三周目 弐
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女としての体になってきた頃、私は全集中の呼吸・常中をマスターした。
『前』より早く身についたけれど、力はまだまだ弱い。
一瞬で強くなれればいいけれど、そんな都合のいい方法はない。近道なんてないのだとこの煉獄家に訪れた炭治郎も言っていたけれど、本当にその通りだと思う。
足掻いてもがいて、今の自分が出来る精一杯で前に進むしかないのだ。
何がきっかけだったか、同時期に槇寿朗さんの様子も変わった。
長年仕えてくれていた奉公人を辞めさせるところから始まり、自身の任務放棄が増えた。
こうなってくると稽古をつけてくれることはおろか、顔を合わせただけで一触即発の暴力暴言の応酬になってもおかしくはない。私の性格上、燃え盛る炎のように苛烈な物言いになる時があるからだ。
煉獄家の女ははっきりものを言う。
だからこそ同時に、杏寿郎さんのことを師範として呼ぶようになった。私が師事すべきは、もう槇寿朗さんでなく杏寿郎さんだ。
杏寿郎さんの声が変わるのもこの頃だった。
相変わらず胸の奥にスッと入ってくる優しくて低くて素敵な声……。
幼い杏寿郎さんの声も好きだったけれど、私の体は大人の杏寿郎さんの声をそれはもう喜んでいた。
『前』に散々床の中で聞かされたからだと思う。そんなことを思い出すなんて、私も助平になったもんだ。
「朝緋!土産物を持ってきたぞ!!」
「いつもありがとうございます、師範。お茶を淹れますので上がっていってください」
「うむ!!」
階級があがり自信に満ち溢れた杏寿郎さんは体もすっかり大きくなり、雄々しく逞しい殿方に成長した。目の前にくるとそれが顕著にわかる。
……鬼殺隊ではさぞかしおモテになるんだろうな。そう考えて胸がちくりと痛んだ。
「今日の茶はいつもと違うな!」
「はい。今日は千寿郎が淹れましたので」
「そうか!だから味が少し違うのだな!」
千寿郎も『前』の時よりお茶を淹れる腕が上がるのは早かった。教え方と教える時期を変えたのみだけど、今では私の淹れるものとそんなに大差ないくらいの腕だ。でも杏寿郎さんにはわかっちゃったか。
湯呑みが空になる頃、姿勢を正しお願いをする。
「あのですね、師範。こういった装飾品や食べ物をお土産にくださるのも嬉しいですが……」
「朝緋は他に欲しいものがあるのか?
言ってみてくれ!女子が欲しがりそうなものに心当たりはなくてな!!」
うーん。私が欲しいのって、どうみても女子が欲しがりそうなものではないよね……。
「その……できたら余り物でいいので、日輪刀が欲しいのです」
「日輪刀……?
ふむ、なるほどな。わかった、しばし待っていてくれ」
この際、どの呼吸の剣士のものでもいい。
鬼の頸を斬れさえすればいい。どうせあの山にいるのは変わりたての弱い鬼ばかりだ。
ただし、腕だらけの巨大なあの鬼は別だけど。
あの鬼はやばい。呼吸が合わない刀で挑んでも返り討ち。食われて終わりだろうから会わないように気をつけなくてはならない。
杏寿郎さんが日輪刀をくれたのは、それからすぐのことだった。
炎の刃紋が薄く走る、炎の呼吸の刀が目の前に置かれる。
「こちらは?」
「最終選別で使うのだろう?日輪刀を持ってきた。亡くなった隊士のものだから縁起が悪いと思うかもしれんが、これで勘弁……、」
「これがいいです。この日輪刀をどうかお貸しください」
薄い炎色、この鍔の小さな欠け、鈍色の柄巻。『前』の最終選別でもお世話になった日輪刀で間違いない。
男性が握っていたと思われる柄巻についたクセも、そのまま同じ位置に刻まれている。私よりとても太い指の跡は消えずそこにある。
しかし、やっぱり亡くなっていたのか。この日輪刀の持ち主は今回も殉死してしまったのね。
先輩。貴方の炎、また使わせていただきます。
この刀の持ち主は救えない。私にはそこまでの力はなく、救いたいたった一人で手一杯。
たとえ幾度となく過去を繰り返せるのだとしても、全ての人の生き死にの運命を変えることはできないのだ。
刀を見つめ、そして杏寿郎さんを見つめ返す。
次の選別を受ける予定の私には、もう杏寿郎さんと打ち合う時間は少ない。
「師範、稽古をつけてくださいませんか」
「それはいいが、父上に怒られやしないだろうか」
「父様なら出かけられています。しばらくは帰ってこないでしょう」
我が家のお酒は飲めないし、自分で買うか飲んでくるしかないもんね。
そうして道場で打ち合うこと半刻。ううん、打ち合うというよりも斬り合いに等しかった。
「くっ……!よもや、真剣で躊躇なく斬りかかってくるとは!?」
「それでも私の腕は、師範には敵いませんから……っ!斬り殺すつもりで、向かわせてもらいますよ……!!」
「むぅ……っ!!」
この通り私は貸していただいた日輪刀、杏寿郎さんは木刀を使っているからだ。杏寿郎さんほど腕が良ければ木刀で刀を凌ぐくらいわけない。
「朝緋……っ、君の剣は軽やかで速く、動きもすばしっこくていい!
