一周目 弐
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解散となり炎柱邸に帰ると、そこには先ほど別れたばかりの音柱が待ち構えていた。さすが柱最速の男。
だが暴力を振われた記憶が蘇り、身構えてしまう。あれは玉砂利で擦りむいた顔が痛かったなあ。
「おう」
「…………さっきはどーもありがとうございました」
「スッゲー嫌そうな顔」
「顔痛かったんで」
鍵を開けて縁側へ案内し、お茶を入れて戻る。まあ、一応柱だしお客さまなのでお茶くらいきちんとしたものを淹れる。良い茶葉を使いたくはなかったけどね!!でも使いましたよ!!
「音柱様がたかだか階級甲の私に何のようでしょう。炎柱である師範はまだ帰ってきていませんよ」
それを飲んだら帰れ。そういう意味で淡々と述べる。共に飲む気もないので、自分の分のお茶は淹れてもいない。
「お前はもう、甲じゃない。お館様に任命されたろう。さっきはお館様の声の前に自分で認めたじゃねぇか。御意って」
「それは……」
膝の上の拳を握りしめる。
こっちが黙っているのをいいことに、音柱はお茶を飲み干してから身体ごと私の方を向いて、まっすぐに言ってきた。
「鬼殺隊にいる以上仲間は次々に死ぬ。明日は我が身だ。お前も煉獄も覚悟の上ここにいる。
お館様はゆっくり自覚させたいみたいだがな、俺は違う。荒療治でも、お前がとっとと柱としての自覚を持って任務に当たれるよう発破かけにきた」
言い切ると、その手が私に伸びる。がしりと掴まれた私の腕。
「ちょ、何を……っ」
振り払いたかった。でも、相手は音柱。力も速さも相手が上。無理な話だった。
私が暴れれば暴れるだけ、押さえつけられてしまった。
縁側に押し倒され、抵抗できないよう腕も捻りあげられる。
「やめてくださいっ!…………は、離せ!!」
助けて杏寿郎さん!!
顔が近づいてきた。杏寿郎さんとはまた違う種類の美丈夫の顔だ。こんなに男前な顔、巷で話題になっている役者の広告でもみたことない。
こんなことされて嫌なのに、なぜか胸がドキドキしてしまった。男性の多い鬼殺隊だというのに、杏寿郎さん以外の男性にあまり慣れていないからかもしれない。
「『階級を示せ』。おら、お前の階級はもう甲じゃない」
言葉と共に、掴まれた腕。その腕の先端、手に浮かび上がる文字を目にする。
いままで甲だったそれが、形を変えて『炎』と示した。
炎柱である、証。
「あ、あ……いや、いやだ…………!藤花紋が、藤花紋が……炎に……!これはあの人の、あの人だけのものなのに…………っ」
先ほどまで赤く色づいていただろう、私の顔色はその瞬間真っ青になった。
寒い。冷たい。うまく呼吸ができない。
体を巡る炎の呼吸が著しく乱れ、肉体がバラバラになるような感覚。軋み、歪み、そして。
平衡感覚すら保てなくなった私は、その場で意識を失った。
「っおい!?…………まじかよ」
その後私はまたしばらく、眠りについていたらしい。
なんでも、一度蝶屋敷に帰ってからこちらに往診に丁度来た蟲柱が、私を押さえつけている音柱を叱り飛ばして帰し、私を布団へと寝かせてくれたとか。
音柱じゃなくてよかった。あの美丈夫の顔が近づいてきた瞬間、慣れてないからだったとはいえ不覚にも少しだけときめいてしまった自分が許せない。
これは一種の不貞行為と同じ。杏寿郎さんに申し訳が立たないもの。
そうして療養しながら過ごす炎柱邸での日々。
ここは、煉獄家生家とは別の、炎柱を就任した者が与えられる別宅だ。
私は継子なので、普段からここに住んでいる。なので掃除洗濯調理場……家事担当も管理者も必然的に私。
生家ほど大きくはないものの、併設されている稽古場を使い普段から鍛錬に励んでいた。今もそうだ。
