二周目 捌
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あ、夢の中だ。
目を覚ました瞬間に分かった。
これは私が望んだという夢の中。私の願望がそのまま現れた、所謂再現VTRみたいなものだ。
でなければ、庭の木に具材色々の稲荷寿司がなっているわけがない。
杏や桃、苺に葡萄が同じ木になってるだけならまぁ同じフルーツだし?まだ許せる。けど稲荷寿司って……。いやいや、あり得ないでしょ。
これも私の願望なんだろうなぁ。自分のことながら、ちょっとひいた。
願望の中にはすでに他界したはずの、この時代の両親達も奉公人として存在していたと思う。それどころか瑠火さんも御存命で、みんなが笑顔で過ごしていた事を覚えている。
きっとここで出会う明槻……兄も、鬼になっていないだろうから、過去に戻る血鬼術のことは何も教えてもらえないだろう。
なら、無理に会わなくてもいい。
両親達に会いたい気持ちは大きいけれど、どんな顔をして会えばいいか。どんな気持ちでいればいいかわからない。
だって所詮、夢だから。
「これ食べていいんだよね。私の夢だし」
それより腹が空いてたまらない。生い茂る葉を掻き分けてもぎ取るは、大好物の稲荷寿司ではない。
柔い橙色に熟した、杏の果実。杏寿郎さんと同じ色、同じ名前。
甘酸っぱい匂いを思い切り吸い込み、一口齧る。
「あ、ちゃんと生食用の杏だ」
生食用の品種でないと、杏は非常に酸っぱい果物だ。
甘露な果肉を味わい、残った種をころころと口の中で転がしながら、杏寿郎さんのことを思い出す。
この夢の中にもいるのは確実だけれど、それよりも私が思うのはここに来る前の光景。
「なんであそこで場面暗転するかな〜〜〜」
私だって恋する女の子だ。
機会があるなら、好きな人とちゅーくらいどんどんしたいに決まっている。どんどんは違うか。
あと少しで杏寿郎さんと口付けを交わすことができたのに、その直前でCM入りまーす!みたいに暗転してしまったのだ。悔しい。
ただ、多分だけれど、あれも夢の一部なのだろう。
鬼殺の際の杏寿郎さんのかっこよさは本物と同じでめちゃくちゃかっこよかったけれど、全員がいきなりあんなコミカルな表情に変わるわけはないし私がTPOと恥を捨てて杏寿郎さんに飛びつくなんて……。
……そういうこともあるかもしれないけど、否定したい。いや、否定させて。
「ン…………、」
杏の種が点々と無数に落ちている。いつこぼれ落ちたのか杏の汁も私の肌を伝っていた。
杏の汁だなんて、名前の響きも相まってドキドキする……。はしたない思いが寄せては返す。
腕の筋を伝うどこか扇情的にも映るそれを舌先で舐めとっていれば。
「俺ももらおう」
自分の目の前に影が落ちたと同時、後ろから手を絡め取られる。
顔だけで振り返れば、この夢の中でも最も私に関わりある人物。私の願望がそのまま形を取ったともいうべき愛する人、杏寿郎さんが着流しに身を包んでいた。
取られた腕に、ぬちりと生温かな舌先が這わされ、残った杏の汁を吸われる。
残ったのは、杏ではなく杏寿郎さんの匂いと強く吸われた鬱血痕。
「きょ、杏寿郎さん!なにしてるんですか……っ」
「何って、綺麗にしているだけだ。……うむ、やはり美味い」
列車の中で私の指を口に含んだ杏寿郎を思い出した。私の女の部分がやけに悦んでいる。
「やだもう、そんなトコに痕……美味しくなんてないはずです!」
「いいや、朝緋はどこをとっても美味い。どれ、他にも汁がついていないか確かめてやろう。
おいで」
『前』と違うのは、私が杏寿郎さんとすでに恋仲になっているという点だ。
この後の展開なんて、分かりきった事。
