二周目 漆
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はたしてそこには、私たちを迎え討つかのように列車の顔と言えばいいのだろうか、無限列車の先頭部分が待っていた。
整備は終わっているのか、その外装は艶々に磨かれている。
下弦の壱は今、どこにいるんだろう。鬼の気配は微かに残っているけれど。
柱である杏寿郎さんも気がついたろう。目が鬼を探してあちらこちらへと動き回っていた。
眺めていたら人の気配が近づいてきた。親方と呼ばれているし年頃は壮年……とくれば、ここの責任者のよう。
整備に従事している者以外立ち入り禁止だそうだ。
呼吸すれば、機械油の独特の匂い、そして煤埃。うん、正に整備工場って感じだし立ち入り禁止だよね。下手に触ったら危ないもの。
杏寿郎さんは鬼殺隊……というか一般人とばれぬよう、鉄道管理局の依頼で弁当を差し入れに来た者だと虚偽を語ってみせた。
大丈夫かなあ、ばれたら困るんだけど。
……あっお弁当を渡されたみなさんはすごく嬉しそう。こんな夜更けまでお仕事してたらお腹空くもんなぁ。それに美味しいものは警戒を解いて口をも軽くするもんね。
杏寿郎さんの人心掌握術というか腹の虫掌握術というか。さすがです。
私は杏寿郎さんという神に今日も祈る。すごく強くてかっこよくて、たまに意地悪でお茶目なところもある、大事な大事な神に。
「で、アンタは?」
親方さんの目が、虚空に向かって祈る体勢の私に向いた。え、私の方が不審人物なの?どして??
「…………彼の助手です」
「助手?」
訝しげにじろじろと見られてしまった。
もしかして管理局の者に助手なんておかしいかな?世間ではまだ珍しい職業婦人だし奇妙奇天烈……ってほどじゃないかもしれないけれど、生足出した格好に変わった羽織を纏ってるし。羽織は杏寿郎さんも纏ってるけどさ。ばれるならわたしが理由かも。
でもこういうのは堂々としていればなんてことない。
「ああ!彼女は色んな意味での俺の助手だからな。
なあ、朝緋?」
色んな意味っていう部分に何かいやらしい含みを感じた。私にしか見えない位置からうっそりとした笑みを寄越してくる杏寿郎さんを、私は無視することにした。
寄越される熱視線で首筋がひりつく感覚。ああもう、焼け焦げてしまいそうだ。
基本的に私も杏寿郎さんも花より団子だ。
私も食べたい。涎出そう。
どうにもこうにもそう思わせるお弁当の甘辛い匂いを嗅ぎながら、情報収集に勤しむ。
まず気になるのは、無限列車が何故ここへ移されたのかだ。
聞けば、車体に悪いところも異常も何一つないのに人喰い列車と噂が出回り、無限列車製作・整備に関わってきた人達は悔しく思った。だから車庫から持ってきて整備のし直しを望んだのだと語ってもらえた。
この人たちもまた、自分の仕事に誇りを持って取り組んでいる。
無限列車なんて大嫌い。壊してやりたい。そう思っていた自分が恥ずかしい。
列車が悪いわけじゃないのに。この列車だって、人々が一生懸命作ったものなのに。
私が憎むべきは、それを利用しようとする鬼だけなのにね。
しかし、やはり問題はなく運行の再開も決まっているとのことを聞き、私は。
……ごめん、ちょっぴり前言撤回させて欲しい。運行はしないでほしい。走るのはやめてほしい。そう思ってしまった。
しかも運行の再開は明日の夜だと言う。
運命の日は明日の夜。もう、明日にまで迫っているのか……。
『前』を思い出して鼻がツンとした。
思わず涙ぐみそうになる自身を叱咤していると。
ピリッ!
『前』と違う筆頭の気配が場に満ち、私と杏寿郎さんは表情を固くする。
禍々しく気分の悪くなるこの独特の気配は鬼に他ならない。微かだけど血の匂いもする!
ただし上弦の参はもちろん、下弦の壱ではない。これはどちらかというと、昨晩の鬼のものだ。
「鬼ダ!鬼ガイルゾォ!」
要が警戒しろと金切声を上げる。鎹烏の二匹は工場から飛び立ち、他の隊士や隠を呼ぼうと夜空に舞い上がっていく。
次いで奥から悲鳴が聞こえた。
駆けつければ詰所にお弁当を届けようとしていた青年が、奥を見てへたり込み体を震わせている。
そこでは、一人の少年が鬼に捕まっていた。
「鬼狩りか」
鬼とみれば斬るのが常だしもう隠していないからいいけれど、腰に携える日輪刀で鬼狩りだと早々にばれた。
鬼は少年の体に鋭い爪を食い込ませ、拘束して離さない。これでは食べるというより人質だ。
それ以上近づかないようにと、親方さん達、そして私達を一定距離まで下がらせた。
卑怯な奴め。
どこか上弦の参を彷彿とさせるのは、体に走る刺青ゆえか。そこまで強くなさそうな鬼のようなのに、ひどく苛つかせる風体。
いや、上弦の参なら人質を取るなんて小汚い真似しないだろう。あれはそういう鬼だ。
怪我が簡単に治ったりするという意味では、鬼というだけで卑怯だけれども。
その時鬼が「オェ」とえずいた。
理由は足元に落ちたままのあのお弁当だ。おおう、勿体な……。
べキャ。
……は?
