二周目 拾
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葬儀の進行についての取り決めがなされ、家が。そして槇寿朗さんが慌ただしく動きはじめた。さすがに家長としてもふて寝していられなかったのだろう。本来の彼はそういう人だ。
私は言われた事をできる範囲で手伝うのみである。
「あの、……父上から聞きました。姉上には左腕がないと。……本当ですか?」
帰ってきた千寿郎が開口一番、そう聞いてきた。
あー、帰ってくる前よりも青い顔をしていると思ったら、槇寿朗さんが言っちゃったのかあ……。私から切り出す手間が省けたけれど、変なタイミングで知られたくなかったんだけどなあ。泡吹いて今にも倒れそうじゃないの。
「ん、そうだね。鬼を仕留め損ねて、挙句このザマよ。情けないったらありゃしない」
「そんな、情けなくなんて……。痛みはどうなんですか?ないはずの部分が痛むって、よく聞きます」
「ああ、幻肢痛ってものね。痛みはもうそこまでひどくは感じないから大丈夫だよ。
ただ、呼吸を使っていてもまだ血もきちんと止まっていなくて……。
あ、ちょうど良かった!自分じゃ巻きにくいから、包帯かえるの手伝ってもらっていいかな?」
「は、はい!」
不安そうにしていた千寿郎にそうお願いごとをすれば、頼られたことが存外に嬉しかったのか目尻を緩ませて返事をしてくれた。
そうだ、杏寿郎さんがいなくなろうと、私には守るべき大切な弟がいる。しっかりしなくちゃね……。
無くなった腕部分には一瞬悲しい顔をされたが、千寿郎は血の滲む包帯には慣れている。巻き終わりも綺麗だ。
てきぱきと私の包帯を替えてくれる様子を見ながら、千寿郎のつむじに向かって言葉を落とす。
「こんなだからお葬式の準備も細かいところはあまり手伝えそうにないや。ごめんね。
…………、……杏寿郎兄さんの事も、無事に帰せなくて、ごめんね……」
私がもっと強かったらこんなことにはならなかった。杏寿郎さんももしかしたら、一緒にここで笑っていられた。
葬儀じゃなくて、無事に帰れたことをお祝いしていたかもしれない。
「いいんです。姉上は治療を優先してください。血も足りていないのでしょうし、無理はしないで」
これ以上、下を向けば涙がこぼれそうだから、その顔を見ることはできなかった。けれど、鼻を啜るような音が聞こえて、そうも言っていられなくなった。
「千寿郎……」
ぽろぽろり、大きな瞳からはとめどなく涙があふれ出ていた。
「鬼に奪われ食べられることもなく、兄上のお体だけでも戻ってきてくださった。それだけで……。
うっうっ、兄上ぇ……っ」
本格的に泣き始めた千寿郎の涙を止める術は私にない。私ができたのは、泣く千寿郎の背中をポンポン叩いて慰める事くらいで。
でもああ、だめだなぁ。一緒になって、視界が滲む。
「もう何度も泣いたあとでしょう?
