一周目 弐
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迎え撃った猗窩座はこちらも、滅式ーー相手を滅するための大技だろう拳で龍を穿つ。
炎と拳の激しいぶつかり合いで爆発したかのような衝撃波と煙がたった。立ち込める煙でひどく見えづらかったが、私は吹き飛ばされそうになりながらも自身の足でしかと立ち、見ていた。
折れたこの足では到底入れぬ戦いだった。その攻撃の間合いに助太刀することは力量的にも絶対に不可能だった。
刃は通った。
頸は繋がっていたが、猗窩座の体を抉りきった。
猗窩座の背中から、『煉獄』の業火が燃えて激しく噴き上がる。
だが。
それと引き換えに杏寿郎さんの鳩尾は猗窩座の腕によって貫かれていた。
「あ、あああああっ!!」
「ーーーッ」
炭治郎が叫ぶ中、上手く呼吸が出来なかった。声が、出ない。
全集中の呼吸、その常中によって抑えられていた痛覚さえもが途切れ、体のあちこちに激痛が走る。
だが、今の私にはそんなことを気にする余裕はなかった。
手だけじゃない。足が震えて止まらない。壊れたブリッキの玩具のように全身がガクガクと震える。
「あ、あ、……そ、そんな…………」
やっと出た声すらも、すでに何度も叫んだかのように擦れきっておりひどく震えていた。
膝をついた私はただ流れる涙をそのままにするだけ。
もう駄目だ。最悪の展開が広がっている。
絶望で視界が滲む。
這いつくばる格好の私に届く声。
猗窩座はこの後に及んで、まだ鬼になるよう誘っていた。
「うおおおおおああ!!」
それを拒み、最後の一振りが入る。
鬼の頸をとるため魂すらこめた刃を振りおろす杏寿郎さんの必死の声が響いた。
その声を前に、私はハッとした。
まだ、杏寿郎さんは生きてる。死んでない。今もなお、鬼の頸をとろうとしている!
絶望はやまない。でも、止まってはならない。だってそれが私達鬼殺隊なんだから。
「あ゛ああああっ!!」
私の口から出たのは、およそ女性とは思えないような雄叫び。
折れた足も、全身に残る打ち身や怪我も気にならなかった。痛みすら遠く、鈍く。
杏寿郎さんに続け!あの頸は絶対にとる!
私はその場に折れた足を引き摺りながらも急いだ。
頸を切られては叶わぬ。太陽に焼かれては叶わぬと、ふるわれた猗窩座の拳。
それを杏寿郎さんが片手で止める。鳩尾に穴が空いているギリギリの状態でだ。
杏寿郎さんが頸に振り下ろした刃に重ねるように、私も刀を振り下ろした。
「猗窩座ッ!お前のこの頸、絶対に貰い受ける……!」
「なっ!
貴様ら二人揃ってしつこいぞ!離せ!!」
鬼の時間はそろそろ終わる。これからは人のための時間。
あんなに戦いに固執していた猗窩座も、太陽は怖いのか逃げ出そうと必死でもがき、声を張り上げる。
鬼による全身全霊の叫びの前には、私の雄叫びすら霞んで見えた。
「う、腕が抜けない!?」
「!」
杏寿郎さんは体に相当な力を入れて、抜けないようにしている。猗窩座をこのまま陽の光に晒すべく、逃さない気だ。
ああ、ああ。
杏寿郎さんはあの手この手で救おうしたところで、もう助からない。最後の力を、止血でも回復でもなく、鬼を滅する為に使ってしまっている。
それがわかった瞬間、涙が溢れて止まらなかった。
頸が斬れなくてもいい!その意志を継ぐべく、ここに留めて、日光にあてる!!
刀を投げ捨て、私は猗窩座の体に手を回して押さえ込んだ。
「離せ離せ離せぇ!女だろうが、容赦はせんぞ!!」
振り落とされそうな中、炭治郎も伊之助も助太刀に向かってきているのがわかった。
全員で抑えれば、この鬼は倒すことができる!!
