二周目 拾
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「父上、葬儀の進行について家長の意見が聞きたいそうで、…………姉上?」
「千寿郎……」
急いで帰ってきたのだろう、息を切らした千寿郎が部屋に飛び込んできた。私の姿を見て、目を丸くしている。
「帰って、いたのですね」
「うん、さっき帰ってきたの。ただいま」
「おかえりなさい、姉上……」
泣き腫らした跡のある弟に、要らぬ心労をかけたくないと思い、さっと腕の喪失を隠す。どうせあとでバレる事になるだろうけれど今はまだ早い。
「お葬式のことは早くしないとね。私がお留守番しているから、二人で行ってきて。
ほら、とうさまも早く支度して行ってくださいませ!家長でしょ!!」
「え?あ、ああ……」
私が肩で押せば槇寿朗さんは立ち上がって急ぎ支度をし、千寿郎と共に家を出た。私の様子……特に怪我をした場所が気になるのか出かけるその時までチラチラ見ていたが。
「……ふう。さてと」
ちょうどよかった。二人が外に出かけでもしない限り、私はもう杏寿郎さんと二人にはなれない。
残されたその時間だって、かなり限られている。
鬼殺隊では鬼によって死亡した場合、その亡骸が鬼に食われてしまい存在しないことも、どこか欠損した亡骸となってしまっていることも多い。
亡くなった隊士の葬儀は、鬼殺隊側で……つまりお館様が決めることがよくあった。鬼によって殺害されたなど市井の人には言いにくいことや、隊士が孤児のことも多いからだ。
うちは別だ。まず煉獄家という土台のしっかりした生家があり、存命の家族がいる。
鬼殺隊所属ゆえそこまで大々的に葬儀は行わないがそれでも煉獄家は歴史ある一族。ある程度の格式ある葬儀は必須だ。
とはいえ、大正時代に入ってからというもの、葬儀の仕方はどんどん変化してきている。簡略化に土葬に代わる火葬に、告別式の導入、葬列の衰退……。ま、この辺りではまだ葬列が主流のお宅もあるけれど。
お通夜と告別式には参列者全員に精進料理のお膳を出したりお弔いのお酒を振る舞うことも多いけど、どちらにせよ今回の煉獄家の葬儀は『鬼によるもの』としてそういったものも多少は簡略化されるはず。
それでも葬儀は葬儀。始まれば喪主になるであろう槇寿朗さんは引っ張りだこで忙しく手伝いだって必要。私が杏寿郎さんの付き人になれたとしてもひっきりなしに誰かが訪れる。
だからこそ今を逃せば、もう貴方とはお別れ。
静かになってしまった杏寿郎さんが眠る、貴方の部屋へと入る。他に誰もいなくなった家では全ての音が消えたかのように静寂が支配している。
庭のどこかにいるはずの鎹烏の姿すら今は見えなかった。
「ただいま。そしておかえりなさい、杏寿郎さん」
枕元に座り、顔にかかる布を取り去る。
横たわる杏寿郎さんはただ眠っているかのように綺麗だった。耳の一部は欠けちゃっているけれど、それを除けば傍目からはどこもおかしいところもなく綺麗なまま。
少し前まで死闘を繰り広げ、血に濡れていたなんて嘘みたいだ。
「……お返事してほしいな。
いつも、槇寿朗さんに怒られるくらいおっきな声でただいまって、笑いかけてくれたよね」
返事は返ってこない。部屋に響くは虚しい自分の声だけ。囀る鳥の声もしない。
こんな時、いつもなら寝起きのいい杏寿郎さんが勢いよく目を開けて、おはようと言ってくれるはずだった。私が寂しそうにしていればその腕の中に招いてくれるはずだった。
貴方の声も、腕の温もりも、笑顔も大好きなのに何も返してもらえない。これがこんなにもつらいものだなんて。
柔らかさも温かみも感じない布団の上に縋り、杏寿郎さんの顔を横から眺める。額にかかった前髪をどけてやってもその髪質がカサカサと悪くなってきているのを感じるだけだった。
それでもその髪をいじり、何度も解す。
「……杏寿郎さん、好きです。
食べちゃいたいくらい貴方を大好きなのは、私の方なんだよ。私の方が貴方を思う気持ちは勝ってるんだよ。だって、『前』の分からずーっと想い続けてるんだもの」
案外負けず嫌いな杏寿郎さんを煽るようにして呼びかける。
「ね、目を開けてよ。本当は眠ってるだけなんだよね?驚かそうとしてる?