特に裏手に広がる森は、自然を活かした戦闘訓練や呼吸を試すのには最適で、私が杏寿郎さんに内緒で炎の呼吸の独自の型を編み出した場所でもある。
骨に違和感を感じなくなってきたから、こうして鍛錬に鍛錬を重ね、任務へ挑む気を高めているんだけど……速さを活かした技を使うと少しだけ体幹がぶれる。どうしたものか。
「やっほー!朝緋ちゃん、具合はどう?」
型の練習をしていると、花が咲いたような明るい声が聞こえてきた。
かつては共に鍛錬した仲で私の妹弟子、甘露寺蜜璃だ。相手は今や柱だけど。
勝手知ってるといった風に、私を見つけて駆け寄る蜜璃。
「ようこそ蜜璃ちゃん。具合は特に問題ないよ」
笑顔の蜜璃に倣い、こちらもいつものようにへらりと笑うが、それを見た蜜璃は吃驚したようだった。
「どうしたのその顔!!」
「どうって、鍛錬してただけだけど、もしかして泥でもついてる?」
首を傾げれば、今度は悲しげに眉を下げたあと、涙を滲ませて私に抱きついてきた。
相変わらず力強い抱擁だ。
初めて抱きしめあった時はその強さに驚き、潰されないか不安だったが、今はただ懐かしくて嬉しい思いしかない。
杏寿郎さんに抱きしめられた時と同じような暖かさを感じる。
「朝緋ちゃん……朝緋ちゃん……!」
「蜜璃ちゃん、なんで泣いてるの?」
わんわん泣きだす桜餅色の頭を撫でながら聞けば、蜜璃は余計泣いた。
「問題大ありよ!
だって朝緋ちゃん、すごくやつれてる!なのに自分で気が付いてないなんて!!ああもう、こんなに細くなって……!私の手が二重にも回せそう!!」
「流石に二重には回せないと思う」
「ちゃんと食べてないでしょう!ないのね!」
涙を飛ばしながら聞いてくる蜜璃に、最近の食事事情を話す。思えば碌に食べていないような??
「あー…………お腹が空かなくて……一人分の食材を買うのも面倒だし、あまり買い出しにも行ってない、だから食べても一日一食、かも」
「つまりほとんど食べてないってことね!わかった待ってて!買ってくるわ!」
「えっ、ええ〜?そんなの別にい、……わあもう行っちゃった。久しぶりに会ったけれど、蜜璃ちゃんたら台風みたいに忙しない」
忙しいのは柱の特徴みたいなものだし、仕方ないのかもしれないけれど。
あ、門のところに伊黒さんもいる。一緒に来てたんだね。蜜璃を泣かせてしまったことについて、あとで怒られそうな気がする。
……というか、もしかして体幹がブレブレなのって、あまり食べれてないからかもしれない。今になって気がついた。
全速力で買いに走ったのだろう、二人はそれから程なくして食料を手に戻ってきた。食べ物を買える街まではここから結構あるのになあ。
ゆっくり味わい食べていれば、その中に発見する。私の好物であり、最近、杏寿郎さんも共に美味しい美味しいと食べたものがあることを。
「これ私も好きだけど師範も好きなやつなの。取っておいてもいいかな?残しておけば師範が喜ぶと思うんだあ」
「朝緋ちゃん……」
杏寿郎さんの名前を出せば、蜜璃をまたもや泣かせてしまった。
「わ!また泣いてる!なんで?どうしたの蜜璃ちゃん!?」
仲良しの子に泣かれるのは困るし、それに隣にいる伊黒さんの顔が怖い。よくも甘露寺を泣かせたな、という殺気がダダ漏れだ。
「戻ってこないのよ、もう、煉獄さんは戻ってこないの…………」
「戻ってくるよ、だってあの師範だもの。お腹すかして戻ってくるに決まってる。
そう、信じさせてほしい」
つられてこぼれ落ちそうになる涙を堪えてへにゃりと笑うも、蜜璃は困ったような顔で俯いてしまった。
「まったく。甘露寺を困らせるとは何事だ。現実を受け入れろ。あいつはもういない。
俺は認めたくないが、甘露寺やお館様が認めている。炎柱を継ぐのはお前だ、煉獄朝緋。
