三周目 伍
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初めからそのつもりだったとでもいうのだろうか。移動した杏寿郎さんの部屋の中にはこの時間なのにまだ布団が敷いたままだった。
杏寿郎さんともあろう方がお行儀が悪い。布団を畳んでないなんてことあるのだろうか。
これホント絶対確信犯。違う?
「まあ座れ」
「あ、はい……」
勧められた座布団の上に座ってはみるも、居心地悪いなぁ……。
すぐに部屋を出られるようなるべく襖の近くに座布団を引っ張り、ちょこんと座っておいた。
「遠いな?」
「えっ、わっっ!?」
けど、座った座布団ごと引っ張られ、体勢を崩してしまう。ダイブしたところは幸いにも布団ではなかったけれど、代わりにもっと問題のある杏寿郎さんの胸の中だった。
そのままがっちりとホールドされてしまう。う、動けない……!
「す、すみません!離れたいのですが!」
「君が飛び込んできたのだろう?このまま話す!」
「そんなぁ……」
「……そんなに嫌がらなくてもいいだろう?ほら、よしよし。朝緋はこうされるのが好きだったはずだ」
「ン………………、」
頭を撫でてくるその動きは、だめだ。離れたくなくなってしまう。
女の部分が刺激されるのとはまた違う、リラックスできる気持ちよさがそこには存在した。
昔からこうだ。頭を撫でられていると、気持ちが落ち着いてきて、眠くもなるような感覚に襲われる。相手に甘えたくなってしまう。
この体に転生しての父と母。もしかしたら彼らにこうして撫でられていたのかもしれない。そこにきて杏寿郎さんの炎の呼吸をマスターした者特有の、懐炉のような温かい手のひらだ。
はわ……ほんとだめになっちゃう……。
だけど頭を撫でる手は少しずつ降下していき、背中をとんとん撫でる動きを経て、腰やお尻のあたりを意味深に撫でるようになっていった。なんていやらしい動き。ゾクゾクするの止まらない。
……頼むからそのスイッチを入れないで。
息が弾んでしまう。
「なあ朝緋。俺は何度でも言うぞ。だから聞け」
「ン、ふぁ……その前に、ソコ……撫でるのやめてくださ、ぁ、」
「やめない。
朝緋。君や周りに何か言われようと、君に拒絶されようとも、俺は君を俺のものにすると決めていた。俺は止まらない。
俺は、君が好きだ」
腰をお尻を、そして胎の上をそんなにゆるゆる撫でながら言わないでほしい。
言葉の意味を頭で考えながらも、同時に体にやってくる感覚に集中してしまい、刺激を拾ってはぴりぴりと痺れてつらいの。心と体とが別物になったみたいに、勝手に反応してしまう。
つまりだ。今口を開けば言葉は変な声と一緒に出てしまうはずで。
私は唇を固く結んで耐え凌いだ。
「君とて、少なからず俺に好意を向けている。
違うか?違わないだろう。朝緋はあの時、あんなにも嫉妬していた。それを俺は君の呼吸と脈でしっかりと確認している。
俺は朝緋の気持ちが知りたい。君の口から」
するぅり、唇に指を寄せられ、なぞりあげてくる。その指が隙間から口の中に侵入し、強制的に口を開かせてきた。
甘い吐息と共に、同じくらい甘い声が漏れ出す。
「わ、わたし……私、は……、」
「うん。なんだ?」
ふるりと震える唇が、気持ちを紡ごうと動く。
だめ。言ってはだめ。逃げられなくなる。
「……いいえ!なんでも、ありません……っ」
「何だ。続きを言ってくれ。朝緋の心を俺に教えてくれ」
「ッ言いません」
「言え!たのむ、言ってくれ!」
拘束が強くなる。
息ができないほど、常中を保てなくなるほど強く強く、杏寿郎さんが抱きしめてくる。
自ら正座から崩した足で私の体を抱え込んで拘束する姿勢は、まるで向かい合って座った状態でするそれ。もし場が場なら、確実に挿ーー。ううん、なんでもない。
