とうらぶの短いお話
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しばらく歩けば、動物園の看板が出る。それを三日月が物珍しそうに見つめている。
「ほう、動物の見物小屋もあるのか。なんと珍妙な」
「上野動物園ね。日本が初めてパンダを公開したところよ。
動物園かあ、短刀達が喜びそう」
「これこれ、俺と一緒にいる時に他の刀剣の話をするでない。それに、動物園ならば小さき者達でなくとも俺も喜ぶぞ」
「……短刀達と張り合わないでよ」
肩をすくめてみせたところを見るに、張り合うのはやめないようだ。
見た目こそ幼い短刀も、じつはとてつもない年月を生きているとわかっているからだろう。
「ところでぱんだとはなんだ。ぱんの仲間か?」
「食べ物じゃありませんからねおじいちゃん」
パン、と付くことから、勝手に食べていたあのクリームパンと同じく食料だと思ったようで、なにやら食べたそうにしている。
さっき食べたばっかりでしょ!と、ぼけている三日月に言い放ち、ずるずると引っ張っていく。
見た目がかっこよくとも、発言がコレなので照れくささは薄れてくれて少しホッとした。
噴水のある広場を横切り横断歩道を渡れば、そこはモダンながらも重厚な造りの建造物が目に入る。
いつ見ても大きくて立派な博物館、これが東京国立博物館だ。
ここに本霊宿りし三日月宗近が保管されており、今回期間限定でめでたく公開となった。
「着いた……。ここが上野の東京国立博物館。相変わらず大きいわね」
「おお、外より見ると斯様な外観であったか」
「ええ。東洋建築と西洋建築どちらの建物もあって、それ自体が重要文化財だったりするのよ。たしか本館は帝冠様式っていったかしら、って、聞いてないし……」
自身が保管されているのは知っていても、その建物の外観まではわからなかった三日月。
感動しているのか、深見の話も聞かずしばし呆けている。
「入ろっか。ただ……三日月、展示品には手を触れないように。それと中ではなるべくお静かにね」
「会話するなら小さき声で、ということだな」
囁きくらいの声音におさえ、三日月は人差し指を「しぃ」と、口元に当ててみせる。
ご丁寧にウインク付きでするその仕草は、耳元で囁かれる睦言のよう。
三日月の瞳で妖しく輝く月の紋様も相まって、せっかく落ち着いていた心がザワザワと騒いだ。
博物館の空気は独特だ。
しんと静まりかえりひんやりとしたそこは、本丸の加持祈祷部屋のように神聖な感じがする。
重要文化財や国宝が多いので、保管に最適な温度や湿度の管理のためであるが、顔に集まる熱をさますにはちょうどよかった。
コツ、コツと靴の音が静かなる空間に響く。
そして目の前に広がるは、大理石の階段が圧巻な吹き抜けのエントランス!
入って来る陽光が輝いて美しいステンドグラスに、メインシンボルといっても過言でない大きな壁時計!
ああ、やっとここに帰ってきたのだ!
「主……。やけに高揚しておるようだが、どうかしたのか」
審神者のテンションが少し上がり気味なのに気が付いたか、三日月が若干引き気味に言う。
そんなにおかしかったかな……?
鬱状態ネガティヴモードに入りやすい人間は、好きな場所好きなものに触れるとテンションがおかしくなることがある。感情の起伏が激しいのだ。
それを当の本人は知らない。
「なんでもないわ。
それより、ここではあるじじゃなくて、深見って呼んで欲しいんだけど?」
「俺が違う呼び名をつけるのではだめなのか?」
「それも面白そうだけど、せっかく審神者としての名前があるからそれでお願いさせてもらうわ」
深見という名があるのに、三日月はそれを呼ぼうとしない。
名付ける、という行為は、真名を新しく付けるのと同じこと。
真名ほどの力こそないが、その名をもってして一刻くらい縛ることが出来る。
三日月がなぜ名をつけたいのか、今の私はとてもじゃないが知る気になれない。
外国人観光客も多いが、やはり三日月を求めてか刀剣女子も多い。
たくさんの美術品、芸術品、国宝の数々をじっくり見てまわりながら、深見は三日月の様子をうかがう。
その横顔は美しく、憂いと喜びに満ちている。
まるで久しぶりに友人に会った、といわんばかり。
三日月にとっては、同じ時代に作られた同志のような品もあるのだろう。
だが、水面にたゆたう月の虹彩の下、底の見えぬ黒い瞳孔には少しだけ言いようのない不安を感じる。
一度だけぶるりと身震いしたのは、空調のせいだけではないはず。
「おお……!現物は初めて見たぞ」
三日月が感動の声を上げる。
