一周目 弐
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大地に横たわる無限列車。大勢の怪我人。そして戦死者、柱一名。
鬼討伐の後には事後処理の隠が必要で、特に今回の任務には市井の人々に死者はおらずとも怪我人が多い。どうしても処理や治療には時間がかかった。
そして呼ばれたのは、隠だけではなかった。
「あらあら、これは困りましたね」
薬や毒に精通した薬師のような柱がいる。
蟲柱、胡蝶しのぶだ。
彼女はもちろん、表向きは怪我人の治療がために呼ばれた。
そう、表向きは。
「朝緋さん、お気持ちは痛いほどわかります。でもそろそろ離れていただけると嬉しいんですが」
しかしてその実態は。
炭治郎が泣き終わり、善逸が、伊之助が。次々に離れさせようとしても、失敗に終わった。もちろん隠では、離れさせようと近づくだけで威嚇され駄目。
泣き喚いて杏寿郎さんの亡骸から決して離れようとしない私に困り果てる周りを見かね、私の烏が一番近くにいた訃報を伝えられたばかりの蟲柱を呼んだのだ。
もちろん、治療などのためもあったかもしれない。けれど腐っても甲の階級の人間を無理やり動かすには、その上の階級。柱ほどの力がないと無理だと踏んで呼んだということ。
後からそのことを知った私はなんて頭の良い子だと、自身に付く烏を誇りに思ったものだ。
「もしもーし。みなさん、困ってますよー。退いてあげてください。
……うーん、駄目ですね。これは聞いてくれなさそう」
胡蝶しのぶは、その時の私のことをこう例えたらしい。まるで、愛する雄の番を殺されて殺気立つ雌の狼だったと。
さ
精神錯乱ともいうべき、咽び泣く私のあまりの状態に、話はやめたのか。
「エイッ」
力は弱いとされる蟲柱の胡蝶しのぶだが、それでも柱は柱。
人間が意識を失う場所を的確に突いて、上手い具合に私の意識を一瞬で刈り取ってきた。
「ーーーーっ」
「貴女がそうやって取り縋っていては、煉獄さんの亡骸を運びだすこともできません……ごめんなさいね」
意識はなくとも、優しい声音の謝罪だけは聞こえた。
そして私は、大切な記憶を忘れた。
大事な人を喪ったというその事実だけが私の記憶からすとんと消え落ち、次に目を覚ました時ーー二日後には忘れていた。
もちろんのこと、しめやかに執り行われたという杏寿郎さんの葬儀にはその時の私は参加しなかったし、出来なかった。
お館様に呼ばれ、他の柱とともに頭を垂れて並ぶ中、隣に座する蟲柱は美しい顔を哀しげに歪ませた。
愛する者を喪う悲しみ。それは自身の死と大差ない。
体の死というより心の死。それを回避すべく、本能的に忘却してしまったのでしょう。
そう言いながら。
私には一体何のことかよくわからなかった。
ただ疑問なのは、柱合会議の時期でもない時に柱が勢揃いして行われているこの集まりだ。
どうして柱が集まっているの。どうして私も呼ばれているの。それとも私は何かしでかしてしまったのかしら。
心当たりはないわけではない。猗窩座との戦闘時、杏寿郎さんが出した待機命令に背いてその場に出てしまった。ただそれだけとはいえ、上官命令を破ったことに変わりはない。
でももしそれが原因なら、どうして杏寿郎さんだけがいないの。きっとすぐ来れない場所の任務をしているから、時間に間に合わなかったのだろうけれど、その事で私を罰するのなら彼の存在は必要不可欠なはず。
他には心当たり一つない。
他の柱がお館様に挨拶の口上を述べる中、下げている頭をわずかにあげて、お館様を見る。久方ぶりに拝見したお館様の顔は鬼舞辻無惨の呪いが進行しており、視力もなくなってしまったようだった。
一端の隊士である私だが、前に継子として紹介されるのに一度だけお会いしたことがあった。その時はまだ、目は見えていたというに。
お館様のためにも他の全ての人間のためにも、早く鬼舞辻無惨を滅ぼさなければ。
「朝緋。君には炎柱を名乗ってもらう。杏寿郎の分も、これから励んでくれるね?」
ーーは?炎柱?