「言わぬまで離しはしない!」
「痛っ、んん、やめて……。言わない、言いたくない……!」
緩く乱された襟元。顕となった首にガブリと噛みつかれた。
心と頭の攻防戦が続く中、さらに杏寿郎さんからの攻撃が次々に投下されてゆく。
痛いのにどこか気持ちよくて。もどかしく足を動かし耐える。けれど拘束されて碌に動かせないから、ちゃんと快感を逃せなかった。これはいただけない、やばい。
「ん……っ。そ、それより料理の続きに戻らなくちゃ……っ、お腹空きましたでしょう?わ、私もお腹が空いたんです。だから離してください……っ!」
「離さないと言ったはずだ。
腹は減ったが、食べるなら君を食べてもいいんだぞ?」
この場合の食べるはもちろん、鬼のように物理的に私を食べるのではない。
杏寿郎さんの目の奥に宿る情欲の炎がそれを物語る。
「ーーそれとも朝緋は無理やりこの服や体を暴いても言わない気か?俺は柱で男。君は柱ではないし女。最後まで抵抗できるか?」
しゅる、固定紐を解かれた割烹着はすでに下に落ち、纏う着物の帯すら緩ませ始めている。
これ以上力を入れられたら、こんな粗い結び目の帯は簡単に解けてその下の着物すら脱げてしまう。襟元だってすでに崩れてるのだ。
休みの日だからと、着付けも簡素なものにしてあるのが仇となったようだ。
杏寿郎さんの指一本あるだけで、私は生まれたままの姿に変えられてしまうだろう。
「や、やめてくださいっ!
貴方にそんな無体はできない。貴方は無理やりなんてしないはずです!!」
「いいやする!君相手には俺は時折おかしい感情に襲われる。
先日の女性隊士にも、巷で話題の女優にも他のどんな魅力ある女性にすら、こんな気持ちになったことはない!!こんなの君相手だけだ!!」
私にだけ一心不乱に向けられる熱い感情を前に、愛しい気持ちが溢れてしまう。隠したい、隠せない。愛してはいけない。けれど愛したい。
感情を隠し続けるなんて、『心』を持つ人間にとってはこんなに難しい事なんだね。
「俺とて無理強いしたくはない。だから教えてくれると嬉しい。君の本当の気持ちを。俺をどう思っているのかを。
今俺が望むのはそれだけだ。簡単なことだろう」
「……わ、私だって、貴方のこと……」
言っちゃだめ。だけど開いた口は止まらない。壱ノ型が途中で止まらないのと同じに。
「だい、すきです……!」
ああ、言ってしまった。
もう後戻りできないね。
いつかこうなるとわかっていたから、私はここに共に住むのも嫌だったし、一緒に過ごしたくなかったし、こうして話す機会を設けたくもなかったのに。
なのにもう遅い。逃げ場のないその道に私は進んでしまった。
「朝緋……やっと言ってくれたな」
今までと違う抱擁で、抱きしめられる。
私の頬をするする撫でながら、にっこりと幸せそうに笑っている目の前の男からはもう逃げられない。自分の感情からも……。
そう。『前』からずっと。その『前の前』からも好き。貴方のことを愛してる。
だけれど、今の私は。
自分の心を殺してでも、貴方が助かる道を歩きたいの。そう考えて生きてきたの。
抱擁で苦しい中から、杏寿郎さんに言葉を返す。好きだけど、恋仲にはならない。なれないという拒絶にも等しい言葉を。
「ただ、杏寿郎さ……師範」
「うん?師範でなく、今呼ぼうとした呼び名でいいぞ」
自身の気持ちを告白してしまったからか、つい、呼び方がお付き合いをしていた時と同じ『杏寿郎さん』という呼び名を使いそうになった。
そればかりは今はだめな気がする。
「……私には恋愛よりも優先すべきことがございます。この感情を優先してしまえば、途端に私は弱くなる」
恋路にうつつを抜かす暇など皆無。私は何のために階級をまた甲まで上げた?
