ダイススロー 17回目
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これは本当に恐ろしい体験なのだろうか。
一体なにが悲しいというのだろうか
一体どこが辛いというのだろうか
一体どれほどの苦しみを感じているというのだろうか
私は…どうしてこの体験に怯えているのだろうか。
「逢夏?」
「ううん、なんでもない。
…大好きよ、ネロ。」
「なんだよ、いきなり。
………俺も、愛してる。」
既に答えが出ている問題をひたすら自問し続けているところに首を傾げたネロの声が響き、逢夏は笑顔で答えた。
向けられた笑みにつられる様に優しい頬笑みを浮かべたネロ。
その微笑みにはいつもであれば僅かに垣間見えた子供っぽさは微塵もない。
髪を優しく梳く左手はいつも見るものよりも僅かであるがハリを失い、…しかしそれと同時に頼りなさなど弱さを全く感じさせない。
そう
ネロは幾分か歳を重ねている様に見えた。
そして、逢夏自身も。
ここまで続いた気が遠くなるほどの長い体験。
一言で表すなら『幸せ』だった。
何時如何なる時も側にはネロが。
お互い壮年とくくられる歳となっても、その枠から外れても、仲睦まじく。
死も苦しみもはるか遠くに追いやった、幸せな何十年という生活を体験してきた。
そんな幸せで"恐ろしい"体験は最後の時を迎える。
動かない体。
心配そうな、けれど優しさに満ちたネロの穏やかな笑顔。
仄かに温かな手。
ゆっくりと重たくなる瞼。
…こんなに幸せなのに、最も恐ろしい体験?
幸せすぎて怖い
と…そういうことか、そう最初に一度だけ逢夏は嗤った。
けれど次の瞬間には…
「ごめんなさい…、ネロ。」
泣かずにはいられなかった。
それは…これが確かに"実現することを最も恐れている事"だったから。
抗う事の出来ない、贄としての本能が恐れる将来図だったからだ。
贄は悪魔の糧に、主の糧になるべくしている存在。
悪魔に植えつけられた本能はいつだって、"主に命を奪われ、その糧となる事"を望んでいる。
それはただ、それが唯一の存在の意義であるから。
とはいえ、今体験しているように
いつ、いつまでも幸せに…
ネロと共に歩んでいたいという願望は逢夏の中に確かに存在した。
しかしそれは淡い淡い、掴むことも触れることもできない雲の様な願望。
願望は正しく逢夏のもの。
本能も正しく逢夏のもの。
そんな2つは、心の内、その力の差など考える間もなく歴然だった。
「私は…ネロと幸せになる事を望んでない…って、……こと…?」
これは本能が恐れる世界。
幸せを前に本能が存在の意義を奪われる事を恐れる様を見せつけられ、ただ絶望するしかない世界。
たった一つの答えを導く、辛い体験。
「ネロ、…私は……私はいつか。」
いつか、…それは唐突に、しかし必然的に。
本能に屈してしまう時が来るだろう。
願望も本能の前に消え失せ、見の内の悪魔の望むが望んだままの贄と成り果てるだろう。
その時はきっと…ただ懇願するはず。
糧となる事を。
ネロによって齎される、死を。
「ごめんね…。
やっぱり、私じゃ…ダメなの。
このままじゃ…ネロを不幸にしてしまう。
ネロを、苦しませてしまう。」
彼を愛する気持ちすら
彼との誓いを守りたいという思いすら
いとも容易く塗りつぶしていく本能が、恐ろしい体験の最後を飾る安寧に悲痛な叫び声を上げ
その叫び声に応えるようにたったひとつ、辛苦の泣き声が暗転していく世界に響いた。
一体なにが悲しいというのだろうか
一体どこが辛いというのだろうか
一体どれほどの苦しみを感じているというのだろうか
私は…どうしてこの体験に怯えているのだろうか。
「逢夏?」
「ううん、なんでもない。
…大好きよ、ネロ。」
「なんだよ、いきなり。
………俺も、愛してる。」
既に答えが出ている問題をひたすら自問し続けているところに首を傾げたネロの声が響き、逢夏は笑顔で答えた。
向けられた笑みにつられる様に優しい頬笑みを浮かべたネロ。
その微笑みにはいつもであれば僅かに垣間見えた子供っぽさは微塵もない。
髪を優しく梳く左手はいつも見るものよりも僅かであるがハリを失い、…しかしそれと同時に頼りなさなど弱さを全く感じさせない。
そう
ネロは幾分か歳を重ねている様に見えた。
そして、逢夏自身も。
ここまで続いた気が遠くなるほどの長い体験。
一言で表すなら『幸せ』だった。
何時如何なる時も側にはネロが。
お互い壮年とくくられる歳となっても、その枠から外れても、仲睦まじく。
死も苦しみもはるか遠くに追いやった、幸せな何十年という生活を体験してきた。
そんな幸せで"恐ろしい"体験は最後の時を迎える。
動かない体。
心配そうな、けれど優しさに満ちたネロの穏やかな笑顔。
仄かに温かな手。
ゆっくりと重たくなる瞼。
…こんなに幸せなのに、最も恐ろしい体験?
幸せすぎて怖い
と…そういうことか、そう最初に一度だけ逢夏は嗤った。
けれど次の瞬間には…
「ごめんなさい…、ネロ。」
泣かずにはいられなかった。
それは…これが確かに"実現することを最も恐れている事"だったから。
抗う事の出来ない、贄としての本能が恐れる将来図だったからだ。
贄は悪魔の糧に、主の糧になるべくしている存在。
悪魔に植えつけられた本能はいつだって、"主に命を奪われ、その糧となる事"を望んでいる。
それはただ、それが唯一の存在の意義であるから。
とはいえ、今体験しているように
いつ、いつまでも幸せに…
ネロと共に歩んでいたいという願望は逢夏の中に確かに存在した。
しかしそれは淡い淡い、掴むことも触れることもできない雲の様な願望。
願望は正しく逢夏のもの。
本能も正しく逢夏のもの。
そんな2つは、心の内、その力の差など考える間もなく歴然だった。
「私は…ネロと幸せになる事を望んでない…って、……こと…?」
これは本能が恐れる世界。
幸せを前に本能が存在の意義を奪われる事を恐れる様を見せつけられ、ただ絶望するしかない世界。
たった一つの答えを導く、辛い体験。
「ネロ、…私は……私はいつか。」
いつか、…それは唐突に、しかし必然的に。
本能に屈してしまう時が来るだろう。
願望も本能の前に消え失せ、見の内の悪魔の望むが望んだままの贄と成り果てるだろう。
その時はきっと…ただ懇願するはず。
糧となる事を。
ネロによって齎される、死を。
「ごめんね…。
やっぱり、私じゃ…ダメなの。
このままじゃ…ネロを不幸にしてしまう。
ネロを、苦しませてしまう。」
彼を愛する気持ちすら
彼との誓いを守りたいという思いすら
いとも容易く塗りつぶしていく本能が、恐ろしい体験の最後を飾る安寧に悲痛な叫び声を上げ
その叫び声に応えるようにたったひとつ、辛苦の泣き声が暗転していく世界に響いた。