三周目 弐
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煉獄家におけるもう一つの分岐点は、私の修行で使う物が竹刀から木刀に変わった頃のある雨の日だった。
……あの蔵だ。あの蔵が開いている。
あの時、私が炎柱の書を探して開けたあの蔵が。
確かにここ最近は、学業と鍛錬に加えたくさんの家事をこなす中で、煉獄家の敷地内の蔵掃除をあちこちで行った。
中の物の虫干しや、掃き掃除洗濯に、選別しての片付けをして回ったから、この蔵が開いていてもおかしくはないかもしれないけれど。
あ、そうそう。
鍛錬においてようやく私の持つ得物が竹刀から木刀に代わったあたりで、ようやく杏寿郎さんから一本取ることが出来た。
七十回目でだけど、確か『前』は八十程の打ち合い稽古でようやく一本取れたから、私も進歩したと思う。しかも、足も折らずに済んだ。
お互い隊士にもなっていない状態で判断するのは良くないけれど、『前』よりも同じ強さまで来る時期が早くなっていると実感できた。
より強さを手にするためにはどうしたらいい?
そこで私は、ただ闇雲に鍛錬するだけ、努力するだけが強さへの近道じゃなかったのを思い出した。
真面目一辺倒に刀を振る。それもいいだろう。でも何事にも創意工夫は必要だった。
呼吸のコツもつかめてきているし、鬼殺の経験も『前』と『そのさらに前』と合わせるとかなりのものだもんね。これを磨かずしてどうするってヤツよ。
相変わらず力と才能は皆無なのだから、私みたいな奴は足と頭を使わないと。
……それにちょっぴり卑怯な戦法も取り入れるべきかな。砂を相手の目に投げて目潰しをした武士もいる事だし。
正攻法だけでは、鬼は倒せない。
そんな風に日々鬼への攻撃について思考を巡らせながら、私は学業と家事と鍛錬とで忙しくしていた。
もちろん、全て全力投球だったよ。
閑話休題。
でもあの蔵は開けた覚えはない。何より鍵は槇寿朗さんが持っているので私には開けようがないし、開けたら怒られる。子供の時は注意されて終わったけれど、あれはまだ小さい子供だったからで。
頑丈な造りをしていて、たとえ鬼殺隊士だとしても外側からも内側からもそう簡単には破壊することもできないくらい強固な蔵なのだ。
……それは大正時代の震災も耐えられるのでは?と思うほどで。
薄暗い中をヒョイと覗き、念のため声を出してみる。
「誰かいますかー?」
……中には誰もいなかった。
が、炎柱の書が入っていた葛籠もなくなっておりそこに残る気配から物盗りなどでなく槇寿朗さんが持ち出したと一瞬で分かった。
でもそれは同時に、槇寿朗さんがアレを読んでいることを意味する。
このタイミングで槇寿朗さんがあの書を読む……?うっそ、そんなの最悪な事態にしかならないでしょうよ。
ああでも『前』も、いつのタイミングかはわからなかったけれど、瑠火さんが倒れた頃……そうだこの頃だ。夜に私へ愚痴をこぼしに来たではないか。読んだのはあの頃なんだから、今読んでいてもおかしくない。
最悪だ。物盗りだった方がよほどましだったかもしれない、などと思った。
……あれ読んでるのかー。やだなー。
読んでいる頁によっては槇寿朗さんの周りの空気が澱んでいそうだ。既に落ち込んでたらどうしよう。あんな内容読んだら、もやもやしちゃうよね。
私がそうだったもの。といっても、私の場合は『私なんてどうせ痣の心配するほど強くない』と、早くに忘れたけれど。
そういう悩みは、強くなってから抱くべき。
様子を見に行くべく、茶を淹れて槇寿朗さんの部屋へ届けにゆく。
部屋の襖はこの雨の中でも開け放たれていた。
季節的にはあたたかくなってきてる方なのだけれど、雨と風でちょっと寒い。
「父様、お茶置いておきますね」
「ああ……すまないな」
文卓の上に茶を置くついで、指の添えられた背表紙をさっと確認する。
めっちゃしっかり、炎柱ノ書って書いてあるぅ……。巻数も二十一と、ちょうど私が読んだ物と同一巻。
あー……読んでいる。目が追っている。
きっと痣のことを知ったのだ。
纏う空気に暗雲が立ち込めている。
雨で濁り曇った空と同じ色に、表情も翳りを見せていた。
書から目を離した槇寿朗さんと、ふと一度目があった。
「……なんだ。まだいたのか」
「え、あ……はい。茶菓子が必要なら持ってきますが」
「要らないから大丈夫だ」
そう言って立ち、襖に手をかける槇寿朗さん。私が退出したら襖を閉める気かな。
一人にしてくれ、という意味だ。
これに否を唱えられるのは私じゃない。瑠火さんだけ。
でも瑠火さんには否と言う力も影響力も、もうない。ましてや内容は鬼殺に関わることだものね。
「部屋におりますので、何かありましたら声をかけてくださいね」
「ああ」
……心中は察することはできるけれど、私からは他に何も言えない。
だって、本心なんてわからないじゃないか。
私が思った通り、痣が出ない自分に絶望してるかどうか、杏寿郎さんの行く末を憂いているかどうか。
そんなの実際に聞いてみないとわからないし、下手に今聞くこともできない。
ただ、心が今の空のように沈んでいるのだけはわかる。
瑠火さんの病気に、呼吸のこと、痣のこと。落ち込みたくなるような事が一気に押し寄せたんだもの。私だって塞ぎ込みたくなっちゃうし、考える時間がうんと欲しい。
私はその心に寄り添うべく同じように心を沈ませるだけにとどめ、そっとその場を後にした。
……あの蔵だ。あの蔵が開いている。
あの時、私が炎柱の書を探して開けたあの蔵が。
確かにここ最近は、学業と鍛錬に加えたくさんの家事をこなす中で、煉獄家の敷地内の蔵掃除をあちこちで行った。
中の物の虫干しや、掃き掃除洗濯に、選別しての片付けをして回ったから、この蔵が開いていてもおかしくはないかもしれないけれど。
あ、そうそう。
鍛錬においてようやく私の持つ得物が竹刀から木刀に代わったあたりで、ようやく杏寿郎さんから一本取ることが出来た。
七十回目でだけど、確か『前』は八十程の打ち合い稽古でようやく一本取れたから、私も進歩したと思う。しかも、足も折らずに済んだ。
お互い隊士にもなっていない状態で判断するのは良くないけれど、『前』よりも同じ強さまで来る時期が早くなっていると実感できた。
より強さを手にするためにはどうしたらいい?
