三周目 伍
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ぼそ、聞こえるか聞こえないかのか細い声が耳に届いた。
「痛みが……」
「?」
「口付けしてくれたら、痛みが飛んでいく気がするのだ。昔は朝緋からしてくれたではないか」
口を尖らせながらちらと私を見て言う姿はこれから柱になる男というよりは、少年から青年に変わっていく過程にある年相応の一人の人間だ。
かわいいと思ってしまった。こういうあどけないところも、私が杏寿郎さんを好きな理由……おっと心に秘めた気持ちが表に出そうだ。隠せ隠せ。
「それってもしかして、痛いの痛いの飛んでけですか」
ちょうど手が塞がっていた事もあり手じゃなくて口でだったけれど、煉獄家に来た頃に一度やったことがある。
だって、煉獄家の額は日本どころか人類の宝じゃん?
何処かでぶつけたのか、痛そうに腫れていたら痛いの飛んでけー!ってくらい、したくなるよね。
でも。
「そんな幼な子の戯れを、今また欲しいと?
絶対却下します。私達はもう子供じゃありません。杏寿郎兄さんが言った事ですよ。君も年頃のお嬢さんなのだと」
「むうっ!
俺は好いたおなごから褒美も貰えんのか!?父上は母上から貰っていたはずだが!!」
「父様と母様は夫婦だから当たり前でしょうが!私達は違うんだから我慢してください!めっ!ですよ!!」
「めっ!とか、かわいいな!だが無理だ!君については我慢が利かんと言ったろう!!」
いけない。これ以上はヒートアップして、カフェーでの痴話喧嘩再びになってしまう。
いくらここが個室でも蝶屋敷全体に聞こえる声の大きさになれば、今しのぶがいなかろうと後で耳に入ってまた怒られる……!
手で耳を塞ぎ、ついでに杏寿郎さんと目を合わせないようあさっての方向を向いた。
これである程度聞こえない。見えない。
気配に鋭く五感も常人よりは優れた隊士にとって、付け焼き刃みたいなものだけれど。
「さて、目は大丈夫ですか?腕や足は?怪我の回復が最優先ですよ」
「回復についてなら大丈夫だ。回復の常中もできている!それより朝緋の唇がほ……、」
「ああそれと日輪刀をこの機会に研ぎに出しておいたほうがいいかもしれませんね。そろそろ『悪鬼滅殺』の文字も入れるのでしょうから」
「ちゃんとこっちを見ろ朝緋!!!!」
あまりの大声にさすがに杏寿郎さんの方を向いてしまった。うっわ怒ってる。
「なんだその人の話を聞かない姿勢は!」
「んー……聞か猿?」
日光東照宮におわす、自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かない方がいいと示すお猿さん。その真似に近いポーズで無視していたら。
どすんっ!ベリッ!
杏寿郎さんが布団から勢いよく降りてきて、私の両手を耳から引っぺがした。
「わっ!危ないじゃないですか!貴方今、足を吊ってる状態でしょ!怪我人ー!ほら、満足に立ててなくてふらついてる……っ」
「君がもっと近くに寄っていてくれれば済む話だ!!」
「まぁったく、もうっ!!」
尚もふらつく杏寿郎さんの手を取り、布団の上に誘導して座らせる。そのまま手は放してもらえなくなってしまった。……離れられないし視線で穴が開きそう。ため息が深くなる。
「……念願の柱就任、おめでとうございます」
「む?」
「この言葉こそが一番の褒美だと、私は思います。私が杏寿郎兄さん……師範と同じ立場ならそう思うから」
「それは鬼殺隊士としての気持ちだろう……?」
「正式な就任の話が来るのはこれからかもしれませんが、それでも鬼殺隊最高位である柱就任というこれ以上ない褒美をいただいてるんでしょ?就任時のお給金。他の柱や他の隊士からの労いや羨望のお言葉。こんなにもらってるのに、まだ望む気ですか?それも、まだ中途半端な階級の隊士を努める妹なんぞに。……欲張りですね」
「隊士としてでも妹としてでもなく、君自身からの褒美が欲しいと言ったまでのこと。
他の者がどう思うかわからんが、君からの口付けだなんてこれ以上ない喜びで、至高の宝。
君自身が欲しいと本当ならばそう言いたいが、せめて顔のどこかにほしいと思った」
ウッ……私自身が欲しいというのは困る。そう考えると口づけの方がマシ……いやいやいやそういう問題じゃない。
「杏寿郎兄さんはどうして口付けにこだわるの?他じゃだめなの?手くらいならこうしていくらでも繋ぎますよ?はいあーくしゅ!」
握手は愛情表現の一種だものね。これならあまり恥ずかしくもないし、好意を寄せていることをこっそり表現できる。
繋がれたままの手をさらにぎゅー。ぶんぶん上下に振る。あまり嬉しくなさそう。
「前に夜の浅草の巡回に赴いた時のことだ」
え、いつの話?独白が始まったんだけど。
「路地裏の暗がりで抱き合い、そして口づけを送り合う男女を幾度となく見た。みな幸せそうだった。あれぞ恋仲の在るべき形と、俺は理解した」
えええやだもう浅草の人達!余計なもの杏寿郎さんに目撃させないでー!?杏寿郎さんの貞操教育に悪影響すぎる!!
