「ほう……。平和な光景ではあるな」
青い空の中、四角く干された白いそれを眩しそうに眺めた杏寿郎さん。その言葉の通りだ。
こんな平和でのどかな光景を、杏寿郎さんと共に日がな一日縁側でぽかぽかあたたまりながら見ていられたらとんなに幸せだろう。とは思う。
その為には鬼を根絶しなくてはいけない。
あの憎い鬼の頸を取らなくてはならない。
幸せな光景を手に入れるのはまだ先ね。
代わりに、手近で得られる幸せを少しだけ望みたい。
「一時期寒さが和らいだと思ったのに、最近また寒くなってきましたよね。
だから櫓炬燵でも買おうかなと思ってるんですよ」
「炬燵……!?そんなもの俺があたためるのだから要らないだろう……!!」
炬燵を買いたい。会話のついでにと直談判してみれば、ぐりんっ!と杏寿郎さんの顔が対象から外れて私に向き、即却下された。
ちょ、顔怖い顔怖い。それ鬼や悪い人に向ける顔。相手は私だから顔を元に戻して。
「さすがに人の体温では部屋の隅まであたたまらないじゃないですか。私は自分の体だけじゃなくて、部屋全体ぽかぽかにしたいの。
それにお布団の中でくっついていたら他に何も出来ないし……」
最後はごにょごにょと尻すぼみになってしまった。だってお布団の中でくっついてる時にしてることを考えるだけで、顔から火が出そうになるんだもの。
「共にいる時にすることといえば、それ以外にない!!」
「他にもする事いっぱいあるでしょうが!ご飯作ったり鍛錬したり報告書書いたり!!
部屋が寒かったら手がかじかんで作業進まないのわかる!?
どんだけそういう事したいんですか……」
「朝緋が魅力的なのが悪い。
……どちらにせよ炬燵は要らないだろう。
俺には、いや俺達には炎の呼吸がある。部屋もそれで暖めよう!!」
突如思いついたように言い切る杏寿郎さん。呼吸でって、無理がありすぎるよ……。
「上手いこと言った!と思ってるところ悪いんですけど、それって実際に炎が出てるわけでもないし大してあったかくな……」
腕と体を思い切り引かれ、脇道に引き摺り込まれた。
対象が通り、何かを人とやりとりしているのが見えたからだ。
ガッツリあちらから見える位置にいては、少々都合が悪い。
……んだけれど。
なんで引き摺り込むだけじゃなくて、抱きしめられてるの私。
杏寿郎さんのマントの中に包み込まれた挙句、その身でめちゃくちゃ抱きしめられて身動きすら取れない。
「どうだ?」
じんわり、熱が移ってくるけど、もしかしてこれって。……ああ、多分そうだ。
「……あったかいですね?」
「だろう?呼吸をな、朝緋に触れる箇所に集中させてみたのだ」
「んんん!嬉しいけど呼吸の無駄遣い!」
というか、至近距離にいる杏寿郎さんがかっこよすぎてつらい。
杏寿郎さんが、かっちりしたスーツに帽子、インバネスコートっていうんだっけ?マントを羽織る姿は目に毒で。どこかの男爵様って感じがして鼻血ふいて倒れそうです。
私もそれに合わせて、大正浪漫風の女学生みたいな格好してるけれどさあ。
「師範、そういう問題じゃないんです。あったかいけど、あまりくっつかないでください!」
でないと鼻血通り越して心臓が飛び出ちゃう。
「こら、今は任務中とはいえ恋仲という設定だろう。呼び方は?」
「あっ!ご、ごめんなさい。杏寿郎さん」
「まあ、元から恋仲だからな。呼び方にはよくよく気をつけるようにしなさい。
でないと、仕置きがあるぞ?」
「お仕置き……」
その言葉には弱い。
ちょっと『過去』に色々あって、お仕置きなんて言われただけで、胸はどきどき、体はぴくぴく反応をこぼしてしまう。
すでに頭がぽやぽや〜っとしてきた……。
「む。対象がまた移動したようだ。追うぞ」
現実に引き戻されて事なきを得たけれど、この方法は求めていない。
今の私では足が遅いかもと踏んで、抱き上げられた。
「追うぞって、なんでいきなりお姫様抱っこ!?」
「わはは!君が俺だけのおひいさまだからだろうな!!」
「逆に目立つから降ろしてぇー!」
降ろしてはもらえなかった。
今回もまた、鬼は関係しない結果となった。
炬燵はどうあっても却下されたけれど、代わりに食べきれないほどの蜜柑を買ってもらえた。
