二周目 拾
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呼吸は継承されていないが同じ煉獄家で遠い遠い親戚たちのおかげもあり、慌ただしくも厳かに執り行われた葬儀はつつがなく終わった。
瑠火さんのものに並んだ位牌と、立ち込めるお線香の匂い、炎柱の羽織と折れた日輪刀だけが貴方の気配を色濃く残す。
千寿郎が入れてくれたお茶を、まるで酒でも喉に流し込むかのようにぐびりと傾ける夜。
まもなくやってくる冬の気配の中、暖かくて千寿郎の気持ちまでこもったお茶が身だけでなく心を癒してくれた。
……月が綺麗だ。
あの時も杏寿郎さんは走る列車の中で、月が綺麗と言って私に愛を囁いてくれたっけ。
意外にロマンチストな部分もあって、笑いながら私も歌で返したのを覚えている。
すごく昔のことのようで懐かしくて。でもそれはまだ数日前のことだった。
ジジジッ……。
焚いている藤の香が切れたようだ。早く足しておかねば。
そう思った瞬間に、スッと横から追加の香が足された。同時に座る気配。
「冷えるぞ」
「千寿郎がいれてくれたお茶がまだありますので」
顔は向けず返事する。槇寿朗さんは一言「そうか」と返してから自分も茶の入った湯呑みを傾けた。……今夜はお酒じゃなくてよかった。これ以上、臓腑を痛めてほしくない。
「左腕がないんだ。もう鬼殺隊はやめるんだよな?」
いつもの気迫ではない言い方に、怪我を気遣われていると知る。相変わらず『娘』にはその辺りも甘いんだから。
でもその問いにだけは私は正直だ。言い方が変わろうと絆されない。考えは曲げない。
「辞めません。私は杏寿郎さんの仇を討ちたい。討ちます。今の私はそのためにいる」
本当なら右腕も失われていたはずだった。けれどこうして右腕があるのは、直前で右手の骨が折れたから。刀を持つ右の手に力が入らずいたおかげなのだ。
片腕だって刀は振れる。無理なら刀鍛冶に片腕で振れる刀を依頼すればいい。
「杏寿郎がそれを望むと思うか?」
「私は炎柱の継子です。煉獄家に伝わる炎の継承者。杏寿郎さんは鬼殺隊に籍を置くのを望むでしょう。弱き者を助けろ、鬼の頸をとれと。
いえ、望まぬともかまわない。今の私の望みは仇討ちのみですから」
今ここにない日輪刀を振るうかのような鋭い声音で放ち、鬼の化身ともいうべき夜の闇を睨めば。
「まるで朝緋こそ鬼のようだな」
と、本音のような冗談のようなことを苦笑交じりに言われた。
もう無理に止める気はないようだった。
「鬼にとっての鬼ですか。ええ、鬼にでもなりましょう。
それらしく赤般若の面でもかぶりましょうか?赤いあれなら炎の呼吸にも合うと思います」
でも私にふさわしいのはきっと、般若でもなく、赤般若でもない。その最終形態、般若と化した女が行き着く先である真蛇という鬼に違いない。いいや、すでにもう真蛇そのもの。
実際の真蛇は激しい嫉妬のあまり蛇のような鬼に変化したというもののことだが、何に嫉妬するかって?彼を連れ去った死を司る神、そして彼の全てを奪い尽くした鬼どもに激しく憎悪、嫉妬した。
槇寿朗さんが何と返していいかわからず狼狽える気配がして、思わず内心くすりと笑う。
面をかぶるのは冗談だ。私のような人間は面なぞ被っていては、上手く鬼殺ができないからね。
「少し前に鎹烏が来ました。
明後日にある臨時の柱合会議に呼ばれておりますので、明日には出立します」
「明後日にあるのに明日に出立か。もう少し休んでいけばいいものを、慌ただしいな」
「主治医に腕を診せに行かないと」
それと今更気がついたけど、柱合会議に出るなら今回の任務の報告書をまとめなくてはいけない。それには蝶屋敷にて休養している炭治郎達の話だって必要だ。
「……蟲柱か」
一度しのぶさんの調合した苦ーーーい薬を飲まされたことがある槇寿朗さんが、物凄く渋い顔をした。飲み忘れたら長いお叱りの文が届いたのも理由に大きかろう。
「よくお分かりで。彼女は怒らせるとおっかないんですよ?」
「知っているとも」
槇寿朗さんの笑った顔を久しぶりに見られた気がする。
「あー、コホン。
ところで聞きたいのだが、朝緋はいつから杏寿郎を杏寿郎さん、などと呼ぶようになったんだ?いつ、あいつと……?」
なんだ。槇寿朗さんは気がついていたのか。さすがは元炎柱……は関係ない。さすが父親といったところか。
「ええ、少し前に恋仲に。……駄目でしたか?」
「駄目なものか。瑠火も喜んだだろうな……。
