二周目 漆
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私達の関係の名が少し変わったからと言って、特別他のことが何か変わったりはしない。
鍛錬、鬼の頸、休養、鍛錬、鬼の頸、休養……その繰り返しだ。
あ、たまに鬼の頸をとった直後にまた鬼の頸を取りに行くこともあるか。その時はほんと疲れてる。
柱とすぐ下の階級の継子の二人。忙しいこの身は、恋人としての甘い時間もそこまで多く望めなかった。
代わりに久しく会えた時や任務が一緒になった後なんかは、それはもう大層甘えちゃうしお互い構い合うけども。
この間の杏寿郎さんなんて……むふっ!むふふ。これはナイショ。
機会があったらまたどこかで。
そして季節は巡り。
もうすぐ『その』季節はやってくる。
血のように赤い紅葉。『あの時』の貴方から流れ出たそれもまた同じ色をしていた。
それが時折、あの色あの光景を思い出して心に影を落とす。それまで紅葉を見るの好きだったのになぁ。
全ては鬼のせい!
紅葉が散り始める頃になって、同じような展開で進めば。
その任務を言い渡される日も近い。
「え?それって……無限列車という鉄道列車のことですか……?」
「そうだ!よく知っていたな!その無限列車だ!!」
ヒュッ
上手く呼吸が出来なかった。
こんなにも早くその時は訪れた。ここまで待ち望まない任務は未だかつてなかったろう。もちろん、鬼を退治する任務なんて一つもない方がいいし、いつも待ってなんかいない。
鬼よ滅べ。何度そう思ったことか。
あ、でも誰か私の目の前に上弦の参は連れてきていいよ。ふん縛った状態で、真昼間の太陽輝く青空の下でお願いしたい。
じゅーじゅーに焼かれる体と繋がったその頸は念入りに、じっくりと私が刎ねてあげるんだから。
しかし、上弦の鬼に会わなくて済むなら会わない方がいい。
一矢報いたいのは山々だが、どうせ今の私の刃では届かない。あの頸は斬れない。
それに今この瞬間に会ったら、トラウマが先行して頭がおかしくなってしまうかもしれない。頼むから心の準備をさせて欲しい!
現に無限列車そのものが、私にとってすでに史上最悪のトラウマへと変わっていた。無限列車なんて、壊してしまいたいほどに大嫌いだ。
「四十名ほどの人間が消えているとの話だ。
近くでは切り裂き魔も出ているそうでな、どちらも十中八九鬼の仕業だろう!許し難いな!!
併せて調べないとならないようで、数名の隊士が調査に出ている。
ん?朝緋?……朝緋、聞いているのか?」
頭の中には無限列車という言葉だけが、何度も何度もくどいほどにぐるぐるぐると永劫機関のように再生されている。暗く広い洞窟のように言葉は反響し、私の心を否応なしに抉ってくる。
目の前が歪み、暗く沈んでいく……。
おーいおーいと呼ぶ声も遠い。
いつもの大声ではあったが、杏寿郎さんの言葉は私には聞こえていなかった。
そして数日後。送り込んだ数名の隊士が消えたとの連絡があった。
さすがにその時は、正常な精神状態で報告を聞きましたとも。私は階級甲。鬼殺隊隊士でも指折りの剣士になったんだもの。いつまでもおかしくなってるわけにいかない。当たり前でしょ?
ただ、行方不明となった隊士には申し訳なくも、その隊士達が下弦の壱の頸をとってくれたらよかったのに。そうしたら無限列車などには乗り込まなくて済む。
……なんて、たられば話が浮かんでは消えた。
でも無理だろうことはわかっていた。
下弦の壱はそこまで強くない。だけど血鬼術はかなり厄介で、一般隊士に太刀打ちできるような鬼ではないこと。幸せな夢に落ちてしまえば簡単には戻れないことを。
今の私に止める術も権限もないからどうしようもなかった。
送り込まれた隊士が消息を断ち、骸をも残さずに消えてしまった今。確実に柱に。杏寿郎さんに任務が回ってくる。
この任務に行く事もまた、私に止める力はない。
「カァー!カァー!朝緋チャン任務任務ゥ!列車ノ鬼!退治退治、鬼退治ィ!!」
「ああ、運命の任務が来てしまったのね」
とうとうその任務が言い渡された。
逃れようのない、死刑執行の知らせのよう。
任務が書かれているお館様からの大切な文。その文を破り捨ててやりたい思いに駆られるのは、初めてのことだった。
「とめたいよ……行きたくないよぉ……」
自分にあてがわれた部屋で、ジタバタと座布団を抱きしめてもがく。あ、これ杏寿郎さんの顔を模した刺繍がしてある例の座布団ね。炎柱邸にも持ってきてるに決まってるでしょ?私、寝る時もこれがないのとあるのとでは、全然違うんだから!