視線をたどれば、そこに威風堂々と佇む、数多の腕を持った千手観音菩薩像が。
幾多の手にそれぞれの仏具をもったそれに感心し、うむと頷きながら、にこにこ顔で話しかけてくる。
「これだけ腕があれば、戦闘でも困らぬだろうなぁ」
「百人力ね」
「百人ではないぞ、千人力だ。どうだ、すごいだろう」
えっへんと胸をはる三日月は、同じ三条派だからか今剣の真似が上手だった。
しかし、千本の腕の三日月が使うとなれば、やはりそこは使い慣れた三日月宗近の本体が千本…。
三日月が千本!?どれだけの資源と依頼札が必要だろう。一振りだってそうそうお迎えできないのに。
頭痛しかしない。
「でも鍛刀大変そう……。審神者泣かせだわ」
腕があっても武器がなくば戦えない。腕が多ければそれだけ多くの刀が必要になってしまう。
三日月の言葉の面白おかしさに、くすと笑った。
「……いや、やはりやめだ。そんなに腕があるなら、俺は戦闘じゃあないことに使うとしよう」
「お菓子のつかみどりでもしたいの?」
「そうだなぁ。短刀ならばそれもいいかもしれんが、俺は短刀ではないからなぁ。欲しい物を手に入れるのには便利だろうと思ってな」
「短刀と張り合うくらいなのにねぇ」
たくさんの腕があれば、欲しいものは確実に手に入ろう。
しかし、三日月の言う欲しいものとはいったい何なのだろう?重いもの?それとも大きいものだろうか。
首をかしげながら、次に移動すると。
「なんと雅な香箪笥よ。だがせっかくの香箪笥だというに、これでは匂いを楽しめないではないか」
三日月が透明なガラスケースに張り付いている。中に展示されている香を仕舞っておく小さな箪笥を眺めているようだ。
三日月がまだ付喪神として形をとっていなかった頃の作品だが……ちょっと待て、ガラスケースにいくら顔をつけても匂いはしないし、そもそも長年使われていない香箪笥に匂いがあるはずないだろう。
「展示品なんだから当たり前でしょ」
「ぬぅ……」
さあ、次行くわよ。と、透明なガラスケースをたたき割りそうな三日月の腕をとり、歩かせた。
「ほう、動物の見物小屋もあるのか。なんと珍妙な」
「上野動物園ね。日本が初めてパンダを公開したところよ。
動物園かあ、短刀達が喜びそう」
「これこれ、俺と一緒にいる時に他の刀剣の話をするでない。それに、動物園ならば小さき者達でなくとも俺も喜ぶぞ」
「……短刀達と張り合わないでよ」
肩をすくめてみせたところを見るに、張り合うのはやめないようだ。
見た目こそ幼い短刀も、じつはとてつもない年月を生きているとわかっているからだろう。
「ところでぱんだとはなんだ。ぱんの仲間か?」
「食べ物じゃありませんからねおじいちゃん」
パン、と付くことから、勝手に食べていたあのクリームパンと同じく食料だと思ったようで、なにやら食べたそうにしている。
さっき食べたばっかりでしょ!と、ぼけている三日月に言い放ち、ずるずると引っ張っていく。
見た目がかっこよくとも、発言がコレなので照れくささは薄れてくれて少しホッとした。
噴水のある広場を横切り横断歩道を渡れば、そこはモダンながらも重厚な造りの建造物が目に入る。
いつ見ても大きくて立派な博物館、これが東京国立博物館だ。
ここに本霊宿りし三日月宗近が保管されており、今回期間限定でめでたく公開となった。
「着いた……。ここが上野の東京国立博物館。相変わらず大きいわね」
「おお、外より見ると斯様な外観であったか」
「ええ。東洋建築と西洋建築どちらの建物もあって、それ自体が重要文化財だったりするのよ。たしか本館は帝冠様式っていったかしら、って、聞いてないし……」
自身が保管されているのは知っていても、その建物の外観まではわからなかった三日月。
感動しているのか、深見の話も聞かずしばし呆けている。
「入ろっか。ただ……三日月、展示品には手を触れないように。それと中ではなるべくお静かにね」
「会話するなら小さき声で、ということだな」
囁きくらいの声音におさえ、三日月は人差し指を「しぃ」と、口元に当ててみせる。
ご丁寧にウインク付きでするその仕草は、耳元で囁かれる睦言のよう。
三日月の瞳で妖しく輝く月の紋様も相まって、せっかく落ち着いていた心がザワザワと騒いだ。
博物館の空気は独特だ。
しんと静まりかえりひんやりとしたそこは、本丸の加持祈祷部屋のように神聖な感じがする。
重要文化財や国宝が多いので、保管に最適な温度や湿度の管理のためであるが、顔に集まる熱をさますにはちょうどよかった。
コツ、コツと靴の音が静かなる空間に響く。
そして目の前に広がるは、大理石の階段が圧巻な吹き抜けのエントランス!
