三周目 壱
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鬼殺隊に入りたい。
私のその願いは『前』同様の流れで渋々聞き入られたが、鍛錬の内容は『前』とほとんど同じものだった。
体が出来上がるこの時期に他にも何かプラスして行うくらいでないと、もっともっと強くなることはできないかもしれない。
でも忙しい日々の中で思いつくことは他に何もなく、私ができたことといえば槇寿朗さんが落ち込んだ原因の一つの解明に乗り出すことだった。
それを探しに探して辿り着いたのは、裏庭に聳え立つ古い蔵。
古い蔵とはいえ外戸の厳かな和鍵は家の中に保管されていて、使おうと思えばいつでも使えたし、昼戸は蝦錠でしっかり鍵がかかっていても同じように鍵があってカラクリさえわかっていれば簡単に開いた。
何より今、槇寿朗さんは杏寿郎さんと共に外出している。
こんなチャンスは滅多にない。
いつぶりかどうかわからない日の光が差し込んだ中はものすごい埃の層と空気で息苦しいほど。
だが目当てのものがその中にあった。何代目のものなのか読めぬほど昔の巻から、一番新しい巻までが箱に仕舞われて厳重に保管がなされている。
「これが炎柱の書……」
先代炎柱達の大切な記録の数々が記されているようだが、槇寿朗さんの刀を鈍らせた諸悪の根源でもある。
憎い鬼でも睨むようにその表紙を見つめ、手に取って開く。
「古い巻は文字が掠れて読みにく〜い」
古くて解読が難しい上に、こんなにたくさんの炎柱の書をすべて読むなんて無理としか思えない。
それにここはいくらなんでも埃が凄すぎる。ずっといたら病気になりそう!だからといって外に持ち出したりはしない。
汚すのも怖いし、もし槇寿朗さんに見つかり読まれでもしたら……。
今この時から落ちぶれられでもしてみろ。目も当てられない展開が待っている気がする。
至る考えにゾッとした。
「ンー。確か槇寿朗さんが破いた炎柱の書って二十巻あたりだったような?」
ああもうこんなことなら、一番最初の時にもっとちゃんと覚えておけばよかった!なーにが「うわ何これ」だ。
ずたずたになった箇所ばっかりに着目して、肝心のところ正確に覚えてないだなんて探偵にはなれないわね!でもなる気ないよ。
んん!?通りから槇寿朗さんと杏寿郎さんの声が聞こえる。
「父上!俺はそろそろ竹刀から木刀に替えて稽古に挑みたいです!!」
「ははは!そうだな、杏寿郎があと少し背を伸ばしたら木刀に替えるとしよう」
やばい、帰ってくる!帰り早すぎるよぉ〜!
この蔵自体が裏の庭にあるし声が聞こえるのは裏の道からだから、裏口から入ってこられた場合アウトだ。とはいえ彼らはそんな真似せずに正門のある表から入るだろうし、まずすることといえば手洗い足洗いうがい瑠火さんへの挨拶で……えっとえっと、ここに私がいると気がついて来ちゃうまでざっと計算しても五分はかかる……はず!
なら、二十何巻だったかわからないけれど、じゃんじゃん開いて飛ばし読みしよう!
オーケー私の中の●ーグル先生!検索項目は日の呼吸よ!!
日の呼吸について書かれている巻を探し出すべく目を皿のようにして書面へ走らせる。
日の呼吸日の呼吸……ウッ小さい文字の連続が目にきつい……!
そうして見つけた日の呼吸について書かれた書。二十一巻だ。巻数が近くてよかった!!
「……え?」
だが、目にしたその内容に私は言葉を失い、硬直してしまった。頭の中でいくら反芻してみても、理解が追いつかない。
ーー日の呼吸。
一番初めに生まれた最強の呼吸法。
他の呼吸はすべて日の呼吸の派生ーー。
それは槇寿朗さんの言葉からなんとなく察することができたからわかる。
……けれど。
ーー呼吸極めし者には鬼の紋様に似た痣の発現が見られる。
日の呼吸に劣らぬ強さ。
痣者は例外なく齢二十五までに死亡。
発現なき者日の呼吸に遠く及ばぬ弱さーー。
痣ーー?
痣とは何だ。蒙古斑みたいなもの?
