一周目 弐
名前変換
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その後私は、簡単なものから徐々に任務をこなしていった。自分が柱なんて事は、他の誰が認めても自分自身が認められない。
だから階級はおろか、名前すら周りの隊士にはあまり名乗らなかった。
杏寿郎さんに会いたい。
情報収集や、自身が受け持つ区域の見回りを黙々とこなす中、忙しいだろうに私の元へ次々に他の柱が訪れた。
ある者は治療と言って。ある者はおはぎを片手に。ある者は鮭と大根を手に食事を私に作らせるため。またある者は通りがけだったと言いながらも自分の猫を連れて。
ああ、杏寿郎さんに会いたい。他の柱ではなく、杏寿郎さんに会いたい。
任務先でも柱と会った。また、杏寿郎さんじゃなかった。
柱との合同だと聞いてきてみれば、出る鬼は変貌したての鬼が数匹と拍子抜けするようなもので。
相手は話をしたことのない、霞柱・時透無一郎という随分と若い子だった。
杏寿郎さんのものとはまた違う、どこを見ているのかわからない目と何を考えているのかよくわからない表情をしていた。
しいていえば、空?雲?を見ている……?
聞いた話では記憶喪失で、人の名前や思い出なども教えたそばから忘れてしまい記憶に残らない質とのこと。
鬼殺に支障が出ない上、二ヶ月ほどで柱になった剣技の天才らしい。
隊士の質が落ちているなんて話も聞くけれど、この霞柱もそうだし炭治郎たちもそう。最近の若手は強すぎる。嬉しくて悔しい。
「お姉さんの名前、なんだっけ」
あと少しで夜が来る。鬼の出現をじっと待っていれば、霞柱が話しかけてきた。記憶にも残らないとの話だし、てっきり私の名前になんて興味ないと思っていたのに。
「え。朝緋……」
「ふーん。前も教えてもらったような記憶があるよ」
「貴方に名乗りましたっけ?初めて会ったしそんなはずは…………ああ、きっと師範、炎柱の煉獄杏寿郎さんに教わったんですね」
「多分そう。
ねえ。なんで笑わなくなったの。いつも笑顔だったんだよね?」
いつも笑顔?それも、杏寿郎さんに聞いた話なのだろうか。
「俺さ、記憶がないからよくはわからないんだけど、その人はお姉さんに笑ってて欲しいと思ってるはずだよ。
こんな世の中でもあの笑顔を見ていると頑張ろうと思えるんだ!って言ってたような、そんな気がするんだ」
「そっか……じゃあ、もっとちゃんと笑うようにしないとね」
霞柱の記憶に断片として残ってしまうほどに、杏寿郎さんは繰り返し話をしていたんだろう。
自分の名前を覚えてもらおうと、諦めずに何度も教え込みながら、きっと私のことも話にあげたのだ。想像するのは簡単だった。
「あと任務に支障きたすから、やるならちゃんと覚悟決めて挑んでよね。
下級相手だけど、甘くみたら命落とすよ」
鬼が来たのを察知して、私達は気持ちを切り替えて任務に挑んだ。
そんな折、炭治郎が訪ねてきた。
杏寿郎さんの烏である要が連れてきたようだ。玄関先を掃いている私の肩にそっと止まった重みで要だとわかった。私の烏だったらもう少し軽い。
「炭、治郎……?
