二周目 拾
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四半刻もしないうちに顔を見せた私にしのぶさんはそれはもう大層怒っていらした。
「無茶するなって言ったのに。もう……貴女って人は、本当に強引なんですから」
それはそうか。寝ていたと思った私がどうやってか隊服に袖を通し、普通に部屋を訪れたのだから。
私が煉獄家へと帰りたがったからだ。
強引ではあるが、無断で行くよりはマシだろう。
あずまも要も、お館様や柱達に報告した後、生家である煉獄家へ向かったはずだ。きっと今もそこにいて、喪に服している。
……家に帰っているであろう、杏寿郎さんの亡骸と共に。
私も彼に会いたい。会うのは……辛く悲しいけれど、でもそれでもひと目会いたい。
無くなってしまった腕さえなんとかなれば、あとはどうとでもなるのだ。これくらいで、諦めたくない。
この諦めの悪さが、あの時あの場所でもっと強く、より強く出ていたら……!
また涙がこぼれそうだ。
なかなか許してはもらえなかったが、折れずに強い目で訴え続ければ、しのぶさんはようやくため息を吐き出して許可を出した。
「主治医としては許可したくありませんが、友人として貴女の気持ちもわかるつもりです。煉獄さんは柱であり貴女の師範である前に、貴女の大事な家族で、そして好い人ですものね」
「ごめんね、ありがとう……」
「葬儀が終わったら戻ってきてください。
それから、交換用の包帯と薬はこちらです。あと数刻しないうちに薬が切れるので、飲み忘れないこと。包帯はご家族に手伝ってもらって換えること。いいですね?」
なくなった腕に負担がかからないように、風呂敷を体にくくりつけ、しっかりと言い聞かせてくる。そんな至近距離で言わなくても、子供じゃないんだからわかるのになあ。風呂敷も替えの包帯も、今つけてる包帯にすら物凄い藤の香りがついてるし、心配しすぎだよ。
あっ、腰に差した日輪刀を取り上げられてしまった。返しては……もらえそうにないな。
手を伸ばしてみたけど、ひらりひらりと、蝶のようにかわされてしまった。
「これだと私、丸腰になるんだけど……?」
「夜に外を彷徨かなければいいでしょう?
煉獄家には元柱もいます。貴女は稀血なんですから、守ってもらえばいいんですよ」
「え゛!嬉しくない!
そもそも私、現役の鬼殺隊士だよ?刀がなければ鬼を狩れない……」
槇寿朗さんに守って欲しいだなんて、頼みたくない頼めない。そんなこと言った日にはこれを機に鬼殺隊をやめろなんて、杏寿郎さんの訃報で悲しむ場での見苦しい言い合いに発展するに決まってる!そんなの嫌だ。
そうでなくたって、帰ったら絶対言い合いになるだろうに……。
それに私はすぐにでも任務に出る気でいるのだ。右手さえ骨がくっつけば、いくらでも鬼の頸なんか斬ってみせる。
「その状態で任務に出れるとお思いですか?そんなの駄目です。絶対、駄目、です」
「でも」
「主治医として。上官として。そして友人として。絶対に、許可、しません」
「でも……あ、いや、その……はい。すみません。日輪刀のお預かりをお願いします」
「よろしい」
笑顔なのに怖い。今のところは鬼殺を諦めよう。任務も今日明日にはこないだろうし。
でも槇寿朗さんに頼むのは無しの方向で。
ちなみに私の羽織は外の竿に干されてはためいていた。私の記憶では確か血濡れだったものね……。血のシミがなかなか落ちなかったんだと思う。この時代に液体ブリーチなんて便利なものはない。
まだ乾いていなくてちょっと湿っぽいが、無くなった腕を隠すにももってこいだった。
「私も時間があればお葬式にはお伺いしますが、柱なので……」
「ううん、その気持ちだけで嬉しいよ」
しのぶさんの分の想いをも受け取り、私は蝶屋敷をあとにした。
「だから言ったんだ!鬼殺隊なんぞにいても……柱なんぞになっても無駄死にする……だから辞めろと!死んで欲しくなどなかった……だから…………!」
煉獄家に戻ると、そんな言葉の数々が奥から聞こえていた。
仏間だ。私の帰宅にも気がついていないのだろうか、まるで瑠火さんの位牌に縋るように槇寿朗さんが、仏間の中悲しみに呻き涙していた。
「いつかこうなると思っていた!!
