三周目 肆
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杏寿郎さんが怪我をして運ばれた。討伐したと思った鬼に、背中からザックリ!らしい。
稀血のことがあるからなるべくは傷を負わないよう気をつけているとはいえ、細かな傷は私もよく負う。
けれどザックリって……以前階級が上がった時以上の怪我だよね。
容体はどうなのだろう。心配だ。
「油断した挙句怪我をするとは、全く。たるんでいるな。あの馬鹿は鬼殺の最中に一体何を考えていたのだ。
鬼殺隊などやめてしまえばいいものを!」
任務からの帰宅後、槇寿朗さんがそう漏らして酒を煽っているのを聞いてしまった。
お小言たるその続きをこっそり聞いていれば、容体は安定しているとのこと。よかった……。
けれど油断……。杏寿郎さんが珍しい。
気もそぞろになるほど、何を考えていたのだろう?
季節は冬。
舞い散る雪の中、竃に火を焚べて食事の支度を行う。こんな日の米とぎは冷たくて大変だが、炎の呼吸はこんな時にも大活躍だ。
炎が出る!とかではないけれど、呼吸を高めて体温を上げる力は他の呼吸の追従を許さない。
うう、それでも寒いもんは寒い。大正の世の厨は外と直結しているものも多く、煉獄家も例に漏れずその造りなせいか戸を閉めても隙間風が寒い。
……杏寿郎さんは治療中でろくにお風呂やら何やらでまだ温まれないかもしれないけれど、寒い思いをしていないだろうか。風邪をひいてはいないだろうか。
竈炊きのご飯の湯気で指先を温めながら、しばらく顔を見ていないかの人を想う。
私が避けていたから顔を見ていないってのが理由の半分を占めるんだよねぇ。
「姉上、少しよろしいでしょうか」
「あら千寿郎、おかえり」
蝶屋敷にお見舞いに行っていた千寿郎が帰ってきた。
この寒い中ご苦労様だ。
ただいまの挨拶を聞きながら、温かいお茶を持たせて共に座る。
神妙な顔をしているけど、まさか杏寿郎さんに何かあったのだろうか?
お茶が飲み頃に冷める頃、千寿郎は口を開いた。
「姉上……話したくても何かあってからではなんの意味もございません。
お二人の身を案じ、僕も父上もよく仏間に祈っています。でももし。もしもですよ。鬼退治に失敗して命を落としてしまったら……。
そうなってからでは後悔するだけなのです」
千寿郎の目に涙が溜まっている。
「杏寿郎、兄さんに……何かあったの?」
割烹着の端でその涙を拭ってやりながら聞く。まさかまさか、容体が悪化してしまったとか本当に風邪をひいたとか……何か他の病気に罹ったとか!?
「いえ、喧嘩をされている姿を見て思いました。
僕はお二人が仲良く笑っている姿を見るのが好きです、だから……だから……。だからどうか」
そうではないようで少し安心したけれど、ハッとした。千寿郎の涙に濡れる声を聞いたからだけではない。
そうだ。私はこちらの都合ばかり考えていた。
今私達がいる場所は鬼殺隊。それも最前線。
死はいつも目の前にある。
それを忘れていた。
今は今であって『前』とは違う。
全くとは言い切れないけれど、違う時間を。違う人生を生きているのだ。ただ単純なやり直しではない。
猗窩座との戦闘でなくても、杏寿郎さんが命を落とすことだってあり得なくはない。
ここはどんな不幸が起きてもおかしくない、鬼のいる世界だ。
「うん……千寿郎の言う通りだね。…………ごめんね、千寿郎」
泣く千寿郎を抱き寄せて、まるで母がするようにとんとんと背を叩いてあやした。
私が次に向かったのは、煉獄家の道場で一人鍛錬中の蜜璃の元だ。
彼女は最終選別を控えており、修行にも熱が入っている。
ただの一般隊士の私からの稽古では足りないだろうに、師範である杏寿郎さん、本当は協力してほしい槇寿朗さんの師事をろくに得られない中頑張っている。
ただ、すでに私が癸階級だった時より強いことは確か。
道場の入り口をこんこんとたたき、自身の来訪を知らせる。
真剣に木刀と向き合っていた彼女がこちらを向いた。良い汗かいてるなぁ。
私もやって体を温めようかな……寒いし。
「朝緋ちゃん!もしかしてご飯の時間!?
