一周目 弐
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今度は杏寿郎さんの方だった。
「師範……っ」
「煉獄さん!」
「ギョロギョロ目ん玉!」
思い切り蹴り上げられたのだろう、体をくの字に曲げた彼は地に叩きつけられ、もうもうと土埃を舞い上がらせた。
頭を打ったのか、軽くこめかみを押さえて立ち上がる。その息は切れており、刀を杖にしていた。
登場した猗窩座といえば、戦いの最中でちぎれ飛んだのだろう腕をまたも生やし、杏寿郎さんに鬼になるよう尚も持ちかけている。
その理由は、戦い続けたい。高めあいたい。その一点張り。
この鬼は、まともじゃない。戦いを心底楽しんでいるただの戦闘狂だ。
杏寿郎さんが拒否の言葉を放った瞬間から、猛攻撃が始まった。
次々に炎の呼吸の型を繰り出し、猗窩座の命を、頸を狙う。
隙もなくあの周囲は異次元。速さについていくのは不可能。あの間合いに入ったが最後、無駄死にするだけ。ただの足手纏いだ。
二人の戦いを見ていた伊之助が、畏れの言葉を口にする。
炭治郎もまた、同じ気持ちなのだろう、悲痛な面持ちで戦いを見ていた。
「ーーいや、入るのよ」
動かないといけない。目だけでなく、足も手も、あの動きについていけないといけない。
そう呟けば、二人が聞いていた。
「でも、朝緋さん……手も言葉も震えてます」
「そうだぜ、まだら!
いくらお前が俺達よりちょっとばかし強かろうと、あの二人ほどの強さじゃねぇのはわかってる。恐怖があるうちは邪魔になるだけだぜ!」
「っ……そうね…………」
その通りだ。
悔しいけれど恐怖でいっぱい。圧倒的な力の差を前に、打ちのめされている。
攻撃を受けたわけでもないのに、這いつくばっているようなものだ。気持ちから既に負けてしまっている。
生半可と称したあの覚悟はやはり、一瞬で霧散するほどに弱く。大したものではなかった。
こんなにも鬼に対しての怒り、憎しみ。共に戦いたいという思いは湧くのに。
なのに、待機命令が出てほっとしてしまって、手も足も動いてくれないなんて。震えているだけだなんて。
こんな安全な場所から見ているだけをよしとするとは隊士失格だ。こんな私が階級『甲』だとか、冗談にも程がある。
というかまだらって……。髪の毛の色がまだらってことだろうか。
髪の毛だけでなく気持ちまでいびつで『まだら』で、なんとみっともないことか。
とうとう、杏寿郎の額を鬼の拳が捉えた。
薄くかすっただけなのに、深く抉れるくらいの鮮血が迸る。
大事な人の、真っ赤な血。命の源ーー。
私の中で何かが変化したのは、その時だった。
杏寿郎さんの血があたりに飛んだ瞬間、私の中から血管が切れるような音がした。
ブチッ!
強い鬼と対峙しているのだから怪我など日常茶飯事と言ってしまえばそれまで。今までだって、目の前で傷を負うあの人を何度も見てきた。
なのにこれまでの怪我とは違う何かを、私は感じていた。
疎い私でもわかる。憤怒の炎という形を持った感情が内側に膨れ上がっているのは明白だった。
目の前の鬼は、これまでの強い鬼達よりも許せなかった。
鬼になれなどと抜かすに飽き足らず、殺すですって?誰が誰を?お前が?杏寿郎さんを?
その物言いも態度も何もかもが、許せなかった。
目の前が赤く染まる。
覚悟なんざどうでもいい。覚悟なんてもの最初から必要がなかった。ごちゃごちゃと言い訳を並べ立てて、二の足を踏むのはやめだ。
私の中に沸き起こる感情がまるごと変わる。
恐怖は消え、かわりに心を占めるのはただの怒り。そして殺意。今やそれだけだ。
いくら私が弱かろうが構わない。一撃でもいい、あの鬼に刃を突き立てたい。
手も足も、震えは止まっていた。
時同じくして、杏寿郎さんの脇腹へと猗窩座の強烈な拳がめり込んだ!
