一周目 弐
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猗窩座は、その相手として杏寿郎さんを選んだという。
相手にとって不足なし。うんわかる。杏寿郎さんは強いからね。そこだけは同意する。
「鬼になれは、百年でも二百年でも鍛錬し続けられる。強くなれる」
けどそんなものは、詭弁だ。
鬼なんて、日光にはあたれぬじめじめ虫。人間である鬼殺隊の日輪刀の一振りで、一瞬で絶命するじゃないか。
ひとつも強くなんかない。
そんなものに誘うなんて馬鹿じゃないか。
それに、人間の強さは力だけに宿る物じゃないし、杏寿郎さんは強いけれど別に武の道を極めようとしているわけじゃない。
お前のような鍛錬にしか興味がなさそうな鬼と、杏寿郎さんを一緒にするな……!
歯をギリギリと噛んで耐え、杏寿郎さんの顔をちらと見る。
「!」
その表情は静かに凪いでいるのに、鬼への静かな怒りで心が煮えている。燃える心は熱く明るく灯っている。
「老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。
老いるからこそ、死ぬからこそたまらなく愛おしく尊いのだ。
強さというのは肉体に対してのみ使う言葉ではない」
人間の弱い部分を嫌う猗窩座と、人間の弱い部分を愛する杏寿郎さん。考えが分かり合える日はきっと来ない。
私と炭治郎を、二人は弱くない。侮辱は許さない。そう続いた言葉に、私と炭治郎はハッとしてお互い顔を見合わせる。
気持ちがすでに、勝てていない。負ける。
自分は弱いのだとそう思い込んでいた。そんな考えを持った自分が恥ずかしい。
「俺はいかなる理由があろうとも鬼にはならない」
そして強き瞳、強き口調で断言する。
しばしの沈黙が続き。
バキリと、猗窩座が指を鳴らした。
「術式展開 破壊殺・羅針」
その言葉とともに猗窩座を中心として地面に独特な紋様が一瞬浮かび上がった。
これは、あいつの血鬼術……?
地に浮かぶあの紋様は、雪の……結晶?
「鬼にならないなら殺す」
静かな殺意が放たれ、戦いの火蓋が切って落とされた!
その動きは速かった。杏寿郎さんが刀を構えた瞬間に拳が飛んできた。
この猗窩座という鬼は、己が肉体を武器として戦う武闘家のようだ。武人と称したけれど、間違いではなかった。
刀対丸腰の肉弾戦。それで上弦の参という地位なら、さぞ拳は強かろう。
全く油断はできない。
現に激しいぶつかり合いの中、杏寿郎さんが振るう刃を素手で弾き返している!
目で追うのに苦労する速さ。
「今まで殺してきた柱達に炎はいなかったな。そして俺の誘いに頷く者もなかった」
上弦の鬼は、ここ何年も顔ぶれが変わらないらしいと聞く。そしてその鬼と出会った者達は、その顔、名前、能力……ほとんどの情報を持ち帰れていない。そこには歴代の柱もいた。
猗窩座は一体何人の人間を、いや、柱を手にかけたーー?
