三周目 弐
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それにしても、肺の他に私の一番の強みである足を最後の玖ノ型で狙ってきたわ。槇寿朗さんは本気だった。私に刀を置かせ、鬼殺隊に入らせぬ気だったのだ。
なのに私はあの避けられぬ一撃を避けてみせた。だから少しは見直してくれた…?のかもしれない。じゃなかったら、刀を磨けなんていうわけない。
あとは娘が相手だから、当社比三倍くらい甘くなったのだろう。男親はどの時代も娘に弱いという。
「あの……大丈夫ですか?」
道場の入り口で観戦していた千寿郎がおろおろしつつ声をかけてきた。
その手には冷たそうな濡れた手拭いがある。渡されたそれを擦りむいたところに当てると、気持ちいい。けどちょっと痛いや。
「大丈夫だよ。この通りちょっと擦りむいたけれどね」
「擦りむいただけじゃないです!姉上、たくさん転んで体を打ってます!」
「稽古で転ぶのはいつものことじゃーん」
そして痣だらけになるまでが一連の流れ。
「姉上はもう少し体を大切にするべきですよ……」
あら、杏寿郎さんに言われたことを千寿郎にも言われた。
「ねえ、姉上。姉上はどうして、父上にそんなに強く言い返せるのですか。怖くないのですか?」
私から取り返した手拭いを、私が転んで打った箇所に当ててくる。おお、ここも打ってたか。千寿郎はよく見てるなぁ。
「んーー。千寿郎は父様がこわい?」
「……怖いです」
まだ十にもならない幼な子には、あの雷のような怒号は堪えるもんね。ましてや昔は優しかったのが、今やいきなり怒る癇癪持ちだもの。
「父様はね、怖くなんかないのよ。
本当の父様は、とっても心が優しい人なの。
意地っ張りだから素直じゃなくて、言葉が全然足らない人で、癇癪持ちで、ちょっとしたことで落ち込みやすくって、任務は放棄するし、お酒に逃げちゃうしキレると娘に手を上げるような人だけど」
「そう聞くといいところないですね」
「うん。でもね、それでも家族をすごくすごーく大切に思ってる人なのよ。
今でも母様を思い続けてるの知ってるでしょ?」
「それは……そうですね。
命日と月命日には、お酒を飲まないですから」
命日や月命日にお酒を断つことができるのであれば、他の日も飲むのやめたらいいのに。
「怖いかもしれないけれど、千寿郎も思ったままにガツンと言ってやっていいよ。我慢する必要ないの。
いい?おとなしくしてばかりいてはだめ。それは剣にも出るからね」
「は、はい!がんばります……!」
「頑張るものとは違う気がするけど……」
ああでもそうだ。きっと千寿郎の刀の色が変わらないのは心の持ちようも大きい。
この子は優しい。人のことを考えすぎて、自分の気持ちを殺しがちだった。
それは槇寿朗さんがああ言う態度をとってきたことも大きい。私含めてそばに激しい物言いをする人がいると、子供は自分を押し込める傾向にある。自分の意見を言えなくなる。
今も、このままだと同じ道を辿ってしまうだろう。
鬼殺隊に入れば、危険は常に隣にある。ぶっちゃけ危険な真似して欲しくないし、入って欲しくない思いもある。
だから色は変わらなくたって別にいい。
でもせめて、自分にもうちょっと自信をつけてほしいとは思う。
「よし。鍛錬しよっか」
「えええ!?今、父上と打ち合ったばかりですよ!それに怪我して治療したてでもあります!!」
「治療って、かすり傷くらいじゃない。それに私は父様からほぼ逃げてただけだし?」
当たらぬ攻撃など攻撃ではない。
「でも疲れてるんじゃ……」
「大して疲れてないからいいの。千寿郎がしたいようにしよう。
だって、千寿郎も強くなりたいんでしょ?鍛錬したかったんでしょ。
父様は怖いけど、父様に稽古をつけてもらっていた私が羨ましかった。違う?