肋が激しく折れた音がここまで響く。付近の内臓もまた、傷ついた事だろう。
「ッ!!」
待機命令は解除されていない。
でも、もう我慢できなかった。私を止められるものなどいやしない。
私の底の部分から溢れ出た怒りは、体に巣食っていた強者への恐怖に勝った。
「朝緋さんッ……!」
「まだら!」
怒りのままに、刀を取り足を大きく踏み込む。
「うあああああ!やめろぉぉぉお!!」
瞬発力に任せて突っ込み、刀の一閃を猗窩座に向けた。
「ッ!?
朝緋!駄目だ、くるな!」
「いいえ聞きません!駄目なら私は勝手に戦います!壱ノ型・不知火ッ」
静止する杏寿郎さんを掻い潜り、振り抜いた刃が猗窩座の頸に入る。
そのまま頸を取ってやる!そう思ったのに、刃はいとも簡単に弾かれてしまった。
斬り込んだ痕は浅い。
私の渾身の壱ノ型ですら、杏寿郎さんが放った時の威力には到底及ばない。
一瞬で傷が消えた。
「はっ!こんな斬撃では全く効かん。弱者風情が邪魔するな!」
ああ、鼻で笑われた。
何より、頸自体が硬質化しているのかやたら硬くて刃が通らなかったのも大きいのだ。
弱い!力をこめるに私一人分では弱すぎた!
ズザザッ!
深追いはせず、弾かれた勢いのまま杏寿郎さんの隣に降り立つ。
「俺は待機命令を出したはずだ」
「説教だろうと上官命令を破った罰だろうとあとでいくらでも受けます」
「ははは!ならば覚悟しておけ」
折れた肋に響くだろうに、杏寿郎さんはいつものように快活に笑い、言葉を交わした。
そうして二人で刀をしっかりと構え、目の前の鬼を見据えた。
目くばせした瞬間に仕掛ける。
「弐ノ型・昇り炎天!」
「参ノ型・気炎万象!」
「「うぉあああああっ!!」」
上下両方からの挟みうち。鋏の歯が閉じるように、杏寿郎さんが下段から仕掛け、もう一人が上段から刃を振り下ろす。
これは柱とその継子による、連携攻撃の基本の型だ。
数字貰いたての下弦の鬼程度ならば、異能など使う暇なくこれだけで頸がちぎれ飛ぶ。実際、今まで何人もの鬼をこの連携のもと屠ってきた。、
この上弦の鬼も、その一体に加えてやる。そういう気概で畳み掛ける。
しかしその連携ですら、猗窩座には叶わなかった。きっと私の力があまりにも弱いためだ。
「ゔぁ、ーーッ!」
踏みとどまって猗窩座と刃を交える杏寿郎さんとは違い、私はあろうことか刀を持つ手を掴んで遠くに投げ飛ばされたのだ!そう!まるで子供みたいに!!
「弱者と力合わせたところで、何にもならない。杏寿郎、せっかくのお前の強さが霞んでしまう」
何にもならない。
私は、何ものにもなれない。あの家を出るきっかけとなった、元炎柱・煉獄槇寿朗様の言葉が蘇ってきた。
私はあの方の言葉通り、何ものにもなれなかったのだ。
あんなに激っていた怒りや、連携による高揚感は一気に萎んでいく。
「朝緋は弱くない」
がくりと膝をつき自分の弱さに打ちひしがれていると、杏寿郎さんが静かにそう呟いた。前へと強く、引っ張り上げて奮い立たせるような気持ちのこもった言葉。
「俺の継子を甘く見ないでもらいたい…………ものだなっ!」
そして猗窩座へと再び向かい、斬撃の応酬に入った。
今の言葉にどこか励まされ、私もまた立ち向かおう、そう思った時だった。
杏寿郎さんの技と猗窩座の拳が交じり合う中、刃が受け止めきれなかった拳が、杏寿郎さんの顔を。その目を殴りつけて潰したのだ!!
「ぐ…………っ!」
「あ、あ、……ひいいいいああああッ!!