はらはらしながら見ているが、杏寿郎さんと猗窩座の戦いは始まったばかりで尚も続く。
炎が散る。ぶつかりあった衝撃の火花が、まるで雷が落ちたような音を立てる。
蹴られそうになったのを間一髪避け、即座に刀を振りおろす。
刃は猗窩座の手首に食い込んだ。食い込んだまま止まった。相当の硬さだ。
鬼殺隊に所属できるほどの体力、能力があれば、望んだ場合鬼に変貌することは確実なのだろう。
選ばれた者だけが鬼になれるのだと、高説を垂れてこちらの攻撃をいなしていた。
「セァッ!」
とうとう飛んできた右拳を振り抜いた一太刀で切り落とす。猗窩座の肘から下が宙を飛ぶも、それも一瞬で生える。
欠損した体すら一瞬で回復……。上弦の『参』でこれでは『壱』や『弐』、鬼舞辻無惨は一体どのくらいの強さだろう。
考えるのさえ恐ろしい。
若く強いままで死んでくれ、と言いながら猗窩座が仕掛けてくる。
宙を軽やかに跳んだかと思うと、その体勢から虚空を拳で打つことで拳撃を降り注がせてきた。
攻撃は重いのか、杏寿郎さんも受けるのがやっとのようで、刀を持つ手がビリビリと振動を伝えているような持ち方だった。
「あんなの、私なら刀ごと腕が吹っ飛ぶかもしれない……」
改めて柱と一般隊士の力の差を感じる。
ぐるりと巻き込むようにして、拳撃を受け流すべく、彼は肆ノ型・盛炎のうねりを放って打ち消した。
でもこのまま遠距離で受けているばかりでは、鬼の頸は斬れない。
杏寿郎さんもそう思ったのか、瞬時に近づいて頸を狙い斬りつける。
激しい斬り結びの応酬。
滅多斬りにも見えるほどの剣技の速さすらいなしながら、猗窩座は嬉しそうに戦いを楽しんでいた。
そんな中、救助活動を終えたらしい伊之助が炭治郎と私の元へ合流した。善逸と禰󠄀豆子は疲労困憊で共にピクリとも動かず眠っているらしい。……早く鬼との戦闘を終わらせて私も寝たい、そう思ってしまった。
「伊之助、炭治郎に付いていて」
震える手や足を励まし覚悟を決める。
鬼と戦う覚悟を。彼を援護する覚悟を。少しでも、彼の助けになれるならーー。
少しでもだなんて、どこか甘い考えをしていた。
だがその覚悟は他でもない、杏寿郎さんによって否定され、打ち砕かれた。
「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!
朝緋も来るな!待機命令!!」
その言葉に体が跳ねる。瞬間、動こうとしていた体が硬直した。
そうだ、この『生半可な覚悟』では、彼の邪魔にしかならない。逆に怪我をして終わる。
運が悪ければ、共倒れ。死につながることは想像に難くない。
振り抜かれた刀が、炎の軌跡を空へと赤く描く。鮮やかな残像を残し、猗窩座が木々の中へと吹っ飛ばされる。
轟音と土煙が大きく上がるが、相手は上弦の鬼。それくらいでは傷もついていないだろう。
杏寿郎さんはすぐさま猗窩座を追って自身も木々の奥へ消えた。
激しく揺れ動き、何かが暴れているような爆音と破壊音。炎の呼吸の余波が、熱風となってこちらまで届くかのよう。
そうして木々の間から吹っ飛んできたのはーー。
相手にとって不足なし。うんわかる。杏寿郎さんは強いからね。そこだけは同意する。
「鬼になれは、百年でも二百年でも鍛錬し続けられる。強くなれる」
けどそんなものは、詭弁だ。
鬼なんて、日光にはあたれぬじめじめ虫。人間である鬼殺隊の日輪刀の一振りで、一瞬で絶命するじゃないか。
ひとつも強くなんかない。
そんなものに誘うなんて馬鹿じゃないか。
それに、人間の強さは力だけに宿る物じゃないし、杏寿郎さんは強いけれど別に武の道を極めようとしているわけじゃない。
お前のような鍛錬にしか興味がなさそうな鬼と、杏寿郎さんを一緒にするな……!
歯をギリギリと噛んで耐え、杏寿郎さんの顔をちらと見る。
「!」
その表情は静かに凪いでいるのに、鬼への静かな怒りで心が煮えている。燃える心は熱く明るく灯っている。
「老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。
老いるからこそ、死ぬからこそたまらなく愛おしく尊いのだ。
強さというのは肉体に対してのみ使う言葉ではない」
人間の弱い部分を嫌う猗窩座と、人間の弱い部分を愛する杏寿郎さん。考えが分かり合える日はきっと来ない。
私と炭治郎を、二人は弱くない。侮辱は許さない。そう続いた言葉に、私と炭治郎はハッとしてお互い顔を見合わせる。
気持ちがすでに、勝てていない。負ける。
自分は弱いのだとそう思い込んでいた。そんな考えを持った自分が恥ずかしい。
「俺はいかなる理由があろうとも鬼にはならない」
そして強き瞳、強き口調で断言する。
しばしの沈黙が続き。
バキリと、猗窩座が指を鳴らした。
「術式展開 破壊殺・羅針」
その言葉とともに猗窩座を中心として地面に独特な紋様が一瞬浮かび上がった。
これは、あいつの血鬼術……?
地に浮かぶあの紋様は、雪の……結晶?
「鬼にならないなら殺す」
静かな殺意が放たれ、戦いの火蓋が切って落とされた!
