三周目 弐
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瑠火さんが亡くなった。
容体が急変したのは、槇寿朗さんが任務に出ていた時のことだった。朝は元気そうだったのにだ。
知らせを聞いた槇寿朗さんが任務地から急いで駆けつけた時には事切れており、ようやく見られた顔には白い布がかけられていた。
草履も無造作に脱ぎ捨て、足袋も隊服も、羽織までも血と泥と埃にまみれて薄汚れたままで、布団に縋り付いて泣き崩れる槇寿朗さん。
瑠火さんは槇寿朗さんにとっての炎で、命で、全てだった。
自身の限界に絶望を覚えたばかりの男から最愛の妻を奪うとは、なんたる仕打ち。これが神のやり方か。
この世には神も仏もいない……ううん、いるならば、鬼なんてものは生まれなかったはず。
その後、学業と家事に追われる日々が始まった。
瑠火さんが亡くなったことで介助をしていた奉公人の数も減り、長年うちの奉公に努めてくれていた方も地元に帰るなどでいなくなったからだ。残るのは最低限の家事をしてくれる奉公人。
そうなってくると私に家事のお役目が回ってくるのは必然なことで。
……家事は嫌いじゃないからいいけれど。鍛錬の時間もちゃんと取れていることだし。
学業の成績?『前』も経験したことだしこの時代の小学生の算術なんてそこまで難しくない。目を閉じてても百点満点取れますが何か。
いや、目を閉じててもは言い過ぎか。
そうしてまだ悲しみの傷も癒えぬ内に、槇寿朗さんに遠方の任務が回ってきた。
万年人不足の鬼殺隊で柱という役職についている以上、槇寿朗さんが出突っ張りなのは仕方ないのかもしれない。本当、鬼って空気の読めぬ奴らばかりで嫌になるよね。
せめて槇寿朗さんが怪我をしないでいてくれれば嬉しい。
そしてその任務は離島で蛇女の鬼を退治する任務だった。
任務先が離島だなんて一言も聞いてない。
つまりだ。帰ってきた槇寿朗さんは、伊黒さんを連れていたということである。
伊黒さんが育手の元へと起つまで、『以前』同様に彼と仲良くなることができた。伊黒さんに限って絶対にないと思うけれど私に好意を持たぬよう、いつかやってくる伊黒さんの大事なお姫様に役を回せるよう、微妙な匙加減で、ね。
……それにしても伊黒さんはこの時期、まだ箸を持つのがやっとの体力だったはず。なのに、先に修行していた私より強くなり柱にまで昇り詰めた。
蛇の呼吸は水の呼吸の派生だ。つまり彼の育手は水の呼吸を教える隊士だったはず。一体どんな修行をしたのだろう。
私も他の呼吸の使い手に弟子入りでもした方がいいのだろうか。
例えば、元水柱の育手とか。
槇寿朗さんが指導してくれる回数も減っていった今、他の育手を師事することも考えておいたほうがいいかもしれない。
炎の呼吸の育手がいたらよかったんだけれどね。
だけど叶うことならば、このまま槇寿朗さんに稽古をつけてもらいたい。
私の炎の呼吸の師は、間違いなく煉獄家の者。煉獄槇寿朗や煉獄杏寿郎だ。
その後ゆっくりとだが確実に塞ぎ込み出した槇寿朗さんの動向や心の在り方は、なるべく気にするようにしていた。
お酒の管理だって少しはしていたし、彼には積極的に話しかけるようにしていた。
といっても結局それは鍛錬が目的だったことは否めない。子供の考えなんてそんなものだ。
その考えが読まれ鬱陶しがられてしまったようで、少し距離を置かれてしまった。
もちろん槇寿朗さんのことは心配していたに決まってる。だって、彼は私の命の恩人で父親だ。大事な家族だ。
でも純粋に槇寿朗さんのことを案じてだったなら、何かもう少し違ったのかもしれない。私は自分の求める強さにばかり捉われて、間違いを犯した。
気がつけば槇寿朗さんは、酒ばかりを飲む塞ぎ込みがちの柱に完全に身を落としていた。
家のお酒は私の手によって管理されているため、そのほとんどを外から持ち込んだのだ。彼が任務でいない時にそっと部屋を覗くと、押入れの中にごまんと酒の入った容器が置かれていた。
すでに空のものも多く、浴びるように飲んだ痕跡もある。
瑠火さんの死は免れなかったけれど、今度こそ槇寿朗さんを止められる。蹲らせずに進めるはずだ。そう思っていたのに……。
私は自分が見落として『また』止められなかったことを知った。
絶望と悲しみを受け止められずに『また』酒に逃げた槇寿朗さんを問い詰めた。
「いつまでそうやって落ち込んでいる気ですか。
杏寿郎兄さんだって千寿郎だって、……私だって母様がいなくなって悲しいんです。父様だけと思わないで。
他にも悩んでることがあるなら言ってください」
「……………………」
「父様はたいして強くもないのに、お酒なんかに頼って子供の前でクヨクヨといじけ虫になり続けて……恥ずかしくないんですか!