……ああそうか、だからこそ、お前は仇打ちを望むのだな」
瑠火さんが喜ぶ理由はよくわからないけれど、今の私の存在理由はそれだけ。
仇打ち、それだけだ。
瑠火さんのものに並んだ位牌と、立ち込めるお線香の匂い、炎柱の羽織と折れた日輪刀だけが貴方の気配を色濃く残す。
千寿郎が入れてくれたお茶を、まるで酒でも喉に流し込むかのようにぐびりと傾ける夜。
まもなくやってくる冬の気配の中、暖かくて千寿郎の気持ちまでこもったお茶が身だけでなく心を癒してくれた。
……月が綺麗だ。
あの時も杏寿郎さんは走る列車の中で、月が綺麗と言って私に愛を囁いてくれたっけ。
意外にロマンチストな部分もあって、笑いながら私も歌で返したのを覚えている。
すごく昔のことのようで懐かしくて。でもそれはまだ数日前のことだった。
ジジジッ……。
焚いている藤の香が切れたようだ。早く足しておかねば。
そう思った瞬間に、スッと横から追加の香が足された。同時に座る気配。
「冷えるぞ」
「千寿郎がいれてくれたお茶がまだありますので」
顔は向けず返事する。槇寿朗さんは一言「そうか」と返してから自分も茶の入った湯呑みを傾けた。……今夜はお酒じゃなくてよかった。これ以上、臓腑を痛めてほしくない。
「左腕がないんだ。もう鬼殺隊はやめるんだよな?」
いつもの気迫ではない言い方に、怪我を気遣われていると知る。相変わらず『娘』にはその辺りも甘いんだから。
でもその問いにだけは私は正直だ。言い方が変わろうと絆されない。考えは曲げない。
「辞めません。私は杏寿郎さんの仇を討ちたい。討ちます。今の私はそのためにいる」
本当なら右腕も失われていたはずだった。けれどこうして右腕があるのは、直前で右手の骨が折れたから。刀を持つ右の手に力が入らずいたおかげなのだ。
片腕だって刀は振れる。無理なら刀鍛冶に片腕で振れる刀を依頼すればいい。
「杏寿郎がそれを望むと思うか?」
「私は炎柱の継子です。煉獄家に伝わる炎の継承者。杏寿郎さんは鬼殺隊に籍を置くのを望むでしょう。弱き者を助けろ、鬼の頸をとれと。
いえ、望まぬともかまわない。今の私の望みは仇討ちのみですから」
今ここにない日輪刀を振るうかのような鋭い声音で放ち、鬼の化身ともいうべき夜の闇を睨めば。
「まるで朝緋こそ鬼のようだな」
と、本音のような冗談のようなことを苦笑交じりに言われた。
もう無理に止める気はないようだった。
「鬼にとっての鬼ですか。ええ、鬼にでもなりましょう。
それらしく赤般若の面でもかぶりましょうか?赤いあれなら炎の呼吸にも合うと思います」
でも私にふさわしいのはきっと、般若でもなく、赤般若でもない。その最終形態、般若と化した女が行き着く先である真蛇という鬼に違いない。いいや、すでにもう真蛇そのもの。
実際の真蛇は激しい嫉妬のあまり蛇のような鬼に変化したというもののことだが、何に嫉妬するかって?彼を連れ去った死を司る神、そして彼の全てを奪い尽くした鬼どもに激しく憎悪、嫉妬した。
槇寿朗さんが何と返していいかわからず狼狽える気配がして、思わず内心くすりと笑う。
面をかぶるのは冗談だ。私のような人間は面なぞ被っていては、上手く鬼殺ができないからね。
「少し前に鎹烏が来ました。
明後日にある臨時の柱合会議に呼ばれておりますので、明日には出立します」
「明後日にあるのに明日に出立か。もう少し休んでいけばいいものを、慌ただしいな」
「主治医に腕を診せに行かないと」
それと今更気がついたけど、柱合会議に出るなら今回の任務の報告書をまとめなくてはいけない。それには蝶屋敷にて休養している炭治郎達の話だって必要だ。
「……蟲柱か」
一度しのぶさんの調合した苦ーーーい薬を飲まされたことがある槇寿朗さんが、物凄く渋い顔をした。飲み忘れたら長いお叱りの文が届いたのも理由に大きかろう。
「よくお分かりで。彼女は怒らせるとおっかないんですよ?」
「知っているとも」
槇寿朗さんの笑った顔を久しぶりに見られた気がする。
「あー、コホン。
ところで聞きたいのだが、朝緋はいつから杏寿郎を杏寿郎さん、などと呼ぶようになったんだ?いつ、あいつと……?」
なんだ。槇寿朗さんは気がついていたのか。さすがは元炎柱……は関係ない。さすが父親といったところか。
「ええ、少し前に恋仲に。……駄目でしたか?」
「駄目なものか。瑠火も喜んだだろうな……。
……ああそうか、だからこそ、お前は仇打ちを望むのだな」
瑠火さんが喜ぶ理由はよくわからないけれど、今の私の存在理由はそれだけ。
仇打ち、それだけだ。