二周目 漆
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夜も更けてきた。
冷えた空気にきらりと光る星々。地上にまだそんなに光のない大正時代の夜空は綺麗だ。
「今夜は鬼が出そうですね……うう、寒っ」
「そうだな」
正直鬼なんて出て欲しくないけれど、既にいるというなら目の前に出てきて欲しい。うーん、矛盾してるよね。
さっさと頸をとって平和にしてしまいたい気持ちの表れだし、まあいいか。
それはそうと寒さを緩和しようとしてくれているのか、杏寿郎さんがピタリとくっついてきた。あったかいけど寄りかからないで重いぃ……。貴方が持ってる弁当が当たってまた重く感じる。
「その手にあるお弁当はどうするんですか?こっちもなかなかの数がありますよね」
「俺が食べる!……と言いたいところだが、用途は別にある」
「ふーん。お弁当に食べる以外の用途ねぇ……」
食いしんぼうが何を言っているのだろう?とその時の私は半信半疑だった。
そして杏寿郎さんは今夜の最終列車……には遅すぎる列車に私と共に乗り込んだ。列車が今夜お休みする車庫へ向かう、乗客の乗らない車両である。
「廻送列車ですけどいいんですかね?」
「いいと思いたい!
車庫に向かうだけの列車だ!問題はそうあるまい!」
「思いたいって……それ願望じゃん。廻送列車は基本的に乗車禁止なんですけど……」
列車の運行が始まって日も浅い大正の世に、廻送列車の概念がまだないことを祈ろう。
「まあ座ろうではないか」
促され、適当に空いている席へと腰を下ろす。杏寿郎さんの隣ではない場所に座ったら睨まれたので慌てて横に座り直す。
はいはい隣ですねわかりましたよ。
「二人きり……ではないだろうが、しばらくは二人だけだろうな」
「運転士や車掌さんが必ずいますからね」
未来だと自動運転の電車も増えてきてたなあ。たった百年くらいで人間社会が目まぐるしく変わったことになる。鬼なんかよりよほど凄いわ。
「朝緋、見てみろ。月が綺麗だな」
そう言いつつも私の顎に手を添えて自分の方へと向けさせ、目の前に見えるのが杏寿郎さんの顔だけにさせられる。
これじゃ見えるのは、遠くの月というより近くの太陽だ。
「詩人が紡ぐような愛の言葉なんて突然吐かれて、私はどう返せばいいんでしょう。
ーー君にいかで月にあらそうほどばかり、めぐりあひつつかげをならべん」
「なんだ、君の方がよほど詩人だな」
わはは!といつもの快活な笑いが響き、思い切り抱きしめられた。
「ちょ、杏寿郎さ、師範!駄目ですって」
「俺も同じ気持ちだ。君といたい……もっともっと近くに」
物凄く嬉しいけれど、言う場所を間違えてしまったかもしれない。杏寿郎さんにスイッチ入ってる気がしないでもない。
抱きしめられて既にゼロ距離だというのにもっと近くにって、そういう意味しかない。肉体的マイナス距離……って何考えてるの私。
杏寿郎さんが囁きを落とした時、要とあずまが違う席へとぴょんぴょん跳んで移動していった。気を利かせたんだろうけど、行かなくていいから!何もしないから!?
そうこうしてる間に、荒くなった杏寿郎さんの吐息が近く、そして熱くなった。
口付けなんて許したら、流されてしまう。
むぎゅっ。私はあと数ミリのところで、杏寿郎さんの唇を捕まえ指で挟むことに成功した。世にも珍しい杏寿郎さんのアヒル口だ。
「それ以上は駄目ですって。今は任務の真っ最中ですよっ」
ぐいぐいと押して、その体からも離れる。近寄れないように間に日輪刀を置けば、二人を隔てる壁代わりになった。
「はぁ……せっかく二人だけの車両だというのに、朝緋はなんて酷い御人だ」
「酷くて結構!杏寿郎さんのやり方に持っていかれると私の身が保ちませんからね。ここ、外だし……」
「外?列車の中だが!」
「屋敷じゃないって言ってるんですが!一応ここ人が来る場所なのわかります??」
「何っ!俺の事をこんなにしておいて本っ当に酷い子だな!?」
こんなにしておいてって、どわぁぁぁ!