ちなみに、共に暮らしていようと恋仲になろうと、今のところ杏寿郎さんにはこれの存在はバレていない。
もだもだと考えるも残念なことに、早くに杏寿郎さんにもその話は来ていた。杏寿郎さんはお館様から直接聞いているとの話だった。
当然か。私は継子だからついで。メインは杏寿郎さんなのだから。
「む。その任務は朝緋にも来ていたか!」
「ええまあ……継子である私も共に参加せよ、とのお話です」
「そうかそうか!それは何よりだ。嬉しいことだな」
嬉しい、か……。
私だって、鬼殺の任の間も一緒にいられるというのは嬉しい。どんな時も杏寿郎さんから離れたくないのだもの、当然よ。
でも、本当にこの任務だけはダメだ。杏寿郎さんを行かせたくない。
その思いは決して消えず、ついに鬼殺隊士としてあるまじき発言をするまでに至ってしまった。
「この任務、なんとかしてお断りすることはできないのでしょうか」
杏寿郎さんの目を見上げ、半ば懇願するような形で聞いてみる。こんなことをしてみたところで無駄だとはわかっていても、だ。
「できないな。俺の管轄区域だから俺が行かなくては話にならないだろう」
「そうですか…………行くんですね」
非難するような目を向けられて当然の発言をしてしまったが、杏寿郎さんは私の思いを怒らず、否定をもしなかった。
ぽす。気がつけば杏寿郎さんの胸に顔を押し付ける体勢になっていた。抱きしめられ、そっと優しくあやすように頭を。そして背を撫でられる。
「何が不安なのかはわからんが大丈夫だ。俺についてくるといい、守ってあげるとも。
まあ君は俺がそこまでしなくとも、十分に強い隊士だがな!」
はっはっはっ。
快活な笑い声でその場に流るる微妙な空気を払拭するように言うと、私を離してわっしゃわしゃと髪を掻き乱して撫でまくる。
せっかくいい香りの鬢付油で整えた髪が、ぐちゃぐちゃだ。
まあ結局、行きたくないのは杏寿郎さんを行かせたくないからなだけ。当の本人が行くことが決定してるなら、行きたくないも何もない。私も行く。
それに駄々を捏ねたって任務なのだから仕方ない事だし、我儘言って私だけ待機になるよりマシ。
そう思い、無理やり溜飲を下げた。
だが、自分の精神の奥深くまでは、騙すことはできなかった。
夢は深層心理の現れだという。
心に眠る真の望みを映し出す鏡。
だからか、その日見たのは悪夢だった。
これは、最近とんと見ていなかった史上最悪な悪夢。
脱線した無限列車を降りた先。あの強い鬼が杏寿郎さんを亡き者にする最低な夢。
『前』の時何度も見た夢だからか、私は奴のバサバサ睫毛の一本一本すら覚えてしまっている。
キィー!鬼のくせにマスカラ要らずでなんて羨ましいッ!ああまったく、腹の立つ鬼だこと。
そしてその夢の中でも、私の攻撃は鬼相手に何にもならない。自分の弱さに打ちひしがれ、ただただ絶望を生んでばかりいた。
夢から覚めてもそれは引き継がれてしまう。夢に引っ張られる。
ただ、なによりも一番心に傷を刻んでくるのは、大切な人が死ぬ光景。この夢を見るたびに何度も何度も。まるでそこだけリプレイで繰り返し再生される機械のよう。
いやだ、いかないで。行かないで。……逝かないで。
だけど貴方はこちらに振り向いてくれない。
その場所には入れない。助けに入ることすら許されない。
空が白み始める頃まで戦い抜いた貴方。
やがてその背からは鬼の腕が生え。
膝をついた貴方の体からびしゃりと赤い液体が迸る。ぼたぼたぼたと赤い花が咲くが如くどこまでも広がる赤。
赤黒く変色するまでに濃く色づいた紅葉の葉と似たその赤。
叫ばなかった。いや、叫べなかった。
夢の中の私は喉が潰れているかのように、声を出すことができなかった。
そうして夢は終わりを迎える。
物言わぬ貴方の顔を記憶に残して。
鍛錬、鬼の頸、休養、鍛錬、鬼の頸、休養……その繰り返しだ。
あ、たまに鬼の頸をとった直後にまた鬼の頸を取りに行くこともあるか。その時はほんと疲れてる。
柱とすぐ下の階級の継子の二人。忙しいこの身は、恋人としての甘い時間もそこまで多く望めなかった。
代わりに久しく会えた時や任務が一緒になった後なんかは、それはもう大層甘えちゃうしお互い構い合うけども。
この間の杏寿郎さんなんて……むふっ!むふふ。これはナイショ。
機会があったらまたどこかで。
そして季節は巡り。
もうすぐ『その』季節はやってくる。
血のように赤い紅葉。『あの時』の貴方から流れ出たそれもまた同じ色をしていた。
それが時折、あの色あの光景を思い出して心に影を落とす。それまで紅葉を見るの好きだったのになぁ。
全ては鬼のせい!
