三周目 壱
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「天気は荒れないぜ」
駆け出す私達に向かって届く獣のような声。
「何奴っ」
杏寿郎さんの判断と行動は素早く、振り向くと同時にその者目掛け木刀を振り下した。
「ウギャッ!!頭が割れたァァァァァ!!」
ドゴッと、痛そうな音と共に悲鳴が聞こえた。頭割れたの?いったそぉ〜!!
声が怖いだけの普通の人だったらどうするんだろう、とは考えてはいけない。背の高い草むらで子供に声をかけてくる人間なんて、人攫いの類いが多い。
周りに陽は差していないし鬼の可能性が高いけれどね。嬉しくなーい。
「くっ……!は、外れない……っ!引っ張られるぞ!」
「えっ!?」
だが、脳天に陥没したままだったらしい木刀は、ぐいぐいと草むらへ引っ張られた。慌てて私も加勢して引っ張る。負けるかぁぁぁ!せーの、で。
「「どっ…………っっせい!!」」
釣り上げたのは今夜のおかずの大きな魚……などではなく、草むらからひっぱりだしたのは木刀にからみつく手。そして、四肢を地につけて進む気色の悪い鬼だった。
四つん這いの体にくっついた頭がカクカクカク……ぐりん、!一回転してこちらを見上げる。その頭にはまだ杏寿郎さんの木刀がめり込んだままだ。
「ケヒヒ、そんな急いで帰らなくてもいいだろ〜?」
カメレオンに似た目をニタァリと細めて笑う口元から覗くのは鋭い牙と長い舌先。
動きといい、まるで巨大なトカゲ。いや大きさ的にはワニ?よくみると尻尾まであって怖い!!
「ひっ!爬虫類の鬼……!」
「化け物ではなく、これが鬼……!なんと面妖な!!」
私はともかく、杏寿郎さんは初めて鬼を目にした事になる。最初に目撃する鬼が藤襲山の変わりたてでなく異形の鬼だなんて、運がないというかなんというか。
でも鬼には人に近い鬼の方が圧倒的に多いし、なんなら強い鬼ほど人に近い姿形してるからこんな鬼ばかりだと思わないで欲しいものだ。
「はちゅうるい?ヤモリだってぇーの」
ヤモリを主張する鬼。
トカゲでも蛇でもワニでも同じだけど、しいていうならヤモリが夜行性なことくらい?どちらにせよ爬虫類の体を持つ鬼なことに変わりはない。
鬼がめり込む木刀を退かした瞬間メリメリメリ、ぼこり!と頭の形が元に戻る。杏寿郎さんの渾身の一撃が全く効いていない上に、形状記憶で一瞬にして回復……さすがは鬼だなとは思うものの、見慣れていたはずの鬼が何故か今は恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
この感情の変化は何?幼い体には生存本能としてのシンプルな恐怖が残っているから?私の中に巣食う鬼への憎しみより強いとでも言うの?
あの時はあんなにも、憎しみで気が狂うほどだったのに……。
「すんすん、どっちが稀血だ?」
ゾクッーー!
ねめつけられ、蛇に睨まれた蛙のように体が、いや口が動かなくなった。恐怖で言葉が出ないなんて初めてのこと。
これもこの鬼の能力の一瞬なの?
ああでも、やはり稀血に気がつかれてしまった。ほんの少し滲んだ程度だったけれど、血を流した私が悪い。
鬼はもともと近くに潜んでいたのかもしれない。けれど私が鬼を呼び寄せたのはこれで確定した。私が杏寿郎さんを危険に晒してしまったのだ。
「稀血とはなんのことだッ」
鬼がなんたるかは知っていても稀血を知らぬ杏寿郎さんが、木刀をギチギチ握りしめたまま叫ぶように鬼に問う。
木刀を引っ張ろうとする鬼に負けぬよう力を込めるその額には、うっすらと青筋が立っていた。子供ながら浮き出た血管に、私は杏寿郎さんが柱になる才覚のさまを見た。さすが未来の炎柱……。
「稀血も知らんのか!まぁいい。どっちも食えばわかることだからなあぁぁぁ!!」
「ッ!?」
バキッ!!木刀が鬼の強力な握力を前に、握り潰され折れた。
破片が飛ぶ中で鬼が素早く動き、その手が届く前にと私を抱え弾かれたように走り出す杏寿郎さん。
「くっ、逃げるぞ!」
まだ齢十にもならない杏寿郎さんが私を抱えるなんて火事場の馬鹿力としか思えない。俵担ぎにされ、私は落ちぬよう杏寿郎さんに必死でしがみついた。
「しかし暗いとはいえ昼間から鬼が活動しているのは何故だろうか!朝緋はどうみるっ!!
