二周目 捌
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この女性の精神の核を破壊すれば、僕は夢を見せてもらえる。愛する許嫁に会える。
相手が鬼だろうが化け物だろうがどうでも良かった。許嫁に会えるならば地獄の鬼にすら手を貸そう、そう思っていた。
本体である女性、確か名は朝緋と言ったか。
彼女の夢は理想を絵に描いたような、とても、そうとても幸せな物だった。
死んでしまった僕の許嫁。生きていたらこういう幸せが僕達にも訪れていたであろうに。
父、母、家族、愛する人、全員が揃って笑顔で過ごしていたはずだった。
なのになぜ僕達だけ不幸になる。なぜ許嫁は死んだ。なぜお前は生きている。なぜお前達は幸せに笑っている。なぜ、なぜ、なぜ。
それがたとえ夢の中だとしても、許すことができなかった。僕が望む夢を見ている彼女は、酷く許し難い存在だった。
「壊してやる。君の幸せな夢も、心も何もかも。全部壊してやる。そして代わりに許嫁との幸せな夢を……」
これではもうただの嫉妬だ。それはわかっているのに手当たり次第壊してしまいたくて堪らない。
感情が一つのところに定まらない状態の僕は、人様の夢や心を壊す事に何の罪も感じなかった。
だが、鬼から渡された錐を使い侵入を果たした彼女の無意識領域に着いた瞬間、その場所の異質さに怖気づいてしまった。
「狐の狛犬に似た……なんだ?お稲荷様のお社台、とは違うみたいだな。この鳥居はどこまで続いてるんだ?」
黎明の空の下、無数の鳥居が奥まで続いている。奥には濃霧。手前に迎えるはどことなく狐に似た獣の狛犬。
神社にしか見えないが果たして。
長い長い鳥居を潜り続けていると、少しずつ気持ちも落ち着くようだ。どこか神聖な空気がそうさせるのか。息も切れているしただ疲れただけか。随分と広い無意識領域だ。
ようやく抜けた先には、両脇に舞い散る鮮やかな紅葉。日輪草が咲く広大な花畑。中央に座す大きな生物を避けるようにどこまでも生えている。
「ば、化け狐ッ!?」
いや違う、よくよく見ればそれは巨大な狐の形をした炎の塊だった。生きているように炎がうねり、揺らめいている。
毛皮の炎でくるむようにして護るもの、それが精神の核のようだった。
「この炎は火傷しないのか……熱くない、ただただ温かいな」
そろり触れば、ちろちろ全身を舐めるかのように燃える炎はとても優しかった。優しい誰かに抱かれるような温かさを感じる。
彼女の精神の核は変わった色をしていた。
ビードロで出来ているかのように繊細な球に浮かび続ける涼やかにも映る青い炎。そして煌々と燃え上がる赤い炎の二種類。それらは時折模様が混じり合い、中で燃え広がる。
核を守る炎と違い、核自体は灼熱ともいうべき熱を持っている。そしてあり得ないほど細かく傷ついていた。
「僕が壊さなくとも砕けてしまいそうだ」
今になって壊すことに抵抗を覚える。
「ん、入ってきたところと違う裂け目か?」
その時、核の後ろ。空間が裂けて外の世界が見えているのに気がついた。徐に覗き込んで後悔した。
引っ張られるようにして吸い込まれたのだ!
「閉じ込められた!なんで裂けない!?この鬼の錐、使いものにならないじゃないか!」
僕を吸い込み取り残して消える裂け目。錐で再び無意識領域へ侵入しようと試みるも、虚しく空を切るだけだった。
「はぁ……ここは何なのだ……?」
そこは彼女の無意識領域以上に異様な場所だった。
まず電柱が木ではない。道もやけに平らに舗装されていてどちらも全体的に灰色。
灰色の世界?世界の終わりか?
それに上の方に光る、赤から緑に変わる絡繰は一体なんだ?カッコウの鳴き声を模した音も鳴っている。
様々な車も走っている。見たことない車種だが、こんなに速度が出るものだったか?