体はよくなったの?まだ顔色が悪いけれど…………」
確か彼は、蝶屋敷で療養しているのではなかったか。顔色も悪いが、身体がどこかふらついている。いつも軽そうにしていた禰󠄀豆子ちゃん入りの箱も、今日の炭治郎にはとても重そうに映った。
これは、無断で出てきたとしか思えない。
私は炭治郎を案内し、三和土の縁に座らせた。
「それは貴女もですよね、朝緋さん」
「私は大丈夫よ。……うん、もう大丈夫」
「任務には出ていると聞きました。足も治ったと。でも、ちゃんと休めていますか?」
「だから、大丈夫だってば…………」
霞柱にも言われたように、笑顔を浮かべる。
けれど誤魔化せやしなかった。
「体は治っても、ここは治ってない。前に進めていない。……ですよね」
自身の胸を叩いて『ここ』を印す炭治郎。私の心は未だ癒えていないと、そう言いたいのだ。
「表面では笑顔の匂いがするのに、その奥底で、隠れて泣いている。悲しんでいる。それを隠している。
そんな匂いがします」
そうだった。炭治郎には、嘘はつけないんだ。すべて匂いでわかってしまう。
私が隠した全てが、曝け出されてしまう。
「あの時の朝緋さんは、煉獄さんの言葉を真に聞いていなかったように思えます。いや、忘れているフリをしてるだけだ」
「あの、とき?なんのこと?」
それは、私達が二人きりで話したこととは別の言葉。杏寿郎さんが炭治郎に宛てていた前に進むためのたくさんの言葉のことだろう。
わかっている。
「しっかりしろ!目を逸らすな!逃げるな!誤魔化すな!」
「ーーッ」
「煉獄さんは、胸を張って生きろ。前を向いて進め。己のなすべき事をしろ。……心を燃やせと、言っていました」
心を燃やせ……。あの人がよく使う言葉。
杏寿郎さんの想いは背負うことができるけれど、心を燃やして、前を向いてしまえば、もう戻れない。杏寿郎さんは戻ってこない。……会えない。
だから、心を燃やさずにいるのに。
こぼれ落ちる涙に、最近涙腺弱いなあと反省する。
隣の炭治郎がすっくと立ち上がった。
「俺はこれから煉獄さんの家に行きます。
朝緋さんもかつて住んでいたんですよね。
葬儀にも出ていない、まだ手を合わせていないと聞きました。無理にとは言わないけれど、朝緋さんも行きませんか!」
「煉獄家に……」
炭治郎は、杏寿郎さんに煉獄家に行くよう言われていた。体調が戻ってからでは遅すぎると踏んだのだろう。けれどこんなに顔色が悪いうちに……。
頑固なのか頭はかたそうだけど、やっぱり律儀ですごく良い子だよなあ。
「煉獄さんの烏は優秀だ。俺をきちんと案内してくれるけれど、きっと朝緋さんのほうが道をより詳しく知ってると思う!住んでいたのだから!
それに途中で手土産も買いたい!だから、一緒に行って欲しい!」
「っ、私も……私も行きます」
炭治郎に勇気をもらった私は、自分もついて行くことにした。嬉しくうん違う!炭治郎のお願いに折れただけ!
「よかった!じゃあ行こう!!」
ぱあっと笑顔浮かべ、嬉しそうに私の手を取る炭治郎。
分厚くてあったかい優しいその手を一度外し、私は急いで支度して揃って出かけた。
先ほどと同じく、なぜか自然な動きで私の手を引く炭治郎。そこに兄らしさを感じてしまい、私はその手を離さずにいた。
「はー、不思議。炭治郎は年下なのに、まるで兄のようね」
「俺は長男ですから!!」
「じゃあ、炭治郎お兄ちゃんだ。
昔、私には兄がいたの。それとは別に、杏寿郎さん……師範も私の兄同然だったのよ。
幼少期に煉獄家に来て、一緒に育って……」
「はい!家族以上に特別な関係だったのはわかります!」
「特別……そっか…………そう、だね」
彼は、さまざまな意味で特別な存在となってしまった。もう誰にも入り込むことができない特別な位置に彼はいる。
煉獄家への手土産を選び、懐かしき道を進んでいく。
武家屋敷が立ち並ぶ路地を進んでいけば、あとはもう、同じ外壁がずっと続く。
そのほとんどが煉獄家である。
近づく毎に、私の心臓の音が速くなっていく。炭治郎と繋ぐ手に力が入ってしまった。
「……私なんかが実家と呼んでいいのかわからないけれど、あの家には久しぶりに帰るの。杏寿郎さんの父……育ての親や弟に会うのがちょっと怖い」
きっと、追い返される。
「大丈夫だ!兄代わりの俺がついています!」
「あは、頼もしい」
最後の角を曲がるとそこには、杏寿郎さんを少し小さくしたような男の子が、沈んだ表情で門前の掃き掃除をしていた。
「……千寿郎」
「あね、うえ……?」
だから階級はおろか、名前すら周りの隊士にはあまり名乗らなかった。
杏寿郎さんに会いたい。
情報収集や、自身が受け持つ区域の見回りを黙々とこなす中、忙しいだろうに私の元へ次々に他の柱が訪れた。
ある者は治療と言って。ある者はおはぎを片手に。ある者は鮭と大根を手に食事を私に作らせるため。またある者は通りがけだったと言いながらも自分の猫を連れて。
ああ、杏寿郎さんに会いたい。他の柱ではなく、杏寿郎さんに会いたい。
任務先でも柱と会った。また、杏寿郎さんじゃなかった。
柱との合同だと聞いてきてみれば、出る鬼は変貌したての鬼が数匹と拍子抜けするようなもので。
相手は話をしたことのない、霞柱・時透無一郎という随分と若い子だった。
杏寿郎さんのものとはまた違う、どこを見ているのかわからない目と何を考えているのかよくわからない表情をしていた。
しいていえば、空?雲?を見ている……?