蜜柑かあ。蜜柑といえば、炬燵でまったり蜜柑が夢なんだけどなぁ。
未来のように便利な電気炬燵はないから、そんなの夢のまた夢。
まだ電気もそこまで普及してないし、冷蔵庫だってちゃんとしたものはないのだもの。炬燵であたたまりながらのアイスも無理。
そもそも蜜柑自体、大正初期の今はそこまで美味しくない。令和の時代が糖度高すぎ艶々しすぎ水分たっぷり果肉みっちり!すぎるのよね。人間の品種改良への熱い思いのなせる技だ。
ぱくっ。
剥きにくい皮を開いて、一房食べる。酸っぱさに身構えていたけれど、言うほどそうでもなかった。
「美味しっ」
私が生きていた先の時代ほどの甘さではない。けれど美味しい。
小粒で、酸っぱいこの味こそが、私がこの時代にいるという証明でもある。
こうしてありのままの季節を、冬を。愛する人と感じられることのなんと幸せなことかと、ふと気がついた。
炬燵も、蜜柑も、なーんにも必要ない。貴方さえここにいてくれればそれで幸せなんだ。
そばにいた杏寿郎さんにぴっとりと自分からくっついた。
広い背中。広い胸板。くっつくとふんわり届いてくる杏寿郎さんの匂いも、声も、すべて大好き。
気持ちが昂って、つい体に手を回してぎゅうぎゅうに抱きついて、頬に唇を寄せてしまった。
私も大概、わがままだ。だって、くっつくだけでは足りなかったんだもの。
「どうした?」
「ううん。なんでもありません。ただ、こうしたくなっただけで」
「朝緋からとは珍しい!次に来る任務では特に気を引き締めんと、怪我でもしてしまいそうで怖いな!?」
「えー、何それ。失礼しちゃうなぁ……」
その先はさすがに望むことは難しい。恥ずかしさだってある。
でも、この人と無事に無限列車の任を乗り越えられたら、私から床に誘ってみたい。
今までの労いをこめて、いっぱいいっぱいご奉仕して。一緒に幸せを分かち合いたい。
……一歩先に進んでみよう。より強くなるために。あの鬼の頸に刃を振るうために。
相手はこそこそしながら、人身売買に精を出しているように見受けられた。
鬼と繋がっていようがいなかろうが、やっぱり怪しいわ。
そして私の目はそんな怪しい男ではなく、お空と、そして行く先々の民家の庭先へと向けられていた。
だって、怪しい人の監視なら、私より杏寿郎さんがしっかりやってくれてるんだもの……。
私、基本的には恋人役で隣にいればいいみたいだし。
はたはた、と棚引くように青空に翻るそれ。
はぁー。寒風吹き荒ぶ中とはいえ、天気がいいから干すのにはちょうどいいよねぇ……。
でもうちにはない。
「先程から朝緋は何を見ているんだ?」
「あちらのお庭で干されている炬燵布団を見てました」
「ほう……。平和な光景ではあるな」
青い空の中、四角く干された白いそれを眩しそうに眺めた杏寿郎さん。その言葉の通りだ。
こんな平和でのどかな光景を、杏寿郎さんと共に日がな一日縁側でぽかぽかあたたまりながら見ていられたらとんなに幸せだろう。とは思う。
その為には鬼を根絶しなくてはいけない。
あの憎い鬼の頸を取らなくてはならない。
幸せな光景を手に入れるのはまだ先ね。
代わりに、手近で得られる幸せを少しだけ望みたい。
「一時期寒さが和らいだと思ったのに、最近また寒くなってきましたよね。
だから櫓炬燵でも買おうかなと思ってるんですよ」
「炬燵……!?そんなもの俺があたためるのだから要らないだろう……!!」
炬燵を買いたい。会話のついでにと直談判してみれば、ぐりんっ!と杏寿郎さんの顔が対象から外れて私に向き、即却下された。
ちょ、顔怖い顔怖い。それ鬼や悪い人に向ける顔。相手は私だから顔を元に戻して。
「さすがに人の体温では部屋の隅まであたたまらないじゃないですか。私は自分の体だけじゃなくて、部屋全体ぽかぽかにしたいの。
それにお布団の中でくっついていたら他に何も出来ないし……」
最後はごにょごにょと尻すぼみになってしまった。だってお布団の中でくっついてる時にしてることを考えるだけで、顔から火が出そうになるんだもの。
「共にいる時にすることといえば、それ以外にない!!」
「他にもする事いっぱいあるでしょうが!ご飯作ったり鍛錬したり報告書書いたり!!
部屋が寒かったら手がかじかんで作業進まないのわかる!?