それを知っていてもなお、私という獲物は、食物連鎖の頂点に君臨する杏寿郎さんについていった。
連れられた部屋には艶やかな着物、そして鏡台が置かれている。見慣れた隊服も羽織も、そして日輪刀もどこにもない。
目だけで探そうとして、それを咎められた。
「ここに、俺の隣に……。どこへも行かないでくれ」
後ろから回された手は熱く、どこまでも愛おしい。
……これは夢。
鏡台の中に映る自分も、夢だ。目を覚ませとせかしていた。
かつて貴方はここに鬼はいないと言っていた。ここでなら貴方は傷つけられる事なく幸せに過ごせる。
ちゃんと現実には戻るよ。でも、ほんの少しだけ。ほんのひと時だけでいいの。私も鬼のこと、鬼殺隊のこと、つらく悲しい現実を忘れて甘い夢を見たいの。
たまにはわがままを言ってもばちは当たらないはずだ。だってここは、私に都合の良い夢なのだから。
「はい、杏寿郎さん。貴方の隣にいます」
どこにも行かないと言い切ることはできない。
けれど私は、お腹の上に回されている手に、自分の手のひらを重ねて答えた。
夢の中では、杏寿郎さんとの幸せを堪能した。
布団の中でひたすら睦み合い、恋人としての時間を過ごした。
夜を迎える頃。杏寿郎さんが寝やる横で乱れに乱れた髪に櫛を入れていれば、鏡台の中の私が烈火の如く怒ってきた。
「諦めるの?貴女が手放すの?ぬるま湯に浸かったままでどうするの?
そこにいてはだめだとわかっているでしょ。
刀を取れ。起きろ、煉獄朝緋!!」
そんなこと言われなくてもわかってるよ。
ただ少しだけ休みたかったの。都合の良い夢を見せてくれたって良いじゃない。
櫛の代わりに手に戻る重量感。
刀の重みは命の重み。これまで救ってきた命と、これから助ける命。全てを背負う重さに心が燃える。
……でも、どうすればいいの。
夢を壊すにはこの世界を構成する何もかもを破壊するしかないのでは?生きとし生けるもの全てを一度無に返し、何もない誰もいない。自分さえもいない、ただの無の状態に戻す必要があるのでは?
けれど私に愛する人達を手にかける度胸はない。鬼と化しているならまだしも、夢の中に鬼はおらず、彼らは皆人間。
なら何をするか?自分が消えればいい、ただそれだけ。ファンタジーなんかではよく見かけるよね。夢で死ぬと起きるって。違うっけ。
……せめて痛くないといいなぁ。
「杏寿郎さん、素敵な夢をありがとう。これから私は現実へ戻ります」
大好きな人へひとつ口付けを落とし、刃を首に当てる。
しかし怖い。すごい怖い。すっっごい怖い!
どっどっどっ!
心臓がかつてないほどうるさい。鼓動に合わせて日輪刀がカタカタ鳴っているほどだ。
杏寿郎さんが起きてしまわないか心配……。
鬼との戦いで普段から生傷は絶えない。だから外傷への耐性もかなりあるほうだ。
鬼の攻撃の前に自ら飛び出した事だってある。
だけど、自分で自分を傷つける。それも死ぬためにだ。
こんなの無理でしょ。怖すぎるでしょ。
現実では死なないだろうって確信はしてるよ?でもそういう問題じゃない。怖いったら怖い。まだ誰かに斬り殺してもらった方がマシなくらいで。
いやだめだ。誰かになんて頼めない。ここで生きてる親?兄?槇寿朗さん?瑠火さん?千寿郎?……それとも杏寿郎さん?
そんなの絶対にできない。愛する人達に「私を殺して」なんて残酷な言葉は言えない!
なら自分で死ぬしか道はない。
「すぅ、はぁ……」
炎の呼吸を肺いっぱいに取り込めば、うるさかった心臓が落ち着いてくれた。さすがは呼吸法。万能すぎる……。
さあ震えよ止まれ。覚悟を決めろ。
ただこの刃を動かすだけ。研ぎ澄まされたこの刃なら一瞬だ。
今一度眠る貴方を目に焼き付ける。穏やかな笑み。なんと愛おしい。
そうだ。貴方のためにこの命はある!