その命刈り取るまでは、逃さない。
伊之助の獣の呼吸、壱ノ牙・穿ち抜き。
それが、猗窩座に届く直前だった。
必死の形相の猗窩座が自らの腕を引きちぎって飛び、ここから逃れる。
「う、あっ!?ッ……杏寿郎さん!!」
巻き起こる衝撃波。その影響で私の体も杏寿郎さんの体も、その場に共に倒れ込んだ。もう私には、いっぱいいっぱいな杏寿郎さんの体を支えるように抱きしめるしかできなかった。
森の中へと逃げていくその姿を、目で追うことすらできない……。いや、そうじゃない。
逃げられた以上、私はもう猗窩座ではなく目の前の彼のことだけを見ていたかった。
目を離したくなかった。
代わりに炭治郎が刀を投げ、一矢報いてくれた。
森の奥深く、太陽の届かない場所へと逃げていく猗窩座に向かって逃げるな卑怯者と、何度も何度も声を張り上げる。
声が枯れるほどに叫び、誰も死なせなかった杏寿郎さんの勝ちだ!と誇り高く、声をあげて泣いている。
ああ、そんなに声を出したら炭治郎のお腹の傷が開いてしまう。あの子もまた、深い傷を負っているのだ。
なんて愛しい後輩だろう。
私も杏寿郎さんも、思わず顔をあげて炭治郎の姿を見つめてしまった。
お互い顔を見合わせ、ふっと笑う。
私達はどちらからともなく、炭治郎に声をかけた。
「刀を抜いてくれて、怒ってくれて……ありがとうね。炭治郎」
「もうそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く。竈門少年が死んでしまったら俺の負けになってしまうぞ」
「煉獄さん……、朝緋さん……」
振り向いた炭治郎は、目が溶けて落ちそうなほどに涙をこぼしていた。
ああ、そんなに泣かないで。
「師範ったら……今の戦いは何があろうとも貴方の勝ちですよ。炭治郎だけでなく、伊之助も。それから私も証人です」
「はは、それは心強いな…………」
私はというと、その体を支えながら杏寿郎さんに見えないような位置で、声を震わせないよう気丈に振る舞いひっそりと涙していた。
『最後に』話がしたいと、炭治郎を呼ぶ杏寿郎さん。その、最後という言葉にどれほど涙があふれたことか。
かつてないほど静かな声音で杏寿郎さんが話始める中、近くに杏寿郎さんの鎹烏の要が、そして私の烏が止まった。
炭治郎に煉獄家に行くよう話をした頃、太陽光によってだろう、鳩尾を貫いていた猗窩座の腕が消えていく。
幸か不幸か腕が栓になっていたのに、それが失われて出血が再び多くなっていく。
血が隊服を、炎柱の羽織を染め上げていく。
それを見て呼吸で止血してくれと、炭治郎が懇願する。
けれど無理だ。呼吸で塞げるならすでにそうしている。ここまでの怪我は呼吸でも緊急手術でも、塞ぐことはできない。もしも穴が塞げたとしても、血が足りない。生きるのに必要不可欠な内臓も激しく損傷している。
それこそ、鬼でもない限り、治ることはない。
「俺はもう、すぐに死ぬ」
炎と拳の激しいぶつかり合いで爆発したかのような衝撃波と煙がたった。立ち込める煙でひどく見えづらかったが、私は吹き飛ばされそうになりながらも自身の足でしかと立ち、見ていた。
折れたこの足では到底入れぬ戦いだった。その攻撃の間合いに助太刀することは力量的にも絶対に不可能だった。
刃は通った。
頸は繋がっていたが、猗窩座の体を抉りきった。
猗窩座の背中から、『煉獄』の業火が燃えて激しく噴き上がる。
だが。
それと引き換えに杏寿郎さんの鳩尾は猗窩座の腕によって貫かれていた。
「あ、あああああっ!!」
「ーーーッ」
炭治郎が叫ぶ中、上手く呼吸が出来なかった。声が、出ない。
全集中の呼吸、その常中によって抑えられていた痛覚さえもが途切れ、体のあちこちに激痛が走る。
だが、今の私にはそんなことを気にする余裕はなかった。
手だけじゃない。足が震えて止まらない。壊れたブリッキの玩具のように全身がガクガクと震える。
「あ、あ、……そ、そんな…………」
やっと出た声すらも、すでに何度も叫んだかのように擦れきっておりひどく震えていた。
膝をついた私はただ流れる涙をそのままにするだけ。
もう駄目だ。最悪の展開が広がっている。
絶望で視界が滲む。
這いつくばる格好の私に届く声。
猗窩座はこの後に及んで、まだ鬼になるよう誘っていた。
「うおおおおおああ!!」
それを拒み、最後の一振りが入る。
鬼の頸をとるため魂すらこめた刃を振りおろす杏寿郎さんの必死の声が響いた。
その声を前に、私はハッとした。
まだ、杏寿郎さんは生きてる。死んでない。今もなお、鬼の頸をとろうとしている!
絶望はやまない。でも、止まってはならない。だってそれが私達鬼殺隊なんだから。
「あ゛ああああっ!!」
私の口から出たのは、およそ女性とは思えないような雄叫び。
折れた足も、全身に残る打ち身や怪我も気にならなかった。痛みすら遠く、鈍く。
杏寿郎さんに続け!あの頸は絶対にとる!