「だからこそ俺は君の唇がほしい!愛を感じたい!!」
「いやです」
即答攻撃。『前』と違って水柱である冨岡さんとの任務がほぼないから見ていないけれど、心は彼が作った拾壱の型の凪に似た境地。静かに凪いでいる。
「……心の狭い子だな。
ここに君がいるということを。君の体温を俺に確認させて欲しい。抱きしめては駄目か」
母性本能をくすぐる、へにょりと眉根を下げたその目。ちょっと心が揺らぐ。
心の水面には杏寿郎さんからの熱風で波が立ち、波紋が広がった。
「あの鬼は下弦の弐だった。なかなかに強かった。あれだけの鬼を放置していたら、いずれは君も狙われていた。
なぜなら、あの鬼は煉獄家の者を知っていた。以前父上が逃してしまった鬼の正体こそ、此度相対した下弦の弐だろうと俺は踏んでいる」
いつか襲ってくるのではと、杏寿郎さんが気にしていたその鬼が下弦の弐にまでのしあがってきたのか。
全盛期まで成長した階級・甲の私なら剣を交えるか、その魔の手から逃れるかできたかもしれないけれど、それは階級が甲だったらの話。きっと今襲われればひとたまりもなかったろう。背筋がヒヤリとした。
「怨恨は俺が鬼の頸ごと斬り伏せたから大丈夫だ。あの鬼を倒せたことで、市井の人々だけでない、君も守れた。朝緋に危害は決して及ばんから安心してくれ。
だからこそ君の体温をこの手に伝えることで、今ここにいる君を感じたい。君の存在が確かであると俺も安心したい。ただそれだけなのだ」
「…………。まあ、他に何もしないなら」
熱く懇願する目に負けた。
差し出した腕にすとんと杏寿郎さんの体が落ちてくる。
千寿郎にする時のように、背に腕を回して抱きしめ、ぽんぽんと優しく叩く。
包帯で吊り上げうまく動かせない中、杏寿郎さんの腕もまた、私の背に回って強く抱きしめられた。
あったかい……とくとくと落ち着く心臓の音が伝わってくる……。
杏寿郎さんの存在を感じて安心しているのは、彼よりも私の方だ。
「杏寿郎兄さん、お疲れ様でした。よくがんばりました」
「ん、今だけは杏寿郎と……」
甘えるようにすりすり頬擦りされる。消毒液の匂いの中に、杏寿郎さんの香りがわずかに漂っていた。
「杏寿郎、さん……私達の平穏を守ってくださってありがとう」
「…………うん」
しばし互いの心音を確認しあって、そして。
ゆっくりと顔を、体を離す。
その唇が、私の唇のすぐ横に口付けられた。
「アッ無理やりちゅーしたーー!?」
今度こそ急いで離れる。半ば突き飛ばすような形になってしまい杏寿郎さんが布団の上に倒れてしまった。だがその表情は楽しそうだった。
「わはは、油断したな、朝緋!