どんだけそういう事したいんですか……」
「朝緋が魅力的なのが悪い。
……どちらにせよ炬燵は要らないだろう。
俺には、いや俺達には炎の呼吸がある。部屋もそれで暖めよう!!」
突如思いついたように言い切る杏寿郎さん。呼吸でって、無理がありすぎるよ……。
「上手いこと言った!と思ってるところ悪いんですけど、それって実際に炎が出てるわけでもないし大してあったかくな……」
腕と体を思い切り引かれ、脇道に引き摺り込まれた。
対象が通り、何かを人とやりとりしているのが見えたからだ。
ガッツリあちらから見える位置にいては、少々都合が悪い。
……んだけれど。
なんで引き摺り込むだけじゃなくて、抱きしめられてるの私。
杏寿郎さんのマントの中に包み込まれた挙句、その身でめちゃくちゃ抱きしめられて身動きすら取れない。
「どうだ?」
じんわり、熱が移ってくるけど、もしかしてこれって。……ああ、多分そうだ。
「……あったかいですね?」
「だろう?呼吸をな、朝緋に触れる箇所に集中させてみたのだ」
「んんん!嬉しいけど呼吸の無駄遣い!」
というか、至近距離にいる杏寿郎さんがかっこよすぎてつらい。
杏寿郎さんが、かっちりしたスーツに帽子、インバネスコートっていうんだっけ?マントを羽織る姿は目に毒で。どこかの男爵様って感じがして鼻血ふいて倒れそうです。
私もそれに合わせて、大正浪漫風の女学生みたいな格好してるけれどさあ。
「師範、そういう問題じゃないんです。あったかいけど、あまりくっつかないでください!」
でないと鼻血通り越して心臓が飛び出ちゃう。
「こら、今は任務中とはいえ恋仲という設定だろう。呼び方は?」
「あっ!ご、ごめんなさい。杏寿郎さん」
「まあ、元から恋仲だからな。呼び方にはよくよく気をつけるようにしなさい。
でないと、仕置きがあるぞ?」
「お仕置き……」
その言葉には弱い。
ちょっと『過去』に色々あって、お仕置きなんて言われただけで、胸はどきどき、体はぴくぴく反応をこぼしてしまう。
すでに頭がぽやぽや〜っとしてきた……。
「む。対象がまた移動したようだ。追うぞ」
現実に引き戻されて事なきを得たけれど、この方法は求めていない。
今の私では足が遅いかもと踏んで、抱き上げられた。
「追うぞって、なんでいきなりお姫様抱っこ!?」
「わはは!君が俺だけのおひいさまだからだろうな!!」
「逆に目立つから降ろしてぇー!」
降ろしてはもらえなかった。
今回もまた、鬼は関係しない結果となった。
炬燵はどうあっても却下されたけれど、代わりに食べきれないほどの蜜柑を買ってもらえた。
蜜柑かあ。蜜柑といえば、炬燵でまったり蜜柑が夢なんだけどなぁ。
未来のように便利な電気炬燵はないから、そんなの夢のまた夢。
まだ電気もそこまで普及してないし、冷蔵庫だってちゃんとしたものはないのだもの。炬燵であたたまりながらのアイスも無理。
そもそも蜜柑自体、大正初期の今はそこまで美味しくない。令和の時代が糖度高すぎ艶々しすぎ水分たっぷり果肉みっちり!すぎるのよね。人間の品種改良への熱い思いのなせる技だ。
ぱくっ。
剥きにくい皮を開いて、一房食べる。酸っぱさに身構えていたけれど、言うほどそうでもなかった。
「美味しっ」
私が生きていた先の時代ほどの甘さではない。けれど美味しい。
小粒で、酸っぱいこの味こそが、私がこの時代にいるという証明でもある。
こうしてありのままの季節を、冬を。愛する人と感じられることのなんと幸せなことかと、ふと気がついた。
炬燵も、蜜柑も、なーんにも必要ない。貴方さえここにいてくれればそれで幸せなんだ。
そばにいた杏寿郎さんにぴっとりと自分からくっついた。
広い背中。広い胸板。くっつくとふんわり届いてくる杏寿郎さんの匂いも、声も、すべて大好き。
気持ちが昂って、つい体に手を回してぎゅうぎゅうに抱きついて、頬に唇を寄せてしまった。
私も大概、わがままだ。だって、くっつくだけでは足りなかったんだもの。
「どうした?」
「ううん。なんでもありません。ただ、こうしたくなっただけで」
「朝緋からとは珍しい!次に来る任務では特に気を引き締めんと、怪我でもしてしまいそうで怖いな!?」
「えー、何それ。失礼しちゃうなぁ……」
その先はさすがに望むことは難しい。恥ずかしさだってある。
でも、この人と無事に無限列車の任を乗り越えられたら、私から床に誘ってみたい。
今までの労いをこめて、いっぱいいっぱいご奉仕して。一緒に幸せを分かち合いたい。
……一歩先に進んでみよう。より強くなるために。あの鬼の頸に刃を振るうために。