顔を上げるように言われ名を呼ばれた先、開口一番にそう言われた。
言われた言葉の意味は、なかなかどうしてわからなかった。
「…………お館様、発言してよろしいでしょうか」
「いいよ、言ってごらん」
「では失礼ながら。
お館様は、一体何を言ってるんでしょうか?私が炎柱になるなど、なんというご冗談でしょう。
炎柱は煉獄杏寿郎です。
それにあの鬼の頸は杏寿郎さんが、師範が切りました。今に戻ってきますよ。任務で遠くに行ってるだけなんですから」
その時の私の中では、猗窩座の頸は杏寿郎さんが取ったことになっていた。
「ああそうだ。
出迎え用に彼の好きな食べ物作っておかないとですよね。お芋ごはんとお芋のおみおつけ、それからそれから、芋羊羹も買ってこなきゃ……今の時期に売ってますでしょうか」
「朝緋…………」
にっこりと笑って言い切れば、さすがのお館様も僅かに気の毒そうな色を目に滲ませていた。
ガッ!
そして私は、右隣に座する音柱、宇髄天元に頭を掴まれて地面に縫いとめられた。
「ゔっ……!」
「おいお前。何だその物言いは。お館様に無礼な物言いはやめろ」
本当のことを言っただけなのに、なんで暴力を振われないといけないの。
そりゃあ、芋羊羹が売っているかどうかなんて聞くのはお館様に馴れ馴れしすぎたかもしれないけれど。
杏寿郎さんならこんなことしてこないのに。今すぐ会いたい。彼に会いたい。
「天元」
「……申し訳ございません」
お館様が名を呼べば、音柱は私の頭から手を離し、そして私の顔をそっと覗き込んできた。
「ったく。何戯けたこと抜かしてるんだよ、なあ……って、お前……。
ああ、駄目だな」
??何が駄目、なの?なぜそんな可哀想な物を見る目で私を見るの?
「お館様。この者の心は今派手に壊れています。澱んだ目には何も見えていない。映っていない」
その言葉に気の毒なものを見るような目が、一斉にこちらを向く。
「かわいそうに……南無阿弥陀……」
「朝緋さん、もう煉獄さんはいないのですよ。しっかりしてください」
「…………オイ」
岩柱、蟲柱に。
ドスの利いた声で呼んできたのは、声と同じくらい顔が少しばかり怖い男。顔や身体についた傷がまた、怖さに拍車をかけている。
風柱の不死川実弥だった。
「上弦の参はまだくたばっちゃいねえよォ。
死んだのは、煉獄杏寿郎だ。いい加減現実に戻ってこい。『炎柱、煉獄朝緋』」
死。現実。炎柱。
酷い言葉の刃だ。この人の言葉は心を抉り、涙と血を流させる。
「私は炎柱じゃないし、彼は死んでもいない…………勝手な呼び名を付けないでください。
なんで皆様はそんな酷い事を言うんですか。杏寿郎さんが戻ってくることを信じないのはどうしてなの。
お館様!あの人は死んでなんかいない!生きてる!生きてます!!そうですよね!?」
「……朝緋には少し時間が必要なようだ。
もともと炎柱邸で暮らしていたのだったね。落ち着くまでしばらくは休養をとってもらおうか」
その間に朝緋の日輪刀には、悪鬼滅殺と刻んでおかなくてはいけないから。
小さく追加されたその言葉に、私はこの場に味方がいないと知る。何人か向こうに座る、恋柱のあの子でさえ、お館様が絡めば私の味方にはならない。
ここではお館様が絶対だ。私だってそう思うもの。
「とはいえ鬼殺隊はいつでも人員不足。力ある者をいつまでも遊ばせておくわけにもいかない。
ある程度したら任務に復帰してもらうことになるけどいいかな」
「は、い……ですが私には休息なんて必要ありません。今すぐにでも、任務に復帰可能です」
地になすりつけて頭を垂れ、鬼殺の命をくださいと頼み込む。
休んで余計なことを考える暇があったなら、任務に没頭していたい。それに任務先で、杏寿郎さんに会えるかもしれない。そんな淡い期待もあった。
「心身が弱っている時の無理な鬼殺は、死に直結しやすい。弱っていないというならば、せめてその傷を治しなさい。鬼に折られた足の骨も完全にくっついていないのだろう?