君からしてくれぬのなら、俺からするしかなかろ、いたたたた!?俺は怪我人だぞ!!」
腹が立つので包帯から出ている腕を全力でつねってやった。
「そうやってオイタする腕なんか、ガッチリ固定してもらったほうがいいのではっ!」
オイタだけじゃない。肉と肉が変にくっついて肉離れ等を起こさぬように、しのぶちゃんに拘束してもらおうそうしよう。
「今すぐ来てほしいから蟲柱を呼びますね」
「よもやっ!それは困る……!!」
しのぶを呼びはしなかったけれど、騒いだのは蝶屋敷の子を通してバレた。おかげで私達はあとからたっぷりお説教を受けた。
「痛みが……」
「?」
「口付けしてくれたら、痛みが飛んでいく気がするのだ。昔は朝緋からしてくれたではないか」
口を尖らせながらちらと私を見て言う姿はこれから柱になる男というよりは、少年から青年に変わっていく過程にある年相応の一人の人間だ。
かわいいと思ってしまった。こういうあどけないところも、私が杏寿郎さんを好きな理由……おっと心に秘めた気持ちが表に出そうだ。隠せ隠せ。
「それってもしかして、痛いの痛いの飛んでけですか」
ちょうど手が塞がっていた事もあり手じゃなくて口でだったけれど、煉獄家に来た頃に一度やったことがある。
だって、煉獄家の額は日本どころか人類の宝じゃん?
何処かでぶつけたのか、痛そうに腫れていたら痛いの飛んでけー!ってくらい、したくなるよね。
でも。
「そんな幼な子の戯れを、今また欲しいと?
絶対却下します。私達はもう子供じゃありません。杏寿郎兄さんが言った事ですよ。君も年頃のお嬢さんなのだと」
「むうっ!
俺は好いたおなごから褒美も貰えんのか!?父上は母上から貰っていたはずだが!!」
「父様と母様は夫婦だから当たり前でしょうが!私達は違うんだから我慢してください!めっ!ですよ!!」
「めっ!とか、かわいいな!だが無理だ!君については我慢が利かんと言ったろう!!」
いけない。これ以上はヒートアップして、カフェーでの痴話喧嘩再びになってしまう。
いくらここが個室でも蝶屋敷全体に聞こえる声の大きさになれば、今しのぶがいなかろうと後で耳に入ってまた怒られる……!
手で耳を塞ぎ、ついでに杏寿郎さんと目を合わせないようあさっての方向を向いた。
これである程度聞こえない。見えない。
気配に鋭く五感も常人よりは優れた隊士にとって、付け焼き刃みたいなものだけれど。
「さて、目は大丈夫ですか?腕や足は?怪我の回復が最優先ですよ」
「回復についてなら大丈夫だ。回復の常中もできている!それより朝緋の唇がほ……、」
「ああそれと日輪刀をこの機会に研ぎに出しておいたほうがいいかもしれませんね。そろそろ『悪鬼滅殺』の文字も入れるのでしょうから」
「ちゃんとこっちを見ろ朝緋!!!!」
あまりの大声にさすがに杏寿郎さんの方を向いてしまった。うっわ怒ってる。
「なんだその人の話を聞かない姿勢は!」
「んー……聞か猿?」
日光東照宮におわす、自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かない方がいいと示すお猿さん。その真似に近いポーズで無視していたら。
どすんっ!ベリッ!
杏寿郎さんが布団から勢いよく降りてきて、私の両手を耳から引っぺがした。
「わっ!危ないじゃないですか!貴方今、足を吊ってる状態でしょ!怪我人ー!ほら、満足に立ててなくてふらついてる……っ」
「君がもっと近くに寄っていてくれれば済む話だ!!」
「まぁったく、もうっ!!」
尚もふらつく杏寿郎さんの手を取り、布団の上に誘導して座らせる。そのまま手は放してもらえなくなってしまった。……離れられないし視線で穴が開きそう。ため息が深くなる。
「……念願の柱就任、おめでとうございます」
「む?」
「この言葉こそが一番の褒美だと、私は思います。私が杏寿郎兄さん……師範と同じ立場ならそう思うから」
「それは鬼殺隊士としての気持ちだろう……?」
「正式な就任の話が来るのはこれからかもしれませんが、それでも鬼殺隊最高位である柱就任というこれ以上ない褒美をいただいてるんでしょ?就任時のお給金。他の柱や他の隊士からの労いや羨望のお言葉。こんなにもらってるのに、まだ望む気ですか?それも、まだ中途半端な階級の隊士を努める妹なんぞに。……欲張りですね」
「隊士としてでも妹としてでもなく、君自身からの褒美が欲しいと言ったまでのこと。
他の者がどう思うかわからんが、君からの口付けだなんてこれ以上ない喜びで、至高の宝。
君自身が欲しいと本当ならばそう言いたいが、せめて顔のどこかにほしいと思った」
ウッ……私自身が欲しいというのは困る。そう考えると口づけの方がマシ……いやいやいやそういう問題じゃない。
「杏寿郎兄さんはどうして口付けにこだわるの?他じゃだめなの?手くらいならこうしていくらでも繋ぎますよ?はいあーくしゅ!」
握手は愛情表現の一種だものね。これならあまり恥ずかしくもないし、好意を寄せていることをこっそり表現できる。
繋がれたままの手をさらにぎゅー。ぶんぶん上下に振る。あまり嬉しくなさそう。
「前に夜の浅草の巡回に赴いた時のことだ」
え、いつの話?独白が始まったんだけど。
「路地裏の暗がりで抱き合い、そして口づけを送り合う男女を幾度となく見た。みな幸せそうだった。あれぞ恋仲の在るべき形と、俺は理解した」
えええやだもう浅草の人達!余計なもの杏寿郎さんに目撃させないでー!?杏寿郎さんの貞操教育に悪影響すぎる!!
