三周目 参
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最終選別も終盤に差し掛かってきた頃、手がたくさん生えた異形の鬼と遭遇した。
狐のお面がどうとか言っていたけれど、私も獪岳もそんなお面持っていない。鬼は特定の人物達を探しているようだった。
けれども、そこは傷が治っていない私。稀血を嗅ぎつけられ、追いかけられた。
稀血酔いの催淫効果はそれほどないようで気持ち悪い感じにはならず、気色悪いのは手だらけのその見た目だけだった。女の鬼でないのに酔わないとは、どういうことだろう?
なんにせよ気にする余裕は皆無だが。
「ま〜れ〜ち〜ィ!!俺の可愛い狐達はいないが、稀血を食えるとはついてるなァ〜」
なかなかの巨躯なのに大量の手が足の役割もしてるのか、やたら速い!その手自体も長く伸ばすことが可能のようでびゅるびゅると縦横無尽にこちらに向かって伸びてくる。
戦う?そんなの刀を振る隙がなさそうだから却下だ。逃げの一手に限る。
「さ、三十六計逃げるに如かずーっ!!」
巨大な手のひらで木々を薙ぎ倒しながら向かってくる鬼。
ブルドーザーじゃないんだから森林破壊しながら追いかけるとか勘弁してほしい。絵面が怖い。
「おいっ!こっちだ……っ!」
『前回』は卑怯にも私を囮にした獪岳が、一緒になって逃げてくれている。何と心強いことか!
彼の誘導先を見れば、藤襲山の東。太陽が一番早く昇る拓けた場所に誘導しているとわかった。
幸いにして夜明けも近い。ここをしのげば、鬼は太陽を前にして諦め帰るはずだ。
その時腕の一本が地面から私達を狙って飛び出し、迫ってきた。
後ろではなく下から……!?これは避けにくい……っ!!
「ああもう!!斬るしかないってわけね……!」
「馬鹿、逃げろ!!」
なんで?逃げるに奴かず、とはいったもののこの一本は斬った方が早いでしょ?
炎の息吹を呼気に纏わせ、短く吐き出す。
「炎の呼吸、参ノ型・気炎万しょ、」
パキーーッ
手鬼の腕に刃が食い込んだ瞬間、刀が根本から折れた。
刀が摩耗しているのは知っていた。けれど折れるにはまだ早すぎる。……いや、鬼の腕が固すぎたのだ!
「やったぞ!稀血つーかまえ、」
グォ、私の眼前に鬼の手のひらが迫る。あんなもので握られたら、顔も体も一瞬でぐちゃぐちゃに潰れてしまう。
「…………た?」
けれどそうはならなかった。
手鬼が伸ばした腕の手首から先がなくなった。
「ーー雷の呼吸、参ノ型 聚蚊成雷」
雷が走る。
速い。獪岳が体を回転させながら何度か腕を斬ったのが見えた。
驚いて固まりそうになる私の手をひき、獪岳は駆けた。駆けて駆けて、東を目指した。
……そのまま鬼の魔の手から逃げ切ることができた。
遠くから手鬼が恨めしそうな声を上げながら暗がりへ帰っていく声が聞こえた。
「た、助かったぁ〜」
太陽はまだ昇っていないけれど、近くに鬼の気配は全くない。ひとまず安心してよさそうだ。
へなへなとその場に座り込む私を横目で見遣る獪岳も、私も共に息を切らしていた。
「はー。助かったよ、獪岳がいなかったら私、死んでた……」
「お前に死なれたくない」
ロマンスが始まりそうな言葉が獪岳の口から……!?胸が高鳴ってしまうではないか!
……と思った時期が私にもありました。
「まずここの飯の心配だろ、次にある程度地形を知ってるみたいだからこの山の案内、それにお前の極意とやらをだな……」
「なんだぁそんな理由なのね。
で?なに?極意を盗むって?」
カラカラと笑いながら、腹を鳴らしている獪岳に向かって笹に包まれたおむすびを渡す。
このおむすびも後数個かぁ。塩気が半端ないのとここが寒いから、ここまで日持ちしてくれて本当にありがたかった。千寿郎様々だ。
「そうだ、盗まねぇとだからだよ!……ったく」
「極意なんてないんだけどなぁー……。
…………でも、刀が折れた状況であの鬼から逃げるなんてできなかった。
大事な人を救えぬまま死ぬところだった」
「大事な人を救えぬまま?