その白、杏寿郎さんには似合わないよ……」
隠のみんなが綺麗に拭ってくれたので僅かにしか残らない血の匂い、そして鬼避けの藤の香を除けばそこにあるのは貴方自身の香りそのもので。
杏寿郎さんの固く冷たくなってきている顔に手を触れて呼びかけながら、顔をよくよく覗き込む。
「あんなに温かかった貴方が、こんなにも冷たく……」
頬に、私の涙が一粒落ちた。
「杏寿郎さん、起きて笑ってほしいよぉ……いつもみたいに、名前を呼んでよ……。手を繋いでよ……。いつもは恥ずかしいから嫌がってた貴方からの口づけが欲しいって、今はすごくすごく思うの……。
ねぇ、お願い……。っねぇ、ねぇってば…………っ」
本当は貴方の前で泣きたくなんかなかった。前だって、笑顔で見送ってくれって言われた。だから、笑顔でいたいって思っていたのに。
……でも無理だ。
「杏寿郎さ、……あああっ!どうして。どうして……っ!!」
私はこんなにも弱い。私の弱さが貴方の死に繋がってしまう一つの要因だった。
全てが貴方に死として作用し、タイミングが悪く、相手も悪かった。それもあったかもしれない。でも、私の弱さがこの結果を呼び寄せて、貴方を死へと、死神の元へと導いた!
自分の弱さが、上弦の参が、鬼舞辻無惨が憎い……!憎い憎い憎い!!!!
私の涙は杏寿郎さんの横たわる白い布団に。杏寿郎さんの纏う真っ白な装束に、虚しく吸い込まれ続けた。
「千寿郎……」
急いで帰ってきたのだろう、息を切らした千寿郎が部屋に飛び込んできた。私の姿を見て、目を丸くしている。
「帰って、いたのですね」
「うん、さっき帰ってきたの。ただいま」
「おかえりなさい、姉上……」
泣き腫らした跡のある弟に、要らぬ心労をかけたくないと思い、さっと腕の喪失を隠す。どうせあとでバレる事になるだろうけれど今はまだ早い。
「お葬式のことは早くしないとね。私がお留守番しているから、二人で行ってきて。
ほら、とうさまも早く支度して行ってくださいませ!家長でしょ!!」
「え?あ、ああ……」
私が肩で押せば槇寿朗さんは立ち上がって急ぎ支度をし、千寿郎と共に家を出た。私の様子……特に怪我をした場所が気になるのか出かけるその時までチラチラ見ていたが。
「……ふう。さてと」
ちょうどよかった。二人が外に出かけでもしない限り、私はもう杏寿郎さんと二人にはなれない。
残されたその時間だって、かなり限られている。
鬼殺隊では鬼によって死亡した場合、その亡骸が鬼に食われてしまい存在しないことも、どこか欠損した亡骸となってしまっていることも多い。
亡くなった隊士の葬儀は、鬼殺隊側で……つまりお館様が決めることがよくあった。鬼によって殺害されたなど市井の人には言いにくいことや、隊士が孤児のことも多いからだ。
うちは別だ。まず煉獄家という土台のしっかりした生家があり、存命の家族がいる。
鬼殺隊所属ゆえそこまで大々的に葬儀は行わないがそれでも煉獄家は歴史ある一族。ある程度の格式ある葬儀は必須だ。
とはいえ、大正時代に入ってからというもの、葬儀の仕方はどんどん変化してきている。簡略化に土葬に代わる火葬に、告別式の導入、葬列の衰退……。ま、この辺りではまだ葬列が主流のお宅もあるけれど。
お通夜と告別式には参列者全員に精進料理のお膳を出したりお弔いのお酒を振る舞うことも多いけど、どちらにせよ今回の煉獄家の葬儀は『鬼によるもの』としてそういったものも多少は簡略化されるはず。