いつまでもくすぶるお前を、師であり兄でもあるあいつが喜ぶと思うか。いつまでもネチネチとしつこく妄想の煉獄にしがみつくな」
それまで黙っていた蛇柱・伊黒小芭内がとうとう口を開いた。
「なんのことでしょう。いつだってネチネチしてるのは伊黒さんじゃなくて?蛇柱だもの」
「なっ!?くそ、人がせっかく……フン、お前なんか嫌いだ」
「私は好きですけどね。鏑丸君のことが」
鏑丸は伊黒さんがいつも連れている白蛇君だ。彼は左右の目の色が違い、そして片目が使えない。その片目のかわりが鏑丸だ。
蛇のようにぐにゃりと曲がり先の読みづらい剣技を使い、努力の末蛇柱となった彼。
剣技や呼吸、刀に至るまで蛇のような男であるが、その性格もちょっぴり蛇のようにネチネチしていて好き嫌いは分かれる。実際本人も、人の好き嫌いが激しい。
その中でも私は、幸い伊黒さんとは仲がいい方だ。これは煉獄家の影響が大きかろう。
そして今の憎まれ口もまた、仲が良い証拠といえる。
「これね、私じゃなくて伊黒さんが選んでくれたのよ?朝緋ちゃんがよく食べてたって」
ほらね、伊黒さんは私のことを存外にみていた。かといって彼が私を女性として好きというのはありえない。
彼は基本的に女性が苦手だし、伊黒さんが好意を持っている相手は目の前で華やかに笑う甘露寺蜜璃だからだ。蜜璃も満更ではなさそうだし、はやくくっつけ。
「煉獄さんとも食べてたことは知らなかったみたいだけど……思い出させてしまってごめんなさい」
「ううん、いいの。嬉しい。二人とも、ありがとう。
食べたら元気がでたよ!蜜璃ちゃんや伊黒さんが会いに来てくれたからかな?」
「会いに来るくらいで元気になるなら、またくるわ!」
「うん、次は桜餅や芋羊羹をたくさん作って待ってるね。もちろん、とろろ昆布で巻いたおにぎりも」
「朝緋ちゃん…………、楽しみにしてるわ!」
「お前が元気じゃないと甘露寺も心配する。回復したらとっとと任務もこなすんだな」
そう言って、二人は炎柱邸をあとにした。蜜璃はもちろん、伊黒さんも本当にいい人。
だが暴力を振われた記憶が蘇り、身構えてしまう。あれは玉砂利で擦りむいた顔が痛かったなあ。
「おう」
「…………さっきはどーもありがとうございました」
「スッゲー嫌そうな顔」
「顔痛かったんで」
鍵を開けて縁側へ案内し、お茶を入れて戻る。まあ、一応柱だしお客さまなのでお茶くらいきちんとしたものを淹れる。良い茶葉を使いたくはなかったけどね!!でも使いましたよ!!
「音柱様がたかだか階級甲の私に何のようでしょう。炎柱である師範はまだ帰ってきていませんよ」
それを飲んだら帰れ。そういう意味で淡々と述べる。共に飲む気もないので、自分の分のお茶は淹れてもいない。
「お前はもう、甲じゃない。お館様に任命されたろう。さっきはお館様の声の前に自分で認めたじゃねぇか。御意って」
「それは……」
膝の上の拳を握りしめる。
こっちが黙っているのをいいことに、音柱はお茶を飲み干してから身体ごと私の方を向いて、まっすぐに言ってきた。
「鬼殺隊にいる以上仲間は次々に死ぬ。明日は我が身だ。お前も煉獄も覚悟の上ここにいる。
お館様はゆっくり自覚させたいみたいだがな、俺は違う。荒療治でも、お前がとっとと柱としての自覚を持って任務に当たれるよう発破かけにきた」
言い切ると、その手が私に伸びる。がしりと掴まれた私の腕。
「ちょ、何を……っ」
振り払いたかった。でも、相手は音柱。力も速さも相手が上。無理な話だった。
私が暴れれば暴れるだけ、押さえつけられてしまった。
縁側に押し倒され、抵抗できないよう腕も捻りあげられる。
「やめてくださいっ!…………は、離せ!!」
助けて杏寿郎さん!!