早く杏寿郎や朝緋を鬼殺隊から遠ざければよかった!!ほかの人間なんてどうだっていい!家族さえ無事ならば俺はそれで……っ!」
杏寿郎さんの亡骸を確認するよりも先に気がついてしまったその思いに。言葉に。唇をキュッと噛み締める。
自分の中にある悲しみ、槇寿朗さんの中にある悲しみ。それぞれを思いながらも、それらが私の中でまぜこぜのぐちゃぐちゃになってより一層の悲しみを生み出す。
噛んだ唇から血が流れそうだった。
自身を落ち着かせようと、一呼吸おいてから呼びかける。
「とうさま。かつて柱まで上り詰めた貴方が本当にそう思うの?市井の人々、弱きものを助けるべき貴方が、そんなこと言うんですか?瑠火さんが、かあさまが聞いたら悲しみ……いいえ、怒りますよ」
こちらに振り返る時にはすでに槇寿朗さんの目には涙などなく、鋭い光が宿って私を射抜いていた。
「……朝緋、帰ってきたんだな」
問いは無視された。瑠火さんを引き合いに出して痛いところを突いたから、何も言えなくなってしまったのかも。
「はい。治療を受けていて遅れてしまいました、申し訳ございません。煉獄朝緋、ただいま帰還いたしました。
あの……千寿郎は?」
「葬式の手配が必要だからと使いに出している。それより治療だと?怪我を負ったのか……。ふん、相変わらずお前は弱い」
その瞬間、胸ぐらを掴まれた。
痛い。けれど一番痛いのは強く巻かれた包帯で軋む、ないはずの左腕のあたり。動かそうとしてないことに改めて気付かされた。
だからか私ができたのは口から小さな呻き声を出すのみで、気がすむならいいかと振り払わず、槇寿朗さんのしたいようにさせた。
「お前、まだ鬼殺隊をやめないのか!
杏寿郎は死んだ!次はお前の番だ!無意味な事はするな!鬼殺隊など、何も出来ないお前がいたところで役に立たない!!
頼むからもうやめてくれ……っ!お前だけでも鬼殺隊をやめてくれ……」
最後は胸ぐらから手を離し私の肩に手を置いき、縋り付くようにして震えた声を絞り出す。
杏寿郎さんや私という、若い者がいつ死ぬともわからない死地に向かう。その姿は自分も通ってきた道だからこそ、恐ろしく、止めたいと思ったのだろう。その結果が暴言にしか聞こえぬ強い言葉だっただけで。
なのに結局、最悪を引き寄せてしまった。
槇寿朗さんがこれまでどれだけ長い間悲しみの中にいたのか、これまで自分の不甲斐なさにどれほど打ちのめされていたのか、また少しわかった気がする。
元柱とはいえ、現役の頃からすると随分と覇気がなくなってしまっている。あんなに広く感じた背中なのに、体勢のせいかやけに小さく見えた。
この人もまた、常人と比べてどんなに強かろうとただの人なのだ。
「……なぜ言い返さない?なぜ抵抗しない?」
その時、私の羽織が僅かに不自然に揺れるのに気がついた。そう、私の肘の先から下はもうない。
「お前、その左腕……!」
「今頃気がついたんですね。元柱ともあろう方が、気がつくの遅いですよ。
次は私の番、かあ……。杏寿郎、兄さんと同じところに行けるのなら本望です」
杏寿郎さんの目より幾分か鋭い槇寿朗さんの金環には、寂しげに笑う私の姿が映っていた。
「すまない。痛むよな、……許してくれ……っ」
「ううん、腕は大丈夫なので気にしないで。それに私は杏寿郎兄さんに会いにきたのですから……」
体よりも、何よりも心が痛い。腕よりも大切なものを失った喪失の方がよりつらい。
「私はその謝罪の言葉も、誉める言葉も、貴方が放つ親としての様々な言葉全てを杏寿郎兄さんに言ってほしかった。無視しないで欲しかった。
何で認めてあげなかったの?何で鬼殺隊をやめてほしい理由を本人に言ってくれなかったの?たった一言でもいい、よくやったと。心配だからと。そう言って欲しかった。
でも、今更遅い……何もかもが、遅いんですよ…………」
だってもう、杏寿郎さんの魂はここにないのだから。
「無茶するなって言ったのに。もう……貴女って人は、本当に強引なんですから」
それはそうか。寝ていたと思った私がどうやってか隊服に袖を通し、普通に部屋を訪れたのだから。
私が煉獄家へと帰りたがったからだ。
強引ではあるが、無断で行くよりはマシだろう。
あずまも要も、お館様や柱達に報告した後、生家である煉獄家へ向かったはずだ。きっと今もそこにいて、喪に服している。
……家に帰っているであろう、杏寿郎さんの亡骸と共に。
私も彼に会いたい。会うのは……辛く悲しいけれど、でもそれでもひと目会いたい。
無くなってしまった腕さえなんとかなれば、あとはどうとでもなるのだ。これくらいで、諦めたくない。
この諦めの悪さが、あの時あの場所でもっと強く、より強く出ていたら……!