それ以上泣いたら、おめめとけちゃう」
「姉上も目が溢れそうです。真っ赤です」
あらばれた。
「それはまずいね。人前に出るのにいつまでも泣いていたらとうさまにどやされちゃう。
かぁるく隠すのに白粉はたいておきましょ。
ほら、ぽーんぽん」
ここが自分の部屋でよかった。化粧箱から出した天瓜粉を手に掬うと、真っ白な粉を数回ぽんぽんと涙を止めた千寿郎の顔にはたく。
ヨシ!これで大丈夫。
「ふふ、くすぐったい……なんだか優しい甘い香りがします」
それはきっと、千寿郎が赤ちゃんだった頃、お風呂上がりに瑠火さんがぱたぱたぽんぽんしてくれたからだろう。天瓜粉……ベビーパウダーは甘いお花のようなやわらかくて優しい、母親からの愛情の匂いがする。
「姉上?」
千寿郎を抱きしめる。あったかいなあ。
杏寿郎さんの匂いとは違うけれど、この体温とこの匂いは私にも懐かしいものだ。私もかつての親や今世での親、そして瑠火さんに愛情を向けられたからかもしれない。
瑠火さんに会いたい。杏寿郎さんに会いたい。みんなに会いたい。寂しいよ……。
ほろりと涙が頬を伝う。
「姉上にもぽんぽんしますね。あまり泣いたら駄目ですよ」
「ん、ありがとう」
千寿郎が私の涙を止めてくれた。
涙の跡を抑え、私達も間もなく始まる葬儀に同席する。
私は煉獄家本家に引き取られた娘だが、着ているものは黒い着物でなく隊服。これでも鬼殺隊を代表しての参加も請け負っているからだ。
この時代は喪服も既に白から黒に変わっており、隊服が黒がベースで良かった瞬間である。
鬼殺隊の者は皆任務で忙しく、御焼香にすら来れる人はまちまちだった。
本当はみんな、みんな来たがった。しのぶさんだってその一人だった。
それだけ杏寿郎さんが皆に慕われていたのだとわかりとても嬉しかったなあ。とはいえ柱だから畏怖の念も抱かれていただろうけどね。
「いつも賑やかだったあいつが、こうして物静かに帰ってくるなんてな」
槇寿朗さんの呟きが小さく耳に届く先。大きな桐の棺に入れられた杏寿郎さんが、白く美しい花々に囲まれている。
……白い花は似合わないなあ。
杏寿郎さんは向日葵みたいな人なのに。もっと明るくて元気な花の方が似合うのに。
でも『前』は棺に入る姿を見ることもできなかった。だからといって、今回この姿を見られてよかったとももちろん思えないけれど。
誰かの啜り泣く声、棺の釘を打ち付ける音が聞こえた時、私の心はいよいよ限界だった。またも涙をこぼしそうになる目を上に向け、天を仰ぐ。
そしてこの頃から各地に増えた火葬場。その火葬炉。
石炭や重油の独特の匂い、死の匂いを嗅いだことで、炉の上部からの白く立ち昇る煙が貴方を連れて行ってしまったことを理解した。
私は言われた事をできる範囲で手伝うのみである。
「あの、……父上から聞きました。姉上には左腕がないと。……本当ですか?」
帰ってきた千寿郎が開口一番、そう聞いてきた。
あー、帰ってくる前よりも青い顔をしていると思ったら、槇寿朗さんが言っちゃったのかあ……。私から切り出す手間が省けたけれど、変なタイミングで知られたくなかったんだけどなあ。泡吹いて今にも倒れそうじゃないの。
「ん、そうだね。鬼を仕留め損ねて、挙句このザマよ。情けないったらありゃしない」
「そんな、情けなくなんて……。痛みはどうなんですか?ないはずの部分が痛むって、よく聞きます」
「ああ、幻肢痛ってものね。痛みはもうそこまでひどくは感じないから大丈夫だよ。
ただ、呼吸を使っていてもまだ血もきちんと止まっていなくて……。
あ、ちょうど良かった!自分じゃ巻きにくいから、包帯かえるの手伝ってもらっていいかな?」
「は、はい!」
不安そうにしていた千寿郎にそうお願いごとをすれば、頼られたことが存外に嬉しかったのか目尻を緩ませて返事をしてくれた。
そうだ、杏寿郎さんがいなくなろうと、私には守るべき大切な弟がいる。しっかりしなくちゃね……。
無くなった腕部分には一瞬悲しい顔をされたが、千寿郎は血の滲む包帯には慣れている。巻き終わりも綺麗だ。
てきぱきと私の包帯を替えてくれる様子を見ながら、千寿郎のつむじに向かって言葉を落とす。
「こんなだからお葬式の準備も細かいところはあまり手伝えそうにないや。ごめんね。
…………、……杏寿郎兄さんの事も、無事に帰せなくて、ごめんね……」
私がもっと強かったらこんなことにはならなかった。杏寿郎さんももしかしたら、一緒にここで笑っていられた。
葬儀じゃなくて、無事に帰れたことをお祝いしていたかもしれない。
「いいんです。姉上は治療を優先してください。血も足りていないのでしょうし、無理はしないで」
これ以上、下を向けば涙がこぼれそうだから、その顔を見ることはできなかった。けれど、鼻を啜るような音が聞こえて、そうも言っていられなくなった。
「千寿郎……」
ぽろぽろり、大きな瞳からはとめどなく涙があふれ出ていた。
「鬼に奪われ食べられることもなく、兄上のお体だけでも戻ってきてくださった。それだけで……。
うっうっ、兄上ぇ……っ」
本格的に泣き始めた千寿郎の涙を止める術は私にない。私ができたのは、泣く千寿郎の背中をポンポン叩いて慰める事くらいで。
でもああ、だめだなぁ。一緒になって、視界が滲む。
「もう何度も泣いたあとでしょう?