全ては杏寿郎さんを助けるため。あの鬼の頸をとるため。そのために恋愛感情も、青春もすべて捨てようと決めたのだからそれを反故にしてはいけない。
そして。
「それに私は煉獄家の、血は繋がらなくても娘です。そして継子です。恋人にも奥方にもなれません。先を望むことはできないのです。
師範の家は、古き時代より続く名家。もっと貴方にふさわしい女性をお嫁さんにするべきだしもっと素敵な女性と恋仲になるべきです。私のような鬼殺隊にいる女ではだめ」
「何を言っている!君は恋愛を優先しようと既に強い!弱くなんてない!柱の下の階級、甲だということを忘れたか!?
名家?娘?継子?それがどうした!!ふさわしい人を嫁に迎えろだと!?君以外の相手など考えられんな!!
気持ちがあればそれでいい。朝緋は俺のことを好いているのだろう?俺も全力で朝緋を好いている。それだけで十分だ!!気持ちが通じ合っている者同士、恋仲と言わず何と言う!
俺は君と既に恋仲だ!異論は許さん!以上!!」
わあ強引……。杏寿郎さんは結論を急ぎ、答えを性急に出して決めつけてしまう事が多い。恋は盲目とはよくいった言葉で、悪いところでもあるそんなところも、私は好きだ。
でも。貴方を救うためには、どうしてももっと強くならなくちゃだめなの。
貴方はいい。他の人と一緒になろうと恋愛をしようとその強さに翳り一つでないのだから。
反対に、私にとって恋愛はその障害になる筆頭。力に翳りが出てしまうから、ぬるま湯には浸かりたくない。
「そういうわけにいかないでしょうが。貴方は嫡男で柱ですよ。きちんと身元が割れているきちんとした人と添い遂げなくちゃ。
だから恋仲にはなれませ「嫌だ」……嫌だ、じゃない。駄々をこねないでください」
抱擁から逃れようと腕を押して距離を取ろうとしてみる。けれど相手は絶対に離さない、と決して力を緩めてはくれない。
「恋愛をすると弱くなるだと?
そこまで言うなら弱くなる暇がないほど鍛錬も追加すれば良い。君は俺の継子だからな!それくらい協力しよう!!俺と恋仲になった程度で弱くなるような鍛え方はしない。
それに異論は許さないと言った。それ以上言うなら、口を塞ぐぞ」
近づく唇を顔を逸らして避ける。
口づけなんて送られたらスイッチが入ってしまう。この人からの接吻の熱さ、気持ちよさ、動き、舌を挿れられた時の感覚、その分厚さや形に至るまで。
みんなみんな、私は覚えている。
「…………最後ので台無しですね。
師範、私が弱くならないよう、鍛えてくれるんですね?鍛える際には手加減は無用ですよ」
鬼は手加減してはくれないのだから。
「ああ。元より、好いた相手だろうと妹だろうと、鍛えることに手を抜いてきたつもりはない。望まれた以上はもっと厳しくいくからその心算でいろ」
「ええ、お願いします」
そう返せば愛おしげに見つめ、そして何度も何度も頬を、顔を、首筋に至るまで撫でてきた。
ここにいる私の存在を確かめるかのように。
「…………。朝緋の答えを改めて聞かせてくれるか?俺との未来を望んでくれるか否か」
恋仲という言葉すら飛び越え、貴方は『未来』という言葉を使うのね。
そんなの、望むに決まってるのに。貴方の未来を。貴方が生きている未来を私は誰よりも、何よりも。
一番に望む。
「望みますよ、杏寿郎さん。だって私の心は常に貴方と共にあるのですから」
自分からも抱きついてそう答えを返せば、そのまま布団の上に押し倒された。
あ……、まずい。つい、杏寿郎さんと呼んでしまった。
彼の瞳の奥、燃ゆる情欲の炎が激しさを増したのが見えた。
杏寿郎さんともあろう方がお行儀が悪い。布団を畳んでないなんてことあるのだろうか。
これホント絶対確信犯。違う?
