とうらぶの短いお話
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『加州と石川へ大加州刀展行った話』後日談というかお土産編
***
ーーリィン、ーーリリン。
涼しげな音を立てて風鈴が揺れる。
清光と歌仙が仕立ててくれた朝顔の着物をこの身に纏いながら、審神者の仕事をすること数時間。
「君たち、そろそろ休憩にしたらどうだい」
格子戸を静かに開けた初期刀・歌仙が、そう呼びかけてきた。
私ではなく、今日の近侍である清光がどこか間延びした声で返している。
「もしかしてもうそんな時間〜?」
「ああ、ちょうど申の刻をまわったところだよ」
午後三時か。凝り固まった肩を回し、うんと伸びをする。
目の前の書類を見ればあと少しといったところか。早く終わりにしてしまいたい。
「でも、もう少しなのよね……」
「ならここに茶と菓子を持ってこよう。適度に休憩を入れないと、逆に効率が悪いと思うよ」
「俺は賛成」
「はあ……そうね、脳に糖分を与えてあげなくっちゃ」
歌仙の言う通りだ。
シワの寄っているであろう、眉間を揉みながら、返事をする。
「よし。なら少し待っていてくれ」
「俺も手伝うよ」
「ところで二振りとも、」
部屋から出ていく清光、そして向こうへと消えようとする歌仙を呼び止める。
「これ本当に必要だった?」
私の視線の先は歌仙が開けた、格子戸だ。
今いる場所はいつもの審神者用の執務室ではなく、離れにある茶室練の一部屋だ。
先日、石川を訪れた際に、清光がいたく感動した格子戸。木虫籠格子と呼ばれたそれを、この茶室の周りに取り入れたのだ。
矍鑠色の深い色合いのそれは、金沢のひがし茶屋街を思い出させて嬉しくなるが、なぜそれを本丸に採用までしようと思ったのか……。
しかし皆、私がその部屋に入っている姿をやけに気に入っているようで。
最初は審神者を離れに押し込めたいのかと思ってしまった。嫌われたのかと心配した。
まあ、期間限定に過ぎないだろうけど。刀剣男士達が飽きたら、執務室に戻っていいと言われるに違いない。
「一部の刀剣男士にはとても人気のようだから、必要だと思うよ」
「そ、そうだよ!趣あっていいじゃん!
ね?歌仙」
「ふふ、僕もこの格子戸はなかなか風情があっていいと思うよ」
「ふうん……?とても人気、ねえ。よくわからないけれど、気に入ってるなら良かったわ」
清光の慌てぶりを見ると、なんだか流された気がしないでもない。
まあ、お茶の準備が整うまでは、少しでもいいから仕事を進めておきましょうかね。
「ーーーおやおや、また仕事を再開していたのかい?全く、君って子は……」
「仕事は一旦おしまい。お茶しよーね」
気がつけば、お茶とお菓子を置いた歌仙と清光の手によって、仕事道具を片付けられていた。
器用に私が握る筆を奪い取り、代わりに冷たいおしぼりを握らされた。反射的に手を拭けば、よく冷えたそれが筆を握り続けて痛み始めた手首に気持ちよかった。
二振りが入ってきた格子戸の外からは、短刀達や元気な刀剣達の声が聞こえた。癒し。
「皆、お八つの時間を存外に楽しみにしていたようだよ。君達が加賀でたくさんの土産物を買ってきたからね」
本丸にはかなりの数の刀剣男士がいる。ちゃーんと皆に行き渡るようにそれぞれを人数分買ったので、それはもうお土産の量は相当な量とかなりの重量になった。
清光と二人、転送する時は大変だったなあ。
「だから大広間から賑やかな声が聴こえるのね」
「そんな大層なものは、買ってきてないのになあ」
「僕もここで御相伴に預かるよ」
そう歌仙が言えば、清光は少し不服そうだったけれど、何も言わず大人しく私の隣に座った。あくまでも自分が今日の近侍だ。そう主張したいようだ。
心配しなくとも、あなたが近侍。変えたりしない。
そういう意味を込めて隣の清光の手にちょんと触れれば、すぐさま強く握り返されてしまった。
「加州」
驚いて固まる私の表情と、机の下で行われるそれを見逃す歌仙でもなく、鋭くて短い静止の声が。
「そういうのは主の許可を取ってからにしたまえ」
「旅行では何度も握ったから今更だぜ?」
「なっ!?