胸にある覚悟を頼りにスッと真横にひけば、日輪刀を伝って紅い花が花弁を散らした。
真っ白な布団が、貴方の顔が。私のそれで赤く染まったのを最後に、全てが黒く塗りつぶされた。
目を覚ました瞬間に分かった。
これは私が望んだという夢の中。私の願望がそのまま現れた、所謂再現VTRみたいなものだ。
でなければ、庭の木に具材色々の稲荷寿司がなっているわけがない。
杏や桃、苺に葡萄が同じ木になってるだけならまぁ同じフルーツだし?まだ許せる。けど稲荷寿司って……。いやいや、あり得ないでしょ。
これも私の願望なんだろうなぁ。自分のことながら、ちょっとひいた。
願望の中にはすでに他界したはずの、この時代の両親達も奉公人として存在していたと思う。それどころか瑠火さんも御存命で、みんなが笑顔で過ごしていた事を覚えている。
きっとここで出会う明槻……兄も、鬼になっていないだろうから、過去に戻る血鬼術のことは何も教えてもらえないだろう。
なら、無理に会わなくてもいい。
両親達に会いたい気持ちは大きいけれど、どんな顔をして会えばいいか。どんな気持ちでいればいいかわからない。
だって所詮、夢だから。
「これ食べていいんだよね。私の夢だし」
それより腹が空いてたまらない。生い茂る葉を掻き分けてもぎ取るは、大好物の稲荷寿司ではない。
柔い橙色に熟した、杏の果実。杏寿郎さんと同じ色、同じ名前。
甘酸っぱい匂いを思い切り吸い込み、一口齧る。
「あ、ちゃんと生食用の杏だ」
生食用の品種でないと、杏は非常に酸っぱい果物だ。
甘露な果肉を味わい、残った種をころころと口の中で転がしながら、杏寿郎さんのことを思い出す。
この夢の中にもいるのは確実だけれど、それよりも私が思うのはここに来る前の光景。
「なんであそこで場面暗転するかな〜〜〜」
私だって恋する女の子だ。
機会があるなら、好きな人とちゅーくらいどんどんしたいに決まっている。どんどんは違うか。
あと少しで杏寿郎さんと口付けを交わすことができたのに、その直前でCM入りまーす!みたいに暗転してしまったのだ。悔しい。
ただ、多分だけれど、あれも夢の一部なのだろう。
鬼殺の際の杏寿郎さんのかっこよさは本物と同じでめちゃくちゃかっこよかったけれど、全員がいきなりあんなコミカルな表情に変わるわけはないし私がTPOと恥を捨てて杏寿郎さんに飛びつくなんて……。
……そういうこともあるかもしれないけど、否定したい。いや、否定させて。
「ン…………、」
杏の種が点々と無数に落ちている。いつこぼれ落ちたのか杏の汁も私の肌を伝っていた。
杏の汁だなんて、名前の響きも相まってドキドキする……。はしたない思いが寄せては返す。
腕の筋を伝うどこか扇情的にも映るそれを舌先で舐めとっていれば。
「俺ももらおう」
自分の目の前に影が落ちたと同時、後ろから手を絡め取られる。
顔だけで振り返れば、この夢の中でも最も私に関わりある人物。私の願望がそのまま形を取ったともいうべき愛する人、杏寿郎さんが着流しに身を包んでいた。
取られた腕に、ぬちりと生温かな舌先が這わされ、残った杏の汁を吸われる。
残ったのは、杏ではなく杏寿郎さんの匂いと強く吸われた鬱血痕。
「きょ、杏寿郎さん!なにしてるんですか……っ」
「何って、綺麗にしているだけだ。……うむ、やはり美味い」
列車の中で私の指を口に含んだ杏寿郎を思い出した。私の女の部分がやけに悦んでいる。
「やだもう、そんなトコに痕……美味しくなんてないはずです!」
「いいや、朝緋はどこをとっても美味い。どれ、他にも汁がついていないか確かめてやろう。
おいで」
『前』と違うのは、私が杏寿郎さんとすでに恋仲になっているという点だ。
この後の展開なんて、分かりきった事。
それを知っていてもなお、私という獲物は、食物連鎖の頂点に君臨する杏寿郎さんについていった。
