三周目 壱
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そうして相撲の話を少し前にしたばかりだからか、ちょうど槇寿朗さんの休みがとれたからかはわからないが、家族総出で歌舞伎と相撲を観に行くことになった。
歌舞伎に相撲?どっちも杏寿郎さんの趣味ね!
これは杏寿郎さんのにっこにこ笑顔が炸裂すること間違いなし。最高の瞬間を目に焼きつけておかなくては。
含み笑いを浮かべながら、今度は槇寿朗さんと並んで歩く瑠火さんをちらと見やる。
体の調子も今日はいいみたいでよかった。このままいけば、私が結核と睨んだ病気になんてかからず長生きしてくれるかもしれない。
となると、瑠火さんは季節の変わり目にお風邪を召されることも多いし、元々抵抗力が少し低いだけってことかな?
槇寿朗さんの背にいる千寿郎も家族の誰かがおぶっていれば泣かなくなってきたし、今日は家族水入らずで楽しもう!柱である槇寿朗さんも一緒にお出かけできる機会は、なかなか少ないのだから。
「わっ!?」
我先にというように意気揚々と歩き出せば、くんっと手を掴まれて引っ張られる。
見れば手は杏寿郎さんのそれとつながっていた。
放そうとするもその手はがっちりと私の手を掴み、離してもらえない。鎖で繋がっているかのように固く、結び目でもできているのかと思わせた。
またか。またなのか煉獄杏寿郎。
ここ最近、杏寿郎さんはこうして手を繋いでくることが多い。妹である私にべったり甘えているのが理由の一つ。もう一つの理由は、稀血である私を心配して隣にいるのだとすぐにわかった。
口では鬼殺隊に入ることを了承していても、鬼と相対させるのが不安なのだろう。私もおなじ立場ならそう思ったはずだ。
逃さないと懇願してくる視線に根をあげ、私はおとなしく杏寿郎さんの横に並んで歩いた。手を握りしめられているので、手も繋いだままだ。
私にとっては手繋ぎは今更なことであるが、多忙故に初めて目にしたのだろう。それをめざとく発見した槇寿朗さんが笑った。
「最近お前たちはよくよく手を繋いでいるそうだな。仲がよくて大変よろしいッ!」
「はい父上!兄妹の枠から外れそうなほどに、俺と朝緋の仲は良いと自負しております!!」
嬉しそうにそう返す杏寿郎さんをギョッとしながら二度見する。
ええー!枠から外れそうなほど!?それは困る!
私は自分の気持ちに蓋をして埋めたのだ。ただの妹でいなくてはならないのに、埋めた気持ちを掘り起こすのはやめてほしい。
そりゃあ、鬼を前にして不安に思った瞬間は杏寿郎さんに助けを求めるが如く、こちらから手を繋いじゃったけど……。
「あらまあ。杏寿郎と朝緋はそういう仲でしたか」
「はいっ!!」
ややっ!こっちでも勘違い!
って、そういうってのはもしかしていや、もしかしなくともそういう意味だよね瑠火さん??杏寿郎さんも即答しないで!?
「杏寿郎兄さん!私は妹ですよ!兄妹の枠から外れたりしませんっ」
「む。そんなに否定しなくともいいではないか!朝緋は意地が悪い!!!!」
うるさっ!至近距離なんだから、そこまで怒らなくとも聞こえてるよ。
「それに朝緋はこうして見張っていないとどこかへ行ってしまうし、まだ小さくて悪いものに簡単に食べられてしまうから俺は心配なのだ!!」
みし、握られた手が痛むほど力が込められた。あいたたた!!