杏寿郎さんの為に言わないでおくけれど、なんか凄いことになっていた。言っておくけど私何にもしませんよ。
「むっ!酷いで思い出したぞ。朝緋、先ほど俺の顔にあんぱんが張り付いた時、君一人が笑ったろう。あの所業、あまりにも酷いのではなかろうか!」
「ええとぉ〜笑いましたっけ?」
うっわ蒸し返された〜。杏寿郎さんって、根に持つタイプじゃないしすぐ忘れるのになんでこんな時だけ??
笑顔で返せば、私の笑顔以上のにっこり笑顔が向けられた。
目が笑ってない……ギラついてる。
その後軽〜くお仕置きされた。
なんとも耐え難い体の違和感の中、進み続ける列車に問いかけるようにつぶやく。
「無限列車がある機関庫まではどのくらいなんだろう」
「さあなぁ。夜明けまでについてくれると嬉しいんだがな。朝緋のためにも」
「……ソウデスネ」
君も欲しかろう?と悪どい微笑みを向けてくる杏寿郎さんに非難の目を送る。全然効いてない!
ふんだ、いいもん。こんな違和感、すぐにでも取り払ってみせますから。
「だっだれだ!!」
その時、車両の扉が開いて車掌さんが入ってきた。口調は不審者を咎めるような強いものだが、恐怖ゆえか顔色は青い。
「驚かせてしまい申し訳ありません」
「も、もう一人っ!?」
まだ恐怖はあるようだけれど、女性である私の姿を見せた事で少し落ち着いてくれたようだ。その隙に杏寿郎さんに耳打ちする。
「切り裂き魔が列車内で車掌さんを殺めた事件は起きてからそんなに立ってません。犯人と勘違いされているかもですね」
「そういえばそうだな」
途端、杏寿郎さんが徐に大きな風呂敷包みを開く。弁当弁当弁当、どこを見ても牛鍋弁当尽くしである。いい匂い〜。
「俺は見ての通りの弁当売りだ。決して怪しいものではないっ!」
「カァー」
いつのまに移動したのか、要まで一緒になって鳴いていた。
烏がいようとなんだろうと、杏寿郎さんのその格好は弁当売りには見えません。輝けるオーラが違う。
けどなるほど、こう言う時に弁当売りに見せかけるための小道具だったわけか。余ったらあとで食べちゃえばいいもんね。
不審そうにしながらも明るい杏寿郎さんに心を少し開いたか、それともお客への対応モードに移行したか。冷や汗を垂らしつつ、車掌さんは話をしてくれた。
「いや、しかし、この列車は車庫に入りますので……」
「うむ!了解している!そこに無限列車があると聞いた。それに用がある!」
だが無限列車は車庫にないという。あれっ?行き違いになっちゃったか。
話によると、今日の朝に設備の整った整備工場へと運ばれたとのことだ。そう言って窓の外、遠くを指差してくれた。
ここからでもガス灯で明るい工場が見える。
あそこに無限列車が……。私と杏寿郎さんの目が細められた。
車掌に車両の一番後ろへと案内してもらった。最後尾の外は風が強くて、スカートの裾がえらく気になるなあ。
杏寿郎さんの髪の毛や羽織もものすごい勢いではためいている。列車がどれほど速度を出しているかわかるだろう。柱や私の全速力からすると遅いけど。
「では俺達はここで降りるとしよう」
「勝手に乗ってすみませんでした。廻送列車なら要らないでしょうけど、乗せていただいた切符代です」
礼を言い、車庫に戻るまでの距離分には妥当な金額を握らせる。
「えっ!降りるって!?あ゛ーーーっ」
そして欄干から飛び降りた。
最初の時よりも顔を青くしたのが遠くからでもよく見える。
そりゃ驚くよね、普通死ぬし。あのスピードの中を飛び降りるってどこのハリウッド映画?って、鬼殺隊士じゃなかったら思うもの。鬼殺隊の人って、本当人外……自分含めて。
「お弁当横になってませんか?」
「包んであるから大丈夫だろう、行くぞ」
何事もなかったかのように軽やかに線路に降り立った私達は、線路から真っ直ぐに伸びた場に佇む整備工場を見据えた。
冷えた空気にきらりと光る星々。地上にまだそんなに光のない大正時代の夜空は綺麗だ。
「今夜は鬼が出そうですね……うう、寒っ」
「そうだな」
正直鬼なんて出て欲しくないけれど、既にいるというなら目の前に出てきて欲しい。うーん、矛盾してるよね。
さっさと頸をとって平和にしてしまいたい気持ちの表れだし、まあいいか。
それはそうと寒さを緩和しようとしてくれているのか、杏寿郎さんがピタリとくっついてきた。あったかいけど寄りかからないで重いぃ……。貴方が持ってる弁当が当たってまた重く感じる。
「その手にあるお弁当はどうするんですか?こっちもなかなかの数がありますよね」
「俺が食べる!……と言いたいところだが、用途は別にある」
「ふーん。お弁当に食べる以外の用途ねぇ……」
食いしんぼうが何を言っているのだろう?とその時の私は半信半疑だった。
そして杏寿郎さんは今夜の最終列車……には遅すぎる列車に私と共に乗り込んだ。列車が今夜お休みする車庫へ向かう、乗客の乗らない車両である。
「廻送列車ですけどいいんですかね?」
「いいと思いたい!