お前の大事な奴って鬼に捕まってんのか?仇討ちのほかにそんな大層な予定あるのかよ」
「んーん。
でも、捕まってるのと同じようなもんかな……」
「なんだそりゃ」
杏寿郎さんはあの鬼に執着されている。
鬼にならないなら殺す。鬼になりたくない杏寿郎さんにとって、それは結果的に死の運命に命を握られているのと同意。
……私は何度も杏寿郎さんの死を見てきた。
鬼になってでも生きてほ…………、!
今何考えた?隊士としてあるまじき考えがまた浮かんだ。この思いは恋情と共に奥底へしまったはずなのに。
ああでも、全ての鬼が人を襲うわけじゃない。禰󠄀豆子ちゃんという良い例がある。杏寿郎さんだってきっと。
だめだ、やめよう……。上弦の参からの執着と、絡む死の糸を断ち切るのよ。
フルフルと首を振って浮かぶ考えを払い、獪岳に礼を述べた。
「だからね、本当にありがとう、獪岳」
「お、おう……。
…………まあ、その刀はもう折れるだろうなと思ってたからな」
「は!?そういうことは早く言ってよ!?」
その時、朝焼けが山向こうから広がってきた。やっと六日目の朝。
明るい太陽がやけに目に沁みた。
狩り尽くしたわけではないが手鬼以外の鬼も少なくなり、その日一日は無事に過ごすことができた。
食事や道案内についての心配がないからか獪岳も大人しいもので、私の鍛錬に付き合う瞬間に少しだけ見慣れた激情型に豹変する程度だった。
素直に後ろをついて歩く姿は、黒い毛並みの犬を彷彿とさせるほどで。
そして七日目の朝を迎えた。昨日よりも強く、強く、そして優しい夜明けの光だった。
人生……って言ってしまっていいかどうかわからないけれど大正の世では人生三度目になる今回、他の子の中にも助かった子はいる。でも亡くなった子もいる。
藤襲山で亡くなれば、満足に弔うこともできない。遺体は鬼に食われて何も残らないし、遺品などの回収に回せる隊士は少ない。だからか、基本的に放置されてしまう。
今回亡くなった子のものも、ずっとここに残り続け、やがて風化して忘れ去られていく。
ごめんね、私達が必ず仇は取るから……。鬼のいない世にするから……。
貴方達の無念はいつか絶対に晴らす。
鬼への復讐心を胸に秘めたまま、私はまた隊士になった。
狐のお面がどうとか言っていたけれど、私も獪岳もそんなお面持っていない。鬼は特定の人物達を探しているようだった。
けれども、そこは傷が治っていない私。稀血を嗅ぎつけられ、追いかけられた。
稀血酔いの催淫効果はそれほどないようで気持ち悪い感じにはならず、気色悪いのは手だらけのその見た目だけだった。女の鬼でないのに酔わないとは、どういうことだろう?
なんにせよ気にする余裕は皆無だが。
「ま〜れ〜ち〜ィ!!俺の可愛い狐達はいないが、稀血を食えるとはついてるなァ〜」
なかなかの巨躯なのに大量の手が足の役割もしてるのか、やたら速い!その手自体も長く伸ばすことが可能のようでびゅるびゅると縦横無尽にこちらに向かって伸びてくる。
戦う?そんなの刀を振る隙がなさそうだから却下だ。逃げの一手に限る。
「さ、三十六計逃げるに如かずーっ!!」
巨大な手のひらで木々を薙ぎ倒しながら向かってくる鬼。
ブルドーザーじゃないんだから森林破壊しながら追いかけるとか勘弁してほしい。絵面が怖い。
「おいっ!こっちだ……っ!」
『前回』は卑怯にも私を囮にした獪岳が、一緒になって逃げてくれている。何と心強いことか!
彼の誘導先を見れば、藤襲山の東。太陽が一番早く昇る拓けた場所に誘導しているとわかった。
幸いにして夜明けも近い。ここをしのげば、鬼は太陽を前にして諦め帰るはずだ。
その時腕の一本が地面から私達を狙って飛び出し、迫ってきた。
後ろではなく下から……!?これは避けにくい……っ!!
「ああもう!!斬るしかないってわけね……!」
「馬鹿、逃げろ!!」
なんで?逃げるに奴かず、とはいったもののこの一本は斬った方が早いでしょ?
炎の息吹を呼気に纏わせ、短く吐き出す。
「炎の呼吸、参ノ型・気炎万しょ、」
パキーーッ
手鬼の腕に刃が食い込んだ瞬間、刀が根本から折れた。
刀が摩耗しているのは知っていた。けれど折れるにはまだ早すぎる。……いや、鬼の腕が固すぎたのだ!
