とうらぶの短いお話
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買い物をして歩けば腹も空くもので、美味しそうな割烹料理屋を見つけた俺たちはそこに昼食の予約を入れた。
まだ食べられるまでに時間があるな。
でも休憩したい。俺はいいけど、あるじを歩かせすぎたかもしれない。
さっき熱中症もかくやというほどに赤くさせちゃった前科も俺にはある。
どうしよっかな。俺も暑いし。
「あっつー」
襟巻きと胸元をくつろげてぱたぱたと風を送り扇ぐ。
あるじの目が、そしてまわりの目もが、俺のそこに集まっていた。
ああ、黒と赤が目立つ格好なのに、いきなりくつろげたら肌の白さが際立つもんな。
刀剣男士は日焼けしない。しても手入れで元通り。
「俺の裸を見るやつは、死ぬぜ?……なんてね」
「清光ったら……」
思わず口をついてでた真剣必殺のセリフに、困ったように笑ったあるじは、あーらら。また赤くなってる。危ないね、熱中症待ったなし、かな。
喉も乾いてるし、さっき気になったお茶屋に誘おう。
「ね、ね。行きたいお茶屋さんがあるんだ。行っていいかな」
「もちろん。まだ時間あるし大丈夫よ」
若者が入っている抹茶のスイーツ店や、モダンなカフェー。
そういうのもいいけれど、この情緒をもう少しあるじと堪能したくて、俺は歩いている時に気になった茶屋へとあるじを案内した。
茶の湯を楽しめるような、こじんまりとした小さな小さな茶屋。
中に飾られた骨董や想像で描かれたらしき鳥の美しい屏風が迎える中、冷たいお茶を頼む。
人でごった返している表通りの人気のスイーツ店よりもいい。音を立てるのは、奥で店主が抹茶を点てる茶筅、そしてカラリと氷が動くそれ。
ああ、落ち着く。いい時間だ。
添えられた干菓子が、丁寧に淹れられた煎茶や抹茶とよく合った。
「美味しい……それに静かね。落ち着く」
「気に入ったならよかった」
「うん。ありがとう」
「へへ。こういうゆっくりした時間って本丸にいると、取れるようで取れないよね。
俺ね、あるじとこういうところで何も考えずにゆるりと過ごしてみたかったんだ」
その時間は昼食の時間を知らせる電話が来るまで続いた。
昼は、のどぐろの炙りがが乗った石焼に、お好みで出汁をかけていただく茶漬けを食べた。
のどぐろは食べてみたかったからいいけど上には金箔が散らされているし、器なども九谷焼を使っている。おまけに割烹だしここって結構するのでは?
聞こうとすれば、あるじは「みんなには内緒」とだけ小さく言った。
あるじと一緒なだけで相当の贅沢なのに、更にこんな贅沢なご褒美。罰が当たりそう!
罰は当たらないにしても、きっと俺は一生分の運を、この旅行で使い切ってしまっただろう。
「ごちそうさま。さて、いい時間だしそろそろ帰ろっか」
「ん……」
買い忘れがないことを確認して、駐車場へと歩みを進める。
金沢を色々回った気がするけど、まだまだ行ってない場所であふれてるなあ。
「にし茶屋街と長町武家屋敷跡、近江町市場なんかはまた今度、かな」
「清光碑や八幡宮も行ってないものね。
清光の刀匠とされてる長兵衛清光さんの眠る、浄照寺にもご挨拶してないし、かちや町も行かないで終わったわ。
時間が足りないのだから仕方ないけれど……」
かちや町は鍛冶屋町のことだ。刀鍛冶が集まって暮らしていたとされる区画。
そこはともかくとして、あるじは俺の生みの親の墓にまで行きたかったの?
「というかやめて。挨拶までしなくていいよ。実家の人と話されるみたいでなんか恥ずかしい……」
「恥ずかしいなんてことないでしょう?
