三周目 弐
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
心が晴れなくても、時間が経てば空は勝手に晴れるし、時は過ぎる。
刀鍛冶の人が、杏寿郎さんの日輪刀を持ってやってきた。
色変わりの儀を執り行ったのだ。
『前回』同様に私も同席を求められ、その煌々とした炎の輝きを再び見ることができて嬉しく思う。
これで杏寿郎さんは、あとは技を磨いて最終選別に参加するのみ。
槇寿朗さんは悶々とした顔をしていたけれど、色が変わったことで飛び跳ねて嬉しがる杏寿郎さんを前に何も言えず、黙って祝いの御馳走を注文した。
ああもう、ほんと言葉が足りない父親なんだから!思っていることを今のうちに少しでも言えばいいのに。せめて、色が変わってよかったな、って一言声をかけるとか。
槇寿朗さんにだって、息子の刀の色が変わって嬉しいって気持ちはあるんでしょうに。
たとえ、鬼殺隊に入って欲しくなくとも。
槇寿朗さんからの言葉は望めなさそうなので、槇寿朗さんの代わりは私がしっかり努めておいた。
「杏寿郎兄さんの刀が、無事に焔色に変わりました」
「ありがとう。朝緋が見届けてくれたのですね」
焔色を直接見ることができない瑠火さんに、その様子を詳しく説明する。鋭く翻る刀身、爆ぜる炎のゆらぎ、美しい炎の色彩。
我が子のことだからか、瑠火さんはそれはもう嬉しそうに聞いてくれた。
槇寿朗さんとは大違いだな。
「本日はご馳走だったんですよ。母様が食べやすいものを持ってきたので、よろしかったらお召し上がりになってください」
消化に良いものや喉を通りやすい葛を使ったつるつるしたもの、それに果物など、食が細くなった瑠火さんが食べれそうな食べ物を貰ってきた。
ついでに私が作ったプリンもつけてある。
なんてったって、プリンには栄養が詰まっているからね。
令和のあの時代では具合悪いとよく、プリンを食べさせてもらったっけ……懐かしい。プッチンしたい〜。
「美味しいです……」
「お口にあったならよかったです。母様、少し聞いてもいいでしょうか」
食後のお茶を共にしながら問う。
日毎に容体の悪化する瑠火さんには、今聞かなくばもう聞けないかもしれない。何故なら悲しいことに彼女の周りには死神が纏わりついている。死期が近いことが私にもわかるからだ。
真面目な話に入るとわかったのか、瑠火さんは背筋を伸ばしてこちらに向き直り頷く。
別に、楽な姿勢をとってくれていいのに。
「単刀直入に聞きます。母様は、結核なのですか?」
きっと違う、違うと思い込むようにしていたけれど、ここ最近の瑠火さんの症状を振り返ると全て結核の症状に当てはまる。
癌で言えば、最終ステージの末期癌と同じだ。
……もう、とっくに手遅れ。
今こうして普通に話すことができるのが不思議なくらいで。
「そうです。よくわかりましたね。学校で習いましたか?」
「いえ、尋常小学校の科目の中に、そんな高等な学問はございません」
「……自分で調べたのですね。
移るのが怖いというのならば、母の近くに来てはいけません。食事の上げ下げなども、奉公人の方にしてもらってください」
瑠火さんにとって家族であり同性でもある私との会話は、日々の楽しみの一つとなっていた。だからか、寂しげな笑みと共にそう言われた。
そんな顔をさせたくて指摘したわけじゃない。
「いいえ、怖くないです。母様と一緒にいます。一緒にいたいのです。
結核の菌は一度体に入れば生を全うするその時まで体の中で共存していくもの。発症するのは、病いに対抗する自己免疫の低い方や、病中病後、歳を召した方。それも菌を保有してからおおよそ二年以内に発症すると言われています」
「なぜ朝緋がそんなことまで知っているのです」
「母様の体を少しでもよい方へと、楽になるようにとしたくて治療法などたくさん調べましたので」
時間の押す中、列車の中で結核の子にたくさん、たくさん聞いた。
そして改めて詳しく調べるため、往診のお医者様にも聞いたし、日ノ本一蔵書が多いであろう帝国図書館へ足を運んだ。
図書館はまだ呼吸もおぼつかない子供の足だから、溜めたお小遣いで公共機関を使ったが、一日がかりになったっけなあ。
「私の体は鬼殺隊に入れるような、申し分ない高さの免疫力を持っています。私の体については心配しないでください。移ったりしません。移っても発症しません。
私の事より母様の事です。母様は、免疫力が低い方でいらっしゃる。だから発症してしまった。