……まあ、二人での旅行だ。いくらでもそういう好機はあるに決まっていたね。今更咎めても仕方ない、か」
「そーそー、過去は変えられない。変えちゃダメ」
けど清光、繋いだ手の甲をくるくると撫でるのは違うと思うの。なんだかこう、ひどく官能的でぞわぞわするわ。
「ーーーごほん。君達が買ってきた菓子に合わせ、白桃の香りを移した煎茶を氷だけで淹れてみたんだ。
この紙ふうせんという茶菓子や柴舟の生姜せんべいにもきっと合うだろうと思ってね」
なかなか離してくれそうにない清光の手をぺしぺしと叩いて逃れ、目の前に置かれた切り子グラスを手に取る。
「あら、いい香り……」
「ほんとだ」
一口飲んでみればすっきりとしているのに、渋みがひとつもない。甘味は入れてないだろうにお茶本来の甘さが口いっぱいに広がった。
白桃の香りも豊かで、軒下に下げられた風鈴の音とも相まって、より一層涼しく感じる。いい風。いい味。いい香り。
「氷で淹れるとこんなに甘いんだ……」
「時間はかかってしまうけどね。甘露を入れてるわけじゃないから、菓子で糖分を摂取してくれ」
一口一口味わって飲んでいれば、歌仙がずずいと菓子を差し出してきた。
市松模様の神に包まれた真四角の箱を開けると、まぁるい最中が並んでいる。
夏限定の味を選んだので、色は白と薄青の二色展開。
銘菓のひとつ、『紙ふうせん」という菓子だ。
「へえ、齧るか繋ぎ目で剥がすかして食べるもののようだね」
「丸のまま食べちゃってもいいと思うよ。……ん、美味しい」
清光が一口で頬張った。なかなかみられない、口を豪快に開ける姿。
「まあ、清光ったら意外とお口大きいのね」
「ふふーん。なんで清光のお口は大きいの?それはあるじを食べるためさー!ってね」
「あはは……赤ずきんほど小さくないんだけどなあ」
しゃく、丸い最中を一口齧れば、薄青はソーダ。白は白桃の味がした。
外は最中、中は琥珀糖に近い硬いゼリーが入っていて、分解して食べれば紙ふうせんというより小さな玉手箱のようだった。
ああなるほど。これはこのお茶にもよく合うに決まっていたわね。歌仙のチョイスには日々感心させられる。
そうして三人で舌鼓を打っていると、歌仙が箱の紙を手に取った。
「……ん、この紙は何だい?」
添えられるようにして、数枚の折り紙と紙ふうせんの折り方が入っている。なかなかにくい心遣いだなあ。短刀達に持っていこう。
「加賀の人間は、こういった遊び心も大切にしてきたのか。加州はいい国に生まれたね」
「へへ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
照れながら清光が新しく口にした『柴舟』の生姜の香りが部屋に漂う。
干菓子の一種に分類されるこれもまた、主張の淡い、冷たいお茶とよくあった。
それ以前に生姜の味が濃いめだと言うのも大きいかもしれないが。
生姜糖に近い、と言えばわかるかと。
***
ーーリィン、ーーリリン。
涼しげな音を立てて風鈴が揺れる。
清光と歌仙が仕立ててくれた朝顔の着物をこの身に纏いながら、審神者の仕事をすること数時間。
「君たち、そろそろ休憩にしたらどうだい」
格子戸を静かに開けた初期刀・歌仙が、そう呼びかけてきた。
私ではなく、今日の近侍である清光がどこか間延びした声で返している。
「もしかしてもうそんな時間〜?」
「ああ、ちょうど申の刻をまわったところだよ」
午後三時か。凝り固まった肩を回し、うんと伸びをする。
目の前の書類を見ればあと少しといったところか。早く終わりにしてしまいたい。
「でも、もう少しなのよね……」
「ならここに茶と菓子を持ってこよう。適度に休憩を入れないと、逆に効率が悪いと思うよ」
「俺は賛成」
「はあ……そうね、脳に糖分を与えてあげなくっちゃ」
歌仙の言う通りだ。
シワの寄っているであろう、眉間を揉みながら、返事をする。
「よし。なら少し待っていてくれ」
「俺も手伝うよ」
「ところで二振りとも、」
部屋から出ていく清光、そして向こうへと消えようとする歌仙を呼び止める。
「これ本当に必要だった?」
私の視線の先は歌仙が開けた、格子戸だ。
今いる場所はいつもの審神者用の執務室ではなく、離れにある茶室練の一部屋だ。
先日、石川を訪れた際に、清光がいたく感動した格子戸。木虫籠格子と呼ばれたそれを、この茶室の周りに取り入れたのだ。
矍鑠色の深い色合いのそれは、金沢のひがし茶屋街を思い出させて嬉しくなるが、なぜそれを本丸に採用までしようと思ったのか……。
しかし皆、私がその部屋に入っている姿をやけに気に入っているようで。
最初は審神者を離れに押し込めたいのかと思ってしまった。嫌われたのかと心配した。
まあ、期間限定に過ぎないだろうけど。刀剣男士達が飽きたら、執務室に戻っていいと言われるに違いない。
「一部の刀剣男士にはとても人気のようだから、必要だと思うよ」
「そ、そうだよ!趣あっていいじゃん!