多分ここも彼女の夢の一端だ。幸せな夢とは違うようでやけに現実的で。どちらかといえば過去を体験しているに近く感じた。
過去の出来事を夢に見る人間がたまにいる、と鬼が言っていた。
ただ大正より先の未来の風景に感じる。
セルロイドや鉄と比でない上質な素材、見た事のない品で溢れていた。
だが、何も触れないし人も僕を無視する。何も聞けずに少し残念だ。
その時、朝緋という女性らしき人が歩いているのに気がついた。髪色や服装こそ違うが、大きい建物に入っていくそれについていく事にする。
しかし、足を出しすぎではなかろうか。周りの者も同じ洋装、同じ場所へ向かっている。
行き先は……看板を見れば学校のようだ。
「どこにでも虐めはあるのだな」
紆余曲折あり、今は建物の裏。彼女は同級生であろう女性達に一方的に痛めつけられ、罵詈雑言を浴びせられていた。
あんなに強そうな女性なのにやられっぱなしだ。寄ってたかって暴力に暴言の数々は卑怯だろう。胸糞悪い。
今現在は、泣きもせずやり返しもせず、彼女は痛むであろう体を引きずりながら帰路の道についている途中のようだった。
背後からくすくす笑いが聞こえる。
こちらに向かって走るその人は手を出して、彼女を突き飛ばした。
灰色の道のど真ん中。巨大な鉄の塊。通常の三倍はありそうな箱型の車の目の前へ。
「「あぶないっ!」」
声は遅くそして、どこかの誰かと重なった。
叫び虚しく、目の前で彼女が車の大きな車輪に引き摺り込まれた。その動きがやけにゆっくりに見えた。
車輪からは彼女だけではないもう一人も見えていた。歳の頃は彼女と同じくらいの青年の顔。同じ声を出した者だった。
嘲笑う声と共に往来の者の「きゃー!」やら「人が巻き込まれた!」という叫びが響く。
目の前で咲く赤。
ぽちゃん。ぽちゃん。滴り落ちる音がする。夥しい量の赤い液体が灰色を染める。
うそだろおい。目の前で人が死んだ。
許嫁が物言わぬ骸と化した時よりもむごたらしい方法で。
流れる赤を目に焼き付けたのを最後に、自分の世界は暗転した。
相手が鬼だろうが化け物だろうがどうでも良かった。許嫁に会えるならば地獄の鬼にすら手を貸そう、そう思っていた。
本体である女性、確か名は朝緋と言ったか。
彼女の夢は理想を絵に描いたような、とても、そうとても幸せな物だった。
死んでしまった僕の許嫁。生きていたらこういう幸せが僕達にも訪れていたであろうに。
父、母、家族、愛する人、全員が揃って笑顔で過ごしていたはずだった。
なのになぜ僕達だけ不幸になる。なぜ許嫁は死んだ。なぜお前は生きている。なぜお前達は幸せに笑っている。なぜ、なぜ、なぜ。
それがたとえ夢の中だとしても、許すことができなかった。僕が望む夢を見ている彼女は、酷く許し難い存在だった。
「壊してやる。君の幸せな夢も、心も何もかも。全部壊してやる。そして代わりに許嫁との幸せな夢を……」
これではもうただの嫉妬だ。それはわかっているのに手当たり次第壊してしまいたくて堪らない。
感情が一つのところに定まらない状態の僕は、人様の夢や心を壊す事に何の罪も感じなかった。
だが、鬼から渡された錐を使い侵入を果たした彼女の無意識領域に着いた瞬間、その場所の異質さに怖気づいてしまった。
「狐の狛犬に似た……なんだ?お稲荷様のお社台、とは違うみたいだな。この鳥居はどこまで続いてるんだ?」
黎明の空の下、無数の鳥居が奥まで続いている。奥には濃霧。手前に迎えるはどことなく狐に似た獣の狛犬。
神社にしか見えないが果たして。
長い長い鳥居を潜り続けていると、少しずつ気持ちも落ち着くようだ。どこか神聖な空気がそうさせるのか。息も切れているしただ疲れただけか。随分と広い無意識領域だ。
ようやく抜けた先には、両脇に舞い散る鮮やかな紅葉。日輪草が咲く広大な花畑。中央に座す大きな生物を避けるようにどこまでも生えている。
「ば、化け狐ッ!?」
いや違う、よくよく見ればそれは巨大な狐の形をした炎の塊だった。生きているように炎がうねり、揺らめいている。
毛皮の炎でくるむようにして護るもの、それが精神の核のようだった。
「この炎は火傷しないのか……熱くない、ただただ温かいな」
そろり触れば、ちろちろ全身を舐めるかのように燃える炎はとても優しかった。優しい誰かに抱かれるような温かさを感じる。
彼女の精神の核は変わった色をしていた。
ビードロで出来ているかのように繊細な球に浮かび続ける涼やかにも映る青い炎。そして煌々と燃え上がる赤い炎の二種類。それらは時折模様が混じり合い、中で燃え広がる。
核を守る炎と違い、核自体は灼熱ともいうべき熱を持っている。そしてあり得ないほど細かく傷ついていた。
「僕が壊さなくとも砕けてしまいそうだ」
今になって壊すことに抵抗を覚える。
「ん、入ってきたところと違う裂け目か?」
その時、核の後ろ。空間が裂けて外の世界が見えているのに気がついた。徐に覗き込んで後悔した。
引っ張られるようにして吸い込まれたのだ!