しのぶ、朝緋の足の容体は?」
「私が診た時はまだ折れた状態でした。しかし、戦闘中に動かすためか、呼吸で無理やりくっつけた跡がありました。
今は綺麗に動かせるようにするためか、本人も無意識に呼吸で治療しているようです」
ああ、だから違和感があったんだ。自分で使っている呼吸なのに、何もわからなかった。
あまり痛みがなかったけれど、まだ折れている状態だったんだ。相変わらず呼吸って凄いなあ。
「うん、それは上々。やはり既に柱たりえる治癒力だね。
でも無理やりは治そうとするのは良くなかった。下手をすれば間違った方向に骨がついていた可能性もあったんじゃないかな」
「ええ、お館様のおっしゃる通りです。
特に朝緋さんは炎の呼吸の使い手にはめずらしく、足の速さを重視した戦い方をする隊士。ならばその足は命同然。完全に治さなくてはなりません」
ただでさえ弱いのに、強みである速さを取られたら私には何も残らないではないか。
私が目覚めた時にもそばで診てくれた主治医である蟲柱の厳しい言葉に、気持ちが沈み込む。
「朝緋」
「…………はい」
ふわりと優しい声で名を呼ばれ、まるで親に撫でられたかのように安心できた。
「きちんとした療育が必要だから、やはり治るまで休むこと。炎柱の件についても、療養中に自分の中で気持ちに決着をつけること。わかったね?」
「御意」
心地よい声を前に、気がつけば私は涙しながら深く頷いていた。
その後は柱合会議と変わらず、場が進んでいった。ここ最近の鬼の動向、隊士の質など柱同士の情報交換には限りがない。
私も流れの関係上そのまま参加となったが、炎柱就任というあまりの衝撃を思い出した私の脳には何一つ残っていなかった。
鬼討伐の後には事後処理の隠が必要で、特に今回の任務には市井の人々に死者はおらずとも怪我人が多い。どうしても処理や治療には時間がかかった。
そして呼ばれたのは、隠だけではなかった。
「あらあら、これは困りましたね」
薬や毒に精通した薬師のような柱がいる。
蟲柱、胡蝶しのぶだ。
彼女はもちろん、表向きは怪我人の治療がために呼ばれた。
そう、表向きは。
「朝緋さん、お気持ちは痛いほどわかります。でもそろそろ離れていただけると嬉しいんですが」
しかしてその実態は。
炭治郎が泣き終わり、善逸が、伊之助が。次々に離れさせようとしても、失敗に終わった。もちろん隠では、離れさせようと近づくだけで威嚇され駄目。
泣き喚いて杏寿郎さんの亡骸から決して離れようとしない私に困り果てる周りを見かね、私の烏が一番近くにいた訃報を伝えられたばかりの蟲柱を呼んだのだ。
もちろん、治療などのためもあったかもしれない。けれど腐っても甲の階級の人間を無理やり動かすには、その上の階級。柱ほどの力がないと無理だと踏んで呼んだということ。
後からそのことを知った私はなんて頭の良い子だと、自身に付く烏を誇りに思ったものだ。
「もしもーし。みなさん、困ってますよー。退いてあげてください。
……うーん、駄目ですね。これは聞いてくれなさそう」
胡蝶しのぶは、その時の私のことをこう例えたらしい。まるで、愛する雄の番を殺されて殺気立つ雌の狼だったと。
さ
精神錯乱ともいうべき、咽び泣く私のあまりの状態に、話はやめたのか。
「エイッ」
力は弱いとされる蟲柱の胡蝶しのぶだが、それでも柱は柱。
人間が意識を失う場所を的確に突いて、上手い具合に私の意識を一瞬で刈り取ってきた。
「ーーーーっ」
「貴女がそうやって取り縋っていては、煉獄さんの亡骸を運びだすこともできません……ごめんなさいね」
意識はなくとも、優しい声音の謝罪だけは聞こえた。