連れられた部屋には艶やかな着物、そして鏡台が置かれている。見慣れた隊服も羽織も、そして日輪刀もどこにもない。
目だけで探そうとして、それを咎められた。
「ここに、俺の隣に……。どこへも行かないでくれ」
後ろから回された手は熱く、どこまでも愛おしい。
……これは夢。
鏡台の中に映る自分も、夢だ。目を覚ませとせかしていた。
かつて貴方はここに鬼はいないと言っていた。ここでなら貴方は傷つけられる事なく幸せに過ごせる。
ちゃんと現実には戻るよ。でも、ほんの少しだけ。ほんのひと時だけでいいの。私も鬼のこと、鬼殺隊のこと、つらく悲しい現実を忘れて甘い夢を見たいの。
たまにはわがままを言ってもばちは当たらないはずだ。だってここは、私に都合の良い夢なのだから。
「はい、杏寿郎さん。貴方の隣にいます」
どこにも行かないと言い切ることはできない。
けれど私は、お腹の上に回されている手に、自分の手のひらを重ねて答えた。
夢の中では、杏寿郎さんとの幸せを堪能した。
布団の中でひたすら睦み合い、恋人としての時間を過ごした。
夜を迎える頃。杏寿郎さんが寝やる横で乱れに乱れた髪に櫛を入れていれば、鏡台の中の私が烈火の如く怒ってきた。
「諦めるの?貴女が手放すの?ぬるま湯に浸かったままでどうするの?
そこにいてはだめだとわかっているでしょ。
刀を取れ。起きろ、煉獄朝緋!!」
そんなこと言われなくてもわかってるよ。
ただ少しだけ休みたかったの。都合の良い夢を見せてくれたって良いじゃない。
櫛の代わりに手に戻る重量感。
刀の重みは命の重み。これまで救ってきた命と、これから助ける命。全てを背負う重さに心が燃える。
……でも、どうすればいいの。
夢を壊すにはこの世界を構成する何もかもを破壊するしかないのでは?生きとし生けるもの全てを一度無に返し、何もない誰もいない。自分さえもいない、ただの無の状態に戻す必要があるのでは?
けれど私に愛する人達を手にかける度胸はない。鬼と化しているならまだしも、夢の中に鬼はおらず、彼らは皆人間。
なら何をするか?自分が消えればいい、ただそれだけ。ファンタジーなんかではよく見かけるよね。夢で死ぬと起きるって。違うっけ。
……せめて痛くないといいなぁ。
「杏寿郎さん、素敵な夢をありがとう。これから私は現実へ戻ります」
大好きな人へひとつ口付けを落とし、刃を首に当てる。
しかし怖い。すごい怖い。すっっごい怖い!
どっどっどっ!
心臓がかつてないほどうるさい。鼓動に合わせて日輪刀がカタカタ鳴っているほどだ。
杏寿郎さんが起きてしまわないか心配……。
鬼との戦いで普段から生傷は絶えない。だから外傷への耐性もかなりあるほうだ。
鬼の攻撃の前に自ら飛び出した事だってある。
だけど、自分で自分を傷つける。それも死ぬためにだ。
こんなの無理でしょ。怖すぎるでしょ。
現実では死なないだろうって確信はしてるよ?でもそういう問題じゃない。怖いったら怖い。まだ誰かに斬り殺してもらった方がマシなくらいで。
いやだめだ。誰かになんて頼めない。ここで生きてる親?兄?槇寿朗さん?瑠火さん?千寿郎?……それとも杏寿郎さん?
そんなの絶対にできない。愛する人達に「私を殺して」なんて残酷な言葉は言えない!
なら自分で死ぬしか道はない。
「すぅ、はぁ……」
炎の呼吸を肺いっぱいに取り込めば、うるさかった心臓が落ち着いてくれた。さすがは呼吸法。万能すぎる……。
さあ震えよ止まれ。覚悟を決めろ。
ただこの刃を動かすだけ。研ぎ澄まされたこの刃なら一瞬だ。
今一度眠る貴方を目に焼き付ける。穏やかな笑み。なんと愛おしい。
そうだ。貴方のためにこの命はある!
胸にある覚悟を頼りにスッと真横にひけば、日輪刀を伝って紅い花が花弁を散らした。
真っ白な布団が、貴方の顔が。私のそれで赤く染まったのを最後に、全てが黒く塗りつぶされた。