入って来る陽光が輝いて美しいステンドグラスに、メインシンボルといっても過言でない大きな壁時計!
ああ、やっとここに帰ってきたのだ!
「主……。やけに高揚しておるようだが、どうかしたのか」
審神者のテンションが少し上がり気味なのに気が付いたか、三日月が若干引き気味に言う。
そんなにおかしかったかな……?
鬱状態ネガティヴモードに入りやすい人間は、好きな場所好きなものに触れるとテンションがおかしくなることがある。感情の起伏が激しいのだ。
それを当の本人は知らない。
「なんでもないわ。
それより、ここではあるじじゃなくて、深見って呼んで欲しいんだけど?」
「俺が違う呼び名をつけるのではだめなのか?」
「それも面白そうだけど、せっかく審神者としての名前があるからそれでお願いさせてもらうわ」
深見という名があるのに、三日月はそれを呼ぼうとしない。
名付ける、という行為は、真名を新しく付けるのと同じこと。
真名ほどの力こそないが、その名をもってして一刻くらい縛ることが出来る。
三日月がなぜ名をつけたいのか、今の私はとてもじゃないが知る気になれない。
外国人観光客も多いが、やはり三日月を求めてか刀剣女子も多い。
たくさんの美術品、芸術品、国宝の数々をじっくり見てまわりながら、深見は三日月の様子をうかがう。
その横顔は美しく、憂いと喜びに満ちている。
まるで久しぶりに友人に会った、といわんばかり。
三日月にとっては、同じ時代に作られた同志のような品もあるのだろう。
だが、水面にたゆたう月の虹彩の下、底の見えぬ黒い瞳孔には少しだけ言いようのない不安を感じる。
一度だけぶるりと身震いしたのは、空調のせいだけではないはず。
「おお……!現物は初めて見たぞ」
三日月が感動の声を上げる。
視線をたどれば、そこに威風堂々と佇む、数多の腕を持った千手観音菩薩像が。
幾多の手にそれぞれの仏具をもったそれに感心し、うむと頷きながら、にこにこ顔で話しかけてくる。
「これだけ腕があれば、戦闘でも困らぬだろうなぁ」
「百人力ね」
「百人ではないぞ、千人力だ。どうだ、すごいだろう」
えっへんと胸をはる三日月は、同じ三条派だからか今剣の真似が上手だった。
しかし、千本の腕の三日月が使うとなれば、やはりそこは使い慣れた三日月宗近の本体が千本…。
三日月が千本!?どれだけの資源と依頼札が必要だろう。一振りだってそうそうお迎えできないのに。
頭痛しかしない。
「でも鍛刀大変そう……。審神者泣かせだわ」
腕があっても武器がなくば戦えない。腕が多ければそれだけ多くの刀が必要になってしまう。
三日月の言葉の面白おかしさに、くすと笑った。
「……いや、やはりやめだ。そんなに腕があるなら、俺は戦闘じゃあないことに使うとしよう」
「お菓子のつかみどりでもしたいの?」
「そうだなぁ。短刀ならばそれもいいかもしれんが、俺は短刀ではないからなぁ。欲しい物を手に入れるのには便利だろうと思ってな」
「短刀と張り合うくらいなのにねぇ」
たくさんの腕があれば、欲しいものは確実に手に入ろう。
しかし、三日月の言う欲しいものとはいったい何なのだろう?重いもの?それとも大きいものだろうか。
首をかしげながら、次に移動すると。
「なんと雅な香箪笥よ。だがせっかくの香箪笥だというに、これでは匂いを楽しめないではないか」
三日月が透明なガラスケースに張り付いている。中に展示されている香を仕舞っておく小さな箪笥を眺めているようだ。
三日月がまだ付喪神として形をとっていなかった頃の作品だが……ちょっと待て、ガラスケースにいくら顔をつけても匂いはしないし、そもそも長年使われていない香箪笥に匂いがあるはずないだろう。
「展示品なんだから当たり前でしょ」
「ぬぅ……」
さあ、次行くわよ。と、透明なガラスケースをたたき割りそうな三日月の腕をとり、歩かせた。