小さいのはまだ十にも満たない年齢だから仕方ないし、悪い鬼に食べられることは一万歩譲ってあげてあったとする。でも、勝手にどこかに行ってしまうなんてこと絶対にない。煉獄家や鬼殺隊以外に居場所なんてないに等しいし。
そんなに私って紐の切れた凧みたいに見えるのかな。
歌舞伎の間も相撲観戦の間も、杏寿郎さんは私をつなぐ鎖のように、片時も離さず手を握り続けた。
私の決意が鈍りそうで困るけれど、本心としてはとても嬉しかった。
「歌舞伎と相撲、どちらも面白かったな。杏寿郎、朝緋、二人はどうだった?」
「また観たいです!!歌舞伎は舞が素晴らしかったですし、相撲も技が決まる瞬間が特によかった!!」
「私も初めての歌舞伎や相撲観戦、楽しかったです。杏寿郎兄さんと同じ感想を抱きました。
ただ、我儘を言ってよろしければ、次は能楽も観てみたいです。……母様のご趣味、なんですよね?」
「私、朝緋に能楽の話をしましたっけ」
「……ええ、前に聞きました」
そう。『前』に。
能楽の観覧は瑠火さんの趣味であると同時に、かつての杏寿郎さんの趣味でもある。
『前』の杏寿郎さんがいつ能楽を好きになったのかはよく知らないけれど、どうせ観て好きになるのならまたこうして家族で観たい。
そんな気持ちを込めて、片方の空いた手を瑠火さんのほっそりとした白い手と繋ぐ。
瑠火さんの手、少し冷たい。ろくに習得できていない状態の私の炎の呼吸では、そう温まらないだろうな。
「そういえば瑠火は能楽が好きだったな……」
「母上の趣味!なら次はぜひ能楽を観てみたいです!!」
「そうですね。私も観たいと思います」
「うーむ。こうして非番が取れたばかりだからなぁ……次に休みを貰えたらいこう」
私や杏寿郎さんの言葉を聞いたからだろうか。珍しく瑠火さんも乗り気で御自分の願いを口にした。
当の槇寿朗さんは眉毛を八の字に下げて、頬をポリポリ。まあね、柱だもんね。休みたいと言って休めるような役職じゃないよね。
鬼殺隊は上の階級にいうほどお給金は高いが、働き詰めのある意味ブラック企業だ。
「…………俺も瑠火と共に、またあの演目が観たい」
あの演目。それはきっと、お二人が初めての逢引で観たという『羽衣』だろう。
「槇寿朗さん、嬉しいです……。ですが貴方は柱なのですから、私ではなく市井の人々を優先なさるべきです。お休みを取るためにと、御無理はなさらないでくださいね」
「瑠火も無理はするな。君に何かあったら俺は……」
槇寿朗さんが愛しげに、そしてどこか切ない顔で瑠火さんを見つめる。瑠火さんも凛とした表情はそのままに、どこか熱を孕む顔で槇寿朗さんを目に映した。
仲良し夫婦いいなぁ〜!……ハッ!?
いい雰囲気を壊さないよう、頭の上に疑問符を浮かべて二人を見る杏寿郎さんの目を隠した。
槇寿朗さんだって瑠火さんだってまだ若いんだからちゅーの一つや二つでもすればいい。だから良い子は見てはいけないよ?
「なっ、何をする朝緋!これでは前が見えん!」
「杏寿郎兄さんは二人の邪魔をしちゃいそうなので、見るの禁止なのです!」
「あらあら、朝緋ったら。こんな往来で何もしませんよ。ですよね、槇寿朗さん?」
カラカラと笑った瑠火さんがつんつんと、槇寿朗さんの袖をひいた。
「瑠火、俺を揶揄うな……」
そう言いながらも引かれた袖から覗く手は瑠火さんの手に繋がれた。
槇寿朗さんに背負われた千寿郎も嬉しそうに笑い声をあげ、私と杏寿郎さん。瑠火さんと槇寿朗さん。それぞれが手を繋いで往来を歩く姿は仲の良い家族そのもの。
家族全員で幸せな時を過ごせたこの時を、私は決して忘れない。
近いうちにまたこうして過ごせたらいいなあ。
その時は能楽を観に行こう。帰りにみんなで三越に寄って、レストランのあいすくりんを食べたりしたい。
あいすくりんなら、杏寿郎さんも千寿郎も瑠火さんも、そして槇寿朗さんもきっと食べられる。
決して自分の好物だから言っているわけじゃないからね!?
……槇寿朗さんのお休みが早く来ないかなぁ。
けれどその時は訪れなかった。
瑠火さんが病いに倒れてしまい、病状は急速に悪化する一方。床から起き上がれなくなってしまったのだ。
『前回』同様の春のお花見はかろうじて庭で行うことができたけれど、外に出かけるのはもう無理だろう。
日に日にやつれていく彼女を、槇寿朗さんの代わりに看病することくらいしか、私にはできなかった。
何も、何も。
できなかった。
どんな歴史にも人生にもターニングポイント、分岐点がある。
それは一つだけと限らず複数存在することもあり、煉獄家にとっての分岐点の一つは瑠火さんの病いだった。
歌舞伎に相撲?どっちも杏寿郎さんの趣味ね!