め、めが……。私の好きな、太陽の、向日葵のようなあの目が…………!」
私は心底、杏寿郎さんの温かなあの瞳が大好きだったのだ。
攻撃されたわけでもない私の方が叫んでしまった。
場が許せば泡を吹いて倒れてしまいたいほど衝撃的で、顔を覆いたくなるような悲痛な光景だった。
「師範……っ」
「煉獄さん!」
「ギョロギョロ目ん玉!」
思い切り蹴り上げられたのだろう、体をくの字に曲げた彼は地に叩きつけられ、もうもうと土埃を舞い上がらせた。
頭を打ったのか、軽くこめかみを押さえて立ち上がる。その息は切れており、刀を杖にしていた。
登場した猗窩座といえば、戦いの最中でちぎれ飛んだのだろう腕をまたも生やし、杏寿郎さんに鬼になるよう尚も持ちかけている。
その理由は、戦い続けたい。高めあいたい。その一点張り。
この鬼は、まともじゃない。戦いを心底楽しんでいるただの戦闘狂だ。
杏寿郎さんが拒否の言葉を放った瞬間から、猛攻撃が始まった。
次々に炎の呼吸の型を繰り出し、猗窩座の命を、頸を狙う。
隙もなくあの周囲は異次元。速さについていくのは不可能。あの間合いに入ったが最後、無駄死にするだけ。ただの足手纏いだ。
二人の戦いを見ていた伊之助が、畏れの言葉を口にする。
炭治郎もまた、同じ気持ちなのだろう、悲痛な面持ちで戦いを見ていた。
「ーーいや、入るのよ」
動かないといけない。目だけでなく、足も手も、あの動きについていけないといけない。
そう呟けば、二人が聞いていた。
「でも、朝緋さん……手も言葉も震えてます」
「そうだぜ、まだら!
いくらお前が俺達よりちょっとばかし強かろうと、あの二人ほどの強さじゃねぇのはわかってる。恐怖があるうちは邪魔になるだけだぜ!」
「っ……そうね…………」
その通りだ。
悔しいけれど恐怖でいっぱい。圧倒的な力の差を前に、打ちのめされている。
攻撃を受けたわけでもないのに、這いつくばっているようなものだ。気持ちから既に負けてしまっている。
生半可と称したあの覚悟はやはり、一瞬で霧散するほどに弱く。大したものではなかった。
こんなにも鬼に対しての怒り、憎しみ。共に戦いたいという思いは湧くのに。
なのに、待機命令が出てほっとしてしまって、手も足も動いてくれないなんて。震えているだけだなんて。
こんな安全な場所から見ているだけをよしとするとは隊士失格だ。こんな私が階級『甲』だとか、冗談にも程がある。
というかまだらって……。髪の毛の色がまだらってことだろうか。
髪の毛だけでなく気持ちまでいびつで『まだら』で、なんとみっともないことか。
とうとう、杏寿郎の額を鬼の拳が捉えた。
薄くかすっただけなのに、深く抉れるくらいの鮮血が迸る。
大事な人の、真っ赤な血。命の源ーー。
私の中で何かが変化したのは、その時だった。
杏寿郎さんの血があたりに飛んだ瞬間、私の中から血管が切れるような音がした。
ブチッ!
強い鬼と対峙しているのだから怪我など日常茶飯事と言ってしまえばそれまで。今までだって、目の前で傷を負うあの人を何度も見てきた。
なのにこれまでの怪我とは違う何かを、私は感じていた。
疎い私でもわかる。憤怒の炎という形を持った感情が内側に膨れ上がっているのは明白だった。
目の前の鬼は、これまでの強い鬼達よりも許せなかった。
鬼になれなどと抜かすに飽き足らず、殺すですって?誰が誰を?お前が?杏寿郎さんを?
その物言いも態度も何もかもが、許せなかった。
目の前が赤く染まる。
覚悟なんざどうでもいい。覚悟なんてもの最初から必要がなかった。ごちゃごちゃと言い訳を並べ立てて、二の足を踏むのはやめだ。
私の中に沸き起こる感情がまるごと変わる。
恐怖は消え、かわりに心を占めるのはただの怒り。そして殺意。今やそれだけだ。
いくら私が弱かろうが構わない。一撃でもいい、あの鬼に刃を突き立てたい。
手も足も、震えは止まっていた。
時同じくして、杏寿郎さんの脇腹へと猗窩座の強烈な拳がめり込んだ!