私はその場に折れた足を引き摺りながらも急いだ。
頸を切られては叶わぬ。太陽に焼かれては叶わぬと、ふるわれた猗窩座の拳。
それを杏寿郎さんが片手で止める。鳩尾に穴が空いているギリギリの状態でだ。
杏寿郎さんが頸に振り下ろした刃に重ねるように、私も刀を振り下ろした。
「猗窩座ッ!お前のこの頸、絶対に貰い受ける……!」
「なっ!
貴様ら二人揃ってしつこいぞ!離せ!!」
鬼の時間はそろそろ終わる。これからは人のための時間。
あんなに戦いに固執していた猗窩座も、太陽は怖いのか逃げ出そうと必死でもがき、声を張り上げる。
鬼による全身全霊の叫びの前には、私の雄叫びすら霞んで見えた。
「う、腕が抜けない!?」
「!」
杏寿郎さんは体に相当な力を入れて、抜けないようにしている。猗窩座をこのまま陽の光に晒すべく、逃さない気だ。
ああ、ああ。
杏寿郎さんはあの手この手で救おうしたところで、もう助からない。最後の力を、止血でも回復でもなく、鬼を滅する為に使ってしまっている。
それがわかった瞬間、涙が溢れて止まらなかった。
頸が斬れなくてもいい!その意志を継ぐべく、ここに留めて、日光にあてる!!
刀を投げ捨て、私は猗窩座の体に手を回して押さえ込んだ。
「離せ離せ離せぇ!女だろうが、容赦はせんぞ!!」
振り落とされそうな中、炭治郎も伊之助も助太刀に向かってきているのがわかった。
全員で抑えれば、この鬼は倒すことができる!!
その命刈り取るまでは、逃さない。
伊之助の獣の呼吸、壱ノ牙・穿ち抜き。
それが、猗窩座に届く直前だった。
必死の形相の猗窩座が自らの腕を引きちぎって飛び、ここから逃れる。
「う、あっ!?ッ……杏寿郎さん!!」
巻き起こる衝撃波。その影響で私の体も杏寿郎さんの体も、その場に共に倒れ込んだ。もう私には、いっぱいいっぱいな杏寿郎さんの体を支えるように抱きしめるしかできなかった。
森の中へと逃げていくその姿を、目で追うことすらできない……。いや、そうじゃない。
逃げられた以上、私はもう猗窩座ではなく目の前の彼のことだけを見ていたかった。
目を離したくなかった。
代わりに炭治郎が刀を投げ、一矢報いてくれた。
森の奥深く、太陽の届かない場所へと逃げていく猗窩座に向かって逃げるな卑怯者と、何度も何度も声を張り上げる。
声が枯れるほどに叫び、誰も死なせなかった杏寿郎さんの勝ちだ!と誇り高く、声をあげて泣いている。
ああ、そんなに声を出したら炭治郎のお腹の傷が開いてしまう。あの子もまた、深い傷を負っているのだ。
なんて愛しい後輩だろう。
私も杏寿郎さんも、思わず顔をあげて炭治郎の姿を見つめてしまった。
お互い顔を見合わせ、ふっと笑う。
私達はどちらからともなく、炭治郎に声をかけた。
「刀を抜いてくれて、怒ってくれて……ありがとうね。炭治郎」
「もうそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く。竈門少年が死んでしまったら俺の負けになってしまうぞ」
「煉獄さん……、朝緋さん……」
振り向いた炭治郎は、目が溶けて落ちそうなほどに涙をこぼしていた。
ああ、そんなに泣かないで。
「師範ったら……今の戦いは何があろうとも貴方の勝ちですよ。炭治郎だけでなく、伊之助も。それから私も証人です」
「はは、それは心強いな…………」
私はというと、その体を支えながら杏寿郎さんに見えないような位置で、声を震わせないよう気丈に振る舞いひっそりと涙していた。
『最後に』話がしたいと、炭治郎を呼ぶ杏寿郎さん。その、最後という言葉にどれほど涙があふれたことか。
かつてないほど静かな声音で杏寿郎さんが話始める中、近くに杏寿郎さんの鎹烏の要が、そして私の烏が止まった。
炭治郎に煉獄家に行くよう話をした頃、太陽光によってだろう、鳩尾を貫いていた猗窩座の腕が消えていく。
幸か不幸か腕が栓になっていたのに、それが失われて出血が再び多くなっていく。
血が隊服を、炎柱の羽織を染め上げていく。
それを見て呼吸で止血してくれと、炭治郎が懇願する。
けれど無理だ。呼吸で塞げるならすでにそうしている。ここまでの怪我は呼吸でも緊急手術でも、塞ぐことはできない。もしも穴が塞げたとしても、血が足りない。生きるのに必要不可欠な内臓も激しく損傷している。
それこそ、鬼でもない限り、治ることはない。
「俺はもう、すぐに死ぬ」