……朝緋!?聞いてるのか朝緋ッ!!」
ひいい今の私に聞いてこないでほしい!
鬼への恐怖やら抱えられた振動で舌を噛みそうやらで、声なんて出せやしな……、
「うぎゃーーーっ!!」
あ、声出た。
俵担ぎされて後ろしか見えない中、ふと顔を上げてみると鬼の爪がすぐそこまで迫っていて全身に鳥肌が立つほど。
「鬼!来てる!!いやぁぁあーー!!」
「耳元で叫ばんでくれ!!」
恐怖を前にして叫ぶ善逸の気持ちが少しはわかった気がする。あの顔芸には列車の中でお世話になったなぁ。
とにかく杏寿郎さんもっと急いで!そんな気持ちを込めぺしぺし背を叩いてしまった。
「それはなぁぁぁ。昼間だろうが関係なく周り一帯をしばらくの間、闇夜に変えてしまうのが俺の能力だからだよ!!」
私の代わりに杏寿郎さんの問いに答えてくれた。ご丁寧に教えてくれてありがとうね!
それにしても鬼って自分の能力を話すの好きすぎないかな!?自分の能力や血鬼術を教えるなんて真似、馬鹿しかしないと思うんだけど。しばらくの間なら無限じゃないもの!
そんなことを思いながらも、ケヒケヒ笑いながら追ってくる鬼の狂喜に満ちた顔にぞっとする。
四つん這いに近しい格好ながら猛スピードで追ってくるのだ。怖い以外の何者でもない。
そしてとうとう、その鞭のようにしなる腕が私達に届いてしまった。
「うわっ!?」
「あだっっ!!」
杏寿郎さんが足をひっかけられ盛大に転んだ。当然彼に抱えられていた私も共に転ぶことになるわけで。
転び放り出された先はあろうことか、鬼の真ん前。表情までくっきり怖い!
瞬間、着物の袖がスッパリ切れて飛んだ。その下の腕に赤い線が走り、頬にもまた鋭い痛みがくる。
「え、」
鬼の鋭い爪で斬られた、と思った時には腕と頬に伝う血の感覚があった。鉄臭い匂いが鼻に届く。つまり鬼からしたら。
「あぁ〜やっぱりその娘が稀血だった!甘くてイイ匂いだ!俺は運がいい!!」
誰が稀血の持ち主かわかってしまった。鬼からしたらより強くなれる因子を持った、甘く香る好物とされる血。
そして私の稀血だけの特性はここでも発揮されてしまった。
「その血、その肉、女としての味もなかなか美味そうだなぁ……。上手く生かしておいて、大きくなったらまた食うかなぁ……?」
舌なめずりして私を見る目には、血を飲み肉を食らう以外の、女として食らう欲の色が見える。
これこそが私の稀血の特性。男性の鬼に対する、性的興奮を呼び起こす稀血酔い。
鬼が前脚と化した手を振り上げる。
「させるか!!俺が相手だ、朝緋に手を出すな!!」
幼いなりに私に迫るもう一つの危機を察したのだろう、体勢を立て直した杏寿郎さんが私を庇った。
安心させるように左手は私の手を握り、折れて短くなった木刀を手に鬼の前に立ち塞がる。
その目に恐怖はなく、ただひたすらに燃えていた。
「邪魔だどけ!お前のような男児に興味はない!!俺は稀血に用があるんだ!!」
ザンッ!!
鬼の爪が私でなく杏寿郎さんを攻撃する。木刀を構えたお陰で浅くすんだが、それでもその体に爪が届いた。袈裟懸けに薄く斬られた胸から赤が散る。
「うぐ……っ」
大事な杏寿郎さんに傷が……!怒りは湧くのに私の足は恐怖で動かない。動けない。カタカタと震えて縮こまるのみ。
これだから幼い体は嫌だ。気持ちが幼さに引っ張られるばかりだ!