紅葉が散り始める頃になって、同じような展開で進めば。
その任務を言い渡される日も近い。
「え?それって……無限列車という鉄道列車のことですか……?」
「そうだ!よく知っていたな!その無限列車だ!!」
ヒュッ
上手く呼吸が出来なかった。
こんなにも早くその時は訪れた。ここまで待ち望まない任務は未だかつてなかったろう。もちろん、鬼を退治する任務なんて一つもない方がいいし、いつも待ってなんかいない。
鬼よ滅べ。何度そう思ったことか。
あ、でも誰か私の目の前に上弦の参は連れてきていいよ。ふん縛った状態で、真昼間の太陽輝く青空の下でお願いしたい。
じゅーじゅーに焼かれる体と繋がったその頸は念入りに、じっくりと私が刎ねてあげるんだから。
しかし、上弦の鬼に会わなくて済むなら会わない方がいい。
一矢報いたいのは山々だが、どうせ今の私の刃では届かない。あの頸は斬れない。
それに今この瞬間に会ったら、トラウマが先行して頭がおかしくなってしまうかもしれない。頼むから心の準備をさせて欲しい!
現に無限列車そのものが、私にとってすでに史上最悪のトラウマへと変わっていた。無限列車なんて、壊してしまいたいほどに大嫌いだ。
「四十名ほどの人間が消えているとの話だ。
近くでは切り裂き魔も出ているそうでな、どちらも十中八九鬼の仕業だろう!許し難いな!!
併せて調べないとならないようで、数名の隊士が調査に出ている。
ん?朝緋?……朝緋、聞いているのか?」
頭の中には無限列車という言葉だけが、何度も何度もくどいほどにぐるぐるぐると永劫機関のように再生されている。暗く広い洞窟のように言葉は反響し、私の心を否応なしに抉ってくる。
目の前が歪み、暗く沈んでいく……。
おーいおーいと呼ぶ声も遠い。
いつもの大声ではあったが、杏寿郎さんの言葉は私には聞こえていなかった。
そして数日後。送り込んだ数名の隊士が消えたとの連絡があった。
さすがにその時は、正常な精神状態で報告を聞きましたとも。私は階級甲。鬼殺隊隊士でも指折りの剣士になったんだもの。いつまでもおかしくなってるわけにいかない。当たり前でしょ?
ただ、行方不明となった隊士には申し訳なくも、その隊士達が下弦の壱の頸をとってくれたらよかったのに。そうしたら無限列車などには乗り込まなくて済む。
……なんて、たられば話が浮かんでは消えた。
でも無理だろうことはわかっていた。
下弦の壱はそこまで強くない。だけど血鬼術はかなり厄介で、一般隊士に太刀打ちできるような鬼ではないこと。幸せな夢に落ちてしまえば簡単には戻れないことを。
今の私に止める術も権限もないからどうしようもなかった。
送り込まれた隊士が消息を断ち、骸をも残さずに消えてしまった今。確実に柱に。杏寿郎さんに任務が回ってくる。
この任務に行く事もまた、私に止める力はない。
「カァー!カァー!朝緋チャン任務任務ゥ!列車ノ鬼!退治退治、鬼退治ィ!!」
「ああ、運命の任務が来てしまったのね」
とうとうその任務が言い渡された。
逃れようのない、死刑執行の知らせのよう。
任務が書かれているお館様からの大切な文。その文を破り捨ててやりたい思いに駆られるのは、初めてのことだった。
「とめたいよ……行きたくないよぉ……」
自分にあてがわれた部屋で、ジタバタと座布団を抱きしめてもがく。あ、これ杏寿郎さんの顔を模した刺繍がしてある例の座布団ね。炎柱邸にも持ってきてるに決まってるでしょ?私、寝る時もこれがないのとあるのとでは、全然違うんだから!