鬼が思い切りお弁当を踏みつけた。見るも無惨に中身が溢れ、土と混じる。
お弁当屋さんの頑張りを。丹精込めて作ったお弁当を。お米を作った農家の皆さん、お肉を人間に提供してくれた牛さん……すべて踏み躙った…………!食べ物を粗末にしやがった!!
鬼になってからというもの、人間の食事を全く受け付けないどころか、匂いそのものが駄目になったらしい。は?だから何?
杏寿郎さんも「俺の知る人々が真心込めて作った弁当だ。聞き捨てならんな」とかなりご立腹だが、それの比ではない。私は食べることも好きだが、作る事も好きなのだ。料理する人の気持ちを台無しにする奴は許さない。
ここが私と杏寿郎さんの、怒りの度合いの違いである。
食べ物の恨みは超超超恐ろしい。
鬼は不味い不味いと、今は懐かしき青汁の広告のように繰り返し曰い、拘束する少年のことも不味そうだと文句を垂れる。
なのに、その爪をより一層食い込ませて血の香りを周りに濃く撒き散らした。
「ちょっと!不味そうとか言ってるなら離してあげなさいよ!」
「あぁん?」
美味そうな人間は食べ、不味そうな人間は夜通し傷つけて楽しむ……だなんて、性格が悪すぎる!
だから切り裂き魔だったのか。しかし切り裂き魔なんて言われてるけれど、ジャックザリッパーとは似ても似つかない。
本家の切り裂き魔がいいとも思わないけれど、性根の腐りきった鬼よりはよほどマシに思えた。
杏寿郎さんも不愉快と称し、刀を鳴らす。
悔しかったら斬ってみろ、と鬼の刺青が光った。瞬間、高速で周りを走り抜けて撹乱しようとしてきた。
その異常さに周りの人間は恐れ慄き、避難した。
整備は終わっているのか、その外装は艶々に磨かれている。
下弦の壱は今、どこにいるんだろう。鬼の気配は微かに残っているけれど。
柱である杏寿郎さんも気がついたろう。目が鬼を探してあちらこちらへと動き回っていた。
眺めていたら人の気配が近づいてきた。親方と呼ばれているし年頃は壮年……とくれば、ここの責任者のよう。
整備に従事している者以外立ち入り禁止だそうだ。
呼吸すれば、機械油の独特の匂い、そして煤埃。うん、正に整備工場って感じだし立ち入り禁止だよね。下手に触ったら危ないもの。
杏寿郎さんは鬼殺隊……というか一般人とばれぬよう、鉄道管理局の依頼で弁当を差し入れに来た者だと虚偽を語ってみせた。
大丈夫かなあ、ばれたら困るんだけど。
……あっお弁当を渡されたみなさんはすごく嬉しそう。こんな夜更けまでお仕事してたらお腹空くもんなぁ。それに美味しいものは警戒を解いて口をも軽くするもんね。
杏寿郎さんの人心掌握術というか腹の虫掌握術というか。さすがです。
私は杏寿郎さんという神に今日も祈る。すごく強くてかっこよくて、たまに意地悪でお茶目なところもある、大事な大事な神に。
「で、アンタは?」
親方さんの目が、虚空に向かって祈る体勢の私に向いた。え、私の方が不審人物なの?どして??