それでも葬儀は葬儀。始まれば喪主になるであろう槇寿朗さんは引っ張りだこで忙しく手伝いだって必要。私が杏寿郎さんの付き人になれたとしてもひっきりなしに誰かが訪れる。
だからこそ今を逃せば、もう貴方とはお別れ。
静かになってしまった杏寿郎さんが眠る、貴方の部屋へと入る。他に誰もいなくなった家では全ての音が消えたかのように静寂が支配している。
庭のどこかにいるはずの鎹烏の姿すら今は見えなかった。
「ただいま。そしておかえりなさい、杏寿郎さん」
枕元に座り、顔にかかる布を取り去る。
横たわる杏寿郎さんはただ眠っているかのように綺麗だった。耳の一部は欠けちゃっているけれど、それを除けば傍目からはどこもおかしいところもなく綺麗なまま。
少し前まで死闘を繰り広げ、血に濡れていたなんて嘘みたいだ。
「……お返事してほしいな。
いつも、槇寿朗さんに怒られるくらいおっきな声でただいまって、笑いかけてくれたよね」
返事は返ってこない。部屋に響くは虚しい自分の声だけ。囀る鳥の声もしない。
こんな時、いつもなら寝起きのいい杏寿郎さんが勢いよく目を開けて、おはようと言ってくれるはずだった。私が寂しそうにしていればその腕の中に招いてくれるはずだった。
貴方の声も、腕の温もりも、笑顔も大好きなのに何も返してもらえない。これがこんなにもつらいものだなんて。
柔らかさも温かみも感じない布団の上に縋り、杏寿郎さんの顔を横から眺める。額にかかった前髪をどけてやってもその髪質がカサカサと悪くなってきているのを感じるだけだった。
それでもその髪をいじり、何度も解す。
「……杏寿郎さん、好きです。
食べちゃいたいくらい貴方を大好きなのは、私の方なんだよ。私の方が貴方を思う気持ちは勝ってるんだよ。だって、『前』の分からずーっと想い続けてるんだもの」
案外負けず嫌いな杏寿郎さんを煽るようにして呼びかける。
「ね、目を開けてよ。本当は眠ってるだけなんだよね?驚かそうとしてる?
その白、杏寿郎さんには似合わないよ……」
隠のみんなが綺麗に拭ってくれたので僅かにしか残らない血の匂い、そして鬼避けの藤の香を除けばそこにあるのは貴方自身の香りそのもので。
杏寿郎さんの固く冷たくなってきている顔に手を触れて呼びかけながら、顔をよくよく覗き込む。
「あんなに温かかった貴方が、こんなにも冷たく……」
頬に、私の涙が一粒落ちた。
「杏寿郎さん、起きて笑ってほしいよぉ……いつもみたいに、名前を呼んでよ……。手を繋いでよ……。いつもは恥ずかしいから嫌がってた貴方からの口づけが欲しいって、今はすごくすごく思うの……。
ねぇ、お願い……。っねぇ、ねぇってば…………っ」
本当は貴方の前で泣きたくなんかなかった。前だって、笑顔で見送ってくれって言われた。だから、笑顔でいたいって思っていたのに。
……でも無理だ。
「杏寿郎さ、……あああっ!どうして。どうして……っ!!」
私はこんなにも弱い。私の弱さが貴方の死に繋がってしまう一つの要因だった。
全てが貴方に死として作用し、タイミングが悪く、相手も悪かった。それもあったかもしれない。でも、私の弱さがこの結果を呼び寄せて、貴方を死へと、死神の元へと導いた!
自分の弱さが、上弦の参が、鬼舞辻無惨が憎い……!憎い憎い憎い!!!!
私の涙は杏寿郎さんの横たわる白い布団に。杏寿郎さんの纏う真っ白な装束に、虚しく吸い込まれ続けた。