三周目 弐
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それから私は、折を見てすぐ槇寿朗さんにも能楽のお話を持ちかけた。
槇寿朗さんの何も映さない。何にも関心を持たなくなった目を見上げて訴える。
「母様の好きだった『羽衣』という演目がやっています。観に行きたいです」
「勝手にしろ。俺は行かん」
「違う、私は父様からのお話も聞きたいのです。お二人の重ねてきた思い出を知りたい。お二人の話は父様から聞くほかありません」
こちらをちらと見る槇寿朗さんの目が初めて揺れた。
「俺と瑠火の間に、語れる思い出など大してない。そんな俺から教えられることなど何も……」
否定の言葉は続くけれど、会話を引き出すこともできた。畳み掛けるように、話を続ける。
「そんなはずはありません。
覚えていらっしゃいますか?ついぞ行くことはできなかったけれど、母様とあの能楽を観劇しに行くと約束しました。その場には父様もいた。家族で歌舞伎と相撲を観に行きましたね。
私は母様との約束を守りたいです」
その悲しみは乗り越えなくても良い。
槇寿朗さんには、私たちのこと……ううん、私はいいから杏寿郎さんと千寿郎を見てほしい。
だからこそ、私はその機会を作りたい。そのためには瑠火さんとの約束も利用させてほしい。瑠火さんならきっと、それを許すはずだから。
槇寿朗さんを頷かせることに成功した。
ーーザアアア
その日はあいにくの雨だった。
能楽堂の前。予定の時間になっても、槇寿朗さんは来なかった。
きっと任務が入ったのだ。一緒に行こうと思ったのに、出かける際に家にいなかった。
みんなで出かけるからと、せっかく瑠火さんの着物を借りて着付けてきたのに……。
周りの人からの飛沫などで濡れぬようにと前に立ち、傘を差してくれる杏寿郎さん。彼は私の姿を綺麗だと言ったきり他には何も言わず、槇寿朗さんが来ない雨の通りを睨んでいた。
「父上、来られませんね」
「……そうね」
私の袖を掴む傍らの千寿郎。千寿郎にとって私は姉であると同時に母代わりでもある。
不安げに揺れる手を袖から離してやり、そのかわりに手を繋いだ。
……このままではせっかく買ったチケットがおじゃんだなぁ。
家族を繋ぎ止めるためもあるが、私は瑠火さんとの約束を果たすためにもこの演目が観たかった。槇寿朗さんがいなくとも、私だけでも約束を果たしたい。
それが瑠火さんを救えなかった私の償いにもなる。かんっぜんに、私のエゴだけどね。
「もう始まっちゃう。席は取ってあるし、三人だけで行きましょ」
「これ以上待っても致し方なし!そうしよう!!」
「姉上……。兄上まで……」
本当は家族みんなで来たかった。けれど、仕方ないよね。
槇寿朗さんは柱だもの。
買ってきたお菓子をつまみながらお土産話に花咲かせ、気がつけば千寿郎は私の膝を枕にお昼寝してしまっていた。
まだ幼いもんね。久しぶりの都会に疲れたのかも。雨だったし。
「朝緋」
「ん、なんですか?」
珍しく杏寿郎さんの眉間にちっちゃくだけど皺が寄っている。言いにくいことだといつもこうだ。
「父上には何を言っても響かん。だからもう俺から何か言ったりはしない。楯突くような真似もせん。俺はもうモヤモヤしない!
いつか、前のような優しい父上に戻ると信じてただ待つのみだ!時間が解決すると思う!!