そこで私は、ただ闇雲に鍛錬するだけ、努力するだけが強さへの近道じゃなかったのを思い出した。
真面目一辺倒に刀を振る。それもいいだろう。でも何事にも創意工夫は必要だった。
呼吸のコツもつかめてきているし、鬼殺の経験も『前』と『そのさらに前』と合わせるとかなりのものだもんね。これを磨かずしてどうするってヤツよ。
相変わらず力と才能は皆無なのだから、私みたいな奴は足と頭を使わないと。
……それにちょっぴり卑怯な戦法も取り入れるべきかな。砂を相手の目に投げて目潰しをした武士もいる事だし。
正攻法だけでは、鬼は倒せない。
そんな風に日々鬼への攻撃について思考を巡らせながら、私は学業と家事と鍛錬とで忙しくしていた。
もちろん、全て全力投球だったよ。
閑話休題。
でもあの蔵は開けた覚えはない。何より鍵は槇寿朗さんが持っているので私には開けようがないし、開けたら怒られる。子供の時は注意されて終わったけれど、あれはまだ小さい子供だったからで。
頑丈な造りをしていて、たとえ鬼殺隊士だとしても外側からも内側からもそう簡単には破壊することもできないくらい強固な蔵なのだ。
……それは大正時代の震災も耐えられるのでは?と思うほどで。
薄暗い中をヒョイと覗き、念のため声を出してみる。
「誰かいますかー?」
……中には誰もいなかった。
が、炎柱の書が入っていた葛籠もなくなっておりそこに残る気配から物盗りなどでなく槇寿朗さんが持ち出したと一瞬で分かった。
でもそれは同時に、槇寿朗さんがアレを読んでいることを意味する。
このタイミングで槇寿朗さんがあの書を読む……?うっそ、そんなの最悪な事態にしかならないでしょうよ。
ああでも『前』も、いつのタイミングかはわからなかったけれど、瑠火さんが倒れた頃……そうだこの頃だ。夜に私へ愚痴をこぼしに来たではないか。読んだのはあの頃なんだから、今読んでいてもおかしくない。
最悪だ。物盗りだった方がよほどましだったかもしれない、などと思った。
……あれ読んでるのかー。やだなー。
読んでいる頁によっては槇寿朗さんの周りの空気が澱んでいそうだ。既に落ち込んでたらどうしよう。あんな内容読んだら、もやもやしちゃうよね。
私がそうだったもの。といっても、私の場合は『私なんてどうせ痣の心配するほど強くない』と、早くに忘れたけれど。
そういう悩みは、強くなってから抱くべき。
様子を見に行くべく、茶を淹れて槇寿朗さんの部屋へ届けにゆく。
部屋の襖はこの雨の中でも開け放たれていた。
季節的にはあたたかくなってきてる方なのだけれど、雨と風でちょっと寒い。
「父様、お茶置いておきますね」
「ああ……すまないな」
文卓の上に茶を置くついで、指の添えられた背表紙をさっと確認する。
めっちゃしっかり、炎柱ノ書って書いてあるぅ……。巻数も二十一と、ちょうど私が読んだ物と同一巻。
あー……読んでいる。目が追っている。
きっと痣のことを知ったのだ。
纏う空気に暗雲が立ち込めている。
雨で濁り曇った空と同じ色に、表情も翳りを見せていた。
書から目を離した槇寿朗さんと、ふと一度目があった。
「……なんだ。まだいたのか」
「え、あ……はい。茶菓子が必要なら持ってきますが」
「要らないから大丈夫だ」
そう言って立ち、襖に手をかける槇寿朗さん。私が退出したら襖を閉める気かな。
一人にしてくれ、という意味だ。
これに否を唱えられるのは私じゃない。瑠火さんだけ。
でも瑠火さんには否と言う力も影響力も、もうない。ましてや内容は鬼殺に関わることだものね。
「部屋におりますので、何かありましたら声をかけてくださいね」
「ああ」
……心中は察することはできるけれど、私からは他に何も言えない。
だって、本心なんてわからないじゃないか。
私が思った通り、痣が出ない自分に絶望してるかどうか、杏寿郎さんの行く末を憂いているかどうか。
そんなの実際に聞いてみないとわからないし、下手に今聞くこともできない。
ただ、心が今の空のように沈んでいるのだけはわかる。
瑠火さんの病気に、呼吸のこと、痣のこと。落ち込みたくなるような事が一気に押し寄せたんだもの。私だって塞ぎ込みたくなっちゃうし、考える時間がうんと欲しい。
私はその心に寄り添うべく同じように心を沈ませるだけにとどめ、そっとその場を後にした。