貴方は柱でしょう?鬼殺隊最高位の柱であると同時に、煉獄家の大黒柱なんです。私達と向き合って前のように稽古をつけたりしてよ!杏寿郎兄さんも、私もこれじゃ強くなれない!剣を置く気ですか!?父様、しっかりしてよ!!」
「うるさいッ知った口を聞くなッ!!」
今思えば私の言葉は悪かった。
『前』だって、言葉の言い回しには気をつけなくてはと、散々学んだはずだったのに。なのに、私は相手の癪に触る責め方をした。
ある意味では燃え盛る炎のような私のこの、どこか激情型の性格と考えなしに言葉を紡ぐ口は、炎の呼吸によく合っていたかもしれない。そしてまた、これは私と同じ性質を持つ槇寿朗さんとは合わなかった。
ーーパァン!!
その結果、一瞬の後に頬に激しい痛みを感じることになった。柱が持つ力で、槇寿朗さんに頬を打たれたのだ。
手加減なんてものないに等しく、軽い私の体はゴム毬のように跳ねる。障子紙は破れ枠すら外れ、障子戸ごと庭に放り出されて気がつくと土の上。
受け身を取れたから大怪我は免れたが、それでも痛いものは痛い。爪も当たって切れたのか、血の匂いもする。
「と、父様……、」
痛む頬を押さえて困惑しながら、縁側の上、肩で息をする槇寿朗さんを見上げる。
槇寿朗さんも自分が何をしたのかわからず戸惑い、しばし放心していた。
私の怒声で駆けつけてしまったか、廊下の先で震える千寿郎だけが、この場で唯一動く存在だ。
信じられないものを見る目で自分の手のひらを。そして私を見つめる槇寿朗さん。
叩かれたことをようやく理解できた私は、強い視線で槇寿朗さんを射抜く。
私の目の中に何を見たか、先に視線を外したのは槇寿朗さんだった。そして槇寿朗さんは逃げるように出かけられてしまった。
日輪刀を持っていったから、そのまま任務に行くはず。
朝緋の目は瑠火と似ていた。
のちに、槇寿朗さんはその時のことをそう語ったそうだ。
容体が急変したのは、槇寿朗さんが任務に出ていた時のことだった。朝は元気そうだったのにだ。
知らせを聞いた槇寿朗さんが任務地から急いで駆けつけた時には事切れており、ようやく見られた顔には白い布がかけられていた。
草履も無造作に脱ぎ捨て、足袋も隊服も、羽織までも血と泥と埃にまみれて薄汚れたままで、布団に縋り付いて泣き崩れる槇寿朗さん。
瑠火さんは槇寿朗さんにとっての炎で、命で、全てだった。
自身の限界に絶望を覚えたばかりの男から最愛の妻を奪うとは、なんたる仕打ち。これが神のやり方か。
この世には神も仏もいない……ううん、いるならば、鬼なんてものは生まれなかったはず。
その後、学業と家事に追われる日々が始まった。
瑠火さんが亡くなったことで介助をしていた奉公人の数も減り、長年うちの奉公に努めてくれていた方も地元に帰るなどでいなくなったからだ。残るのは最低限の家事をしてくれる奉公人。
そうなってくると私に家事のお役目が回ってくるのは必然なことで。
……家事は嫌いじゃないからいいけれど。鍛錬の時間もちゃんと取れていることだし。
学業の成績?『前』も経験したことだしこの時代の小学生の算術なんてそこまで難しくない。目を閉じてても百点満点取れますが何か。
いや、目を閉じててもは言い過ぎか。
そうしてまだ悲しみの傷も癒えぬ内に、槇寿朗さんに遠方の任務が回ってきた。
万年人不足の鬼殺隊で柱という役職についている以上、槇寿朗さんが出突っ張りなのは仕方ないのかもしれない。本当、鬼って空気の読めぬ奴らばかりで嫌になるよね。
せめて槇寿朗さんが怪我をしないでいてくれれば嬉しい。
そしてその任務は離島で蛇女の鬼を退治する任務だった。
任務先が離島だなんて一言も聞いてない。
つまりだ。帰ってきた槇寿朗さんは、伊黒さんを連れていたということである。
伊黒さんが育手の元へと起つまで、『以前』同様に彼と仲良くなることができた。伊黒さんに限って絶対にないと思うけれど私に好意を持たぬよう、いつかやってくる伊黒さんの大事なお姫様に役を回せるよう、微妙な匙加減で、ね。
……それにしても伊黒さんはこの時期、まだ箸を持つのがやっとの体力だったはず。なのに、先に修行していた私より強くなり柱にまで昇り詰めた。