もっと滋養のあるものを作ったり、疲労を溜めないような生活をしていただくよう、私も気をつければよかったのです……」
「貴女のせいではありません。朝緋が気に病む必要はないのですよ」
強く握りしめた拳が震える。その手を取られた。
「朝緋。
私はもうまもなく死ぬでしょう。
この病いがどれほど進行しているのか明確にはわかりませんが、よく調べた貴女には私の死期も予想できるはず」
そうして、どこか呪いのようにも聞こえるあの責務の話を問いかけられた。
『前』は瑠火さんが望む答えを出した私。今回は少し違う答えを提示した。
「私の考えではそれは正解であり、不正解です。強い体に生まれたからといって、責務だと背負うことはないと思っています。
弱い人を助けるのも私服を肥やさないようにするのも使命ではなく、当たり前の事。思いやりの延長なのです」
ただ、世の中、その当たり前が出来ない人が多い。
「鬼を相手にする私達鬼殺隊士は、鬼の頸をとるため。大切な者たちを食った鬼への復讐がため、強く生まれ、そして鍛錬し体をさらに強くしていきます。
それもまた、弱きを助くことにつながる」
「私『達』ですか。
……貴女は、すでに鬼殺隊に入る覚悟がしっかりとできているのですね」
「もちろんです。
私の中には鬼を狩る鬼がいますから。
復讐心が消えぬ限り、私は世のため人のため、そして大事な家族のために鬼の頸をとり続けます」
「そうですか。…………、貴女は強い子ですね……」
弱き人を助けることを隠れ蓑にしてその根底に沈むは、鬼への強い復讐心。それは人を非道に駆り立てる醜い鬼に変えてしまう。
あまりいい傾向じゃない。瑠火さんが言いかけた何かは、それだったかもしれない。
止めたところで無駄だと、わかっているから言わなかっただけで。
「私はもう、同じ問いかけと答えを杏寿郎にしてしまいました。
今後の杏寿郎は私の言葉を胸に前に進むでしょう。それはきっと変えられない」
変えられないだろうことはわかってる。
だって、貴女の言葉はどんな時も杏寿郎さんの心に炎として残り、最期の時まで燃え続けたんだもの。
「……ですから、杏寿郎が背負いすぎないよう、貴女がみてあげてくれませんか?」
「わかっています。杏寿郎兄さんの重い荷物はわたしが半分持ちます」
瑠火さんの最期の頼み。
ううん、頼まれなくとも家族を。槇寿朗さん、千寿郎、そして杏寿郎さんを。
……守ります。
刀鍛冶の人が、杏寿郎さんの日輪刀を持ってやってきた。
色変わりの儀を執り行ったのだ。
『前回』同様に私も同席を求められ、その煌々とした炎の輝きを再び見ることができて嬉しく思う。
これで杏寿郎さんは、あとは技を磨いて最終選別に参加するのみ。
槇寿朗さんは悶々とした顔をしていたけれど、色が変わったことで飛び跳ねて嬉しがる杏寿郎さんを前に何も言えず、黙って祝いの御馳走を注文した。
ああもう、ほんと言葉が足りない父親なんだから!思っていることを今のうちに少しでも言えばいいのに。せめて、色が変わってよかったな、って一言声をかけるとか。
槇寿朗さんにだって、息子の刀の色が変わって嬉しいって気持ちはあるんでしょうに。
たとえ、鬼殺隊に入って欲しくなくとも。
槇寿朗さんからの言葉は望めなさそうなので、槇寿朗さんの代わりは私がしっかり努めておいた。
「杏寿郎兄さんの刀が、無事に焔色に変わりました」
「ありがとう。朝緋が見届けてくれたのですね」
焔色を直接見ることができない瑠火さんに、その様子を詳しく説明する。鋭く翻る刀身、爆ぜる炎のゆらぎ、美しい炎の色彩。
我が子のことだからか、瑠火さんはそれはもう嬉しそうに聞いてくれた。
槇寿朗さんとは大違いだな。
「本日はご馳走だったんですよ。母様が食べやすいものを持ってきたので、よろしかったらお召し上がりになってください」
消化に良いものや喉を通りやすい葛を使ったつるつるしたもの、それに果物など、食が細くなった瑠火さんが食べれそうな食べ物を貰ってきた。
ついでに私が作ったプリンもつけてある。
なんてったって、プリンには栄養が詰まっているからね。
令和のあの時代では具合悪いとよく、プリンを食べさせてもらったっけ……懐かしい。プッチンしたい〜。
「美味しいです……」
「お口にあったならよかったです。母様、少し聞いてもいいでしょうか」
食後のお茶を共にしながら問う。
日毎に容体の悪化する瑠火さんには、今聞かなくばもう聞けないかもしれない。何故なら悲しいことに彼女の周りには死神が纏わりついている。死期が近いことが私にもわかるからだ。