もっとだ、もっと打ち込んで来いっ!」
「言われずとも!はああああっ!!」
速いだけではなく、一撃一撃を重いものに変化させることが容易になってきた気がする。
あとはこの斬って逃げてのヒットアンドアウェイ戦法をより磨き上げれば、あの鬼にやられることもなくこちらの剣を届かせることができるかもしれない。
「型も使ってこい!」
「ッ!?斬られても知りませんよッ!壱ノ型・不知火ッ!!」
炎の呼吸最速の技を打ち放つ。居合に似た素早い剣技が杏寿郎さんに届く。
「朝緋の弱い不知火でやられると思うなど笑止千万!!俺は朝緋より強い!!
おおおおっ!これが不知火だ!!壱ノ型・不知火っ!!」
「ぎゃっ!?」
……が、その刃が届く瞬間、杏寿郎さんが放つ不知火で刀を絡め取られ胴を打たれた。
木刀の不知火に真剣の不知火が負けた……。
そのまま私は勢い余って転び、気がつけば木刀の先を杏寿郎さんから突きつけられる状況にいた。
「負けました……っ、ありがとう、ございました……」
「うむ、よく頑張ったな!!君ならきっと、最終選別を無事に突破するだろう!」
差し出された手を取り、起き上がる。あーあ、私ったらこの程度で汗かいてる。対して杏寿郎さんは汗かいてないじゃん。頑張らなきゃ。
「だが、日輪刀を渡しておいてなんだが俺は朝緋を鬼殺隊になど……心配でたまらない」
「なぜ?稀血だとはいえ条件は同じですが」
今更その問題を蒸し返すの?
手拭いで汗を拭きながら、杏寿郎さんを睨んだ。
「稀血は関係な、……いや、多少は理由にある。が、君が家にいると思うから俺はそこまで心配せずにいられた。
でも最終選別や任務はどうだ?俺の目の届かぬ場所ばかりだ。いつ何時死んでしまうかもしれん場所に、朝緋を行かせるのが怖い。
君は死ぬ覚悟は出来ているのか?鬼殺隊はいつも死と隣り合わせだ。覚悟なき者に隊士は務まらん」
死ぬ覚悟?そんなの……。
「覚悟なら足りてます。
師範こそそんなことを言って、私がいざ鬼に殺されて死んだらどうする気ですか?今にもあとを追いそうな顔してますよ」
なんだかんだと言って、杏寿郎さんこそが死ぬ覚悟ができていない。自分のではなく、私が死ぬ覚悟がだ。
苦しそうな顔はそう見えた。
「いや、後は追わん……。が、君を殺した鬼の頸は必ず刎ねるだろう。俺の手でな」
ならいいけど。でも私は出来てない。貴方が死ぬ覚悟はしない。
覚悟しないからこそ、顔にも出ない。
「……私は、貴方が同じように死んでしまったら鬼の頸を刎ねたのち、後を追いそうです。師範のいない世に未練なんてありませんから」
叶うことなら一緒に死んでしまいたいくらいだ。もちろん、あの鬼の頸だけは取ってからね。
あの頸を取らぬ限り、私の憎しみは晴れない。死んでも死に切れない。
私の人生、杏寿郎さんさえ無事なら良いのだ。
「そういうのはやめてくれ……。
俺は死を覚悟し鬼殺隊に入っているのに、おいそれと死ねぬではないか」
「んふふ。そっかそっか。なら、死んだら私も追います。死ぬなんて許しませんよ。
私を殺したくないなら、絶対死なずに帰ってきてほしいです」
「約束はできない。だが……努力しよう。
朝緋も死んでくれるなよ。最終選別、無事に突破しろ」
最終選別前、杏寿郎さんからの最後の稽古が終わった。
『前』より早く身についたけれど、力はまだまだ弱い。
一瞬で強くなれればいいけれど、そんな都合のいい方法はない。近道なんてないのだとこの煉獄家に訪れた炭治郎も言っていたけれど、本当にその通りだと思う。
足掻いてもがいて、今の自分が出来る精一杯で前に進むしかないのだ。
何がきっかけだったか、同時期に槇寿朗さんの様子も変わった。
長年仕えてくれていた奉公人を辞めさせるところから始まり、自身の任務放棄が増えた。
こうなってくると稽古をつけてくれることはおろか、顔を合わせただけで一触即発の暴力暴言の応酬になってもおかしくはない。私の性格上、燃え盛る炎のように苛烈な物言いになる時があるからだ。
煉獄家の女ははっきりものを言う。
