三周目 壱
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鬼には年末も正月も関係ない。
もうすぐ帰ってくるはずではあるが、槇寿朗さんは立て続けに入った任務のために長期不在にしていた。
正月を家族全員揃って迎えられなかったこと、鬼め恨むぞ万死に値する!
そうして一年前同様に迎えた一月六日。忘れていたが明日は七草粥の日。
春の七草を摘んでこないとならないのだけれど、瑠火さんは最近体調を崩しぎみ。また病いに倒れでもしたら……不安に思いながら私は七草摘みに立候補した。
まだ幼い私を一人で行かせるのは不安なのだろう。私が瑠火さんでも心配する。去年は瑠火さんだけで摘みに行ったくらいだもの。
なので杏寿郎さんをお供につけられた。
……といっても詰んでくる場所なんてすぐ近くなんだけどね。
「俺はどれが七草なのか全くわからん!朝緋のあとに着いていくから好きに歩いて採ってくれ!」
七草は森の奥深くや山奥にあるわけじゃない、田畑の畦道やなんならその辺の道端にすらぽんぽんと生えているくらいで。
まあ、すべて一気に揃えたいからちょっと家から離れた草原に来ちゃってるけどね。
少し家から離れても、杏寿郎さんも一緒に着いてきてくれてるから安心だ。
杏寿郎さんたら、行きからして少し陽が傾いてきてるとはいえまだ昼間で鬼は出ないのに、木刀片手に周りを警戒して私のそばを歩いているのよね。
ああでもこの時代、脅威は鬼だけじゃないから当然なのかも。心強いことだ。
「ここら辺一帯の七草を摘みまーす」
田畑でもなく道端でもない。
あ、野生のうさぎが飛び出してきた!なんてテロップが流れ出しそうな、ちょっと背高のっぽの草が生い茂る草原、といったところ。
ここなら、摘むべき七草が一気にたくさん手に入る。
「草の背が高いところがある!はぐれたら大変だからあまり早く歩いてくれるなよ!」
「はあーい」
探し物がわかるのは私だけなので杏寿郎さんは私の動きや七草摘みに合わせ、移動してくれている。
その金環の目が、私の手元を見つめる。
「七草の種類なんてよくわかるな」
「えー、簡単だよ。だって自分でお料理して食べるものだもの。種類も調理法も、ちゃんとしっかり覚えないと困るじゃない?」
「うーむ。俺には難しい!ただの草に見えてしまう」
「わかりやすい特徴がある花ってわけじゃないからね。あ、杏寿郎兄さんは覚えないでいいよ。私や瑠火さんがいるし、その内千寿郎が覚えてくれるから」
「よもや!朝緋は時々寂しいことを言う!仲間はずれはつらい!俺も覚える!!」
「もー。そんなこと覚える時間あるなら、炎の呼吸の型を覚えなきゃって言ってるんですよ〜」
「なるほど確かにそうだ!!ならここで素振りもさせてもらおう!フンッフンッ!」
ふー、なんとか気を逸らせた。料理なんてされた日には厨房が大変なことになる。
それ以前に毒草を摘まれて口に入ろうものなら、目も当てられない。似た草の中には毒性の強いものもあるし……。
セリはよく似た毒草にドクゼリがあって、ホトケノザというのは実はコオニタビラコのことであり桃色の花を咲かせる雑草の方を間違えて摘む人が……この時代にはそういないか。
毒、かあ。
鬼にとっての毒である藤だが、実は生状態でたくさん食べれば人間にも毒だったりする。はちみつも採れるしなんならジャムや天ぷらで食されていることもある、一部ではよく食べられている食材だけれどね。
風味あって意外に美味しいんだよねぇ。じゅるり。
「イタッ」
鋭い痛みが線のようにシュッと走る。
考え事をしながら摘んでいたからか、飛び出ていた細い枝葉に腕を引っ掛けてしまったようだ。
『稀血』が垂れてはまずいと急いで傷口を舐める。うべー、鉄臭くて全然美味しくない。
「どうした朝緋!だいじょうぶか!?」
「ん、ちょっと草で腕を切っちゃっただけ。この軟弱な肌め〜」
血相を変えて駆け寄る杏寿郎さんを安心させようと、自分の腕をつつき笑う。おかげでほっとしてくれたようだけれど、余計な一言までいただいてしまった。
「朝緋は鍛錬も大して出来ているわけじゃないのだから、肌くらい弱くても当然なのではないか?おなごなら弱くて当たり前だろう」
「んなっ!?」
あああああ!腹立つううううう!!