顔が近づいてきた。杏寿郎さんとはまた違う種類の美丈夫の顔だ。こんなに男前な顔、巷で話題になっている役者の広告でもみたことない。
こんなことされて嫌なのに、なぜか胸がドキドキしてしまった。男性の多い鬼殺隊だというのに、杏寿郎さん以外の男性にあまり慣れていないからかもしれない。
「『階級を示せ』。おら、お前の階級はもう甲じゃない」
言葉と共に、掴まれた腕。その腕の先端、手に浮かび上がる文字を目にする。
いままで甲だったそれが、形を変えて『炎』と示した。
炎柱である、証。
「あ、あ……いや、いやだ…………!藤花紋が、藤花紋が……炎に……!これはあの人の、あの人だけのものなのに…………っ」
先ほどまで赤く色づいていただろう、私の顔色はその瞬間真っ青になった。
寒い。冷たい。うまく呼吸ができない。
体を巡る炎の呼吸が著しく乱れ、肉体がバラバラになるような感覚。軋み、歪み、そして。
平衡感覚すら保てなくなった私は、その場で意識を失った。
「っおい!?…………まじかよ」
その後私はまたしばらく、眠りについていたらしい。
なんでも、一度蝶屋敷に帰ってからこちらに往診に丁度来た蟲柱が、私を押さえつけている音柱を叱り飛ばして帰し、私を布団へと寝かせてくれたとか。
音柱じゃなくてよかった。あの美丈夫の顔が近づいてきた瞬間、慣れてないからだったとはいえ不覚にも少しだけときめいてしまった自分が許せない。
これは一種の不貞行為と同じ。杏寿郎さんに申し訳が立たないもの。
そうして療養しながら過ごす炎柱邸での日々。
ここは、煉獄家生家とは別の、炎柱を就任した者が与えられる別宅だ。
私は継子なので、普段からここに住んでいる。なので掃除洗濯調理場……家事担当も管理者も必然的に私。
生家ほど大きくはないものの、併設されている稽古場を使い普段から鍛錬に励んでいた。今もそうだ。
特に裏手に広がる森は、自然を活かした戦闘訓練や呼吸を試すのには最適で、私が杏寿郎さんに内緒で炎の呼吸の独自の型を編み出した場所でもある。
骨に違和感を感じなくなってきたから、こうして鍛錬に鍛錬を重ね、任務へ挑む気を高めているんだけど……速さを活かした技を使うと少しだけ体幹がぶれる。どうしたものか。
「やっほー!朝緋ちゃん、具合はどう?」
型の練習をしていると、花が咲いたような明るい声が聞こえてきた。
かつては共に鍛錬した仲で私の妹弟子、甘露寺蜜璃だ。相手は今や柱だけど。
勝手知ってるといった風に、私を見つけて駆け寄る蜜璃。
「ようこそ蜜璃ちゃん。具合は特に問題ないよ」
笑顔の蜜璃に倣い、こちらもいつものようにへらりと笑うが、それを見た蜜璃は吃驚したようだった。
「どうしたのその顔!!」
「どうって、鍛錬してただけだけど、もしかして泥でもついてる?」
首を傾げれば、今度は悲しげに眉を下げたあと、涙を滲ませて私に抱きついてきた。
相変わらず力強い抱擁だ。
初めて抱きしめあった時はその強さに驚き、潰されないか不安だったが、今はただ懐かしくて嬉しい思いしかない。
杏寿郎さんに抱きしめられた時と同じような暖かさを感じる。
「朝緋ちゃん……朝緋ちゃん……!」
「蜜璃ちゃん、なんで泣いてるの?」
わんわん泣きだす桜餅色の頭を撫でながら聞けば、蜜璃は余計泣いた。
「問題大ありよ!
だって朝緋ちゃん、すごくやつれてる!なのに自分で気が付いてないなんて!!ああもう、こんなに細くなって……!私の手が二重にも回せそう!!」
「流石に二重には回せないと思う」
「ちゃんと食べてないでしょう!ないのね!」
涙を飛ばしながら聞いてくる蜜璃に、最近の食事事情を話す。思えば碌に食べていないような??
