一周目 弐
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死ぬ。
杏寿郎さんの口から静かに呟かれたその言葉が耳に落ちた瞬間、私は声も何もかも我慢ができなくなった。
大声をあげ泣いた。堰が切ったように溢れ出す涙。
「ッ、朝緋…………悪いがもうしばらくは支えていてほしい。そう泣いてくれるな」
「ごめ、なさっ……でも、だって…………っ」
頼む、そう伝えられてしゃくり上げながら、私はその弱々しくなった背中を倒れぬよう支えた。
その後は、杏寿郎さんが煉獄家で待つ父・槇寿朗さん、そして弟の千寿郎に宛てる最後の言葉を託された。
これは私にも聞かせているのだ。炭治郎が煉獄家へ赴けない場合、私の口から伝えよ、そういう意味だ。
なんと残酷な帰省だろうか。言う言葉がただいまでもなく、聞くのがお帰りでもない。死した家族からの最後の言葉だなんて。
杏寿郎さんは炭治郎達にも言葉を遺した。
禰󠄀豆子ちゃんを鬼殺隊の一員として認める、君達を信じる、と。
前を向け、胸を張って生きろ。ーー『心を燃やせ』と。
炭治郎はその言葉をしかと胸に刻み、涙を流しながら大きく頷いた。
血で重くなった羽織。羽織だけでは吸いきれなくなった血はどんどん溢れ、地面を赤く濃く染め上げていく。それが悲しくて悲しくて、私は言葉の数々を頭に反芻しながら目を閉じていた。
そんな中。
「最後に、……朝緋と二人だけにしてほしい」
杏寿郎さんが炭治郎に呟いた。
ハッとして片目となったその瞳を見れば、まっすぐ射抜くように、熱い目が私を見つめていた。その強すぎる瞳を前に目は離せず。
視界の端で炭治郎が立ち上がり、去ったのがわかるだけ。
「朝緋」
炭治郎が離れてすぐ、名を呼ばれた。
死がすぐそこに迫っているとは思えないくらいの、生命力に溢れた強い瞳がずっとずっと私を見ていた。
最後の力を目に込めなくていい。そんな、私なんか見なくていい。
尚も見てくる目を、私は手のひらで覆い隠す。
「こら、君の顔が見えないぞ。この手を退けてくれ」
「もう何も見なくていいです。何も言わなくていいです。
そのかわり死なないで。お願いだから、いなくならないで…………」
「無理を言うな」
うん、無理なことを言っているのはわかっている。私のわがままだ。
この太陽のような瞳が見つかってしまったら、すぐにでも天に連れて行かれてしまう。
ああ神様、この人を見つけないで。天に連れて行かないで。
少しでも貴方と一緒に生きたくて、私は貴方の目を覆い隠す。
「朝緋も鬼殺隊士ならば人死は何度も見てきてわかっているはずだ。俺はもう、助からないと。
頼むから聞いてくれ。一度しか言えない」
懇願されて初めて、私は手を退かした。
一つだけになってしまった私の向日葵が、慈しむように私を見ている。
まだ命を感じる頬へと両手を滑らせて包みこみ、私も貴方の目を見る。
ずっと共にあると思っていた、明るくて太陽のようにあたたかくて優しくてーーとても強い貴方の瞳。
「朝緋、俺は君のことを一等愛しく思っていた。家族でもなく妹でも、継子としてでもなく、一人の女性として好いていた」
吐露された言葉は、私と同じ感情のもの。気がつけば私もまた、自分の気持ちを吐き出していた。
「私も貴方が好き。師範のこと、大好きだったの。ううん、今も好き」
きっとこれから先も貴方の事が好きだし、杏寿郎さん。貴方がいなくなっても尚、貴方しか好きにならない……なれない。
「叶うなら朝緋を抱えてわっしょいと叫び出したいところだな」
その様子は簡単に想像がついた。
大好きな物を食べるときにわっしょいと嬉しそうな声をあげて平らげる貴方。それと同じ反応をもらえるなんて、とてもとても光栄な事。
こんな時なのに朗らかに笑う貴方に、私も笑みがこぼれた。涙は流したままなので、下手くそな泣き笑いだったけれども。
「こんな、今になってお互いの気持ちがわかるなんて残酷すぎますよ……」
「鬼殺の剣士である以上、死は隣り合わせなのだと分かっていたのにな。すまない、もっと早く伝えておけばよかっ…………ッ、」
「師範……無理しちゃ駄目です。もういいですから」
ごぼり、杏寿郎さんの口から血が溢れた。血が喉にも詰まったのかもしれない。呼吸音は悪く、吐き出される言葉はひどく掠れて小さかった。
「ッ、大丈夫だ、俺の言葉は伝えた。
だが…………今際の際だが、どうか俺の名を呼んでくれないだろうか」
「ーーーーっ!!