「まあ座れ」
「あ、はい……」
勧められた座布団の上に座ってはみるも、居心地悪いなぁ……。
すぐに部屋を出られるようなるべく襖の近くに座布団を引っ張り、ちょこんと座っておいた。
「遠いな?」
「えっ、わっっ!?」
けど、座った座布団ごと引っ張られ、体勢を崩してしまう。ダイブしたところは幸いにも布団ではなかったけれど、代わりにもっと問題のある杏寿郎さんの胸の中だった。
そのままがっちりとホールドされてしまう。う、動けない……!
「す、すみません!離れたいのですが!」
「君が飛び込んできたのだろう?このまま話す!」
「そんなぁ……」
「……そんなに嫌がらなくてもいいだろう?ほら、よしよし。朝緋はこうされるのが好きだったはずだ」
「ン………………、」
頭を撫でてくるその動きは、だめだ。離れたくなくなってしまう。
女の部分が刺激されるのとはまた違う、リラックスできる気持ちよさがそこには存在した。
昔からこうだ。頭を撫でられていると、気持ちが落ち着いてきて、眠くもなるような感覚に襲われる。相手に甘えたくなってしまう。
この体に転生しての父と母。もしかしたら彼らにこうして撫でられていたのかもしれない。そこにきて杏寿郎さんの炎の呼吸をマスターした者特有の、懐炉のような温かい手のひらだ。
はわ……ほんとだめになっちゃう……。
だけど頭を撫でる手は少しずつ降下していき、背中をとんとん撫でる動きを経て、腰やお尻のあたりを意味深に撫でるようになっていった。なんていやらしい動き。ゾクゾクするの止まらない。
……頼むからそのスイッチを入れないで。
息が弾んでしまう。
「なあ朝緋。俺は何度でも言うぞ。だから聞け」
「ン、ふぁ……その前に、ソコ……撫でるのやめてくださ、ぁ、」
「やめない。
朝緋。君や周りに何か言われようと、君に拒絶されようとも、俺は君を俺のものにすると決めていた。俺は止まらない。
俺は、君が好きだ」
腰をお尻を、そして胎の上をそんなにゆるゆる撫でながら言わないでほしい。
言葉の意味を頭で考えながらも、同時に体にやってくる感覚に集中してしまい、刺激を拾ってはぴりぴりと痺れてつらいの。心と体とが別物になったみたいに、勝手に反応してしまう。
つまりだ。今口を開けば言葉は変な声と一緒に出てしまうはずで。
私は唇を固く結んで耐え凌いだ。
「君とて、少なからず俺に好意を向けている。
違うか?違わないだろう。朝緋はあの時、あんなにも嫉妬していた。それを俺は君の呼吸と脈でしっかりと確認している。
俺は朝緋の気持ちが知りたい。君の口から」
するぅり、唇に指を寄せられ、なぞりあげてくる。その指が隙間から口の中に侵入し、強制的に口を開かせてきた。
甘い吐息と共に、同じくらい甘い声が漏れ出す。
「わ、わたし……私、は……、」
「うん。なんだ?」
ふるりと震える唇が、気持ちを紡ごうと動く。
だめ。言ってはだめ。逃げられなくなる。
「……いいえ!なんでも、ありません……っ」
「何だ。続きを言ってくれ。朝緋の心を俺に教えてくれ」
「ッ言いません」
「言え!たのむ、言ってくれ!」
拘束が強くなる。
息ができないほど、常中を保てなくなるほど強く強く、杏寿郎さんが抱きしめてくる。
自ら正座から崩した足で私の体を抱え込んで拘束する姿勢は、まるで向かい合って座った状態でするそれ。もし場が場なら、確実に挿ーー。ううん、なんでもない。
「言わぬまで離しはしない!」
「痛っ、んん、やめて……。言わない、言いたくない……!」
緩く乱された襟元。顕となった首にガブリと噛みつかれた。