肋が激しく折れた音がここまで響く。付近の内臓もまた、傷ついた事だろう。
「ッ!!」
待機命令は解除されていない。
でも、もう我慢できなかった。私を止められるものなどいやしない。
私の底の部分から溢れ出た怒りは、体に巣食っていた強者への恐怖に勝った。
「朝緋さんッ……!」
「まだら!」
怒りのままに、刀を取り足を大きく踏み込む。
「うあああああ!やめろぉぉぉお!!」
瞬発力に任せて突っ込み、刀の一閃を猗窩座に向けた。
「ッ!?
朝緋!駄目だ、くるな!」
「いいえ聞きません!駄目なら私は勝手に戦います!壱ノ型・不知火ッ」
静止する杏寿郎さんを掻い潜り、振り抜いた刃が猗窩座の頸に入る。
そのまま頸を取ってやる!そう思ったのに、刃はいとも簡単に弾かれてしまった。
斬り込んだ痕は浅い。
私の渾身の壱ノ型ですら、杏寿郎さんが放った時の威力には到底及ばない。
一瞬で傷が消えた。
「はっ!こんな斬撃では全く効かん。弱者風情が邪魔するな!」
ああ、鼻で笑われた。
何より、頸自体が硬質化しているのかやたら硬くて刃が通らなかったのも大きいのだ。
弱い!力をこめるに私一人分では弱すぎた!
ズザザッ!
深追いはせず、弾かれた勢いのまま杏寿郎さんの隣に降り立つ。
「俺は待機命令を出したはずだ」
「説教だろうと上官命令を破った罰だろうとあとでいくらでも受けます」
「ははは!ならば覚悟しておけ」
折れた肋に響くだろうに、杏寿郎さんはいつものように快活に笑い、言葉を交わした。
そうして二人で刀をしっかりと構え、目の前の鬼を見据えた。
目くばせした瞬間に仕掛ける。
「弐ノ型・昇り炎天!」
「参ノ型・気炎万象!」
「「うぉあああああっ!!」」
上下両方からの挟みうち。鋏の歯が閉じるように、杏寿郎さんが下段から仕掛け、もう一人が上段から刃を振り下ろす。
これは柱とその継子による、連携攻撃の基本の型だ。
数字貰いたての下弦の鬼程度ならば、異能など使う暇なくこれだけで頸がちぎれ飛ぶ。実際、今まで何人もの鬼をこの連携のもと屠ってきた。、
この上弦の鬼も、その一体に加えてやる。そういう気概で畳み掛ける。
しかしその連携ですら、猗窩座には叶わなかった。きっと私の力があまりにも弱いためだ。
「ゔぁ、ーーッ!」
踏みとどまって猗窩座と刃を交える杏寿郎さんとは違い、私はあろうことか刀を持つ手を掴んで遠くに投げ飛ばされたのだ!そう!まるで子供みたいに!!
「弱者と力合わせたところで、何にもならない。杏寿郎、せっかくのお前の強さが霞んでしまう」
何にもならない。
私は、何ものにもなれない。あの家を出るきっかけとなった、元炎柱・煉獄槇寿朗様の言葉が蘇ってきた。
私はあの方の言葉通り、何ものにもなれなかったのだ。
あんなに激っていた怒りや、連携による高揚感は一気に萎んでいく。
「朝緋は弱くない」
がくりと膝をつき自分の弱さに打ちひしがれていると、杏寿郎さんが静かにそう呟いた。前へと強く、引っ張り上げて奮い立たせるような気持ちのこもった言葉。
「俺の継子を甘く見ないでもらいたい…………ものだなっ!」
そして猗窩座へと再び向かい、斬撃の応酬に入った。
今の言葉にどこか励まされ、私もまた立ち向かおう、そう思った時だった。
杏寿郎さんの技と猗窩座の拳が交じり合う中、刃が受け止めきれなかった拳が、杏寿郎さんの顔を。その目を殴りつけて潰したのだ!!
「ぐ…………っ!」
「あ、あ、……ひいいいいああああッ!!
め、めが……。私の好きな、太陽の、向日葵のようなあの目が…………!」
私は心底、杏寿郎さんの温かなあの瞳が大好きだったのだ。
攻撃されたわけでもない私の方が叫んでしまった。
場が許せば泡を吹いて倒れてしまいたいほど衝撃的で、顔を覆いたくなるような悲痛な光景だった。