車庫に向かうだけの列車だ!問題はそうあるまい!」
「思いたいって……それ願望じゃん。廻送列車は基本的に乗車禁止なんですけど……」
列車の運行が始まって日も浅い大正の世に、廻送列車の概念がまだないことを祈ろう。
「まあ座ろうではないか」
促され、適当に空いている席へと腰を下ろす。杏寿郎さんの隣ではない場所に座ったら睨まれたので慌てて横に座り直す。
はいはい隣ですねわかりましたよ。
「二人きり……ではないだろうが、しばらくは二人だけだろうな」
「運転士や車掌さんが必ずいますからね」
未来だと自動運転の電車も増えてきてたなあ。たった百年くらいで人間社会が目まぐるしく変わったことになる。鬼なんかよりよほど凄いわ。
「朝緋、見てみろ。月が綺麗だな」
そう言いつつも私の顎に手を添えて自分の方へと向けさせ、目の前に見えるのが杏寿郎さんの顔だけにさせられる。
これじゃ見えるのは、遠くの月というより近くの太陽だ。
「詩人が紡ぐような愛の言葉なんて突然吐かれて、私はどう返せばいいんでしょう。
ーー君にいかで月にあらそうほどばかり、めぐりあひつつかげをならべん」
「なんだ、君の方がよほど詩人だな」
わはは!といつもの快活な笑いが響き、思い切り抱きしめられた。
「ちょ、杏寿郎さ、師範!駄目ですって」
「俺も同じ気持ちだ。君といたい……もっともっと近くに」
物凄く嬉しいけれど、言う場所を間違えてしまったかもしれない。杏寿郎さんにスイッチ入ってる気がしないでもない。
抱きしめられて既にゼロ距離だというのにもっと近くにって、そういう意味しかない。肉体的マイナス距離……って何考えてるの私。
杏寿郎さんが囁きを落とした時、要とあずまが違う席へとぴょんぴょん跳んで移動していった。気を利かせたんだろうけど、行かなくていいから!何もしないから!?
そうこうしてる間に、荒くなった杏寿郎さんの吐息が近く、そして熱くなった。
口付けなんて許したら、流されてしまう。
むぎゅっ。私はあと数ミリのところで、杏寿郎さんの唇を捕まえ指で挟むことに成功した。世にも珍しい杏寿郎さんのアヒル口だ。
「それ以上は駄目ですって。今は任務の真っ最中ですよっ」
ぐいぐいと押して、その体からも離れる。近寄れないように間に日輪刀を置けば、二人を隔てる壁代わりになった。
「はぁ……せっかく二人だけの車両だというのに、朝緋はなんて酷い御人だ」
「酷くて結構!杏寿郎さんのやり方に持っていかれると私の身が保ちませんからね。ここ、外だし……」
「外?列車の中だが!」
「屋敷じゃないって言ってるんですが!一応ここ人が来る場所なのわかります??」
「何っ!俺の事をこんなにしておいて本っ当に酷い子だな!?」
こんなにしておいてって、どわぁぁぁ!