蛇の呼吸は水の呼吸の派生だ。つまり彼の育手は水の呼吸を教える隊士だったはず。一体どんな修行をしたのだろう。
私も他の呼吸の使い手に弟子入りでもした方がいいのだろうか。
例えば、元水柱の育手とか。
槇寿朗さんが指導してくれる回数も減っていった今、他の育手を師事することも考えておいたほうがいいかもしれない。
炎の呼吸の育手がいたらよかったんだけれどね。
だけど叶うことならば、このまま槇寿朗さんに稽古をつけてもらいたい。
私の炎の呼吸の師は、間違いなく煉獄家の者。煉獄槇寿朗や煉獄杏寿郎だ。
その後ゆっくりとだが確実に塞ぎ込み出した槇寿朗さんの動向や心の在り方は、なるべく気にするようにしていた。
お酒の管理だって少しはしていたし、彼には積極的に話しかけるようにしていた。
といっても結局それは鍛錬が目的だったことは否めない。子供の考えなんてそんなものだ。
その考えが読まれ鬱陶しがられてしまったようで、少し距離を置かれてしまった。
もちろん槇寿朗さんのことは心配していたに決まってる。だって、彼は私の命の恩人で父親だ。大事な家族だ。
でも純粋に槇寿朗さんのことを案じてだったなら、何かもう少し違ったのかもしれない。私は自分の求める強さにばかり捉われて、間違いを犯した。
気がつけば槇寿朗さんは、酒ばかりを飲む塞ぎ込みがちの柱に完全に身を落としていた。
家のお酒は私の手によって管理されているため、そのほとんどを外から持ち込んだのだ。彼が任務でいない時にそっと部屋を覗くと、押入れの中にごまんと酒の入った容器が置かれていた。
すでに空のものも多く、浴びるように飲んだ痕跡もある。
瑠火さんの死は免れなかったけれど、今度こそ槇寿朗さんを止められる。蹲らせずに進めるはずだ。そう思っていたのに……。
私は自分が見落として『また』止められなかったことを知った。
絶望と悲しみを受け止められずに『また』酒に逃げた槇寿朗さんを問い詰めた。
「いつまでそうやって落ち込んでいる気ですか。
杏寿郎兄さんだって千寿郎だって、……私だって母様がいなくなって悲しいんです。父様だけと思わないで。
他にも悩んでることがあるなら言ってください」
「……………………」
「父様はたいして強くもないのに、お酒なんかに頼って子供の前でクヨクヨといじけ虫になり続けて……恥ずかしくないんですか!
貴方は柱でしょう?鬼殺隊最高位の柱であると同時に、煉獄家の大黒柱なんです。私達と向き合って前のように稽古をつけたりしてよ!杏寿郎兄さんも、私もこれじゃ強くなれない!剣を置く気ですか!?父様、しっかりしてよ!!」
「うるさいッ知った口を聞くなッ!!」
今思えば私の言葉は悪かった。
『前』だって、言葉の言い回しには気をつけなくてはと、散々学んだはずだったのに。なのに、私は相手の癪に触る責め方をした。
ある意味では燃え盛る炎のような私のこの、どこか激情型の性格と考えなしに言葉を紡ぐ口は、炎の呼吸によく合っていたかもしれない。そしてまた、これは私と同じ性質を持つ槇寿朗さんとは合わなかった。
ーーパァン!!
その結果、一瞬の後に頬に激しい痛みを感じることになった。柱が持つ力で、槇寿朗さんに頬を打たれたのだ。
手加減なんてものないに等しく、軽い私の体はゴム毬のように跳ねる。障子紙は破れ枠すら外れ、障子戸ごと庭に放り出されて気がつくと土の上。
受け身を取れたから大怪我は免れたが、それでも痛いものは痛い。爪も当たって切れたのか、血の匂いもする。
「と、父様……、」
痛む頬を押さえて困惑しながら、縁側の上、肩で息をする槇寿朗さんを見上げる。
槇寿朗さんも自分が何をしたのかわからず戸惑い、しばし放心していた。
私の怒声で駆けつけてしまったか、廊下の先で震える千寿郎だけが、この場で唯一動く存在だ。
信じられないものを見る目で自分の手のひらを。そして私を見つめる槇寿朗さん。
叩かれたことをようやく理解できた私は、強い視線で槇寿朗さんを射抜く。
私の目の中に何を見たか、先に視線を外したのは槇寿朗さんだった。そして槇寿朗さんは逃げるように出かけられてしまった。
日輪刀を持っていったから、そのまま任務に行くはず。
朝緋の目は瑠火と似ていた。
のちに、槇寿朗さんはその時のことをそう語ったそうだ。