真面目な話に入るとわかったのか、瑠火さんは背筋を伸ばしてこちらに向き直り頷く。
別に、楽な姿勢をとってくれていいのに。
「単刀直入に聞きます。母様は、結核なのですか?」
きっと違う、違うと思い込むようにしていたけれど、ここ最近の瑠火さんの症状を振り返ると全て結核の症状に当てはまる。
癌で言えば、最終ステージの末期癌と同じだ。
……もう、とっくに手遅れ。
今こうして普通に話すことができるのが不思議なくらいで。
「そうです。よくわかりましたね。学校で習いましたか?」
「いえ、尋常小学校の科目の中に、そんな高等な学問はございません」
「……自分で調べたのですね。
移るのが怖いというのならば、母の近くに来てはいけません。食事の上げ下げなども、奉公人の方にしてもらってください」
瑠火さんにとって家族であり同性でもある私との会話は、日々の楽しみの一つとなっていた。だからか、寂しげな笑みと共にそう言われた。
そんな顔をさせたくて指摘したわけじゃない。
「いいえ、怖くないです。母様と一緒にいます。一緒にいたいのです。
結核の菌は一度体に入れば生を全うするその時まで体の中で共存していくもの。発症するのは、病いに対抗する自己免疫の低い方や、病中病後、歳を召した方。それも菌を保有してからおおよそ二年以内に発症すると言われています」
「なぜ朝緋がそんなことまで知っているのです」
「母様の体を少しでもよい方へと、楽になるようにとしたくて治療法などたくさん調べましたので」
時間の押す中、列車の中で結核の子にたくさん、たくさん聞いた。
そして改めて詳しく調べるため、往診のお医者様にも聞いたし、日ノ本一蔵書が多いであろう帝国図書館へ足を運んだ。
図書館はまだ呼吸もおぼつかない子供の足だから、溜めたお小遣いで公共機関を使ったが、一日がかりになったっけなあ。
「私の体は鬼殺隊に入れるような、申し分ない高さの免疫力を持っています。私の体については心配しないでください。移ったりしません。移っても発症しません。
私の事より母様の事です。母様は、免疫力が低い方でいらっしゃる。だから発症してしまった。
もっと滋養のあるものを作ったり、疲労を溜めないような生活をしていただくよう、私も気をつければよかったのです……」
「貴女のせいではありません。朝緋が気に病む必要はないのですよ」
強く握りしめた拳が震える。その手を取られた。
「朝緋。
私はもうまもなく死ぬでしょう。
この病いがどれほど進行しているのか明確にはわかりませんが、よく調べた貴女には私の死期も予想できるはず」
そうして、どこか呪いのようにも聞こえるあの責務の話を問いかけられた。
『前』は瑠火さんが望む答えを出した私。今回は少し違う答えを提示した。
「私の考えではそれは正解であり、不正解です。強い体に生まれたからといって、責務だと背負うことはないと思っています。
弱い人を助けるのも私服を肥やさないようにするのも使命ではなく、当たり前の事。思いやりの延長なのです」
ただ、世の中、その当たり前が出来ない人が多い。
「鬼を相手にする私達鬼殺隊士は、鬼の頸をとるため。大切な者たちを食った鬼への復讐がため、強く生まれ、そして鍛錬し体をさらに強くしていきます。
それもまた、弱きを助くことにつながる」
「私『達』ですか。
……貴女は、すでに鬼殺隊に入る覚悟がしっかりとできているのですね」
「もちろんです。
私の中には鬼を狩る鬼がいますから。
復讐心が消えぬ限り、私は世のため人のため、そして大事な家族のために鬼の頸をとり続けます」
「そうですか。…………、貴女は強い子ですね……」
弱き人を助けることを隠れ蓑にしてその根底に沈むは、鬼への強い復讐心。それは人を非道に駆り立てる醜い鬼に変えてしまう。
あまりいい傾向じゃない。瑠火さんが言いかけた何かは、それだったかもしれない。
止めたところで無駄だと、わかっているから言わなかっただけで。
「私はもう、同じ問いかけと答えを杏寿郎にしてしまいました。
今後の杏寿郎は私の言葉を胸に前に進むでしょう。それはきっと変えられない」
変えられないだろうことはわかってる。
だって、貴女の言葉はどんな時も杏寿郎さんの心に炎として残り、最期の時まで燃え続けたんだもの。
「……ですから、杏寿郎が背負いすぎないよう、貴女がみてあげてくれませんか?」
「わかっています。杏寿郎兄さんの重い荷物はわたしが半分持ちます」
瑠火さんの最期の頼み。
ううん、頼まれなくとも家族を。槇寿朗さん、千寿郎、そして杏寿郎さんを。
……守ります。