どこにどう出るの?強い人に出てる傾向があるってことなの?
悲鳴嶼さんのも不死川さんのも傷跡、蜜璃はほくろ、宇髄さんのは化粧だ。
……体に出てる場合はどうだろう。
今までと同じように柱となったあとの、その時の杏寿郎さんの体を見るしかない……?やだ無理。恋人でもなんでもない私には無理。
察するに槇寿朗さんは痣の発現が望めなかった。齢二十五を超えてるのが答えか。
だから、槇寿朗さんは痣の出ない自分に悲観してああなったのかもしれない。
だってこの書の通りなら、痣が出ても出なくても鬼殺隊士の向かう場所は『地獄』。
杏寿郎さんがご自身のようにこれを読んで悲観するのも、痣を出して早世するのもどちらもつらかったのだろう。
鬼殺隊である前に親なのだから当然だ。どこの世に子に先立たれて嬉しい親がいるものか。
杏寿郎さんの行く末も心配しての言葉達は重く、けれど直接の言葉ではないそれは勘違いしか生まなかった。
ジャリ……。
玉砂利を踏む足音が蔵のすぐ外から聞こえ、慌てて読んでいた巻を閉じ置いた。
蔵の入口に立つ槇寿朗さんは、暗い中から見上げると表情がわからずにちょっと怖い。『前』に蔵に閉じ込められそうになったことを思い出した。あれはこの蔵じゃないけど。
「朝緋?こんなところで何をしているんだ。埃をかぶるばかりだろう。一人で隠れ鬼でもしていたか?」
「おかえりなさい父様!ちょっと探検してみたくてっ!!」
「探検……?蔵に朝緋が興味を持つようなものはないだろうに」
「そんなことないですっ女の子っていうのは何にでも興味がわくものですよっ!」
「そ、そうか」
あまり使いたい手ではないが女の子、という単語を使うと槇寿朗さんは途端に口籠る。娘がいるのは初めてなので、そういうものと思うしかないからね。
ちなみに一人でかくれんぼなんて降霊術のような真似は絶対しない!
いつか廃病院の任務でもきたらどうしようなどとビクビクするほどには、私は幽霊が苦手だ。それこそ鬼の方がまし。
閑話休題。
その時、息を切らせて駆けてきた杏寿郎さんも蔵を覗く槇寿朗さんに加わった。二人で入り口に立たれると余計怖いね。
「父上!朝緋は見つかりましたか!!」
「ああ、蔵の中で遊んでいた。瑠火も探しているのなら、居たことを伝えてきてくれ」
「母上は、朝緋はお腹が空いたら戻ってくるから心配することはないと笑っていました!」
「それでいいのか瑠火……」
わお、一番動じていない。相変わらずすごいな瑠火さん。……その精神の強さ、私も見習わなければ。
「朝緋!神隠しにでもあったかと心配し、うわっ朝緋すごく汚いな!?」
外にひっぱられ、日の光の下に連れ出された私は埃にまみれてしまっていた。
杏寿郎さんから無遠慮にパンパンと頭や体をはたかれる。痛い。
「そうだぞ、こんな埃だらけのところ入るものじゃない。埃を吸って病気になったらどうする?着替えてくるように」
「はぁい」
立ち入り禁止と言われ、蔵に再び鍵がかけられた。
……痣の出現方法はわからなかった。
痣とはすなわち、寿命の前借りだ。命と引き換えに鬼を倒す。今までたくさんの仲間や人間が命を落とした中で自分の命と引き換えくらい安い物ではあるが、果たして痣を出すことがいいことなのかどうかもわからない。
だって鬼の首領である鬼舞辻無惨には遠く及ばないとしたら?そもそも表に出てこないじゃないか。遭遇もできないのに、痣なんか出して二十五歳までに倒せなかったら無駄死にだ。
でも強くはなりたい、当たり前だ。
だって私は鬼舞辻無惨の前に、その頸を切望する鬼がいる。
発現方法すら危うい痣なんかに頼らずともより強くなるにはどうしたら……。
私には胸に燃える憎しみの炎がある。だから剣の道をやめることこそ考えもしなかったが、また私は悩みの袋小路に入り込むことになってしまった。
だがもう、蔵に入ることはないだろう。
固く閉じられた蔵に向け、私は最後の一瞥を投げた。