「死なない程度に……殺さない程度に。さて、どこを味見しようか?どこを食べてみようか?」
「ひっ……!やだ…………、こないで……っ」
私はもう杏寿郎さんの心配をするどころではなく、近づく鬼の魔の手を前にして恐怖で意識すら飛ばしそうだった。
駆け出す私達に向かって届く獣のような声。
「何奴っ」
杏寿郎さんの判断と行動は素早く、振り向くと同時にその者目掛け木刀を振り下した。
「ウギャッ!!頭が割れたァァァァァ!!」
ドゴッと、痛そうな音と共に悲鳴が聞こえた。頭割れたの?いったそぉ〜!!
声が怖いだけの普通の人だったらどうするんだろう、とは考えてはいけない。背の高い草むらで子供に声をかけてくる人間なんて、人攫いの類いが多い。
周りに陽は差していないし鬼の可能性が高いけれどね。嬉しくなーい。
「くっ……!は、外れない……っ!引っ張られるぞ!」
「えっ!?」
だが、脳天に陥没したままだったらしい木刀は、ぐいぐいと草むらへ引っ張られた。慌てて私も加勢して引っ張る。負けるかぁぁぁ!せーの、で。
「「どっ…………っっせい!!」」
釣り上げたのは今夜のおかずの大きな魚……などではなく、草むらからひっぱりだしたのは木刀にからみつく手。そして、四肢を地につけて進む気色の悪い鬼だった。
四つん這いの体にくっついた頭がカクカクカク……ぐりん、!一回転してこちらを見上げる。その頭にはまだ杏寿郎さんの木刀がめり込んだままだ。
「ケヒヒ、そんな急いで帰らなくてもいいだろ〜?」
カメレオンに似た目をニタァリと細めて笑う口元から覗くのは鋭い牙と長い舌先。
動きといい、まるで巨大なトカゲ。いや大きさ的にはワニ?よくみると尻尾まであって怖い!!
「ひっ!爬虫類の鬼……!」
「化け物ではなく、これが鬼……!なんと面妖な!!」
私はともかく、杏寿郎さんは初めて鬼を目にした事になる。最初に目撃する鬼が藤襲山の変わりたてでなく異形の鬼だなんて、運がないというかなんというか。
でも鬼には人に近い鬼の方が圧倒的に多いし、なんなら強い鬼ほど人に近い姿形してるからこんな鬼ばかりだと思わないで欲しいものだ。
「はちゅうるい?ヤモリだってぇーの」
ヤモリを主張する鬼。
トカゲでも蛇でもワニでも同じだけど、しいていうならヤモリが夜行性なことくらい?どちらにせよ爬虫類の体を持つ鬼なことに変わりはない。
鬼がめり込む木刀を退かした瞬間メリメリメリ、ぼこり!と頭の形が元に戻る。杏寿郎さんの渾身の一撃が全く効いていない上に、形状記憶で一瞬にして回復……さすがは鬼だなとは思うものの、見慣れていたはずの鬼が何故か今は恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
この感情の変化は何?幼い体には生存本能としてのシンプルな恐怖が残っているから?私の中に巣食う鬼への憎しみより強いとでも言うの?
あの時はあんなにも、憎しみで気が狂うほどだったのに……。
「すんすん、どっちが稀血だ?」
ゾクッーー!
ねめつけられ、蛇に睨まれた蛙のように体が、いや口が動かなくなった。恐怖で言葉が出ないなんて初めてのこと。
これもこの鬼の能力の一瞬なの?
ああでも、やはり稀血に気がつかれてしまった。ほんの少し滲んだ程度だったけれど、血を流した私が悪い。
鬼はもともと近くに潜んでいたのかもしれない。けれど私が鬼を呼び寄せたのはこれで確定した。私が杏寿郎さんを危険に晒してしまったのだ。
「稀血とはなんのことだッ」
鬼がなんたるかは知っていても稀血を知らぬ杏寿郎さんが、木刀をギチギチ握りしめたまま叫ぶように鬼に問う。
木刀を引っ張ろうとする鬼に負けぬよう力を込めるその額には、うっすらと青筋が立っていた。子供ながら浮き出た血管に、私は杏寿郎さんが柱になる才覚のさまを見た。さすが未来の炎柱……。
「稀血も知らんのか!まぁいい。どっちも食えばわかることだからなあぁぁぁ!!」
「ッ!?」
バキッ!!木刀が鬼の強力な握力を前に、握り潰され折れた。
破片が飛ぶ中で鬼が素早く動き、その手が届く前にと私を抱え弾かれたように走り出す杏寿郎さん。
「くっ、逃げるぞ!」
まだ齢十にもならない杏寿郎さんが私を抱えるなんて火事場の馬鹿力としか思えない。俵担ぎにされ、私は落ちぬよう杏寿郎さんに必死でしがみついた。
「しかし暗いとはいえ昼間から鬼が活動しているのは何故だろうか!朝緋はどうみるっ!!