ちなみに、共に暮らしていようと恋仲になろうと、今のところ杏寿郎さんにはこれの存在はバレていない。
もだもだと考えるも残念なことに、早くに杏寿郎さんにもその話は来ていた。杏寿郎さんはお館様から直接聞いているとの話だった。
当然か。私は継子だからついで。メインは杏寿郎さんなのだから。
「む。その任務は朝緋にも来ていたか!」
「ええまあ……継子である私も共に参加せよ、とのお話です」
「そうかそうか!それは何よりだ。嬉しいことだな」
嬉しい、か……。
私だって、鬼殺の任の間も一緒にいられるというのは嬉しい。どんな時も杏寿郎さんから離れたくないのだもの、当然よ。
でも、本当にこの任務だけはダメだ。杏寿郎さんを行かせたくない。
その思いは決して消えず、ついに鬼殺隊士としてあるまじき発言をするまでに至ってしまった。
「この任務、なんとかしてお断りすることはできないのでしょうか」
杏寿郎さんの目を見上げ、半ば懇願するような形で聞いてみる。こんなことをしてみたところで無駄だとはわかっていても、だ。
「できないな。俺の管轄区域だから俺が行かなくては話にならないだろう」
「そうですか…………行くんですね」
非難するような目を向けられて当然の発言をしてしまったが、杏寿郎さんは私の思いを怒らず、否定をもしなかった。
ぽす。気がつけば杏寿郎さんの胸に顔を押し付ける体勢になっていた。抱きしめられ、そっと優しくあやすように頭を。そして背を撫でられる。
「何が不安なのかはわからんが大丈夫だ。俺についてくるといい、守ってあげるとも。
まあ君は俺がそこまでしなくとも、十分に強い隊士だがな!」
はっはっはっ。
快活な笑い声でその場に流るる微妙な空気を払拭するように言うと、私を離してわっしゃわしゃと髪を掻き乱して撫でまくる。
せっかくいい香りの鬢付油で整えた髪が、ぐちゃぐちゃだ。
まあ結局、行きたくないのは杏寿郎さんを行かせたくないからなだけ。当の本人が行くことが決定してるなら、行きたくないも何もない。私も行く。
それに駄々を捏ねたって任務なのだから仕方ない事だし、我儘言って私だけ待機になるよりマシ。
そう思い、無理やり溜飲を下げた。
だが、自分の精神の奥深くまでは、騙すことはできなかった。
夢は深層心理の現れだという。
心に眠る真の望みを映し出す鏡。
だからか、その日見たのは悪夢だった。
これは、最近とんと見ていなかった史上最悪な悪夢。
脱線した無限列車を降りた先。あの強い鬼が杏寿郎さんを亡き者にする最低な夢。
『前』の時何度も見た夢だからか、私は奴のバサバサ睫毛の一本一本すら覚えてしまっている。
キィー!鬼のくせにマスカラ要らずでなんて羨ましいッ!ああまったく、腹の立つ鬼だこと。
そしてその夢の中でも、私の攻撃は鬼相手に何にもならない。自分の弱さに打ちひしがれ、ただただ絶望を生んでばかりいた。
夢から覚めてもそれは引き継がれてしまう。夢に引っ張られる。
ただ、なによりも一番心に傷を刻んでくるのは、大切な人が死ぬ光景。この夢を見るたびに何度も何度も。まるでそこだけリプレイで繰り返し再生される機械のよう。
いやだ、いかないで。行かないで。……逝かないで。
だけど貴方はこちらに振り向いてくれない。
その場所には入れない。助けに入ることすら許されない。
空が白み始める頃まで戦い抜いた貴方。
やがてその背からは鬼の腕が生え。
膝をついた貴方の体からびしゃりと赤い液体が迸る。ぼたぼたぼたと赤い花が咲くが如くどこまでも広がる赤。
赤黒く変色するまでに濃く色づいた紅葉の葉と似たその赤。
叫ばなかった。いや、叫べなかった。
夢の中の私は喉が潰れているかのように、声を出すことができなかった。
そうして夢は終わりを迎える。
物言わぬ貴方の顔を記憶に残して。