私のその願いは『前』同様の流れで渋々聞き入られたが、鍛錬の内容は『前』とほとんど同じものだった。
体が出来上がるこの時期に他にも何かプラスして行うくらいでないと、もっともっと強くなることはできないかもしれない。
でも忙しい日々の中で思いつくことは他に何もなく、私ができたことといえば槇寿朗さんが落ち込んだ原因の一つの解明に乗り出すことだった。
それを探しに探して辿り着いたのは、裏庭に聳え立つ古い蔵。
古い蔵とはいえ外戸の厳かな和鍵は家の中に保管されていて、使おうと思えばいつでも使えたし、昼戸は蝦錠でしっかり鍵がかかっていても同じように鍵があってカラクリさえわかっていれば簡単に開いた。
何より今、槇寿朗さんは杏寿郎さんと共に外出している。
こんなチャンスは滅多にない。
いつぶりかどうかわからない日の光が差し込んだ中はものすごい埃の層と空気で息苦しいほど。
だが目当てのものがその中にあった。何代目のものなのか読めぬほど昔の巻から、一番新しい巻までが箱に仕舞われて厳重に保管がなされている。
「これが炎柱の書……」
先代炎柱達の大切な記録の数々が記されているようだが、槇寿朗さんの刀を鈍らせた諸悪の根源でもある。
憎い鬼でも睨むようにその表紙を見つめ、手に取って開く。
「古い巻は文字が掠れて読みにく〜い」
古くて解読が難しい上に、こんなにたくさんの炎柱の書をすべて読むなんて無理としか思えない。
それにここはいくらなんでも埃が凄すぎる。ずっといたら病気になりそう!だからといって外に持ち出したりはしない。
汚すのも怖いし、もし槇寿朗さんに見つかり読まれでもしたら……。
今この時から落ちぶれられでもしてみろ。目も当てられない展開が待っている気がする。
至る考えにゾッとした。
「ンー。確か槇寿朗さんが破いた炎柱の書って二十巻あたりだったような?」
ああもうこんなことなら、一番最初の時にもっとちゃんと覚えておけばよかった!なーにが「うわ何これ」だ。
ずたずたになった箇所ばっかりに着目して、肝心のところ正確に覚えてないだなんて探偵にはなれないわね!でもなる気ないよ。
んん!?通りから槇寿朗さんと杏寿郎さんの声が聞こえる。
「父上!俺はそろそろ竹刀から木刀に替えて稽古に挑みたいです!!」
「ははは!そうだな、杏寿郎があと少し背を伸ばしたら木刀に替えるとしよう」
やばい、帰ってくる!帰り早すぎるよぉ〜!
この蔵自体が裏の庭にあるし声が聞こえるのは裏の道からだから、裏口から入ってこられた場合アウトだ。とはいえ彼らはそんな真似せずに正門のある表から入るだろうし、まずすることといえば手洗い足洗いうがい瑠火さんへの挨拶で……えっとえっと、ここに私がいると気がついて来ちゃうまでざっと計算しても五分はかかる……はず!
なら、二十何巻だったかわからないけれど、じゃんじゃん開いて飛ばし読みしよう!
オーケー私の中の●ーグル先生!検索項目は日の呼吸よ!!
日の呼吸について書かれている巻を探し出すべく目を皿のようにして書面へ走らせる。
日の呼吸日の呼吸……ウッ小さい文字の連続が目にきつい……!
そうして見つけた日の呼吸について書かれた書。二十一巻だ。巻数が近くてよかった!!
「……え?」
だが、目にしたその内容に私は言葉を失い、硬直してしまった。頭の中でいくら反芻してみても、理解が追いつかない。
ーー日の呼吸。
一番初めに生まれた最強の呼吸法。
他の呼吸はすべて日の呼吸の派生ーー。
それは槇寿朗さんの言葉からなんとなく察することができたからわかる。
……けれど。
ーー呼吸極めし者には鬼の紋様に似た痣の発現が見られる。
日の呼吸に劣らぬ強さ。
痣者は例外なく齢二十五までに死亡。
発現なき者日の呼吸に遠く及ばぬ弱さーー。
痣ーー?
痣とは何だ。蒙古斑みたいなもの?
どこにどう出るの?強い人に出てる傾向があるってことなの?