言われたくないこと言われた!杏寿郎さんからしたら鍛錬の量が足りてないんだから弱いに決まってるのに!!でも私は決して、弱さの上に胡座かいてるわけじゃない……!
それにおなごだからと、性別を理由にされてしまった!!
いくら男尊女卑がまだまだ当然の大正時代とはいえ、杏寿郎さんに言われるなんてすごく嫌!槇寿朗さんに言われるよりもっともっと嫌!!
「ふんっ!」
「……朝緋?何を怒ってるんだ??」
怒っても仕方ない。大正男子に令和女子の気持ちはわかるわけがない。
私の怒りは杏寿郎さんでなく、目の前に生える七草をむしり取る手にこめられた。
それより私は稀血なのだからもっと気をつけなくちゃならなかった。
でも少しなら怪我しても大丈夫かも。だって血の匂いを打ち消してくれる藤のお守りがあるもんね。
『前』は古いお守りだったけれど、今回のは中身もバージョンアップしているのだ。先日隠の人からいただいたおニューのお守りがここに……。
懐に手を入れる。だが目当てのものは見つからなかった。
「あっ!ない!!藤のお守り忘れてきちゃった!?」
意味ないーーっ!
「何っ!?なら採ったら早く帰らなくてはな!!」
「う、うん……っ」
杏寿郎さんは私が稀血であることなんて知らないだろう。それどころか稀血という存在のことすら知らない。
それでも私がいつも持ち歩く無事のお守りが鬼よけであることは知っている。それがないと知り、私同様に慌ててくれた。
ま、いくら稀血とはいえ、森や山に入ってるわけじゃないしまだまだ明るい。それに、あとちょっと採ったら帰るから大丈夫だよね。……ね?
急いで帰るのは確定。
そうしてしばらく七草を採取してまとめていると。
まだ夕焼けすら見えていない空が一瞬にして暗くなった。曇った?雨雲??まるで誰かの影が頭上を覆うかのような暗さ。
「なんかいきなり暗くなったような……」
「ああ。なんだろうな、まだ陽の落ちる頃合いではないのに、夜のように暗い」
陽が翳ったわけでもなく瞬時に夜になるはずはないのにこの暗さ。恐ろしく思った私は背負った風呂敷の結び目をまるで胸元を縮こませるかのように左手でぎゅっと掴み、そしてもう片方の手をあろうことか杏寿郎さんの手のひらに繋いでしまった。
は……?私は心を総動員して恋の気持ち隠してるのに不安だったからと言って何やってるんだ体担当っ!!
「ご、ごめんなさい」
「いやいい!利き腕は右だから左手ならかまわない!何かあれば俺が守るから、朝緋からもしっかりと握っていてくれ!!」
外そうとしたら逆に握り直されてしまった。
あああなんて頼もしい未来の炎柱様なんでしょ。でもなんでそんなに嬉しそうなの??
ただ、この温かさは『前』から何も変わらなくって、私もまたその嬉しさを前に心踊った。……杏寿郎さんのぬくもりが愛しくてたまらない。
「む、屋敷の方角やら街の方は晴れている!暗いのはこちら側だけ……変わった天気だな!!」
私の手を引いた杏寿郎さんが向こうの方角を見つめる。それに倣い空を確認すると、ここの上空だけがまぁるく不自然なまでに暗く闇に包まれているかのようだった。
「変な風も吹いていることだしこれから天気が荒れるのかもしれない!急いで帰るぞっ」
天気が荒れる?これはそういう風ではない。
どちらかというと生暖かくて不吉な……鬼の匂いを孕んだ風だった。
もうすぐ帰ってくるはずではあるが、槇寿朗さんは立て続けに入った任務のために長期不在にしていた。
正月を家族全員揃って迎えられなかったこと、鬼め恨むぞ万死に値する!