「あー…………お腹が空かなくて……一人分の食材を買うのも面倒だし、あまり買い出しにも行ってない、だから食べても一日一食、かも」
「つまりほとんど食べてないってことね!わかった待ってて!買ってくるわ!」
「えっ、ええ〜?そんなの別にい、……わあもう行っちゃった。久しぶりに会ったけれど、蜜璃ちゃんたら台風みたいに忙しない」
忙しいのは柱の特徴みたいなものだし、仕方ないのかもしれないけれど。
あ、門のところに伊黒さんもいる。一緒に来てたんだね。蜜璃を泣かせてしまったことについて、あとで怒られそうな気がする。
……というか、もしかして体幹がブレブレなのって、あまり食べれてないからかもしれない。今になって気がついた。
全速力で買いに走ったのだろう、二人はそれから程なくして食料を手に戻ってきた。食べ物を買える街まではここから結構あるのになあ。
ゆっくり味わい食べていれば、その中に発見する。私の好物であり、最近、杏寿郎さんも共に美味しい美味しいと食べたものがあることを。
「これ私も好きだけど師範も好きなやつなの。取っておいてもいいかな?残しておけば師範が喜ぶと思うんだあ」
「朝緋ちゃん……」
杏寿郎さんの名前を出せば、蜜璃をまたもや泣かせてしまった。
「わ!また泣いてる!なんで?どうしたの蜜璃ちゃん!?」
仲良しの子に泣かれるのは困るし、それに隣にいる伊黒さんの顔が怖い。よくも甘露寺を泣かせたな、という殺気がダダ漏れだ。
「戻ってこないのよ、もう、煉獄さんは戻ってこないの…………」
「戻ってくるよ、だってあの師範だもの。お腹すかして戻ってくるに決まってる。
そう、信じさせてほしい」
つられてこぼれ落ちそうになる涙を堪えてへにゃりと笑うも、蜜璃は困ったような顔で俯いてしまった。
「まったく。甘露寺を困らせるとは何事だ。現実を受け入れろ。あいつはもういない。
俺は認めたくないが、甘露寺やお館様が認めている。炎柱を継ぐのはお前だ、煉獄朝緋。
いつまでもくすぶるお前を、師であり兄でもあるあいつが喜ぶと思うか。いつまでもネチネチとしつこく妄想の煉獄にしがみつくな」
それまで黙っていた蛇柱・伊黒小芭内がとうとう口を開いた。
「なんのことでしょう。いつだってネチネチしてるのは伊黒さんじゃなくて?蛇柱だもの」
「なっ!?くそ、人がせっかく……フン、お前なんか嫌いだ」
「私は好きですけどね。鏑丸君のことが」
鏑丸は伊黒さんがいつも連れている白蛇君だ。彼は左右の目の色が違い、そして片目が使えない。その片目のかわりが鏑丸だ。
蛇のようにぐにゃりと曲がり先の読みづらい剣技を使い、努力の末蛇柱となった彼。
剣技や呼吸、刀に至るまで蛇のような男であるが、その性格もちょっぴり蛇のようにネチネチしていて好き嫌いは分かれる。実際本人も、人の好き嫌いが激しい。
その中でも私は、幸い伊黒さんとは仲がいい方だ。これは煉獄家の影響が大きかろう。
そして今の憎まれ口もまた、仲が良い証拠といえる。
「これね、私じゃなくて伊黒さんが選んでくれたのよ?朝緋ちゃんがよく食べてたって」
ほらね、伊黒さんは私のことを存外にみていた。かといって彼が私を女性として好きというのはありえない。
彼は基本的に女性が苦手だし、伊黒さんが好意を持っている相手は目の前で華やかに笑う甘露寺蜜璃だからだ。蜜璃も満更ではなさそうだし、はやくくっつけ。
「煉獄さんとも食べてたことは知らなかったみたいだけど……思い出させてしまってごめんなさい」
「ううん、いいの。嬉しい。二人とも、ありがとう。
食べたら元気がでたよ!蜜璃ちゃんや伊黒さんが会いに来てくれたからかな?」
「会いに来るくらいで元気になるなら、またくるわ!」
「うん、次は桜餅や芋羊羹をたくさん作って待ってるね。もちろん、とろろ昆布で巻いたおにぎりも」
「朝緋ちゃん…………、楽しみにしてるわ!」
「お前が元気じゃないと甘露寺も心配する。回復したらとっとと任務もこなすんだな」
そう言って、二人は炎柱邸をあとにした。蜜璃はもちろん、伊黒さんも本当にいい人。