「…………彼の助手です」
「助手?」
訝しげにじろじろと見られてしまった。
もしかして管理局の者に助手なんておかしいかな?世間ではまだ珍しい職業婦人だし奇妙奇天烈……ってほどじゃないかもしれないけれど、生足出した格好に変わった羽織を纏ってるし。羽織は杏寿郎さんも纏ってるけどさ。ばれるならわたしが理由かも。
でもこういうのは堂々としていればなんてことない。
「ああ!彼女は色んな意味での俺の助手だからな。
なあ、朝緋?」
色んな意味っていう部分に何かいやらしい含みを感じた。私にしか見えない位置からうっそりとした笑みを寄越してくる杏寿郎さんを、私は無視することにした。
寄越される熱視線で首筋がひりつく感覚。ああもう、焼け焦げてしまいそうだ。
基本的に私も杏寿郎さんも花より団子だ。
私も食べたい。涎出そう。
どうにもこうにもそう思わせるお弁当の甘辛い匂いを嗅ぎながら、情報収集に勤しむ。
まず気になるのは、無限列車が何故ここへ移されたのかだ。
聞けば、車体に悪いところも異常も何一つないのに人喰い列車と噂が出回り、無限列車製作・整備に関わってきた人達は悔しく思った。だから車庫から持ってきて整備のし直しを望んだのだと語ってもらえた。
この人たちもまた、自分の仕事に誇りを持って取り組んでいる。
無限列車なんて大嫌い。壊してやりたい。そう思っていた自分が恥ずかしい。
列車が悪いわけじゃないのに。この列車だって、人々が一生懸命作ったものなのに。
私が憎むべきは、それを利用しようとする鬼だけなのにね。
しかし、やはり問題はなく運行の再開も決まっているとのことを聞き、私は。
……ごめん、ちょっぴり前言撤回させて欲しい。運行はしないでほしい。走るのはやめてほしい。そう思ってしまった。
しかも運行の再開は明日の夜だと言う。
運命の日は明日の夜。もう、明日にまで迫っているのか……。
『前』を思い出して鼻がツンとした。
思わず涙ぐみそうになる自身を叱咤していると。
ピリッ!
『前』と違う筆頭の気配が場に満ち、私と杏寿郎さんは表情を固くする。
禍々しく気分の悪くなるこの独特の気配は鬼に他ならない。微かだけど血の匂いもする!
ただし上弦の参はもちろん、下弦の壱ではない。これはどちらかというと、昨晩の鬼のものだ。
「鬼ダ!鬼ガイルゾォ!」
要が警戒しろと金切声を上げる。鎹烏の二匹は工場から飛び立ち、他の隊士や隠を呼ぼうと夜空に舞い上がっていく。
次いで奥から悲鳴が聞こえた。
駆けつければ詰所にお弁当を届けようとしていた青年が、奥を見てへたり込み体を震わせている。
そこでは、一人の少年が鬼に捕まっていた。
「鬼狩りか」
鬼とみれば斬るのが常だしもう隠していないからいいけれど、腰に携える日輪刀で鬼狩りだと早々にばれた。
鬼は少年の体に鋭い爪を食い込ませ、拘束して離さない。これでは食べるというより人質だ。
それ以上近づかないようにと、親方さん達、そして私達を一定距離まで下がらせた。
卑怯な奴め。
どこか上弦の参を彷彿とさせるのは、体に走る刺青ゆえか。そこまで強くなさそうな鬼のようなのに、ひどく苛つかせる風体。
いや、上弦の参なら人質を取るなんて小汚い真似しないだろう。あれはそういう鬼だ。
怪我が簡単に治ったりするという意味では、鬼というだけで卑怯だけれども。
その時鬼が「オェ」とえずいた。
理由は足元に落ちたままのあのお弁当だ。おおう、勿体な……。
べキャ。
……は?
鬼が思い切りお弁当を踏みつけた。見るも無惨に中身が溢れ、土と混じる。
お弁当屋さんの頑張りを。丹精込めて作ったお弁当を。お米を作った農家の皆さん、お肉を人間に提供してくれた牛さん……すべて踏み躙った…………!食べ物を粗末にしやがった!!
鬼になってからというもの、人間の食事を全く受け付けないどころか、匂いそのものが駄目になったらしい。は?だから何?
杏寿郎さんも「俺の知る人々が真心込めて作った弁当だ。聞き捨てならんな」とかなりご立腹だが、それの比ではない。私は食べることも好きだが、作る事も好きなのだ。料理する人の気持ちを台無しにする奴は許さない。
ここが私と杏寿郎さんの、怒りの度合いの違いである。
食べ物の恨みは超超超恐ろしい。
鬼は不味い不味いと、今は懐かしき青汁の広告のように繰り返し曰い、拘束する少年のことも不味そうだと文句を垂れる。
なのに、その爪をより一層食い込ませて血の香りを周りに濃く撒き散らした。
「ちょっと!不味そうとか言ってるなら離してあげなさいよ!」
「あぁん?」
美味そうな人間は食べ、不味そうな人間は夜通し傷つけて楽しむ……だなんて、性格が悪すぎる!
だから切り裂き魔だったのか。しかし切り裂き魔なんて言われてるけれど、ジャックザリッパーとは似ても似つかない。
本家の切り裂き魔がいいとも思わないけれど、性根の腐りきった鬼よりはよほどマシに思えた。
杏寿郎さんも不愉快と称し、刀を鳴らす。
悔しかったら斬ってみろ、と鬼の刺青が光った。瞬間、高速で周りを走り抜けて撹乱しようとしてきた。
その異常さに周りの人間は恐れ慄き、避難した。