そうして一年前同様に迎えた一月六日。忘れていたが明日は七草粥の日。
春の七草を摘んでこないとならないのだけれど、瑠火さんは最近体調を崩しぎみ。また病いに倒れでもしたら……不安に思いながら私は七草摘みに立候補した。
まだ幼い私を一人で行かせるのは不安なのだろう。私が瑠火さんでも心配する。去年は瑠火さんだけで摘みに行ったくらいだもの。
なので杏寿郎さんをお供につけられた。
……といっても詰んでくる場所なんてすぐ近くなんだけどね。
「俺はどれが七草なのか全くわからん!朝緋のあとに着いていくから好きに歩いて採ってくれ!」
七草は森の奥深くや山奥にあるわけじゃない、田畑の畦道やなんならその辺の道端にすらぽんぽんと生えているくらいで。
まあ、すべて一気に揃えたいからちょっと家から離れた草原に来ちゃってるけどね。
少し家から離れても、杏寿郎さんも一緒に着いてきてくれてるから安心だ。
杏寿郎さんたら、行きからして少し陽が傾いてきてるとはいえまだ昼間で鬼は出ないのに、木刀片手に周りを警戒して私のそばを歩いているのよね。
ああでもこの時代、脅威は鬼だけじゃないから当然なのかも。心強いことだ。
「ここら辺一帯の七草を摘みまーす」
田畑でもなく道端でもない。
あ、野生のうさぎが飛び出してきた!なんてテロップが流れ出しそうな、ちょっと背高のっぽの草が生い茂る草原、といったところ。
ここなら、摘むべき七草が一気にたくさん手に入る。
「草の背が高いところがある!はぐれたら大変だからあまり早く歩いてくれるなよ!」
「はあーい」
探し物がわかるのは私だけなので杏寿郎さんは私の動きや七草摘みに合わせ、移動してくれている。
その金環の目が、私の手元を見つめる。
「七草の種類なんてよくわかるな」
「えー、簡単だよ。だって自分でお料理して食べるものだもの。種類も調理法も、ちゃんとしっかり覚えないと困るじゃない?」
「うーむ。俺には難しい!ただの草に見えてしまう」
「わかりやすい特徴がある花ってわけじゃないからね。あ、杏寿郎兄さんは覚えないでいいよ。私や瑠火さんがいるし、その内千寿郎が覚えてくれるから」
「よもや!朝緋は時々寂しいことを言う!仲間はずれはつらい!俺も覚える!!」
「もー。そんなこと覚える時間あるなら、炎の呼吸の型を覚えなきゃって言ってるんですよ〜」
「なるほど確かにそうだ!!ならここで素振りもさせてもらおう!フンッフンッ!」
ふー、なんとか気を逸らせた。料理なんてされた日には厨房が大変なことになる。
それ以前に毒草を摘まれて口に入ろうものなら、目も当てられない。似た草の中には毒性の強いものもあるし……。
セリはよく似た毒草にドクゼリがあって、ホトケノザというのは実はコオニタビラコのことであり桃色の花を咲かせる雑草の方を間違えて摘む人が……この時代にはそういないか。
毒、かあ。
鬼にとっての毒である藤だが、実は生状態でたくさん食べれば人間にも毒だったりする。はちみつも採れるしなんならジャムや天ぷらで食されていることもある、一部ではよく食べられている食材だけれどね。
風味あって意外に美味しいんだよねぇ。じゅるり。
「イタッ」
鋭い痛みが線のようにシュッと走る。
考え事をしながら摘んでいたからか、飛び出ていた細い枝葉に腕を引っ掛けてしまったようだ。
『稀血』が垂れてはまずいと急いで傷口を舐める。うべー、鉄臭くて全然美味しくない。
「どうした朝緋!だいじょうぶか!?」
「ん、ちょっと草で腕を切っちゃっただけ。この軟弱な肌め〜」
血相を変えて駆け寄る杏寿郎さんを安心させようと、自分の腕をつつき笑う。おかげでほっとしてくれたようだけれど、余計な一言までいただいてしまった。
「朝緋は鍛錬も大して出来ているわけじゃないのだから、肌くらい弱くても当然なのではないか?おなごなら弱くて当たり前だろう」
「んなっ!?」
あああああ!腹立つううううう!!