違わないよね?顔に書いてある」
図星のようで黙る千寿郎の柔らかもちもちほっぺを、ツンツンぷにぷにと突く。
「父様は出かけていなくなってしまったけれど、遠慮なく打ち込んでおいで。
私ももう最終選別が近い。稽古をつけてあげられる時間は少ないよ」
「なら……よろしくお願いします」
杏寿郎さんからの最後の稽古に引き続き、槇寿朗さんそして千寿郎と、私は一通り打ち合うことが出来た。
「千寿郎、自分の思いは父様にぶつけてもいいけれど、叩かれたり嫌なこと言われたらあとで報告するのよ!ちゃんと紙に書いといてね!!」
「姉上こそ家や僕の心配はしなくていいです。ご自分の心配をなさってください。
でないと無事に帰って来れなくなります……。藤襲山は危険な場所と聞いていますから」
杏寿郎さんに同じことを言ったっけなぁ。あの日の私と千寿郎が重なる。
懐かしいなぁ……。杏寿郎さんは今階級どの辺だって言ってたっけ。きっともうかなりの強さなはずで……早く追いつきたい。
「ありがとう。私は大丈夫、死にはしないわよ」
心配そうに見上げてくる千寿郎をぎゅーっと抱きしめる。
かわいい!すき!離したくなぁい〜!
私はこれから最終選別へ行く。
背中に背負うのは、千寿郎からのおむすびの山が入った風呂敷。腰には日輪刀。
他には路銀や燐寸くらいしか持ち合わせていないかも。
あ、あと服装をもっと動きやすく尚且つ、破かれにくい厚いものを選んだよ。ああ思い出される『前』の羞恥……。
今回は杏寿郎さんからの直接の見送りもないようで少し寂しいけれど、代わりに文が届いた。
『杏』の文字以外何も書かれておらず、傷に塗る薬とお饅頭が包まれているあたり杏寿郎さんらしいそれを、私は今胸元に忍ばせている。
薬も甘味も嬉しいけれど何よりこの杏の字が書かれた紙こそ、今回の私のお守りたりえる。
最終選別では鬼避けの藤のお守りは持ち込めない。でも稀血である私にはより多くの鬼が寄ってくる……。
この紙はお守りといっても鬼避けにはならないけれど、力は湧いてくる。
杏寿郎さんからもらうものはどんなものでも宝物で。私が私としての力を発揮できるお守りだ。
……頑張ろう。
今回目指すのは『前回』よりも更に多くの人間を合格させることだ。
そして藤襲山で出会った鬼は、できる限り討伐すること。
鬼殺隊入隊前だけれど、鬼の討伐数はカウントされる……らしい。カウントされなくても、その様子はどういう仕組みかお館様に伝わる。
え?もう入隊した気でいるのねって?過去に二度も藤襲山で過ごした私に死角なし。
もちろん舐めてかかっているわけじゃない。甘く見たら鬼に食われてしまう。
同じ人間同じ顔ぶれが揃う中、三度目になる最終選別が始まった。
なのに私はあの避けられぬ一撃を避けてみせた。だから少しは見直してくれた…?のかもしれない。じゃなかったら、刀を磨けなんていうわけない。
あとは娘が相手だから、当社比三倍くらい甘くなったのだろう。男親はどの時代も娘に弱いという。
「あの……大丈夫ですか?」
道場の入り口で観戦していた千寿郎がおろおろしつつ声をかけてきた。
その手には冷たそうな濡れた手拭いがある。渡されたそれを擦りむいたところに当てると、気持ちいい。けどちょっと痛いや。
「大丈夫だよ。この通りちょっと擦りむいたけれどね」
「擦りむいただけじゃないです!姉上、たくさん転んで体を打ってます!」
「稽古で転ぶのはいつものことじゃーん」
そして痣だらけになるまでが一連の流れ。
「姉上はもう少し体を大切にするべきですよ……」
あら、杏寿郎さんに言われたことを千寿郎にも言われた。
「ねえ、姉上。姉上はどうして、父上にそんなに強く言い返せるのですか。怖くないのですか?」
私から取り返した手拭いを、私が転んで打った箇所に当ててくる。おお、ここも打ってたか。千寿郎はよく見てるなぁ。
「んーー。千寿郎は父様がこわい?」
「……怖いです」
まだ十にもならない幼な子には、あの雷のような怒号は堪えるもんね。ましてや昔は優しかったのが、今やいきなり怒る癇癪持ちだもの。
「父様はね、怖くなんかないのよ。
本当の父様は、とっても心が優しい人なの。
意地っ張りだから素直じゃなくて、言葉が全然足らない人で、癇癪持ちで、ちょっとしたことで落ち込みやすくって、任務は放棄するし、お酒に逃げちゃうしキレると娘に手を上げるような人だけど」
「そう聞くといいところないですね」
「うん。でもね、それでも家族をすごくすごーく大切に思ってる人なのよ。