心と頭の攻防戦が続く中、さらに杏寿郎さんからの攻撃が次々に投下されてゆく。
痛いのにどこか気持ちよくて。もどかしく足を動かし耐える。けれど拘束されて碌に動かせないから、ちゃんと快感を逃せなかった。これはいただけない、やばい。
「ん……っ。そ、それより料理の続きに戻らなくちゃ……っ、お腹空きましたでしょう?わ、私もお腹が空いたんです。だから離してください……っ!」
「離さないと言ったはずだ。
腹は減ったが、食べるなら君を食べてもいいんだぞ?」
この場合の食べるはもちろん、鬼のように物理的に私を食べるのではない。
杏寿郎さんの目の奥に宿る情欲の炎がそれを物語る。
「ーーそれとも朝緋は無理やりこの服や体を暴いても言わない気か?俺は柱で男。君は柱ではないし女。最後まで抵抗できるか?」
しゅる、固定紐を解かれた割烹着はすでに下に落ち、纏う着物の帯すら緩ませ始めている。
これ以上力を入れられたら、こんな粗い結び目の帯は簡単に解けてその下の着物すら脱げてしまう。襟元だってすでに崩れてるのだ。
休みの日だからと、着付けも簡素なものにしてあるのが仇となったようだ。
杏寿郎さんの指一本あるだけで、私は生まれたままの姿に変えられてしまうだろう。
「や、やめてくださいっ!
貴方にそんな無体はできない。貴方は無理やりなんてしないはずです!!」
「いいやする!君相手には俺は時折おかしい感情に襲われる。
先日の女性隊士にも、巷で話題の女優にも他のどんな魅力ある女性にすら、こんな気持ちになったことはない!!こんなの君相手だけだ!!」
私にだけ一心不乱に向けられる熱い感情を前に、愛しい気持ちが溢れてしまう。隠したい、隠せない。愛してはいけない。けれど愛したい。
感情を隠し続けるなんて、『心』を持つ人間にとってはこんなに難しい事なんだね。
「俺とて無理強いしたくはない。だから教えてくれると嬉しい。君の本当の気持ちを。俺をどう思っているのかを。
今俺が望むのはそれだけだ。簡単なことだろう」
「……わ、私だって、貴方のこと……」
言っちゃだめ。だけど開いた口は止まらない。壱ノ型が途中で止まらないのと同じに。
「だい、すきです……!」
ああ、言ってしまった。
もう後戻りできないね。
いつかこうなるとわかっていたから、私はここに共に住むのも嫌だったし、一緒に過ごしたくなかったし、こうして話す機会を設けたくもなかったのに。
なのにもう遅い。逃げ場のないその道に私は進んでしまった。
「朝緋……やっと言ってくれたな」
今までと違う抱擁で、抱きしめられる。
私の頬をするする撫でながら、にっこりと幸せそうに笑っている目の前の男からはもう逃げられない。自分の感情からも……。
そう。『前』からずっと。その『前の前』からも好き。貴方のことを愛してる。
だけれど、今の私は。
自分の心を殺してでも、貴方が助かる道を歩きたいの。そう考えて生きてきたの。
抱擁で苦しい中から、杏寿郎さんに言葉を返す。好きだけど、恋仲にはならない。なれないという拒絶にも等しい言葉を。
「ただ、杏寿郎さ……師範」
「うん?師範でなく、今呼ぼうとした呼び名でいいぞ」
自身の気持ちを告白してしまったからか、つい、呼び方がお付き合いをしていた時と同じ『杏寿郎さん』という呼び名を使いそうになった。
そればかりは今はだめな気がする。
「……私には恋愛よりも優先すべきことがございます。この感情を優先してしまえば、途端に私は弱くなる」
恋路にうつつを抜かす暇など皆無。私は何のために階級をまた甲まで上げた?