そして私は、大切な記憶を忘れた。
大事な人を喪ったというその事実だけが私の記憶からすとんと消え落ち、次に目を覚ました時ーー二日後には忘れていた。
もちろんのこと、しめやかに執り行われたという杏寿郎さんの葬儀にはその時の私は参加しなかったし、出来なかった。
お館様に呼ばれ、他の柱とともに頭を垂れて並ぶ中、隣に座する蟲柱は美しい顔を哀しげに歪ませた。
愛する者を喪う悲しみ。それは自身の死と大差ない。
体の死というより心の死。それを回避すべく、本能的に忘却してしまったのでしょう。
そう言いながら。
私には一体何のことかよくわからなかった。
ただ疑問なのは、柱合会議の時期でもない時に柱が勢揃いして行われているこの集まりだ。
どうして柱が集まっているの。どうして私も呼ばれているの。それとも私は何かしでかしてしまったのかしら。
心当たりはないわけではない。猗窩座との戦闘時、杏寿郎さんが出した待機命令に背いてその場に出てしまった。ただそれだけとはいえ、上官命令を破ったことに変わりはない。
でももしそれが原因なら、どうして杏寿郎さんだけがいないの。きっとすぐ来れない場所の任務をしているから、時間に間に合わなかったのだろうけれど、その事で私を罰するのなら彼の存在は必要不可欠なはず。
他には心当たり一つない。
他の柱がお館様に挨拶の口上を述べる中、下げている頭をわずかにあげて、お館様を見る。久方ぶりに拝見したお館様の顔は鬼舞辻無惨の呪いが進行しており、視力もなくなってしまったようだった。
一端の隊士である私だが、前に継子として紹介されるのに一度だけお会いしたことがあった。その時はまだ、目は見えていたというに。
お館様のためにも他の全ての人間のためにも、早く鬼舞辻無惨を滅ぼさなければ。
「朝緋。君には炎柱を名乗ってもらう。杏寿郎の分も、これから励んでくれるね?」
ーーは?炎柱?
顔を上げるように言われ名を呼ばれた先、開口一番にそう言われた。
言われた言葉の意味は、なかなかどうしてわからなかった。
「…………お館様、発言してよろしいでしょうか」
「いいよ、言ってごらん」
「では失礼ながら。
お館様は、一体何を言ってるんでしょうか?私が炎柱になるなど、なんというご冗談でしょう。
炎柱は煉獄杏寿郎です。
それにあの鬼の頸は杏寿郎さんが、師範が切りました。今に戻ってきますよ。任務で遠くに行ってるだけなんですから」
その時の私の中では、猗窩座の頸は杏寿郎さんが取ったことになっていた。
「ああそうだ。
出迎え用に彼の好きな食べ物作っておかないとですよね。お芋ごはんとお芋のおみおつけ、それからそれから、芋羊羹も買ってこなきゃ……今の時期に売ってますでしょうか」
「朝緋…………」
にっこりと笑って言い切れば、さすがのお館様も僅かに気の毒そうな色を目に滲ませていた。
ガッ!
そして私は、右隣に座する音柱、宇髄天元に頭を掴まれて地面に縫いとめられた。
「ゔっ……!」
「おいお前。何だその物言いは。お館様に無礼な物言いはやめろ」
本当のことを言っただけなのに、なんで暴力を振われないといけないの。
そりゃあ、芋羊羹が売っているかどうかなんて聞くのはお館様に馴れ馴れしすぎたかもしれないけれど。
杏寿郎さんならこんなことしてこないのに。今すぐ会いたい。彼に会いたい。
「天元」
「……申し訳ございません」
お館様が名を呼べば、音柱は私の頭から手を離し、そして私の顔をそっと覗き込んできた。
「ったく。何戯けたこと抜かしてるんだよ、なあ……って、お前……。
ああ、駄目だな」
??何が駄目、なの?なぜそんな可哀想な物を見る目で私を見るの?