その動きは速かった。杏寿郎さんが刀を構えた瞬間に拳が飛んできた。
この猗窩座という鬼は、己が肉体を武器として戦う武闘家のようだ。武人と称したけれど、間違いではなかった。
刀対丸腰の肉弾戦。それで上弦の参という地位なら、さぞ拳は強かろう。
全く油断はできない。
現に激しいぶつかり合いの中、杏寿郎さんが振るう刃を素手で弾き返している!
目で追うのに苦労する速さ。
「今まで殺してきた柱達に炎はいなかったな。そして俺の誘いに頷く者もなかった」
上弦の鬼は、ここ何年も顔ぶれが変わらないらしいと聞く。そしてその鬼と出会った者達は、その顔、名前、能力……ほとんどの情報を持ち帰れていない。そこには歴代の柱もいた。
猗窩座は一体何人の人間を、いや、柱を手にかけたーー?
はらはらしながら見ているが、杏寿郎さんと猗窩座の戦いは始まったばかりで尚も続く。
炎が散る。ぶつかりあった衝撃の火花が、まるで雷が落ちたような音を立てる。
蹴られそうになったのを間一髪避け、即座に刀を振りおろす。
刃は猗窩座の手首に食い込んだ。食い込んだまま止まった。相当の硬さだ。
鬼殺隊に所属できるほどの体力、能力があれば、望んだ場合鬼に変貌することは確実なのだろう。
選ばれた者だけが鬼になれるのだと、高説を垂れてこちらの攻撃をいなしていた。
「セァッ!」
とうとう飛んできた右拳を振り抜いた一太刀で切り落とす。猗窩座の肘から下が宙を飛ぶも、それも一瞬で生える。
欠損した体すら一瞬で回復……。上弦の『参』でこれでは『壱』や『弐』、鬼舞辻無惨は一体どのくらいの強さだろう。
考えるのさえ恐ろしい。
若く強いままで死んでくれ、と言いながら猗窩座が仕掛けてくる。
宙を軽やかに跳んだかと思うと、その体勢から虚空を拳で打つことで拳撃を降り注がせてきた。
攻撃は重いのか、杏寿郎さんも受けるのがやっとのようで、刀を持つ手がビリビリと振動を伝えているような持ち方だった。
「あんなの、私なら刀ごと腕が吹っ飛ぶかもしれない……」
改めて柱と一般隊士の力の差を感じる。
ぐるりと巻き込むようにして、拳撃を受け流すべく、彼は肆ノ型・盛炎のうねりを放って打ち消した。
でもこのまま遠距離で受けているばかりでは、鬼の頸は斬れない。
杏寿郎さんもそう思ったのか、瞬時に近づいて頸を狙い斬りつける。
激しい斬り結びの応酬。
滅多斬りにも見えるほどの剣技の速さすらいなしながら、猗窩座は嬉しそうに戦いを楽しんでいた。
そんな中、救助活動を終えたらしい伊之助が炭治郎と私の元へ合流した。善逸と禰󠄀豆子は疲労困憊で共にピクリとも動かず眠っているらしい。……早く鬼との戦闘を終わらせて私も寝たい、そう思ってしまった。
「伊之助、炭治郎に付いていて」
震える手や足を励まし覚悟を決める。
鬼と戦う覚悟を。彼を援護する覚悟を。少しでも、彼の助けになれるならーー。
少しでもだなんて、どこか甘い考えをしていた。
だがその覚悟は他でもない、杏寿郎さんによって否定され、打ち砕かれた。
「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!
朝緋も来るな!待機命令!!」
その言葉に体が跳ねる。瞬間、動こうとしていた体が硬直した。
そうだ、この『生半可な覚悟』では、彼の邪魔にしかならない。逆に怪我をして終わる。
運が悪ければ、共倒れ。死につながることは想像に難くない。
振り抜かれた刀が、炎の軌跡を空へと赤く描く。鮮やかな残像を残し、猗窩座が木々の中へと吹っ飛ばされる。
轟音と土煙が大きく上がるが、相手は上弦の鬼。それくらいでは傷もついていないだろう。
杏寿郎さんはすぐさま猗窩座を追って自身も木々の奥へ消えた。
激しく揺れ動き、何かが暴れているような爆音と破壊音。炎の呼吸の余波が、熱風となってこちらまで届くかのよう。
そうして木々の間から吹っ飛んできたのはーー。