あなたは私の誇るべきかわいいかわいい刀剣よ。こんなに大きくなりました。たくさん活躍しましたよ、って自慢したいの」
「も〜。
そんなに照れさせて何がしたいのさー」
「あはは、ごめんね」
ぽこぽことあるじの背中を叩けば、きゃらきゃらと笑って返された。
まったく。あるじに愛されすぎるのも考えものかな。
大丈夫、他の刀剣男士に悋気を覚えるときはあるけど、愛されてる自覚はちゃんとある。俺は堕ちたりしない。俺は堕ちかけることもない。これまでも、これからも。
「さ、いざ出陣、ってね。車出すよー」
「ふふふ、乱のセリフね。清光、よろしくお願いします」
「まかせて」
行きは良い良い帰りは怖い、なんて誰が言ったのだったか。
帰り道は行きよりも楽で、途中の各サービスエリアで寄り道を楽しめるほどだった。
高速道路からばっちり見えるキラキラした日本海は目に眩しく、碓氷軽井沢付近を通る際に聳える高岩や山々は壮大で、たまに運転技術を試されるようなトンネルと下り坂とぐねぐねしたカーブの険しさ。
運転技術が付け焼き刃の刀剣男士だったら、とっくに事故を起こしていたかもしれない。高速道路上で下り坂のカーブは恐ろしいからね。これが一般山道ってんならわかるけど。
俺?スリルがあって楽しかったよ。……あるじは横で不安そうに「ちょっぴり怖いわ」って言ってたけど。
ンン゛っ!かわいい。その瞬間、スピードが上がりそうになった。
同じ轍は踏まない。行きみたいに運転に気持ちが出ることはなかった。
でも運転中じゃなかったら、抱きしめたかったよ。
……昨日の夜には触れないと決めたけど、それはあるじが寝ている時の場合だし。
あるじが起きている時で、了承さえもらえるならば俺の胸はあるじのためにいつだって開けとくぜ?
「えーと、石川、富山、新潟、長野、群馬、栃木、埼玉、茨城……そして東京かあ。ここを入れなければ、八県も跨いでるよ。びっくりだ」
「たくさんの県を通ったわね」
そして到着した政府管轄の場所へ。
最初の地点へと無事に到着した俺達は、車から降りて大きく伸びをした。
凝り固まった筋肉が、バキバキと音を立てる。
「んーーー!」
「ふふ、さすがに疲れたでしょう?ごめんね。よかったらこの団子食べてちょうだい」
あるじが審神者用の小さい鞄を使って、出陣時によく見る疲労回復の団子を呼び寄せた。
俺はそれにやんわりと断りを入れて、鞄へと戻させる。
「ひとくち団子は要らないよ。
そういうのはもっと大事な時にとっておいて?斬った張ったしてる出陣の時とかさ。その方があるじの心の平穏にも繋がるでしょ」
「そう、ね……」
出陣の話を出してしまった俺にも問題あるかもしれないけれど、歯切りの悪い返事があるじから返ってきた。
いつまでもこれじゃ、あるじがダメになってしまう。
「なーに?あるじはまたお豆腐メンタルに逆もどりしてるの?」
「だって、帰ったらまた清光は出陣して……傷ついて帰ってくる……。
部隊を送り出すのは本当は嫌。行ってほしくない。傷ついたみんなを見るのは嫌。
人間のエゴで戦わせて……ごめんなさい、ごめんなさい……」
むに。その両頬を手で潰すように包んで上向かせた。
漆黒に近い瞳と、俺の赤の瞳。視線がかち合う。
「刀剣男士は歴史を守ってこそ。傷つくのはしかたない。それは名誉の負傷だ。
心配しないでとは言わないけどそんなになるまで自分の心を傷めつけないで?
俺は絶対に折れないで帰ってくるから。いや、他の誰も折らせたりなんかしない」
「清光……」
感情が震えたか。くしゃりと、顔を歪めて泣き出してしまいそうなあるじに向かって、俺は笑みを飛ばした。
「出陣のこととなるとマイナス思考になるのは、ほんっとあるじの悪い癖。
せっかく楽しいとこ行ってきたんだから、もっと笑ってよ。
あるじの笑顔は、俺の疲労回復剤なんだからさ」
最後に、あるじの頬から手を離し、頭をぽんぽんと優しく叩いた。
……まるで幼子にするかのように。
「まあ、実際疲れたか疲れてないかで言えばそこそこ疲れてるけど、あるじと一緒に過ごせたってことだけで疲れも吹っ飛ぶってかんじ?あるじを独り占めできてすごく役得だったよ。
だからごめんじゃなくて、俺としては笑顔でありがとうのほうが嬉しいってわけ。
わかる?」
「ふふ、わかったわ。ありがとう」
綻ぶあるじの笑顔と共にもたらされた感謝の言葉。
これだけで黄色い疲労も、まっさらになり、消えていく気分だ。
「いーえ。どういたしまして」
また行こうね。今度は、温泉込みとかでなんて……どう?
含みを持たせながら耳元に囁いた俺は、茹で蛸みたいな顔になったあるじの手を静かに取った。
やっぱり俺は他の刀剣男士より一歩……ううん。十歩くらいは進んでる、かもね。
***
いろんな場面をちょっぴり捏造してるけど、思ったことや行動の大筋はあってる。
跨いだ県としては、茨城が出発点であり到着点なので東京は入ってませんが、小説の都合上追加しました。
刀を見に行くというか、もはや旅行ですね。実際めちゃくちゃ旅行だったし!