これは杏寿郎さんのにっこにこ笑顔が炸裂すること間違いなし。最高の瞬間を目に焼きつけておかなくては。
含み笑いを浮かべながら、今度は槇寿朗さんと並んで歩く瑠火さんをちらと見やる。
体の調子も今日はいいみたいでよかった。このままいけば、私が結核と睨んだ病気になんてかからず長生きしてくれるかもしれない。
となると、瑠火さんは季節の変わり目にお風邪を召されることも多いし、元々抵抗力が少し低いだけってことかな?
槇寿朗さんの背にいる千寿郎も家族の誰かがおぶっていれば泣かなくなってきたし、今日は家族水入らずで楽しもう!柱である槇寿朗さんも一緒にお出かけできる機会は、なかなか少ないのだから。
「わっ!?」
我先にというように意気揚々と歩き出せば、くんっと手を掴まれて引っ張られる。
見れば手は杏寿郎さんのそれとつながっていた。
放そうとするもその手はがっちりと私の手を掴み、離してもらえない。鎖で繋がっているかのように固く、結び目でもできているのかと思わせた。
またか。またなのか煉獄杏寿郎。
ここ最近、杏寿郎さんはこうして手を繋いでくることが多い。妹である私にべったり甘えているのが理由の一つ。もう一つの理由は、稀血である私を心配して隣にいるのだとすぐにわかった。
口では鬼殺隊に入ることを了承していても、鬼と相対させるのが不安なのだろう。私もおなじ立場ならそう思ったはずだ。
逃さないと懇願してくる視線に根をあげ、私はおとなしく杏寿郎さんの横に並んで歩いた。手を握りしめられているので、手も繋いだままだ。
私にとっては手繋ぎは今更なことであるが、多忙故に初めて目にしたのだろう。それをめざとく発見した槇寿朗さんが笑った。
「最近お前たちはよくよく手を繋いでいるそうだな。仲がよくて大変よろしいッ!」
「はい父上!兄妹の枠から外れそうなほどに、俺と朝緋の仲は良いと自負しております!!」
嬉しそうにそう返す杏寿郎さんをギョッとしながら二度見する。
ええー!枠から外れそうなほど!?それは困る!
私は自分の気持ちに蓋をして埋めたのだ。ただの妹でいなくてはならないのに、埋めた気持ちを掘り起こすのはやめてほしい。
そりゃあ、鬼を前にして不安に思った瞬間は杏寿郎さんに助けを求めるが如く、こちらから手を繋いじゃったけど……。
「あらまあ。杏寿郎と朝緋はそういう仲でしたか」
「はいっ!!」
ややっ!こっちでも勘違い!
って、そういうってのはもしかしていや、もしかしなくともそういう意味だよね瑠火さん??杏寿郎さんも即答しないで!?
「杏寿郎兄さん!私は妹ですよ!兄妹の枠から外れたりしませんっ」
「む。そんなに否定しなくともいいではないか!朝緋は意地が悪い!!!!」
うるさっ!至近距離なんだから、そこまで怒らなくとも聞こえてるよ。
「それに朝緋はこうして見張っていないとどこかへ行ってしまうし、まだ小さくて悪いものに簡単に食べられてしまうから俺は心配なのだ!!」
みし、握られた手が痛むほど力が込められた。あいたたた!!