……朝緋!?聞いてるのか朝緋ッ!!」
ひいい今の私に聞いてこないでほしい!
鬼への恐怖やら抱えられた振動で舌を噛みそうやらで、声なんて出せやしな……、
「うぎゃーーーっ!!」
あ、声出た。
俵担ぎされて後ろしか見えない中、ふと顔を上げてみると鬼の爪がすぐそこまで迫っていて全身に鳥肌が立つほど。
「鬼!来てる!!いやぁぁあーー!!」
「耳元で叫ばんでくれ!!」
恐怖を前にして叫ぶ善逸の気持ちが少しはわかった気がする。あの顔芸には列車の中でお世話になったなぁ。
とにかく杏寿郎さんもっと急いで!そんな気持ちを込めぺしぺし背を叩いてしまった。
「それはなぁぁぁ。昼間だろうが関係なく周り一帯をしばらくの間、闇夜に変えてしまうのが俺の能力だからだよ!!」
私の代わりに杏寿郎さんの問いに答えてくれた。ご丁寧に教えてくれてありがとうね!
それにしても鬼って自分の能力を話すの好きすぎないかな!?自分の能力や血鬼術を教えるなんて真似、馬鹿しかしないと思うんだけど。しばらくの間なら無限じゃないもの!
そんなことを思いながらも、ケヒケヒ笑いながら追ってくる鬼の狂喜に満ちた顔にぞっとする。
四つん這いに近しい格好ながら猛スピードで追ってくるのだ。怖い以外の何者でもない。
そしてとうとう、その鞭のようにしなる腕が私達に届いてしまった。
「うわっ!?」
「あだっっ!!」
杏寿郎さんが足をひっかけられ盛大に転んだ。当然彼に抱えられていた私も共に転ぶことになるわけで。
転び放り出された先はあろうことか、鬼の真ん前。表情までくっきり怖い!
瞬間、着物の袖がスッパリ切れて飛んだ。その下の腕に赤い線が走り、頬にもまた鋭い痛みがくる。
「え、」
鬼の鋭い爪で斬られた、と思った時には腕と頬に伝う血の感覚があった。鉄臭い匂いが鼻に届く。つまり鬼からしたら。
「あぁ〜やっぱりその娘が稀血だった!甘くてイイ匂いだ!俺は運がいい!!」
誰が稀血の持ち主かわかってしまった。鬼からしたらより強くなれる因子を持った、甘く香る好物とされる血。
そして私の稀血だけの特性はここでも発揮されてしまった。
「その血、その肉、女としての味もなかなか美味そうだなぁ……。上手く生かしておいて、大きくなったらまた食うかなぁ……?」
舌なめずりして私を見る目には、血を飲み肉を食らう以外の、女として食らう欲の色が見える。
これこそが私の稀血の特性。男性の鬼に対する、性的興奮を呼び起こす稀血酔い。
鬼が前脚と化した手を振り上げる。
「させるか!!俺が相手だ、朝緋に手を出すな!!」
幼いなりに私に迫るもう一つの危機を察したのだろう、体勢を立て直した杏寿郎さんが私を庇った。
安心させるように左手は私の手を握り、折れて短くなった木刀を手に鬼の前に立ち塞がる。
その目に恐怖はなく、ただひたすらに燃えていた。
「邪魔だどけ!お前のような男児に興味はない!!俺は稀血に用があるんだ!!」
ザンッ!!
鬼の爪が私でなく杏寿郎さんを攻撃する。木刀を構えたお陰で浅くすんだが、それでもその体に爪が届いた。袈裟懸けに薄く斬られた胸から赤が散る。
「うぐ……っ」
大事な杏寿郎さんに傷が……!怒りは湧くのに私の足は恐怖で動かない。動けない。カタカタと震えて縮こまるのみ。
これだから幼い体は嫌だ。気持ちが幼さに引っ張られるばかりだ!
「死なない程度に……殺さない程度に。さて、どこを味見しようか?どこを食べてみようか?」
「ひっ……!やだ…………、こないで……っ」
私はもう杏寿郎さんの心配をするどころではなく、近づく鬼の魔の手を前にして恐怖で意識すら飛ばしそうだった。