お腹が空いたわぁ〜」
「食事はもうすぐだよ。でもごめんね、食事に呼びにきたわけじゃないの」
汗を拭くようにと手拭いを渡しながら、道場に足を踏み入れる。
その中で私は三つ指ついた。
「蜜璃ちゃん、もう終わった事だけれど、この間は師範とのことで……。本当にごめんなさい。
改めて謝るね。貴女は良かれとしてくれたことなのに……」
「エエッ!ううん、いいの!!私こそあの時は本当にごめんねっ!!顔あげて!?
朝緋ちゃんの気持ちも考えずに突っ走ってしまったわ……!!」
ほぼ強制的に顔を上げさせられてしまった。
顔が近いからちょうどいいや。
ちょっと照れるけれども、蜜璃をさらに近くに呼び、その耳元にこそっと内緒話をした。
「あのね、師範には言わないでほしいんだけど……」
「うん。朝緋ちゃん、なぁに?」
「私は師範のこと……杏寿郎さんのこと。本当は世界で一番大好きなの。
でも今は訳あってどうしても言えないの。いつか言うから内緒にしててもらえる?」
こっそり囁くように言えば、蜜璃の顔はみるみるうちに赤くなり、そして笑顔になって叫んだ。
「まあ!まあ!まあ!!きゃー!!!
朝緋ちゃんったらやっばり本当は師範のこと……ムグ!」
「蜜璃ちゃん声が大きいー!!」
頼むから叫ばないでー!?私がなんのために小さな声で言ったと思って??
「ぷは。
本人はいないのだから大丈夫じゃないかしら?」
「いやいやいや、彼の鎹烏がいたらどうするの!壁に耳あり障子に目あり、だよ!要くん結構情報通なんだからおっきな声で言わないで!?」
軽〜く考えている蜜璃に、よくよく言って聞かせる。
っていうかその辺に要くんいないよね?うちのあずまもいないよね??
あいつら地獄耳だからな……。私より杏寿郎さんを優先するからな……。
そう。あいつらは杏寿郎さんの手先だ!
周りを警戒する私をよそに、蜜璃はにっこり笑顔だ。
「でもそっかぁ。世界で一番なんて素敵ね……。
わかったわ、内緒ね!」
「ん……」
自分のことのように嬉しそうに言う姿に、毒気が抜かれ、まあいいかと思ってしまう。
私達は「しー」と顔を突き合わせた。
「それで、朝緋ちゃんが持っていたお芋は?これから一品増やすの?」
早速蜜璃は食に移行した。ここに来るのに、私はさつまいもを持っていたのだが、それがめざとく目に入っていたようだ。
けど残念。一品増やすわけじゃない。
「師範と仲直りはしたいからそのお詫びの品を作ろうと思って。
蜜璃ちゃん、もうすぐ最終選別で忙しいと思うけど、ご飯の後で一緒にスイートポテトを作って欲しいの。
駄目かな?」
「まぁ!駄目じゃないわよぉ〜!!」
もじもじして控えめに言えば、蜜璃は二つ返事でオーケーしてくれた。
「いっぱい作って、師範のところにお見舞いに持って行って!!」
「ありがとう。蜜璃ちゃんの分もいっぱい作るからね!!」
「それは楽しみだわ!」
俄然やる気が出たようで、ちょっとした休憩をおしまいにして蜜璃は再び木刀を手に取った。
「さあ、あともう一踏ん張り頑張るわよ〜!目標回数まで残り数十回なの!!」
炎の呼吸がその背後で燃えている。いや、闘志かな?