全ては杏寿郎さんを助けるため。あの鬼の頸をとるため。そのために恋愛感情も、青春もすべて捨てようと決めたのだからそれを反故にしてはいけない。
そして。
「それに私は煉獄家の、血は繋がらなくても娘です。そして継子です。恋人にも奥方にもなれません。先を望むことはできないのです。
師範の家は、古き時代より続く名家。もっと貴方にふさわしい女性をお嫁さんにするべきだしもっと素敵な女性と恋仲になるべきです。私のような鬼殺隊にいる女ではだめ」
「何を言っている!君は恋愛を優先しようと既に強い!弱くなんてない!柱の下の階級、甲だということを忘れたか!?
名家?娘?継子?それがどうした!!ふさわしい人を嫁に迎えろだと!?君以外の相手など考えられんな!!
気持ちがあればそれでいい。朝緋は俺のことを好いているのだろう?俺も全力で朝緋を好いている。それだけで十分だ!!気持ちが通じ合っている者同士、恋仲と言わず何と言う!
俺は君と既に恋仲だ!異論は許さん!以上!!」
わあ強引……。杏寿郎さんは結論を急ぎ、答えを性急に出して決めつけてしまう事が多い。恋は盲目とはよくいった言葉で、悪いところでもあるそんなところも、私は好きだ。
でも。貴方を救うためには、どうしてももっと強くならなくちゃだめなの。
貴方はいい。他の人と一緒になろうと恋愛をしようとその強さに翳り一つでないのだから。
反対に、私にとって恋愛はその障害になる筆頭。力に翳りが出てしまうから、ぬるま湯には浸かりたくない。
「そういうわけにいかないでしょうが。貴方は嫡男で柱ですよ。きちんと身元が割れているきちんとした人と添い遂げなくちゃ。
だから恋仲にはなれませ「嫌だ」……嫌だ、じゃない。駄々をこねないでください」
抱擁から逃れようと腕を押して距離を取ろうとしてみる。けれど相手は絶対に離さない、と決して力を緩めてはくれない。
「恋愛をすると弱くなるだと?
そこまで言うなら弱くなる暇がないほど鍛錬も追加すれば良い。君は俺の継子だからな!それくらい協力しよう!!俺と恋仲になった程度で弱くなるような鍛え方はしない。
それに異論は許さないと言った。それ以上言うなら、口を塞ぐぞ」
近づく唇を顔を逸らして避ける。
口づけなんて送られたらスイッチが入ってしまう。この人からの接吻の熱さ、気持ちよさ、動き、舌を挿れられた時の感覚、その分厚さや形に至るまで。
みんなみんな、私は覚えている。
「…………最後ので台無しですね。
師範、私が弱くならないよう、鍛えてくれるんですね?鍛える際には手加減は無用ですよ」
鬼は手加減してはくれないのだから。
「ああ。元より、好いた相手だろうと妹だろうと、鍛えることに手を抜いてきたつもりはない。望まれた以上はもっと厳しくいくからその心算でいろ」
「ええ、お願いします」
そう返せば愛おしげに見つめ、そして何度も何度も頬を、顔を、首筋に至るまで撫でてきた。
ここにいる私の存在を確かめるかのように。
「…………。朝緋の答えを改めて聞かせてくれるか?俺との未来を望んでくれるか否か」
恋仲という言葉すら飛び越え、貴方は『未来』という言葉を使うのね。
そんなの、望むに決まってるのに。貴方の未来を。貴方が生きている未来を私は誰よりも、何よりも。
一番に望む。
「望みますよ、杏寿郎さん。だって私の心は常に貴方と共にあるのですから」
自分からも抱きついてそう答えを返せば、そのまま布団の上に押し倒された。
あ……、まずい。つい、杏寿郎さんと呼んでしまった。
彼の瞳の奥、燃ゆる情欲の炎が激しさを増したのが見えた。