ええ、ええ、いくらでも!杏寿郎さん!
いつも心の中じゃ、名前を呼んでたんですよ。杏寿郎さん、って…………」
切ない声音で言わなくったって、貴方の願いは聞くよ。
私の杏寿郎さんの名を呼ぶ声こそ、酷く震えてしまっていて、何だか申し訳なく思う。
もっと、ちゃんとした声で貴方の名を呼びたいのに。なのに声は震えて小さい声でしか呼べない。
「名を呼ばれるだけでこんなに嬉しいとは。極楽にも行けそうだ」
それでも貴方はすごく嬉しそうで。本当に今にも天に行ってしまいそうで。
私は縋るようにその手を握りしめた。
「極楽じゃなくて、ここにいて欲しいのにっ……なんでよ…………杏寿郎さんの、馬鹿っ」
行かないで。もう、そんな言葉は言えない。
代わりにぼろぼろと次から次に、涙が落ちて止まらない。
しゃくり上げれば声も途切れ途切れにしか出せなくなっていて、止めるために思わず唇をギュッと噛んだ。
「馬鹿とは酷いな……。
こら、そんなに唇を噛むもんじゃない。
ああ、泣くな泣くな。朝緋、頼む。最期に笑ってくれないか」
笑顔で見送られたい。
袖口でぐいと目を拭えば、次の涙が目に溜まるまでの短い間だけど、涙をこぼさずにいられた。けれど結局のところ、私は下手くそにしか笑えなくて。
唇も目も震わせながらの、しょうもない笑みを向けてしまった。
「ああ、ああ、十分だ。愛い、愛いな…………ありがとう」
最後の力か、杏寿郎さんが腕を広げた。
私はその腕の中に飛び込み、弱々しくなってしまった身体に抱きついた。
杏寿郎さんもまた、ゆっくりと手を回して抱きしめてくれた。
「朝緋、君を一等愛している」
その囁きが耳に届いたあと、杏寿郎さんの体からは力が抜けていった。
笑顔だった。
その笑みは私だけではなくどこか遠くを見ていて、子供のようで。ひどく安心したような優しい表情だった。
ーー逝ってしまった。
愛しい人がいなくなってしまった。
杏寿郎さんの体が重くなっていく。
大好きなあたたかさが急速に、永遠に失われていく。
「ああ、ああ、あああああっ!」
私を形作る何もかもが全て涙に変わってしまった可能性ようだった。
わんわん泣きじゃくる私に驚き、少し離れたところで見ていた炭治郎達が血相を変えて飛んできた。
それでたった今彼がいなくなったことが、炭治郎達にも伝わった。
「杏寿郎さん!杏寿郎さんッ!!
愛してるっていうなら、いなくならないでよ……っ!
私を残していかないで!私も、一緒に行きたい…………いやだ、やだよう、杏寿郎さん……!