悲鳴嶼さんのも不死川さんのも傷跡、蜜璃はほくろ、宇髄さんのは化粧だ。
……体に出てる場合はどうだろう。
今までと同じように柱となったあとの、その時の杏寿郎さんの体を見るしかない……?やだ無理。恋人でもなんでもない私には無理。
察するに槇寿朗さんは痣の発現が望めなかった。齢二十五を超えてるのが答えか。
だから、槇寿朗さんは痣の出ない自分に悲観してああなったのかもしれない。
だってこの書の通りなら、痣が出ても出なくても鬼殺隊士の向かう場所は『地獄』。
杏寿郎さんがご自身のようにこれを読んで悲観するのも、痣を出して早世するのもどちらもつらかったのだろう。
鬼殺隊である前に親なのだから当然だ。どこの世に子に先立たれて嬉しい親がいるものか。
杏寿郎さんの行く末も心配しての言葉達は重く、けれど直接の言葉ではないそれは勘違いしか生まなかった。
ジャリ……。
玉砂利を踏む足音が蔵のすぐ外から聞こえ、慌てて読んでいた巻を閉じ置いた。
蔵の入口に立つ槇寿朗さんは、暗い中から見上げると表情がわからずにちょっと怖い。『前』に蔵に閉じ込められそうになったことを思い出した。あれはこの蔵じゃないけど。
「朝緋?こんなところで何をしているんだ。埃をかぶるばかりだろう。一人で隠れ鬼でもしていたか?」
「おかえりなさい父様!ちょっと探検してみたくてっ!!」
「探検……?蔵に朝緋が興味を持つようなものはないだろうに」
「そんなことないですっ女の子っていうのは何にでも興味がわくものですよっ!」
「そ、そうか」
あまり使いたい手ではないが女の子、という単語を使うと槇寿朗さんは途端に口籠る。娘がいるのは初めてなので、そういうものと思うしかないからね。
ちなみに一人でかくれんぼなんて降霊術のような真似は絶対しない!
いつか廃病院の任務でもきたらどうしようなどとビクビクするほどには、私は幽霊が苦手だ。それこそ鬼の方がまし。
閑話休題。
その時、息を切らせて駆けてきた杏寿郎さんも蔵を覗く槇寿朗さんに加わった。二人で入り口に立たれると余計怖いね。
「父上!朝緋は見つかりましたか!!」
「ああ、蔵の中で遊んでいた。瑠火も探しているのなら、居たことを伝えてきてくれ」
「母上は、朝緋はお腹が空いたら戻ってくるから心配することはないと笑っていました!」
「それでいいのか瑠火……」
わお、一番動じていない。相変わらずすごいな瑠火さん。……その精神の強さ、私も見習わなければ。
「朝緋!神隠しにでもあったかと心配し、うわっ朝緋すごく汚いな!?」
外にひっぱられ、日の光の下に連れ出された私は埃にまみれてしまっていた。
杏寿郎さんから無遠慮にパンパンと頭や体をはたかれる。痛い。
「そうだぞ、こんな埃だらけのところ入るものじゃない。埃を吸って病気になったらどうする?着替えてくるように」
「はぁい」
立ち入り禁止と言われ、蔵に再び鍵がかけられた。
……痣の出現方法はわからなかった。
痣とはすなわち、寿命の前借りだ。命と引き換えに鬼を倒す。今までたくさんの仲間や人間が命を落とした中で自分の命と引き換えくらい安い物ではあるが、果たして痣を出すことがいいことなのかどうかもわからない。
だって鬼の首領である鬼舞辻無惨には遠く及ばないとしたら?そもそも表に出てこないじゃないか。遭遇もできないのに、痣なんか出して二十五歳までに倒せなかったら無駄死にだ。
でも強くはなりたい、当たり前だ。
だって私は鬼舞辻無惨の前に、その頸を切望する鬼がいる。
発現方法すら危うい痣なんかに頼らずともより強くなるにはどうしたら……。
私には胸に燃える憎しみの炎がある。だから剣の道をやめることこそ考えもしなかったが、また私は悩みの袋小路に入り込むことになってしまった。
だがもう、蔵に入ることはないだろう。
固く閉じられた蔵に向け、私は最後の一瞥を投げた。