小さいのはまだ十にも満たない年齢だから仕方ないし、悪い鬼に食べられることは一万歩譲ってあげてあったとする。でも、勝手にどこかに行ってしまうなんてこと絶対にない。煉獄家や鬼殺隊以外に居場所なんてないに等しいし。
そんなに私って紐の切れた凧みたいに見えるのかな。
歌舞伎の間も相撲観戦の間も、杏寿郎さんは私をつなぐ鎖のように、片時も離さず手を握り続けた。
私の決意が鈍りそうで困るけれど、本心としてはとても嬉しかった。
「歌舞伎と相撲、どちらも面白かったな。杏寿郎、朝緋、二人はどうだった?」
「また観たいです!!歌舞伎は舞が素晴らしかったですし、相撲も技が決まる瞬間が特によかった!!」
「私も初めての歌舞伎や相撲観戦、楽しかったです。杏寿郎兄さんと同じ感想を抱きました。
ただ、我儘を言ってよろしければ、次は能楽も観てみたいです。……母様のご趣味、なんですよね?」
「私、朝緋に能楽の話をしましたっけ」
「……ええ、前に聞きました」
そう。『前』に。
能楽の観覧は瑠火さんの趣味であると同時に、かつての杏寿郎さんの趣味でもある。
『前』の杏寿郎さんがいつ能楽を好きになったのかはよく知らないけれど、どうせ観て好きになるのならまたこうして家族で観たい。
そんな気持ちを込めて、片方の空いた手を瑠火さんのほっそりとした白い手と繋ぐ。
瑠火さんの手、少し冷たい。ろくに習得できていない状態の私の炎の呼吸では、そう温まらないだろうな。
「そういえば瑠火は能楽が好きだったな……」
「母上の趣味!なら次はぜひ能楽を観てみたいです!!」
「そうですね。私も観たいと思います」
「うーむ。こうして非番が取れたばかりだからなぁ……次に休みを貰えたらいこう」
私や杏寿郎さんの言葉を聞いたからだろうか。珍しく瑠火さんも乗り気で御自分の願いを口にした。
当の槇寿朗さんは眉毛を八の字に下げて、頬をポリポリ。まあね、柱だもんね。休みたいと言って休めるような役職じゃないよね。
鬼殺隊は上の階級にいうほどお給金は高いが、働き詰めのある意味ブラック企業だ。
「…………俺も瑠火と共に、またあの演目が観たい」
あの演目。それはきっと、お二人が初めての逢引で観たという『羽衣』だろう。
「槇寿朗さん、嬉しいです……。ですが貴方は柱なのですから、私ではなく市井の人々を優先なさるべきです。お休みを取るためにと、御無理はなさらないでくださいね」
「瑠火も無理はするな。君に何かあったら俺は……」
槇寿朗さんが愛しげに、そしてどこか切ない顔で瑠火さんを見つめる。瑠火さんも凛とした表情はそのままに、どこか熱を孕む顔で槇寿朗さんを目に映した。
仲良し夫婦いいなぁ〜!……ハッ!?
いい雰囲気を壊さないよう、頭の上に疑問符を浮かべて二人を見る杏寿郎さんの目を隠した。
槇寿朗さんだって瑠火さんだってまだ若いんだからちゅーの一つや二つでもすればいい。だから良い子は見てはいけないよ?
「なっ、何をする朝緋!これでは前が見えん!」
「杏寿郎兄さんは二人の邪魔をしちゃいそうなので、見るの禁止なのです!」
「あらあら、朝緋ったら。こんな往来で何もしませんよ。ですよね、槇寿朗さん?」
カラカラと笑った瑠火さんがつんつんと、槇寿朗さんの袖をひいた。
「瑠火、俺を揶揄うな……」
そう言いながらも引かれた袖から覗く手は瑠火さんの手に繋がれた。
槇寿朗さんに背負われた千寿郎も嬉しそうに笑い声をあげ、私と杏寿郎さん。瑠火さんと槇寿朗さん。それぞれが手を繋いで往来を歩く姿は仲の良い家族そのもの。
家族全員で幸せな時を過ごせたこの時を、私は決して忘れない。
近いうちにまたこうして過ごせたらいいなあ。
その時は能楽を観に行こう。帰りにみんなで三越に寄って、レストランのあいすくりんを食べたりしたい。
あいすくりんなら、杏寿郎さんも千寿郎も瑠火さんも、そして槇寿朗さんもきっと食べられる。
決して自分の好物だから言っているわけじゃないからね!?
……槇寿朗さんのお休みが早く来ないかなぁ。
けれどその時は訪れなかった。
瑠火さんが病いに倒れてしまい、病状は急速に悪化する一方。床から起き上がれなくなってしまったのだ。
『前回』同様の春のお花見はかろうじて庭で行うことができたけれど、外に出かけるのはもう無理だろう。
日に日にやつれていく彼女を、槇寿朗さんの代わりに看病することくらいしか、私にはできなかった。
何も、何も。
できなかった。
どんな歴史にも人生にもターニングポイント、分岐点がある。
それは一つだけと限らず複数存在することもあり、煉獄家にとっての分岐点の一つは瑠火さんの病いだった。