戻ってきてよ、離れていかないで……。起きて、起きてよ!お願いだから、ひとりにしないで…………っ!うあああああ!!」
「朝緋さん……っう、ううっ!煉獄さん…………!」
子供のような私の泣き方に最初は驚いていたようだったけれど、炭治郎はただただ、一緒になって涙してくれた。
その訃報は鎹烏によって、その日のうちに急ぎお館さま、柱達にも伝えられた。
杏寿郎さんの口から静かに呟かれたその言葉が耳に落ちた瞬間、私は声も何もかも我慢ができなくなった。
大声をあげ泣いた。堰が切ったように溢れ出す涙。
「ッ、朝緋…………悪いがもうしばらくは支えていてほしい。そう泣いてくれるな」
「ごめ、なさっ……でも、だって…………っ」
頼む、そう伝えられてしゃくり上げながら、私はその弱々しくなった背中を倒れぬよう支えた。
その後は、杏寿郎さんが煉獄家で待つ父・槇寿朗さん、そして弟の千寿郎に宛てる最後の言葉を託された。
これは私にも聞かせているのだ。炭治郎が煉獄家へ赴けない場合、私の口から伝えよ、そういう意味だ。
なんと残酷な帰省だろうか。言う言葉がただいまでもなく、聞くのがお帰りでもない。死した家族からの最後の言葉だなんて。
杏寿郎さんは炭治郎達にも言葉を遺した。
禰󠄀豆子ちゃんを鬼殺隊の一員として認める、君達を信じる、と。
前を向け、胸を張って生きろ。ーー『心を燃やせ』と。
炭治郎はその言葉をしかと胸に刻み、涙を流しながら大きく頷いた。
血で重くなった羽織。羽織だけでは吸いきれなくなった血はどんどん溢れ、地面を赤く濃く染め上げていく。それが悲しくて悲しくて、私は言葉の数々を頭に反芻しながら目を閉じていた。
そんな中。
「最後に、……朝緋と二人だけにしてほしい」
杏寿郎さんが炭治郎に呟いた。
ハッとして片目となったその瞳を見れば、まっすぐ射抜くように、熱い目が私を見つめていた。その強すぎる瞳を前に目は離せず。
視界の端で炭治郎が立ち上がり、去ったのがわかるだけ。
「朝緋」
炭治郎が離れてすぐ、名を呼ばれた。
死がすぐそこに迫っているとは思えないくらいの、生命力に溢れた強い瞳がずっとずっと私を見ていた。
最後の力を目に込めなくていい。そんな、私なんか見なくていい。
尚も見てくる目を、私は手のひらで覆い隠す。
「こら、君の顔が見えないぞ。この手を退けてくれ」
「もう何も見なくていいです。何も言わなくていいです。
そのかわり死なないで。お願いだから、いなくならないで…………」
「無理を言うな」
うん、無理なことを言っているのはわかっている。私のわがままだ。
この太陽のような瞳が見つかってしまったら、すぐにでも天に連れて行かれてしまう。
ああ神様、この人を見つけないで。天に連れて行かないで。
少しでも貴方と一緒に生きたくて、私は貴方の目を覆い隠す。
「朝緋も鬼殺隊士ならば人死は何度も見てきてわかっているはずだ。俺はもう、助からないと。
頼むから聞いてくれ。一度しか言えない」
懇願されて初めて、私は手を退かした。
一つだけになってしまった私の向日葵が、慈しむように私を見ている。
まだ命を感じる頬へと両手を滑らせて包みこみ、私も貴方の目を見る。
ずっと共にあると思っていた、明るくて太陽のようにあたたかくて優しくてーーとても強い貴方の瞳。
「朝緋、俺は君のことを一等愛しく思っていた。家族でもなく妹でも、継子としてでもなく、一人の女性として好いていた」
吐露された言葉は、私と同じ感情のもの。気がつけば私もまた、自分の気持ちを吐き出していた。
「私も貴方が好き。師範のこと、大好きだったの。ううん、今も好き」
きっとこれから先も貴方の事が好きだし、杏寿郎さん。貴方がいなくなっても尚、貴方しか好きにならない……なれない。
「叶うなら朝緋を抱えてわっしょいと叫び出したいところだな」
その様子は簡単に想像がついた。
大好きな物を食べるときにわっしょいと嬉しそうな声をあげて平らげる貴方。それと同じ反応をもらえるなんて、とてもとても光栄な事。
こんな時なのに朗らかに笑う貴方に、私も笑みがこぼれた。涙は流したままなので、下手くそな泣き笑いだったけれども。
「こんな、今になってお互いの気持ちがわかるなんて残酷すぎますよ……」
「鬼殺の剣士である以上、死は隣り合わせなのだと分かっていたのにな。すまない、もっと早く伝えておけばよかっ…………ッ、」
「師範……無理しちゃ駄目です。もういいですから」
ごぼり、杏寿郎さんの口から血が溢れた。血が喉にも詰まったのかもしれない。呼吸音は悪く、吐き出される言葉はひどく掠れて小さかった。
「ッ、大丈夫だ、俺の言葉は伝えた。
だが…………今際の際だが、どうか俺の名を呼んでくれないだろうか」
「ーーーーっ!!