言われたくないこと言われた!杏寿郎さんからしたら鍛錬の量が足りてないんだから弱いに決まってるのに!!でも私は決して、弱さの上に胡座かいてるわけじゃない……!
それにおなごだからと、性別を理由にされてしまった!!
いくら男尊女卑がまだまだ当然の大正時代とはいえ、杏寿郎さんに言われるなんてすごく嫌!槇寿朗さんに言われるよりもっともっと嫌!!
「ふんっ!」
「……朝緋?何を怒ってるんだ??」
怒っても仕方ない。大正男子に令和女子の気持ちはわかるわけがない。
私の怒りは杏寿郎さんでなく、目の前に生える七草をむしり取る手にこめられた。
それより私は稀血なのだからもっと気をつけなくちゃならなかった。
でも少しなら怪我しても大丈夫かも。だって血の匂いを打ち消してくれる藤のお守りがあるもんね。
『前』は古いお守りだったけれど、今回のは中身もバージョンアップしているのだ。先日隠の人からいただいたおニューのお守りがここに……。
懐に手を入れる。だが目当てのものは見つからなかった。
「あっ!ない!!藤のお守り忘れてきちゃった!?」
意味ないーーっ!
「何っ!?なら採ったら早く帰らなくてはな!!」
「う、うん……っ」
杏寿郎さんは私が稀血であることなんて知らないだろう。それどころか稀血という存在のことすら知らない。
それでも私がいつも持ち歩く無事のお守りが鬼よけであることは知っている。それがないと知り、私同様に慌ててくれた。
ま、いくら稀血とはいえ、森や山に入ってるわけじゃないしまだまだ明るい。それに、あとちょっと採ったら帰るから大丈夫だよね。……ね?
急いで帰るのは確定。
そうしてしばらく七草を採取してまとめていると。
まだ夕焼けすら見えていない空が一瞬にして暗くなった。曇った?雨雲??まるで誰かの影が頭上を覆うかのような暗さ。
「なんかいきなり暗くなったような……」
「ああ。なんだろうな、まだ陽の落ちる頃合いではないのに、夜のように暗い」
陽が翳ったわけでもなく瞬時に夜になるはずはないのにこの暗さ。恐ろしく思った私は背負った風呂敷の結び目をまるで胸元を縮こませるかのように左手でぎゅっと掴み、そしてもう片方の手をあろうことか杏寿郎さんの手のひらに繋いでしまった。
は……?私は心を総動員して恋の気持ち隠してるのに不安だったからと言って何やってるんだ体担当っ!!
「ご、ごめんなさい」
「いやいい!利き腕は右だから左手ならかまわない!何かあれば俺が守るから、朝緋からもしっかりと握っていてくれ!!」
外そうとしたら逆に握り直されてしまった。
あああなんて頼もしい未来の炎柱様なんでしょ。でもなんでそんなに嬉しそうなの??
ただ、この温かさは『前』から何も変わらなくって、私もまたその嬉しさを前に心踊った。……杏寿郎さんのぬくもりが愛しくてたまらない。
「む、屋敷の方角やら街の方は晴れている!暗いのはこちら側だけ……変わった天気だな!!」
私の手を引いた杏寿郎さんが向こうの方角を見つめる。それに倣い空を確認すると、ここの上空だけがまぁるく不自然なまでに暗く闇に包まれているかのようだった。
「変な風も吹いていることだしこれから天気が荒れるのかもしれない!急いで帰るぞっ」
天気が荒れる?これはそういう風ではない。
どちらかというと生暖かくて不吉な……鬼の匂いを孕んだ風だった。