「閉じ込められた!なんで裂けない!?この鬼の錐、使いものにならないじゃないか!」
僕を吸い込み取り残して消える裂け目。錐で再び無意識領域へ侵入しようと試みるも、虚しく空を切るだけだった。
「はぁ……ここは何なのだ……?」
そこは彼女の無意識領域以上に異様な場所だった。
まず電柱が木ではない。道もやけに平らに舗装されていてどちらも全体的に灰色。
灰色の世界?世界の終わりか?
それに上の方に光る、赤から緑に変わる絡繰は一体なんだ?カッコウの鳴き声を模した音も鳴っている。
様々な車も走っている。見たことない車種だが、こんなに速度が出るものだったか?
多分ここも彼女の夢の一端だ。幸せな夢とは違うようでやけに現実的で。どちらかといえば過去を体験しているに近く感じた。
過去の出来事を夢に見る人間がたまにいる、と鬼が言っていた。
ただ大正より先の未来の風景に感じる。
セルロイドや鉄と比でない上質な素材、見た事のない品で溢れていた。
だが、何も触れないし人も僕を無視する。何も聞けずに少し残念だ。
その時、朝緋という女性らしき人が歩いているのに気がついた。髪色や服装こそ違うが、大きい建物に入っていくそれについていく事にする。
しかし、足を出しすぎではなかろうか。周りの者も同じ洋装、同じ場所へ向かっている。
行き先は……看板を見れば学校のようだ。
「どこにでも虐めはあるのだな」
紆余曲折あり、今は建物の裏。彼女は同級生であろう女性達に一方的に痛めつけられ、罵詈雑言を浴びせられていた。
あんなに強そうな女性なのにやられっぱなしだ。寄ってたかって暴力に暴言の数々は卑怯だろう。胸糞悪い。
今現在は、泣きもせずやり返しもせず、彼女は痛むであろう体を引きずりながら帰路の道についている途中のようだった。
背後からくすくす笑いが聞こえる。
こちらに向かって走るその人は手を出して、彼女を突き飛ばした。
灰色の道のど真ん中。巨大な鉄の塊。通常の三倍はありそうな箱型の車の目の前へ。
「「あぶないっ!」」
声は遅くそして、どこかの誰かと重なった。
叫び虚しく、目の前で彼女が車の大きな車輪に引き摺り込まれた。その動きがやけにゆっくりに見えた。
車輪からは彼女だけではないもう一人も見えていた。歳の頃は彼女と同じくらいの青年の顔。同じ声を出した者だった。
嘲笑う声と共に往来の者の「きゃー!」やら「人が巻き込まれた!」という叫びが響く。
目の前で咲く赤。
ぽちゃん。ぽちゃん。滴り落ちる音がする。夥しい量の赤い液体が灰色を染める。
うそだろおい。目の前で人が死んだ。
許嫁が物言わぬ骸と化した時よりもむごたらしい方法で。
流れる赤を目に焼き付けたのを最後に、自分の世界は暗転した。