ええ、ええ、いくらでも!杏寿郎さん!
いつも心の中じゃ、名前を呼んでたんですよ。杏寿郎さん、って…………」
切ない声音で言わなくったって、貴方の願いは聞くよ。
私の杏寿郎さんの名を呼ぶ声こそ、酷く震えてしまっていて、何だか申し訳なく思う。
もっと、ちゃんとした声で貴方の名を呼びたいのに。なのに声は震えて小さい声でしか呼べない。
「名を呼ばれるだけでこんなに嬉しいとは。極楽にも行けそうだ」
それでも貴方はすごく嬉しそうで。本当に今にも天に行ってしまいそうで。
私は縋るようにその手を握りしめた。
「極楽じゃなくて、ここにいて欲しいのにっ……なんでよ…………杏寿郎さんの、馬鹿っ」
行かないで。もう、そんな言葉は言えない。
代わりにぼろぼろと次から次に、涙が落ちて止まらない。
しゃくり上げれば声も途切れ途切れにしか出せなくなっていて、止めるために思わず唇をギュッと噛んだ。
「馬鹿とは酷いな……。
こら、そんなに唇を噛むもんじゃない。
ああ、泣くな泣くな。朝緋、頼む。最期に笑ってくれないか」
笑顔で見送られたい。
袖口でぐいと目を拭えば、次の涙が目に溜まるまでの短い間だけど、涙をこぼさずにいられた。けれど結局のところ、私は下手くそにしか笑えなくて。
唇も目も震わせながらの、しょうもない笑みを向けてしまった。
「ああ、ああ、十分だ。愛い、愛いな…………ありがとう」
最後の力か、杏寿郎さんが腕を広げた。
私はその腕の中に飛び込み、弱々しくなってしまった身体に抱きついた。
杏寿郎さんもまた、ゆっくりと手を回して抱きしめてくれた。
「朝緋、君を一等愛している」
その囁きが耳に届いたあと、杏寿郎さんの体からは力が抜けていった。
笑顔だった。
その笑みは私だけではなくどこか遠くを見ていて、子供のようで。ひどく安心したような優しい表情だった。
ーー逝ってしまった。
愛しい人がいなくなってしまった。
杏寿郎さんの体が重くなっていく。
大好きなあたたかさが急速に、永遠に失われていく。
「ああ、ああ、あああああっ!」
私を形作る何もかもが全て涙に変わってしまった可能性ようだった。
わんわん泣きじゃくる私に驚き、少し離れたところで見ていた炭治郎達が血相を変えて飛んできた。
それでたった今彼がいなくなったことが、炭治郎達にも伝わった。
「杏寿郎さん!杏寿郎さんッ!!
愛してるっていうなら、いなくならないでよ……っ!
私を残していかないで!私も、一緒に行きたい…………いやだ、やだよう、杏寿郎さん……!
戻ってきてよ、離れていかないで……。起きて、起きてよ!お願いだから、ひとりにしないで…………っ!うあああああ!!」
「朝緋さん……っう、ううっ!煉獄さん…………!」
子供のような私の泣き方に最初は驚いていたようだったけれど、炭治郎はただただ、一緒になって涙してくれた。
その訃報は鎹烏によって、その日のうちに急ぎお館さま、柱達にも伝えられた。