何にせよ頼もしいことこの上ない。
「ふふふ。蜜璃ちゃんの作り方のスイートポテト大好きなんだけど、教えてもらった作り方がうろ覚えでさ。
食事ができたらまた呼びにくるから頑張ってね」
そう言って手を振るも。
「あれ?朝緋ちゃんに作り方を教えたことあったかしら」
あ、やばい。
稀血のことがあるからなるべくは傷を負わないよう気をつけているとはいえ、細かな傷は私もよく負う。
けれどザックリって……以前階級が上がった時以上の怪我だよね。
容体はどうなのだろう。心配だ。
「油断した挙句怪我をするとは、全く。たるんでいるな。あの馬鹿は鬼殺の最中に一体何を考えていたのだ。
鬼殺隊などやめてしまえばいいものを!」
任務からの帰宅後、槇寿朗さんがそう漏らして酒を煽っているのを聞いてしまった。
お小言たるその続きをこっそり聞いていれば、容体は安定しているとのこと。よかった……。
けれど油断……。杏寿郎さんが珍しい。
気もそぞろになるほど、何を考えていたのだろう?
季節は冬。
舞い散る雪の中、竃に火を焚べて食事の支度を行う。こんな日の米とぎは冷たくて大変だが、炎の呼吸はこんな時にも大活躍だ。
炎が出る!とかではないけれど、呼吸を高めて体温を上げる力は他の呼吸の追従を許さない。
うう、それでも寒いもんは寒い。大正の世の厨は外と直結しているものも多く、煉獄家も例に漏れずその造りなせいか戸を閉めても隙間風が寒い。
……杏寿郎さんは治療中でろくにお風呂やら何やらでまだ温まれないかもしれないけれど、寒い思いをしていないだろうか。風邪をひいてはいないだろうか。
竈炊きのご飯の湯気で指先を温めながら、しばらく顔を見ていないかの人を想う。
私が避けていたから顔を見ていないってのが理由の半分を占めるんだよねぇ。
「姉上、少しよろしいでしょうか」
「あら千寿郎、おかえり」
蝶屋敷にお見舞いに行っていた千寿郎が帰ってきた。
この寒い中ご苦労様だ。
ただいまの挨拶を聞きながら、温かいお茶を持たせて共に座る。
神妙な顔をしているけど、まさか杏寿郎さんに何かあったのだろうか?
お茶が飲み頃に冷める頃、千寿郎は口を開いた。
「姉上……話したくても何かあってからではなんの意味もございません。
お二人の身を案じ、僕も父上もよく仏間に祈っています。でももし。もしもですよ。鬼退治に失敗して命を落としてしまったら……。
そうなってからでは後悔するだけなのです」
千寿郎の目に涙が溜まっている。
「杏寿郎、兄さんに……何かあったの?」
割烹着の端でその涙を拭ってやりながら聞く。まさかまさか、容体が悪化してしまったとか本当に風邪をひいたとか……何か他の病気に罹ったとか!?
「いえ、喧嘩をされている姿を見て思いました。
僕はお二人が仲良く笑っている姿を見るのが好きです、だから……だから……。だからどうか」
そうではないようで少し安心したけれど、ハッとした。千寿郎の涙に濡れる声を聞いたからだけではない。
そうだ。私はこちらの都合ばかり考えていた。
今私達がいる場所は鬼殺隊。それも最前線。
死はいつも目の前にある。
それを忘れていた。
今は今であって『前』とは違う。
全くとは言い切れないけれど、違う時間を。違う人生を生きているのだ。ただ単純なやり直しではない。
猗窩座との戦闘でなくても、杏寿郎さんが命を落とすことだってあり得なくはない。
ここはどんな不幸が起きてもおかしくない、鬼のいる世界だ。
「うん……千寿郎の言う通りだね。…………ごめんね、千寿郎」
泣く千寿郎を抱き寄せて、まるで母がするようにとんとんと背を叩いてあやした。
私が次に向かったのは、煉獄家の道場で一人鍛錬中の蜜璃の元だ。
彼女は最終選別を控えており、修行にも熱が入っている。
ただの一般隊士の私からの稽古では足りないだろうに、師範である杏寿郎さん、本当は協力してほしい槇寿朗さんの師事をろくに得られない中頑張っている。
ただ、すでに私が癸階級だった時より強いことは確か。
道場の入り口をこんこんとたたき、自身の来訪を知らせる。
真剣に木刀と向き合っていた彼女がこちらを向いた。良い汗かいてるなぁ。
私もやって体を温めようかな……寒いし。
「朝緋ちゃん!もしかしてご飯の時間!?