それにそんな暇があるならより多く鍛錬した方がいい!柱へはまだ十万歩はある!!」
「は、はあ……」
起きているのが二人だけになった途端、杏寿郎さんからそう言われた。
私に言っているというよりも、それは自分自身に言ってきかせているに近く感じる言葉だ。判断が早い。
でもこれってある意味、槇寿朗さんが杏寿郎さんに見限られたに近いよね。待つと言ってはいるけどさ……。
二人の間には何かあったのかな。
私は知らない。
槇寿朗さんが任務ではなかったことも、それについて槇寿朗さんと杏寿郎さんが言い争ったことも。
何も知らなかった。
槇寿朗さんの何も映さない。何にも関心を持たなくなった目を見上げて訴える。
「母様の好きだった『羽衣』という演目がやっています。観に行きたいです」
「勝手にしろ。俺は行かん」
「違う、私は父様からのお話も聞きたいのです。お二人の重ねてきた思い出を知りたい。お二人の話は父様から聞くほかありません」
こちらをちらと見る槇寿朗さんの目が初めて揺れた。
「俺と瑠火の間に、語れる思い出など大してない。そんな俺から教えられることなど何も……」
否定の言葉は続くけれど、会話を引き出すこともできた。畳み掛けるように、話を続ける。
「そんなはずはありません。
覚えていらっしゃいますか?ついぞ行くことはできなかったけれど、母様とあの能楽を観劇しに行くと約束しました。その場には父様もいた。家族で歌舞伎と相撲を観に行きましたね。
私は母様との約束を守りたいです」
その悲しみは乗り越えなくても良い。
槇寿朗さんには、私たちのこと……ううん、私はいいから杏寿郎さんと千寿郎を見てほしい。
だからこそ、私はその機会を作りたい。そのためには瑠火さんとの約束も利用させてほしい。瑠火さんならきっと、それを許すはずだから。
槇寿朗さんを頷かせることに成功した。
ーーザアアア
その日はあいにくの雨だった。
能楽堂の前。予定の時間になっても、槇寿朗さんは来なかった。
きっと任務が入ったのだ。一緒に行こうと思ったのに、出かける際に家にいなかった。
みんなで出かけるからと、せっかく瑠火さんの着物を借りて着付けてきたのに……。
周りの人からの飛沫などで濡れぬようにと前に立ち、傘を差してくれる杏寿郎さん。彼は私の姿を綺麗だと言ったきり他には何も言わず、槇寿朗さんが来ない雨の通りを睨んでいた。
「父上、来られませんね」
「……そうね」
私の袖を掴む傍らの千寿郎。千寿郎にとって私は姉であると同時に母代わりでもある。
不安げに揺れる手を袖から離してやり、そのかわりに手を繋いだ。
……このままではせっかく買ったチケットがおじゃんだなぁ。
家族を繋ぎ止めるためもあるが、私は瑠火さんとの約束を果たすためにもこの演目が観たかった。槇寿朗さんがいなくとも、私だけでも約束を果たしたい。
それが瑠火さんを救えなかった私の償いにもなる。かんっぜんに、私のエゴだけどね。
「もう始まっちゃう。席は取ってあるし、三人だけで行きましょ」
「これ以上待っても致し方なし!そうしよう!!」
「姉上……。兄上まで……」
本当は家族みんなで来たかった。けれど、仕方ないよね。
槇寿朗さんは柱だもの。
買ってきたお菓子をつまみながらお土産話に花咲かせ、気がつけば千寿郎は私の膝を枕にお昼寝してしまっていた。
まだ幼いもんね。久しぶりの都会に疲れたのかも。雨だったし。
「朝緋」
「ん、なんですか?」
珍しく杏寿郎さんの眉間にちっちゃくだけど皺が寄っている。言いにくいことだといつもこうだ。
「父上には何を言っても響かん。だからもう俺から何か言ったりはしない。楯突くような真似もせん。俺はもうモヤモヤしない!
いつか、前のような優しい父上に戻ると信じてただ待つのみだ!時間が解決すると思う!!
それにそんな暇があるならより多く鍛錬した方がいい!柱へはまだ十万歩はある!!」
「は、はあ……」
起きているのが二人だけになった途端、杏寿郎さんからそう言われた。
私に言っているというよりも、それは自分自身に言ってきかせているに近く感じる言葉だ。判断が早い。
でもこれってある意味、槇寿朗さんが杏寿郎さんに見限られたに近いよね。待つと言ってはいるけどさ……。
二人の間には何かあったのかな。
私は知らない。
槇寿朗さんが任務ではなかったことも、それについて槇寿朗さんと杏寿郎さんが言い争ったことも。
何も知らなかった。