それ以上泣いたら、おめめとけちゃう」
「姉上も目が溢れそうです。真っ赤です」
あらばれた。
「それはまずいね。人前に出るのにいつまでも泣いていたらとうさまにどやされちゃう。
かぁるく隠すのに白粉はたいておきましょ。
ほら、ぽーんぽん」
ここが自分の部屋でよかった。化粧箱から出した天瓜粉を手に掬うと、真っ白な粉を数回ぽんぽんと涙を止めた千寿郎の顔にはたく。
ヨシ!これで大丈夫。
「ふふ、くすぐったい……なんだか優しい甘い香りがします」
それはきっと、千寿郎が赤ちゃんだった頃、お風呂上がりに瑠火さんがぱたぱたぽんぽんしてくれたからだろう。天瓜粉……ベビーパウダーは甘いお花のようなやわらかくて優しい、母親からの愛情の匂いがする。
「姉上?」
千寿郎を抱きしめる。あったかいなあ。
杏寿郎さんの匂いとは違うけれど、この体温とこの匂いは私にも懐かしいものだ。私もかつての親や今世での親、そして瑠火さんに愛情を向けられたからかもしれない。
瑠火さんに会いたい。杏寿郎さんに会いたい。みんなに会いたい。寂しいよ……。
ほろりと涙が頬を伝う。
「姉上にもぽんぽんしますね。あまり泣いたら駄目ですよ」
「ん、ありがとう」
千寿郎が私の涙を止めてくれた。
涙の跡を抑え、私達も間もなく始まる葬儀に同席する。
私は煉獄家本家に引き取られた娘だが、着ているものは黒い着物でなく隊服。これでも鬼殺隊を代表しての参加も請け負っているからだ。
この時代は喪服も既に白から黒に変わっており、隊服が黒がベースで良かった瞬間である。
鬼殺隊の者は皆任務で忙しく、御焼香にすら来れる人はまちまちだった。
本当はみんな、みんな来たがった。しのぶさんだってその一人だった。
それだけ杏寿郎さんが皆に慕われていたのだとわかりとても嬉しかったなあ。とはいえ柱だから畏怖の念も抱かれていただろうけどね。
「いつも賑やかだったあいつが、こうして物静かに帰ってくるなんてな」
槇寿朗さんの呟きが小さく耳に届く先。大きな桐の棺に入れられた杏寿郎さんが、白く美しい花々に囲まれている。
……白い花は似合わないなあ。
杏寿郎さんは向日葵みたいな人なのに。もっと明るくて元気な花の方が似合うのに。
でも『前』は棺に入る姿を見ることもできなかった。だからといって、今回この姿を見られてよかったとももちろん思えないけれど。
誰かの啜り泣く声、棺の釘を打ち付ける音が聞こえた時、私の心はいよいよ限界だった。またも涙をこぼしそうになる目を上に向け、天を仰ぐ。
そしてこの頃から各地に増えた火葬場。その火葬炉。
石炭や重油の独特の匂い、死の匂いを嗅いだことで、炉の上部からの白く立ち昇る煙が貴方を連れて行ってしまったことを理解した。