また涙がこぼれそうだ。
なかなか許してはもらえなかったが、折れずに強い目で訴え続ければ、しのぶさんはようやくため息を吐き出して許可を出した。
「主治医としては許可したくありませんが、友人として貴女の気持ちもわかるつもりです。煉獄さんは柱であり貴女の師範である前に、貴女の大事な家族で、そして好い人ですものね」
「ごめんね、ありがとう……」
「葬儀が終わったら戻ってきてください。
それから、交換用の包帯と薬はこちらです。あと数刻しないうちに薬が切れるので、飲み忘れないこと。包帯はご家族に手伝ってもらって換えること。いいですね?」
なくなった腕に負担がかからないように、風呂敷を体にくくりつけ、しっかりと言い聞かせてくる。そんな至近距離で言わなくても、子供じゃないんだからわかるのになあ。風呂敷も替えの包帯も、今つけてる包帯にすら物凄い藤の香りがついてるし、心配しすぎだよ。
あっ、腰に差した日輪刀を取り上げられてしまった。返しては……もらえそうにないな。
手を伸ばしてみたけど、ひらりひらりと、蝶のようにかわされてしまった。
「これだと私、丸腰になるんだけど……?」
「夜に外を彷徨かなければいいでしょう?
煉獄家には元柱もいます。貴女は稀血なんですから、守ってもらえばいいんですよ」
「え゛!嬉しくない!
そもそも私、現役の鬼殺隊士だよ?刀がなければ鬼を狩れない……」
槇寿朗さんに守って欲しいだなんて、頼みたくない頼めない。そんなこと言った日にはこれを機に鬼殺隊をやめろなんて、杏寿郎さんの訃報で悲しむ場での見苦しい言い合いに発展するに決まってる!そんなの嫌だ。
そうでなくたって、帰ったら絶対言い合いになるだろうに……。
それに私はすぐにでも任務に出る気でいるのだ。右手さえ骨がくっつけば、いくらでも鬼の頸なんか斬ってみせる。
「その状態で任務に出れるとお思いですか?そんなの駄目です。絶対、駄目、です」
「でも」
「主治医として。上官として。そして友人として。絶対に、許可、しません」
「でも……あ、いや、その……はい。すみません。日輪刀のお預かりをお願いします」
「よろしい」
笑顔なのに怖い。今のところは鬼殺を諦めよう。任務も今日明日にはこないだろうし。
でも槇寿朗さんに頼むのは無しの方向で。
ちなみに私の羽織は外の竿に干されてはためいていた。私の記憶では確か血濡れだったものね……。血のシミがなかなか落ちなかったんだと思う。この時代に液体ブリーチなんて便利なものはない。
まだ乾いていなくてちょっと湿っぽいが、無くなった腕を隠すにももってこいだった。
「私も時間があればお葬式にはお伺いしますが、柱なので……」
「ううん、その気持ちだけで嬉しいよ」
しのぶさんの分の想いをも受け取り、私は蝶屋敷をあとにした。
「だから言ったんだ!鬼殺隊なんぞにいても……柱なんぞになっても無駄死にする……だから辞めろと!死んで欲しくなどなかった……だから…………!」
煉獄家に戻ると、そんな言葉の数々が奥から聞こえていた。
仏間だ。私の帰宅にも気がついていないのだろうか、まるで瑠火さんの位牌に縋るように槇寿朗さんが、仏間の中悲しみに呻き涙していた。
「いつかこうなると思っていた!!