お腹が空いたわぁ〜」
「食事はもうすぐだよ。でもごめんね、食事に呼びにきたわけじゃないの」
汗を拭くようにと手拭いを渡しながら、道場に足を踏み入れる。
その中で私は三つ指ついた。
「蜜璃ちゃん、もう終わった事だけれど、この間は師範とのことで……。本当にごめんなさい。
改めて謝るね。貴女は良かれとしてくれたことなのに……」
「エエッ!ううん、いいの!!私こそあの時は本当にごめんねっ!!顔あげて!?
朝緋ちゃんの気持ちも考えずに突っ走ってしまったわ……!!」
ほぼ強制的に顔を上げさせられてしまった。
顔が近いからちょうどいいや。
ちょっと照れるけれども、蜜璃をさらに近くに呼び、その耳元にこそっと内緒話をした。
「あのね、師範には言わないでほしいんだけど……」
「うん。朝緋ちゃん、なぁに?」
「私は師範のこと……杏寿郎さんのこと。本当は世界で一番大好きなの。
でも今は訳あってどうしても言えないの。いつか言うから内緒にしててもらえる?」
こっそり囁くように言えば、蜜璃の顔はみるみるうちに赤くなり、そして笑顔になって叫んだ。
「まあ!まあ!まあ!!きゃー!!!
朝緋ちゃんったらやっばり本当は師範のこと……ムグ!」
「蜜璃ちゃん声が大きいー!!」
頼むから叫ばないでー!?私がなんのために小さな声で言ったと思って??
「ぷは。
本人はいないのだから大丈夫じゃないかしら?」
「いやいやいや、彼の鎹烏がいたらどうするの!壁に耳あり障子に目あり、だよ!要くん結構情報通なんだからおっきな声で言わないで!?」
軽〜く考えている蜜璃に、よくよく言って聞かせる。
っていうかその辺に要くんいないよね?うちのあずまもいないよね??
あいつら地獄耳だからな……。私より杏寿郎さんを優先するからな……。
そう。あいつらは杏寿郎さんの手先だ!
周りを警戒する私をよそに、蜜璃はにっこり笑顔だ。
「でもそっかぁ。世界で一番なんて素敵ね……。
わかったわ、内緒ね!」
「ん……」
自分のことのように嬉しそうに言う姿に、毒気が抜かれ、まあいいかと思ってしまう。
私達は「しー」と顔を突き合わせた。
「それで、朝緋ちゃんが持っていたお芋は?これから一品増やすの?」
早速蜜璃は食に移行した。ここに来るのに、私はさつまいもを持っていたのだが、それがめざとく目に入っていたようだ。
けど残念。一品増やすわけじゃない。
「師範と仲直りはしたいからそのお詫びの品を作ろうと思って。
蜜璃ちゃん、もうすぐ最終選別で忙しいと思うけど、ご飯の後で一緒にスイートポテトを作って欲しいの。
駄目かな?」
「まぁ!駄目じゃないわよぉ〜!!」
もじもじして控えめに言えば、蜜璃は二つ返事でオーケーしてくれた。
「いっぱい作って、師範のところにお見舞いに持って行って!!」
「ありがとう。蜜璃ちゃんの分もいっぱい作るからね!!」
「それは楽しみだわ!」
俄然やる気が出たようで、ちょっとした休憩をおしまいにして蜜璃は再び木刀を手に取った。
「さあ、あともう一踏ん張り頑張るわよ〜!目標回数まで残り数十回なの!!」
炎の呼吸がその背後で燃えている。いや、闘志かな?
何にせよ頼もしいことこの上ない。
「ふふふ。蜜璃ちゃんの作り方のスイートポテト大好きなんだけど、教えてもらった作り方がうろ覚えでさ。
食事ができたらまた呼びにくるから頑張ってね」
そう言って手を振るも。
「あれ?朝緋ちゃんに作り方を教えたことあったかしら」
あ、やばい。