聞いた話では記憶喪失で、人の名前や思い出なども教えたそばから忘れてしまい記憶に残らない質とのこと。
鬼殺に支障が出ない上、二ヶ月ほどで柱になった剣技の天才らしい。
隊士の質が落ちているなんて話も聞くけれど、この霞柱もそうだし炭治郎たちもそう。最近の若手は強すぎる。嬉しくて悔しい。
「お姉さんの名前、なんだっけ」
あと少しで夜が来る。鬼の出現をじっと待っていれば、霞柱が話しかけてきた。記憶にも残らないとの話だし、てっきり私の名前になんて興味ないと思っていたのに。
「え。朝緋……」
「ふーん。前も教えてもらったような記憶があるよ」
「貴方に名乗りましたっけ?初めて会ったしそんなはずは…………ああ、きっと師範、炎柱の煉獄杏寿郎さんに教わったんですね」
「多分そう。
ねえ。なんで笑わなくなったの。いつも笑顔だったんだよね?」
いつも笑顔?それも、杏寿郎さんに聞いた話なのだろうか。
「俺さ、記憶がないからよくはわからないんだけど、その人はお姉さんに笑ってて欲しいと思ってるはずだよ。
こんな世の中でもあの笑顔を見ていると頑張ろうと思えるんだ!って言ってたような、そんな気がするんだ」
「そっか……じゃあ、もっとちゃんと笑うようにしないとね」
霞柱の記憶に断片として残ってしまうほどに、杏寿郎さんは繰り返し話をしていたんだろう。
自分の名前を覚えてもらおうと、諦めずに何度も教え込みながら、きっと私のことも話にあげたのだ。想像するのは簡単だった。
「あと任務に支障きたすから、やるならちゃんと覚悟決めて挑んでよね。
下級相手だけど、甘くみたら命落とすよ」
鬼が来たのを察知して、私達は気持ちを切り替えて任務に挑んだ。
そんな折、炭治郎が訪ねてきた。
杏寿郎さんの烏である要が連れてきたようだ。玄関先を掃いている私の肩にそっと止まった重みで要だとわかった。私の烏だったらもう少し軽い。
「炭、治郎……?