杏寿郎さんの為に言わないでおくけれど、なんか凄いことになっていた。言っておくけど私何にもしませんよ。
「むっ!酷いで思い出したぞ。朝緋、先ほど俺の顔にあんぱんが張り付いた時、君一人が笑ったろう。あの所業、あまりにも酷いのではなかろうか!」
「ええとぉ〜笑いましたっけ?」
うっわ蒸し返された〜。杏寿郎さんって、根に持つタイプじゃないしすぐ忘れるのになんでこんな時だけ??
笑顔で返せば、私の笑顔以上のにっこり笑顔が向けられた。
目が笑ってない……ギラついてる。
その後軽〜くお仕置きされた。
なんとも耐え難い体の違和感の中、進み続ける列車に問いかけるようにつぶやく。
「無限列車がある機関庫まではどのくらいなんだろう」
「さあなぁ。夜明けまでについてくれると嬉しいんだがな。朝緋のためにも」
「……ソウデスネ」
君も欲しかろう?と悪どい微笑みを向けてくる杏寿郎さんに非難の目を送る。全然効いてない!
ふんだ、いいもん。こんな違和感、すぐにでも取り払ってみせますから。
「だっだれだ!!」
その時、車両の扉が開いて車掌さんが入ってきた。口調は不審者を咎めるような強いものだが、恐怖ゆえか顔色は青い。
「驚かせてしまい申し訳ありません」
「も、もう一人っ!?」
まだ恐怖はあるようだけれど、女性である私の姿を見せた事で少し落ち着いてくれたようだ。その隙に杏寿郎さんに耳打ちする。
「切り裂き魔が列車内で車掌さんを殺めた事件は起きてからそんなに立ってません。犯人と勘違いされているかもですね」
「そういえばそうだな」
途端、杏寿郎さんが徐に大きな風呂敷包みを開く。弁当弁当弁当、どこを見ても牛鍋弁当尽くしである。いい匂い〜。
「俺は見ての通りの弁当売りだ。決して怪しいものではないっ!」
「カァー」
いつのまに移動したのか、要まで一緒になって鳴いていた。
烏がいようとなんだろうと、杏寿郎さんのその格好は弁当売りには見えません。輝けるオーラが違う。
けどなるほど、こう言う時に弁当売りに見せかけるための小道具だったわけか。余ったらあとで食べちゃえばいいもんね。
不審そうにしながらも明るい杏寿郎さんに心を少し開いたか、それともお客への対応モードに移行したか。冷や汗を垂らしつつ、車掌さんは話をしてくれた。
「いや、しかし、この列車は車庫に入りますので……」
「うむ!了解している!そこに無限列車があると聞いた。それに用がある!」
だが無限列車は車庫にないという。あれっ?行き違いになっちゃったか。
話によると、今日の朝に設備の整った整備工場へと運ばれたとのことだ。そう言って窓の外、遠くを指差してくれた。
ここからでもガス灯で明るい工場が見える。
あそこに無限列車が……。私と杏寿郎さんの目が細められた。
車掌に車両の一番後ろへと案内してもらった。最後尾の外は風が強くて、スカートの裾がえらく気になるなあ。
杏寿郎さんの髪の毛や羽織もものすごい勢いではためいている。列車がどれほど速度を出しているかわかるだろう。柱や私の全速力からすると遅いけど。
「では俺達はここで降りるとしよう」
「勝手に乗ってすみませんでした。廻送列車なら要らないでしょうけど、乗せていただいた切符代です」
礼を言い、車庫に戻るまでの距離分には妥当な金額を握らせる。
「えっ!降りるって!?あ゛ーーーっ」
そして欄干から飛び降りた。
最初の時よりも顔を青くしたのが遠くからでもよく見える。
そりゃ驚くよね、普通死ぬし。あのスピードの中を飛び降りるってどこのハリウッド映画?って、鬼殺隊士じゃなかったら思うもの。鬼殺隊の人って、本当人外……自分含めて。
「お弁当横になってませんか?」
「包んであるから大丈夫だろう、行くぞ」
何事もなかったかのように軽やかに線路に降り立った私達は、線路から真っ直ぐに伸びた場に佇む整備工場を見据えた。