早く杏寿郎や朝緋を鬼殺隊から遠ざければよかった!!ほかの人間なんてどうだっていい!家族さえ無事ならば俺はそれで……っ!」
杏寿郎さんの亡骸を確認するよりも先に気がついてしまったその思いに。言葉に。唇をキュッと噛み締める。
自分の中にある悲しみ、槇寿朗さんの中にある悲しみ。それぞれを思いながらも、それらが私の中でまぜこぜのぐちゃぐちゃになってより一層の悲しみを生み出す。
噛んだ唇から血が流れそうだった。
自身を落ち着かせようと、一呼吸おいてから呼びかける。
「とうさま。かつて柱まで上り詰めた貴方が本当にそう思うの?市井の人々、弱きものを助けるべき貴方が、そんなこと言うんですか?瑠火さんが、かあさまが聞いたら悲しみ……いいえ、怒りますよ」
こちらに振り返る時にはすでに槇寿朗さんの目には涙などなく、鋭い光が宿って私を射抜いていた。
「……朝緋、帰ってきたんだな」
問いは無視された。瑠火さんを引き合いに出して痛いところを突いたから、何も言えなくなってしまったのかも。
「はい。治療を受けていて遅れてしまいました、申し訳ございません。煉獄朝緋、ただいま帰還いたしました。
あの……千寿郎は?」
「葬式の手配が必要だからと使いに出している。それより治療だと?怪我を負ったのか……。ふん、相変わらずお前は弱い」
その瞬間、胸ぐらを掴まれた。
痛い。けれど一番痛いのは強く巻かれた包帯で軋む、ないはずの左腕のあたり。動かそうとしてないことに改めて気付かされた。
だからか私ができたのは口から小さな呻き声を出すのみで、気がすむならいいかと振り払わず、槇寿朗さんのしたいようにさせた。
「お前、まだ鬼殺隊をやめないのか!
杏寿郎は死んだ!次はお前の番だ!無意味な事はするな!鬼殺隊など、何も出来ないお前がいたところで役に立たない!!
頼むからもうやめてくれ……っ!お前だけでも鬼殺隊をやめてくれ……」
最後は胸ぐらから手を離し私の肩に手を置いき、縋り付くようにして震えた声を絞り出す。
杏寿郎さんや私という、若い者がいつ死ぬともわからない死地に向かう。その姿は自分も通ってきた道だからこそ、恐ろしく、止めたいと思ったのだろう。その結果が暴言にしか聞こえぬ強い言葉だっただけで。
なのに結局、最悪を引き寄せてしまった。
槇寿朗さんがこれまでどれだけ長い間悲しみの中にいたのか、これまで自分の不甲斐なさにどれほど打ちのめされていたのか、また少しわかった気がする。
元柱とはいえ、現役の頃からすると随分と覇気がなくなってしまっている。あんなに広く感じた背中なのに、体勢のせいかやけに小さく見えた。
この人もまた、常人と比べてどんなに強かろうとただの人なのだ。
「……なぜ言い返さない?なぜ抵抗しない?」
その時、私の羽織が僅かに不自然に揺れるのに気がついた。そう、私の肘の先から下はもうない。
「お前、その左腕……!」
「今頃気がついたんですね。元柱ともあろう方が、気がつくの遅いですよ。
次は私の番、かあ……。杏寿郎、兄さんと同じところに行けるのなら本望です」
杏寿郎さんの目より幾分か鋭い槇寿朗さんの金環には、寂しげに笑う私の姿が映っていた。
「すまない。痛むよな、……許してくれ……っ」
「ううん、腕は大丈夫なので気にしないで。それに私は杏寿郎兄さんに会いにきたのですから……」
体よりも、何よりも心が痛い。腕よりも大切なものを失った喪失の方がよりつらい。
「私はその謝罪の言葉も、誉める言葉も、貴方が放つ親としての様々な言葉全てを杏寿郎兄さんに言ってほしかった。無視しないで欲しかった。
何で認めてあげなかったの?何で鬼殺隊をやめてほしい理由を本人に言ってくれなかったの?たった一言でもいい、よくやったと。心配だからと。そう言って欲しかった。
でも、今更遅い……何もかもが、遅いんですよ…………」
だってもう、杏寿郎さんの魂はここにないのだから。