ね?歌仙」
「ふふ、僕もこの格子戸はなかなか風情があっていいと思うよ」
「ふうん……?とても人気、ねえ。よくわからないけれど、気に入ってるなら良かったわ」
清光の慌てぶりを見ると、なんだか流された気がしないでもない。
まあ、お茶の準備が整うまでは、少しでもいいから仕事を進めておきましょうかね。
「ーーーおやおや、また仕事を再開していたのかい?全く、君って子は……」
「仕事は一旦おしまい。お茶しよーね」
気がつけば、お茶とお菓子を置いた歌仙と清光の手によって、仕事道具を片付けられていた。
器用に私が握る筆を奪い取り、代わりに冷たいおしぼりを握らされた。反射的に手を拭けば、よく冷えたそれが筆を握り続けて痛み始めた手首に気持ちよかった。
二振りが入ってきた格子戸の外からは、短刀達や元気な刀剣達の声が聞こえた。癒し。
「皆、お八つの時間を存外に楽しみにしていたようだよ。君達が加賀でたくさんの土産物を買ってきたからね」
本丸にはかなりの数の刀剣男士がいる。ちゃーんと皆に行き渡るようにそれぞれを人数分買ったので、それはもうお土産の量は相当な量とかなりの重量になった。
清光と二人、転送する時は大変だったなあ。
「だから大広間から賑やかな声が聴こえるのね」
「そんな大層なものは、買ってきてないのになあ」
「僕もここで御相伴に預かるよ」
そう歌仙が言えば、清光は少し不服そうだったけれど、何も言わず大人しく私の隣に座った。あくまでも自分が今日の近侍だ。そう主張したいようだ。
心配しなくとも、あなたが近侍。変えたりしない。
そういう意味を込めて隣の清光の手にちょんと触れれば、すぐさま強く握り返されてしまった。
「加州」
驚いて固まる私の表情と、机の下で行われるそれを見逃す歌仙でもなく、鋭くて短い静止の声が。
「そういうのは主の許可を取ってからにしたまえ」
「旅行では何度も握ったから今更だぜ?」
「なっ!?
……まあ、二人での旅行だ。いくらでもそういう好機はあるに決まっていたね。今更咎めても仕方ない、か」
「そーそー、過去は変えられない。変えちゃダメ」
けど清光、繋いだ手の甲をくるくると撫でるのは違うと思うの。なんだかこう、ひどく官能的でぞわぞわするわ。
「ーーーごほん。君達が買ってきた菓子に合わせ、白桃の香りを移した煎茶を氷だけで淹れてみたんだ。
この紙ふうせんという茶菓子や柴舟の生姜せんべいにもきっと合うだろうと思ってね」
なかなか離してくれそうにない清光の手をぺしぺしと叩いて逃れ、目の前に置かれた切り子グラスを手に取る。
「あら、いい香り……」
「ほんとだ」
一口飲んでみればすっきりとしているのに、渋みがひとつもない。甘味は入れてないだろうにお茶本来の甘さが口いっぱいに広がった。
白桃の香りも豊かで、軒下に下げられた風鈴の音とも相まって、より一層涼しく感じる。いい風。いい味。いい香り。
「氷で淹れるとこんなに甘いんだ……」
「時間はかかってしまうけどね。甘露を入れてるわけじゃないから、菓子で糖分を摂取してくれ」
一口一口味わって飲んでいれば、歌仙がずずいと菓子を差し出してきた。
市松模様の神に包まれた真四角の箱を開けると、まぁるい最中が並んでいる。
夏限定の味を選んだので、色は白と薄青の二色展開。
銘菓のひとつ、『紙ふうせん」という菓子だ。
「へえ、齧るか繋ぎ目で剥がすかして食べるもののようだね」
「丸のまま食べちゃってもいいと思うよ。……ん、美味しい」
清光が一口で頬張った。なかなかみられない、口を豪快に開ける姿。
「まあ、清光ったら意外とお口大きいのね」
「ふふーん。なんで清光のお口は大きいの?それはあるじを食べるためさー!ってね」
「あはは……赤ずきんほど小さくないんだけどなあ」
しゃく、丸い最中を一口齧れば、薄青はソーダ。白は白桃の味がした。
外は最中、中は琥珀糖に近い硬いゼリーが入っていて、分解して食べれば紙ふうせんというより小さな玉手箱のようだった。
ああなるほど。これはこのお茶にもよく合うに決まっていたわね。歌仙のチョイスには日々感心させられる。
そうして三人で舌鼓を打っていると、歌仙が箱の紙を手に取った。
「……ん、この紙は何だい?」
添えられるようにして、数枚の折り紙と紙ふうせんの折り方が入っている。なかなかにくい心遣いだなあ。短刀達に持っていこう。
「加賀の人間は、こういった遊び心も大切にしてきたのか。加州はいい国に生まれたね」
「へへ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
照れながら清光が新しく口にした『柴舟』の生姜の香りが部屋に漂う。
干菓子の一種に分類されるこれもまた、主張の淡い、冷たいお茶とよくあった。
それ以前に生姜の味が濃いめだと言うのも大きいかもしれないが。
生姜糖に近い、と言えばわかるかと。