だからこそ同時に、杏寿郎さんのことを師範として呼ぶようになった。私が師事すべきは、もう槇寿朗さんでなく杏寿郎さんだ。
杏寿郎さんの声が変わるのもこの頃だった。
相変わらず胸の奥にスッと入ってくる優しくて低くて素敵な声……。
幼い杏寿郎さんの声も好きだったけれど、私の体は大人の杏寿郎さんの声をそれはもう喜んでいた。
『前』に散々床の中で聞かされたからだと思う。そんなことを思い出すなんて、私も助平になったもんだ。
「朝緋!土産物を持ってきたぞ!!」
「いつもありがとうございます、師範。お茶を淹れますので上がっていってください」
「うむ!!」
階級があがり自信に満ち溢れた杏寿郎さんは体もすっかり大きくなり、雄々しく逞しい殿方に成長した。目の前にくるとそれが顕著にわかる。
……鬼殺隊ではさぞかしおモテになるんだろうな。そう考えて胸がちくりと痛んだ。
「今日の茶はいつもと違うな!」
「はい。今日は千寿郎が淹れましたので」
「そうか!だから味が少し違うのだな!」
千寿郎も『前』の時よりお茶を淹れる腕が上がるのは早かった。教え方と教える時期を変えたのみだけど、今では私の淹れるものとそんなに大差ないくらいの腕だ。でも杏寿郎さんにはわかっちゃったか。
湯呑みが空になる頃、姿勢を正しお願いをする。
「あのですね、師範。こういった装飾品や食べ物をお土産にくださるのも嬉しいですが……」
「朝緋は他に欲しいものがあるのか?
言ってみてくれ!女子が欲しがりそうなものに心当たりはなくてな!!」
うーん。私が欲しいのって、どうみても女子が欲しがりそうなものではないよね……。
「その……できたら余り物でいいので、日輪刀が欲しいのです」
「日輪刀……?
ふむ、なるほどな。わかった、しばし待っていてくれ」
この際、どの呼吸の剣士のものでもいい。
鬼の頸を斬れさえすればいい。どうせあの山にいるのは変わりたての弱い鬼ばかりだ。
ただし、腕だらけの巨大なあの鬼は別だけど。
あの鬼はやばい。呼吸が合わない刀で挑んでも返り討ち。食われて終わりだろうから会わないように気をつけなくてはならない。
杏寿郎さんが日輪刀をくれたのは、それからすぐのことだった。
炎の刃紋が薄く走る、炎の呼吸の刀が目の前に置かれる。
「こちらは?」
「最終選別で使うのだろう?日輪刀を持ってきた。亡くなった隊士のものだから縁起が悪いと思うかもしれんが、これで勘弁……、」
「これがいいです。この日輪刀をどうかお貸しください」
薄い炎色、この鍔の小さな欠け、鈍色の柄巻。『前』の最終選別でもお世話になった日輪刀で間違いない。
男性が握っていたと思われる柄巻についたクセも、そのまま同じ位置に刻まれている。私よりとても太い指の跡は消えずそこにある。
しかし、やっぱり亡くなっていたのか。この日輪刀の持ち主は今回も殉死してしまったのね。
先輩。貴方の炎、また使わせていただきます。
この刀の持ち主は救えない。私にはそこまでの力はなく、救いたいたった一人で手一杯。
たとえ幾度となく過去を繰り返せるのだとしても、全ての人の生き死にの運命を変えることはできないのだ。
刀を見つめ、そして杏寿郎さんを見つめ返す。
次の選別を受ける予定の私には、もう杏寿郎さんと打ち合う時間は少ない。
「師範、稽古をつけてくださいませんか」
「それはいいが、父上に怒られやしないだろうか」
「父様なら出かけられています。しばらくは帰ってこないでしょう」
我が家のお酒は飲めないし、自分で買うか飲んでくるしかないもんね。
そうして道場で打ち合うこと半刻。ううん、打ち合うというよりも斬り合いに等しかった。
「くっ……!よもや、真剣で躊躇なく斬りかかってくるとは!?」
「それでも私の腕は、師範には敵いませんから……っ!斬り殺すつもりで、向かわせてもらいますよ……!!」
「むぅ……っ!!」
この通り私は貸していただいた日輪刀、杏寿郎さんは木刀を使っているからだ。杏寿郎さんほど腕が良ければ木刀で刀を凌ぐくらいわけない。
「朝緋……っ、君の剣は軽やかで速く、動きもすばしっこくていい!