次はできれば冬に行きたいなあ。
まだ食べられるまでに時間があるな。
でも休憩したい。俺はいいけど、あるじを歩かせすぎたかもしれない。
さっき熱中症もかくやというほどに赤くさせちゃった前科も俺にはある。
どうしよっかな。俺も暑いし。
「あっつー」
襟巻きと胸元をくつろげてぱたぱたと風を送り扇ぐ。
あるじの目が、そしてまわりの目もが、俺のそこに集まっていた。
ああ、黒と赤が目立つ格好なのに、いきなりくつろげたら肌の白さが際立つもんな。
刀剣男士は日焼けしない。しても手入れで元通り。
「俺の裸を見るやつは、死ぬぜ?……なんてね」
「清光ったら……」
思わず口をついてでた真剣必殺のセリフに、困ったように笑ったあるじは、あーらら。また赤くなってる。危ないね、熱中症待ったなし、かな。
喉も乾いてるし、さっき気になったお茶屋に誘おう。
「ね、ね。行きたいお茶屋さんがあるんだ。行っていいかな」
「もちろん。まだ時間あるし大丈夫よ」
若者が入っている抹茶のスイーツ店や、モダンなカフェー。
そういうのもいいけれど、この情緒をもう少しあるじと堪能したくて、俺は歩いている時に気になった茶屋へとあるじを案内した。
茶の湯を楽しめるような、こじんまりとした小さな小さな茶屋。
中に飾られた骨董や想像で描かれたらしき鳥の美しい屏風が迎える中、冷たいお茶を頼む。
人でごった返している表通りの人気のスイーツ店よりもいい。音を立てるのは、奥で店主が抹茶を点てる茶筅、そしてカラリと氷が動くそれ。
ああ、落ち着く。いい時間だ。
添えられた干菓子が、丁寧に淹れられた煎茶や抹茶とよく合った。
「美味しい……それに静かね。落ち着く」
「気に入ったならよかった」
「うん。ありがとう」
「へへ。こういうゆっくりした時間って本丸にいると、取れるようで取れないよね。
俺ね、あるじとこういうところで何も考えずにゆるりと過ごしてみたかったんだ」
その時間は昼食の時間を知らせる電話が来るまで続いた。
昼は、のどぐろの炙りがが乗った石焼に、お好みで出汁をかけていただく茶漬けを食べた。
のどぐろは食べてみたかったからいいけど上には金箔が散らされているし、器なども九谷焼を使っている。おまけに割烹だしここって結構するのでは?
聞こうとすれば、あるじは「みんなには内緒」とだけ小さく言った。
あるじと一緒なだけで相当の贅沢なのに、更にこんな贅沢なご褒美。罰が当たりそう!
罰は当たらないにしても、きっと俺は一生分の運を、この旅行で使い切ってしまっただろう。
「ごちそうさま。さて、いい時間だしそろそろ帰ろっか」
「ん……」
買い忘れがないことを確認して、駐車場へと歩みを進める。
金沢を色々回った気がするけど、まだまだ行ってない場所であふれてるなあ。
「にし茶屋街と長町武家屋敷跡、近江町市場なんかはまた今度、かな」
「清光碑や八幡宮も行ってないものね。
清光の刀匠とされてる長兵衛清光さんの眠る、浄照寺にもご挨拶してないし、かちや町も行かないで終わったわ。
時間が足りないのだから仕方ないけれど……」
かちや町は鍛冶屋町のことだ。刀鍛冶が集まって暮らしていたとされる区画。
そこはともかくとして、あるじは俺の生みの親の墓にまで行きたかったの?
「というかやめて。挨拶までしなくていいよ。実家の人と話されるみたいでなんか恥ずかしい……」
「恥ずかしいなんてことないでしょう?