「お館様。この者の心は今派手に壊れています。澱んだ目には何も見えていない。映っていない」
その言葉に気の毒なものを見るような目が、一斉にこちらを向く。
「かわいそうに……南無阿弥陀……」
「朝緋さん、もう煉獄さんはいないのですよ。しっかりしてください」
「…………オイ」
岩柱、蟲柱に。
ドスの利いた声で呼んできたのは、声と同じくらい顔が少しばかり怖い男。顔や身体についた傷がまた、怖さに拍車をかけている。
風柱の不死川実弥だった。
「上弦の参はまだくたばっちゃいねえよォ。
死んだのは、煉獄杏寿郎だ。いい加減現実に戻ってこい。『炎柱、煉獄朝緋』」
死。現実。炎柱。
酷い言葉の刃だ。この人の言葉は心を抉り、涙と血を流させる。
「私は炎柱じゃないし、彼は死んでもいない…………勝手な呼び名を付けないでください。
なんで皆様はそんな酷い事を言うんですか。杏寿郎さんが戻ってくることを信じないのはどうしてなの。
お館様!あの人は死んでなんかいない!生きてる!生きてます!!そうですよね!?」
「……朝緋には少し時間が必要なようだ。
もともと炎柱邸で暮らしていたのだったね。落ち着くまでしばらくは休養をとってもらおうか」
その間に朝緋の日輪刀には、悪鬼滅殺と刻んでおかなくてはいけないから。
小さく追加されたその言葉に、私はこの場に味方がいないと知る。何人か向こうに座る、恋柱のあの子でさえ、お館様が絡めば私の味方にはならない。
ここではお館様が絶対だ。私だってそう思うもの。
「とはいえ鬼殺隊はいつでも人員不足。力ある者をいつまでも遊ばせておくわけにもいかない。
ある程度したら任務に復帰してもらうことになるけどいいかな」
「は、い……ですが私には休息なんて必要ありません。今すぐにでも、任務に復帰可能です」
地になすりつけて頭を垂れ、鬼殺の命をくださいと頼み込む。
休んで余計なことを考える暇があったなら、任務に没頭していたい。それに任務先で、杏寿郎さんに会えるかもしれない。そんな淡い期待もあった。
「心身が弱っている時の無理な鬼殺は、死に直結しやすい。弱っていないというならば、せめてその傷を治しなさい。鬼に折られた足の骨も完全にくっついていないのだろう?
しのぶ、朝緋の足の容体は?」
「私が診た時はまだ折れた状態でした。しかし、戦闘中に動かすためか、呼吸で無理やりくっつけた跡がありました。
今は綺麗に動かせるようにするためか、本人も無意識に呼吸で治療しているようです」
ああ、だから違和感があったんだ。自分で使っている呼吸なのに、何もわからなかった。
あまり痛みがなかったけれど、まだ折れている状態だったんだ。相変わらず呼吸って凄いなあ。
「うん、それは上々。やはり既に柱たりえる治癒力だね。
でも無理やりは治そうとするのは良くなかった。下手をすれば間違った方向に骨がついていた可能性もあったんじゃないかな」
「ええ、お館様のおっしゃる通りです。
特に朝緋さんは炎の呼吸の使い手にはめずらしく、足の速さを重視した戦い方をする隊士。ならばその足は命同然。完全に治さなくてはなりません」
ただでさえ弱いのに、強みである速さを取られたら私には何も残らないではないか。
私が目覚めた時にもそばで診てくれた主治医である蟲柱の厳しい言葉に、気持ちが沈み込む。
「朝緋」
「…………はい」
ふわりと優しい声で名を呼ばれ、まるで親に撫でられたかのように安心できた。
「きちんとした療育が必要だから、やはり治るまで休むこと。炎柱の件についても、療養中に自分の中で気持ちに決着をつけること。わかったね?」
「御意」
心地よい声を前に、気がつけば私は涙しながら深く頷いていた。
その後は柱合会議と変わらず、場が進んでいった。ここ最近の鬼の動向、隊士の質など柱同士の情報交換には限りがない。
私も流れの関係上そのまま参加となったが、炎柱就任というあまりの衝撃を思い出した私の脳には何一つ残っていなかった。