もっとだ、もっと打ち込んで来いっ!」
「言われずとも!はああああっ!!」
速いだけではなく、一撃一撃を重いものに変化させることが容易になってきた気がする。
あとはこの斬って逃げてのヒットアンドアウェイ戦法をより磨き上げれば、あの鬼にやられることもなくこちらの剣を届かせることができるかもしれない。
「型も使ってこい!」
「ッ!?斬られても知りませんよッ!壱ノ型・不知火ッ!!」
炎の呼吸最速の技を打ち放つ。居合に似た素早い剣技が杏寿郎さんに届く。
「朝緋の弱い不知火でやられると思うなど笑止千万!!俺は朝緋より強い!!
おおおおっ!これが不知火だ!!壱ノ型・不知火っ!!」
「ぎゃっ!?」
……が、その刃が届く瞬間、杏寿郎さんが放つ不知火で刀を絡め取られ胴を打たれた。
木刀の不知火に真剣の不知火が負けた……。
そのまま私は勢い余って転び、気がつけば木刀の先を杏寿郎さんから突きつけられる状況にいた。
「負けました……っ、ありがとう、ございました……」
「うむ、よく頑張ったな!!君ならきっと、最終選別を無事に突破するだろう!」
差し出された手を取り、起き上がる。あーあ、私ったらこの程度で汗かいてる。対して杏寿郎さんは汗かいてないじゃん。頑張らなきゃ。
「だが、日輪刀を渡しておいてなんだが俺は朝緋を鬼殺隊になど……心配でたまらない」
「なぜ?稀血だとはいえ条件は同じですが」
今更その問題を蒸し返すの?
手拭いで汗を拭きながら、杏寿郎さんを睨んだ。
「稀血は関係な、……いや、多少は理由にある。が、君が家にいると思うから俺はそこまで心配せずにいられた。
でも最終選別や任務はどうだ?俺の目の届かぬ場所ばかりだ。いつ何時死んでしまうかもしれん場所に、朝緋を行かせるのが怖い。
君は死ぬ覚悟は出来ているのか?鬼殺隊はいつも死と隣り合わせだ。覚悟なき者に隊士は務まらん」
死ぬ覚悟?そんなの……。
「覚悟なら足りてます。
師範こそそんなことを言って、私がいざ鬼に殺されて死んだらどうする気ですか?今にもあとを追いそうな顔してますよ」
なんだかんだと言って、杏寿郎さんこそが死ぬ覚悟ができていない。自分のではなく、私が死ぬ覚悟がだ。
苦しそうな顔はそう見えた。
「いや、後は追わん……。が、君を殺した鬼の頸は必ず刎ねるだろう。俺の手でな」
ならいいけど。でも私は出来てない。貴方が死ぬ覚悟はしない。
覚悟しないからこそ、顔にも出ない。
「……私は、貴方が同じように死んでしまったら鬼の頸を刎ねたのち、後を追いそうです。師範のいない世に未練なんてありませんから」
叶うことなら一緒に死んでしまいたいくらいだ。もちろん、あの鬼の頸だけは取ってからね。
あの頸を取らぬ限り、私の憎しみは晴れない。死んでも死に切れない。
私の人生、杏寿郎さんさえ無事なら良いのだ。
「そういうのはやめてくれ……。
俺は死を覚悟し鬼殺隊に入っているのに、おいそれと死ねぬではないか」
「んふふ。そっかそっか。なら、死んだら私も追います。死ぬなんて許しませんよ。
私を殺したくないなら、絶対死なずに帰ってきてほしいです」
「約束はできない。だが……努力しよう。
朝緋も死んでくれるなよ。最終選別、無事に突破しろ」
最終選別前、杏寿郎さんからの最後の稽古が終わった。