あなたは私の誇るべきかわいいかわいい刀剣よ。こんなに大きくなりました。たくさん活躍しましたよ、って自慢したいの」
「も〜。
そんなに照れさせて何がしたいのさー」
「あはは、ごめんね」
ぽこぽことあるじの背中を叩けば、きゃらきゃらと笑って返された。
まったく。あるじに愛されすぎるのも考えものかな。
大丈夫、他の刀剣男士に悋気を覚えるときはあるけど、愛されてる自覚はちゃんとある。俺は堕ちたりしない。俺は堕ちかけることもない。これまでも、これからも。
「さ、いざ出陣、ってね。車出すよー」
「ふふふ、乱のセリフね。清光、よろしくお願いします」
「まかせて」
行きは良い良い帰りは怖い、なんて誰が言ったのだったか。
帰り道は行きよりも楽で、途中の各サービスエリアで寄り道を楽しめるほどだった。
高速道路からばっちり見えるキラキラした日本海は目に眩しく、碓氷軽井沢付近を通る際に聳える高岩や山々は壮大で、たまに運転技術を試されるようなトンネルと下り坂とぐねぐねしたカーブの険しさ。
運転技術が付け焼き刃の刀剣男士だったら、とっくに事故を起こしていたかもしれない。高速道路上で下り坂のカーブは恐ろしいからね。これが一般山道ってんならわかるけど。
俺?スリルがあって楽しかったよ。……あるじは横で不安そうに「ちょっぴり怖いわ」って言ってたけど。
ンン゛っ!かわいい。その瞬間、スピードが上がりそうになった。
同じ轍は踏まない。行きみたいに運転に気持ちが出ることはなかった。
でも運転中じゃなかったら、抱きしめたかったよ。
……昨日の夜には触れないと決めたけど、それはあるじが寝ている時の場合だし。
あるじが起きている時で、了承さえもらえるならば俺の胸はあるじのためにいつだって開けとくぜ?
「えーと、石川、富山、新潟、長野、群馬、栃木、埼玉、茨城……そして東京かあ。ここを入れなければ、八県も跨いでるよ。びっくりだ」
「たくさんの県を通ったわね」
そして到着した政府管轄の場所へ。
最初の地点へと無事に到着した俺達は、車から降りて大きく伸びをした。
凝り固まった筋肉が、バキバキと音を立てる。
「んーーー!」
「ふふ、さすがに疲れたでしょう?ごめんね。よかったらこの団子食べてちょうだい」
あるじが審神者用の小さい鞄を使って、出陣時によく見る疲労回復の団子を呼び寄せた。
俺はそれにやんわりと断りを入れて、鞄へと戻させる。
「ひとくち団子は要らないよ。
そういうのはもっと大事な時にとっておいて?斬った張ったしてる出陣の時とかさ。その方があるじの心の平穏にも繋がるでしょ」
「そう、ね……」
出陣の話を出してしまった俺にも問題あるかもしれないけれど、歯切りの悪い返事があるじから返ってきた。
いつまでもこれじゃ、あるじがダメになってしまう。
「なーに?あるじはまたお豆腐メンタルに逆もどりしてるの?」
「だって、帰ったらまた清光は出陣して……傷ついて帰ってくる……。
部隊を送り出すのは本当は嫌。行ってほしくない。傷ついたみんなを見るのは嫌。
人間のエゴで戦わせて……ごめんなさい、ごめんなさい……」
むに。その両頬を手で潰すように包んで上向かせた。
漆黒に近い瞳と、俺の赤の瞳。視線がかち合う。
「刀剣男士は歴史を守ってこそ。傷つくのはしかたない。それは名誉の負傷だ。
心配しないでとは言わないけどそんなになるまで自分の心を傷めつけないで?
俺は絶対に折れないで帰ってくるから。いや、他の誰も折らせたりなんかしない」
「清光……」
感情が震えたか。くしゃりと、顔を歪めて泣き出してしまいそうなあるじに向かって、俺は笑みを飛ばした。
「出陣のこととなるとマイナス思考になるのは、ほんっとあるじの悪い癖。
せっかく楽しいとこ行ってきたんだから、もっと笑ってよ。
あるじの笑顔は、俺の疲労回復剤なんだからさ」
最後に、あるじの頬から手を離し、頭をぽんぽんと優しく叩いた。
……まるで幼子にするかのように。
「まあ、実際疲れたか疲れてないかで言えばそこそこ疲れてるけど、あるじと一緒に過ごせたってことだけで疲れも吹っ飛ぶってかんじ?あるじを独り占めできてすごく役得だったよ。
だからごめんじゃなくて、俺としては笑顔でありがとうのほうが嬉しいってわけ。
わかる?」
「ふふ、わかったわ。ありがとう」
綻ぶあるじの笑顔と共にもたらされた感謝の言葉。
これだけで黄色い疲労も、まっさらになり、消えていく気分だ。
「いーえ。どういたしまして」
また行こうね。今度は、温泉込みとかでなんて……どう?
含みを持たせながら耳元に囁いた俺は、茹で蛸みたいな顔になったあるじの手を静かに取った。
やっぱり俺は他の刀剣男士より一歩……ううん。十歩くらいは進んでる、かもね。
***
いろんな場面をちょっぴり捏造してるけど、思ったことや行動の大筋はあってる。
跨いだ県としては、茨城が出発点であり到着点なので東京は入ってませんが、小説の都合上追加しました。
刀を見に行くというか、もはや旅行ですね。実際めちゃくちゃ旅行だったし!
次はできれば冬に行きたいなあ。