今でも母様を思い続けてるの知ってるでしょ?」
「それは……そうですね。
命日と月命日には、お酒を飲まないですから」
命日や月命日にお酒を断つことができるのであれば、他の日も飲むのやめたらいいのに。
「怖いかもしれないけれど、千寿郎も思ったままにガツンと言ってやっていいよ。我慢する必要ないの。
いい?おとなしくしてばかりいてはだめ。それは剣にも出るからね」
「は、はい!がんばります……!」
「頑張るものとは違う気がするけど……」
ああでもそうだ。きっと千寿郎の刀の色が変わらないのは心の持ちようも大きい。
この子は優しい。人のことを考えすぎて、自分の気持ちを殺しがちだった。
それは槇寿朗さんがああ言う態度をとってきたことも大きい。私含めてそばに激しい物言いをする人がいると、子供は自分を押し込める傾向にある。自分の意見を言えなくなる。
今も、このままだと同じ道を辿ってしまうだろう。
鬼殺隊に入れば、危険は常に隣にある。ぶっちゃけ危険な真似して欲しくないし、入って欲しくない思いもある。
だから色は変わらなくたって別にいい。
でもせめて、自分にもうちょっと自信をつけてほしいとは思う。
「よし。鍛錬しよっか」
「えええ!?今、父上と打ち合ったばかりですよ!それに怪我して治療したてでもあります!!」
「治療って、かすり傷くらいじゃない。それに私は父様からほぼ逃げてただけだし?」
当たらぬ攻撃など攻撃ではない。
「でも疲れてるんじゃ……」
「大して疲れてないからいいの。千寿郎がしたいようにしよう。
だって、千寿郎も強くなりたいんでしょ?鍛錬したかったんでしょ。
父様は怖いけど、父様に稽古をつけてもらっていた私が羨ましかった。違う?
違わないよね?顔に書いてある」
図星のようで黙る千寿郎の柔らかもちもちほっぺを、ツンツンぷにぷにと突く。
「父様は出かけていなくなってしまったけれど、遠慮なく打ち込んでおいで。
私ももう最終選別が近い。稽古をつけてあげられる時間は少ないよ」
「なら……よろしくお願いします」
杏寿郎さんからの最後の稽古に引き続き、槇寿朗さんそして千寿郎と、私は一通り打ち合うことが出来た。
「千寿郎、自分の思いは父様にぶつけてもいいけれど、叩かれたり嫌なこと言われたらあとで報告するのよ!ちゃんと紙に書いといてね!!」
「姉上こそ家や僕の心配はしなくていいです。ご自分の心配をなさってください。
でないと無事に帰って来れなくなります……。藤襲山は危険な場所と聞いていますから」
杏寿郎さんに同じことを言ったっけなぁ。あの日の私と千寿郎が重なる。
懐かしいなぁ……。杏寿郎さんは今階級どの辺だって言ってたっけ。きっともうかなりの強さなはずで……早く追いつきたい。
「ありがとう。私は大丈夫、死にはしないわよ」
心配そうに見上げてくる千寿郎をぎゅーっと抱きしめる。
かわいい!すき!離したくなぁい〜!
私はこれから最終選別へ行く。
背中に背負うのは、千寿郎からのおむすびの山が入った風呂敷。腰には日輪刀。
他には路銀や燐寸くらいしか持ち合わせていないかも。
あ、あと服装をもっと動きやすく尚且つ、破かれにくい厚いものを選んだよ。ああ思い出される『前』の羞恥……。
今回は杏寿郎さんからの直接の見送りもないようで少し寂しいけれど、代わりに文が届いた。
『杏』の文字以外何も書かれておらず、傷に塗る薬とお饅頭が包まれているあたり杏寿郎さんらしいそれを、私は今胸元に忍ばせている。
薬も甘味も嬉しいけれど何よりこの杏の字が書かれた紙こそ、今回の私のお守りたりえる。
最終選別では鬼避けの藤のお守りは持ち込めない。でも稀血である私にはより多くの鬼が寄ってくる……。
この紙はお守りといっても鬼避けにはならないけれど、力は湧いてくる。
杏寿郎さんからもらうものはどんなものでも宝物で。私が私としての力を発揮できるお守りだ。
……頑張ろう。
今回目指すのは『前回』よりも更に多くの人間を合格させることだ。
そして藤襲山で出会った鬼は、できる限り討伐すること。
鬼殺隊入隊前だけれど、鬼の討伐数はカウントされる……らしい。カウントされなくても、その様子はどういう仕組みかお館様に伝わる。
え?もう入隊した気でいるのねって?過去に二度も藤襲山で過ごした私に死角なし。
もちろん舐めてかかっているわけじゃない。甘く見たら鬼に食われてしまう。
同じ人間同じ顔ぶれが揃う中、三度目になる最終選別が始まった。