体はよくなったの?まだ顔色が悪いけれど…………」
確か彼は、蝶屋敷で療養しているのではなかったか。顔色も悪いが、身体がどこかふらついている。いつも軽そうにしていた禰󠄀豆子ちゃん入りの箱も、今日の炭治郎にはとても重そうに映った。
これは、無断で出てきたとしか思えない。
私は炭治郎を案内し、三和土の縁に座らせた。
「それは貴女もですよね、朝緋さん」
「私は大丈夫よ。……うん、もう大丈夫」
「任務には出ていると聞きました。足も治ったと。でも、ちゃんと休めていますか?」
「だから、大丈夫だってば…………」
霞柱にも言われたように、笑顔を浮かべる。
けれど誤魔化せやしなかった。
「体は治っても、ここは治ってない。前に進めていない。……ですよね」
自身の胸を叩いて『ここ』を印す炭治郎。私の心は未だ癒えていないと、そう言いたいのだ。
「表面では笑顔の匂いがするのに、その奥底で、隠れて泣いている。悲しんでいる。それを隠している。
そんな匂いがします」
そうだった。炭治郎には、嘘はつけないんだ。すべて匂いでわかってしまう。
私が隠した全てが、曝け出されてしまう。
「あの時の朝緋さんは、煉獄さんの言葉を真に聞いていなかったように思えます。いや、忘れているフリをしてるだけだ」
「あの、とき?なんのこと?」
それは、私達が二人きりで話したこととは別の言葉。杏寿郎さんが炭治郎に宛てていた前に進むためのたくさんの言葉のことだろう。
わかっている。
「しっかりしろ!目を逸らすな!逃げるな!誤魔化すな!」
「ーーッ」
「煉獄さんは、胸を張って生きろ。前を向いて進め。己のなすべき事をしろ。……心を燃やせと、言っていました」
心を燃やせ……。あの人がよく使う言葉。
杏寿郎さんの想いは背負うことができるけれど、心を燃やして、前を向いてしまえば、もう戻れない。杏寿郎さんは戻ってこない。……会えない。
だから、心を燃やさずにいるのに。
こぼれ落ちる涙に、最近涙腺弱いなあと反省する。
隣の炭治郎がすっくと立ち上がった。
「俺はこれから煉獄さんの家に行きます。
朝緋さんもかつて住んでいたんですよね。
葬儀にも出ていない、まだ手を合わせていないと聞きました。無理にとは言わないけれど、朝緋さんも行きませんか!」
「煉獄家に……」
炭治郎は、杏寿郎さんに煉獄家に行くよう言われていた。体調が戻ってからでは遅すぎると踏んだのだろう。けれどこんなに顔色が悪いうちに……。
頑固なのか頭はかたそうだけど、やっぱり律儀ですごく良い子だよなあ。
「煉獄さんの烏は優秀だ。俺をきちんと案内してくれるけれど、きっと朝緋さんのほうが道をより詳しく知ってると思う!住んでいたのだから!
それに途中で手土産も買いたい!だから、一緒に行って欲しい!」
「っ、私も……私も行きます」
炭治郎に勇気をもらった私は、自分もついて行くことにした。嬉しくうん違う!炭治郎のお願いに折れただけ!
「よかった!じゃあ行こう!!」
ぱあっと笑顔浮かべ、嬉しそうに私の手を取る炭治郎。
分厚くてあったかい優しいその手を一度外し、私は急いで支度して揃って出かけた。
先ほどと同じく、なぜか自然な動きで私の手を引く炭治郎。そこに兄らしさを感じてしまい、私はその手を離さずにいた。
「はー、不思議。炭治郎は年下なのに、まるで兄のようね」
「俺は長男ですから!!」
「じゃあ、炭治郎お兄ちゃんだ。
昔、私には兄がいたの。それとは別に、杏寿郎さん……師範も私の兄同然だったのよ。
幼少期に煉獄家に来て、一緒に育って……」
「はい!家族以上に特別な関係だったのはわかります!」
「特別……そっか…………そう、だね」
彼は、さまざまな意味で特別な存在となってしまった。もう誰にも入り込むことができない特別な位置に彼はいる。
煉獄家への手土産を選び、懐かしき道を進んでいく。
武家屋敷が立ち並ぶ路地を進んでいけば、あとはもう、同じ外壁がずっと続く。
そのほとんどが煉獄家である。
近づく毎に、私の心臓の音が速くなっていく。炭治郎と繋ぐ手に力が入ってしまった。
「……私なんかが実家と呼んでいいのかわからないけれど、あの家には久しぶりに帰るの。杏寿郎さんの父……育ての親や弟に会うのがちょっと怖い」
きっと、追い返される。
「大丈夫だ!兄代わりの俺がついています!」
「あは、頼もしい」
最後の角を曲がるとそこには、杏寿郎さんを少し小さくしたような男の子が、沈んだ表情で門前の掃き掃除をしていた。
「……千寿郎」
「あね、うえ……?」