Short Story

 なぜ、白なのか。その白は、何が故なのか。心か、言葉か、思考か、感情か。何がその白さを纏う理由なのか。彼はなにも言わず柔らかな微笑みを貼り付けた。
「日焼け止め、塗り忘れてない?」
 鶴さん。鶴丸国永という刀を愛称でそう呼ぶのは燭台切光忠。2振りが並ぶと、外見は白と黒の対照的になる。燭台切の全身モノクロの装いのうちの一部、黒の手袋に握られているのは有名メーカーの日焼け止め化粧品。パッケージの顔の描かれた太陽の半分が虚空を見つめる。その他にはSPF50、PA+++の記号で強さが示されている。
「ああ、塗った塗った」
「その言い方、バレバレだよ」
「俺は美容には関心がないからいいんだ」
 我が儘な弟と、お世話好きの兄のようなやり取りだが、実際年齢にしてみれば逆の立場。
「お風呂のときに滲みて痛い思いするのは鶴さんなんだよ」
 鶴丸は言い返す言葉を探している。
「なあ、きみも何とか言ってやってくれ。俺はあのベタベタしたのが嫌いなんだ」
「あとからベビーパウダーをはたいたらいいんじゃない?」
 鶴丸は私のことを目を細めてじっと睨んだ。不貞腐れた顔で。
 彼はなぜ白なのか。
 「纏うものだけではない」つまりはこういうことなのだろう。内在するものが既に白なのだ。しかし、彼は表情の種類も豊富だし、第一、驚きに貪欲なあたり、決して軽薄であるとはいえないだろう。
 問題は、なぜ白なのか。
「べびぃぱうだあ……、粉で化粧するのも好きじゃない。体に何かのせるのが嫌なんだ。光坊、きみも刀なんだから分かってくれると思ったんだがなあ」
 白の色は上書きには適していない。修正ペンというものも存在するが、中身を隠すのに適しているのは黒だろう。
「今はこの身体なんだから、日焼けして痛くなったり肌を傷付けるよりかは予防するよ、僕は」
「予防、ねえ」
 ──だが、手入れで治るだろう。肌の焼けならば。
 一瞬、空気が冬の夜かのように冷えた。
 白は純粋さ故に、時として他よりも強い力を持ってしまう。
 その強さは何者にも塗られないよう、己の力量の天秤にかける。錘は重い方がいいだけではない。
9/9ページ
スキ