「だからこそ俺は君の唇がほしい!愛を感じたい!!」
「いやです」
即答攻撃。『前』と違って水柱である冨岡さんとの任務がほぼないから見ていないけれど、心は彼が作った拾壱の型の凪に似た境地。静かに凪いでいる。
「……心の狭い子だな。
ここに君がいるということを。君の体温を俺に確認させて欲しい。抱きしめては駄目か」
母性本能をくすぐる、へにょりと眉根を下げたその目。ちょっと心が揺らぐ。
心の水面には杏寿郎さんからの熱風で波が立ち、波紋が広がった。
「あの鬼は下弦の弐だった。なかなかに強かった。あれだけの鬼を放置していたら、いずれは君も狙われていた。
なぜなら、あの鬼は煉獄家の者を知っていた。以前父上が逃してしまった鬼の正体こそ、此度相対した下弦の弐だろうと俺は踏んでいる」
いつか襲ってくるのではと、杏寿郎さんが気にしていたその鬼が下弦の弐にまでのしあがってきたのか。
全盛期まで成長した階級・甲の私なら剣を交えるか、その魔の手から逃れるかできたかもしれないけれど、それは階級が甲だったらの話。きっと今襲われればひとたまりもなかったろう。背筋がヒヤリとした。
「怨恨は俺が鬼の頸ごと斬り伏せたから大丈夫だ。あの鬼を倒せたことで、市井の人々だけでない、君も守れた。朝緋に危害は決して及ばんから安心してくれ。
だからこそ君の体温をこの手に伝えることで、今ここにいる君を感じたい。君の存在が確かであると俺も安心したい。ただそれだけなのだ」
「…………。まあ、他に何もしないなら」
熱く懇願する目に負けた。
差し出した腕にすとんと杏寿郎さんの体が落ちてくる。
千寿郎にする時のように、背に腕を回して抱きしめ、ぽんぽんと優しく叩く。
包帯で吊り上げうまく動かせない中、杏寿郎さんの腕もまた、私の背に回って強く抱きしめられた。
あったかい……とくとくと落ち着く心臓の音が伝わってくる……。
杏寿郎さんの存在を感じて安心しているのは、彼よりも私の方だ。
「杏寿郎兄さん、お疲れ様でした。よくがんばりました」
「ん、今だけは杏寿郎と……」
甘えるようにすりすり頬擦りされる。消毒液の匂いの中に、杏寿郎さんの香りがわずかに漂っていた。
「杏寿郎、さん……私達の平穏を守ってくださってありがとう」
「…………うん」
しばし互いの心音を確認しあって、そして。
ゆっくりと顔を、体を離す。
その唇が、私の唇のすぐ横に口付けられた。
「アッ無理やりちゅーしたーー!?」
今度こそ急いで離れる。半ば突き飛ばすような形になってしまい杏寿郎さんが布団の上に倒れてしまった。だがその表情は楽しそうだった。
「わはは、油断したな、朝緋!
君からしてくれぬのなら、俺からするしかなかろ、いたたたた!?俺は怪我人だぞ!!」
腹が立つので包帯から出ている腕を全力でつねってやった。
「そうやってオイタする腕なんか、ガッチリ固定してもらったほうがいいのではっ!」
オイタだけじゃない。肉と肉が変にくっついて肉離れ等を起こさぬように、しのぶちゃんに拘束してもらおうそうしよう。
「今すぐ来てほしいから蟲柱を呼びますね」
「よもやっ!それは困る……!!」
しのぶを呼びはしなかったけれど、騒いだのは蝶屋敷の子を通してバレた。おかげで私達はあとからたっぷりお説教を受けた。