「やったぞ!稀血つーかまえ、」
グォ、私の眼前に鬼の手のひらが迫る。あんなもので握られたら、顔も体も一瞬でぐちゃぐちゃに潰れてしまう。
「…………た?」
けれどそうはならなかった。
手鬼が伸ばした腕の手首から先がなくなった。
「ーー雷の呼吸、参ノ型 聚蚊成雷」
雷が走る。
速い。獪岳が体を回転させながら何度か腕を斬ったのが見えた。
驚いて固まりそうになる私の手をひき、獪岳は駆けた。駆けて駆けて、東を目指した。
……そのまま鬼の魔の手から逃げ切ることができた。
遠くから手鬼が恨めしそうな声を上げながら暗がりへ帰っていく声が聞こえた。
「た、助かったぁ〜」
太陽はまだ昇っていないけれど、近くに鬼の気配は全くない。ひとまず安心してよさそうだ。
へなへなとその場に座り込む私を横目で見遣る獪岳も、私も共に息を切らしていた。
「はー。助かったよ、獪岳がいなかったら私、死んでた……」
「お前に死なれたくない」
ロマンスが始まりそうな言葉が獪岳の口から……!?胸が高鳴ってしまうではないか!
……と思った時期が私にもありました。
「まずここの飯の心配だろ、次にある程度地形を知ってるみたいだからこの山の案内、それにお前の極意とやらをだな……」
「なんだぁそんな理由なのね。
で?なに?極意を盗むって?」
カラカラと笑いながら、腹を鳴らしている獪岳に向かって笹に包まれたおむすびを渡す。
このおむすびも後数個かぁ。塩気が半端ないのとここが寒いから、ここまで日持ちしてくれて本当にありがたかった。千寿郎様々だ。
「そうだ、盗まねぇとだからだよ!……ったく」
「極意なんてないんだけどなぁー……。
…………でも、刀が折れた状況であの鬼から逃げるなんてできなかった。
大事な人を救えぬまま死ぬところだった」
「大事な人を救えぬまま?
お前の大事な奴って鬼に捕まってんのか?仇討ちのほかにそんな大層な予定あるのかよ」
「んーん。
でも、捕まってるのと同じようなもんかな……」
「なんだそりゃ」
杏寿郎さんはあの鬼に執着されている。
鬼にならないなら殺す。鬼になりたくない杏寿郎さんにとって、それは結果的に死の運命に命を握られているのと同意。
……私は何度も杏寿郎さんの死を見てきた。
鬼になってでも生きてほ…………、!
今何考えた?隊士としてあるまじき考えがまた浮かんだ。この思いは恋情と共に奥底へしまったはずなのに。
ああでも、全ての鬼が人を襲うわけじゃない。禰󠄀豆子ちゃんという良い例がある。杏寿郎さんだってきっと。
だめだ、やめよう……。上弦の参からの執着と、絡む死の糸を断ち切るのよ。
フルフルと首を振って浮かぶ考えを払い、獪岳に礼を述べた。
「だからね、本当にありがとう、獪岳」
「お、おう……。
…………まあ、その刀はもう折れるだろうなと思ってたからな」
「は!?そういうことは早く言ってよ!?」
その時、朝焼けが山向こうから広がってきた。やっと六日目の朝。
明るい太陽がやけに目に沁みた。
狩り尽くしたわけではないが手鬼以外の鬼も少なくなり、その日一日は無事に過ごすことができた。
食事や道案内についての心配がないからか獪岳も大人しいもので、私の鍛錬に付き合う瞬間に少しだけ見慣れた激情型に豹変する程度だった。
素直に後ろをついて歩く姿は、黒い毛並みの犬を彷彿とさせるほどで。
そして七日目の朝を迎えた。昨日よりも強く、強く、そして優しい夜明けの光だった。
人生……って言ってしまっていいかどうかわからないけれど大正の世では人生三度目になる今回、他の子の中にも助かった子はいる。でも亡くなった子もいる。
藤襲山で亡くなれば、満足に弔うこともできない。遺体は鬼に食われて何も残らないし、遺品などの回収に回せる隊士は少ない。だからか、基本的に放置されてしまう。
今回亡くなった子のものも、ずっとここに残り続け、やがて風化して忘れ去られていく。
ごめんね、私達が必ず仇は取るから……。鬼のいない世にするから……。
貴方達の無念はいつか絶対に晴らす。
鬼への復讐心を胸に秘めたまま、私はまた隊士になった。