Short Story

 じりじりと照り付ける太陽の光は、アスファルトの道を地獄の一部と化す。反射する紫外線で、どこを目を向けても眩しくて瞼が開かない。カラカラに干からびた蝉が仰向けになって転がっていた。
「きみ、熱中症とやらには気を付けるんだぞ。昨年の騒動を忘れないでくれよな。あの時はどうなるかと……。また俺は主を亡くすのかと肝が冷えた。あんな驚きは金輪際ごめんだ。それに薬研からとやかく言われるのは俺だってそうだ。あと長谷部にも小言を言われる。いやはや、人体というのは不思議で興味深いが、困ったものだな。それに、きみに辛い思いをさせるのは俺も嫌だ。心というのは難しい。これはまだ俺も整理できていないから多くは語らんでおこう。さあさ、水分に塩分。この梅干しは日向正宗の手製だ。朝飯に俺も食べたが、梅の風味も残っているし、塩加減も良かった。まさにいい塩梅だってな。つまらない?はは、俺の冗談も年寄り並ってかい」
 肌に触れるのは生ぬるい風。電車の中の冷気が恋しくなる。しかし歩いてまだ50メートルも進んでいない。先はまだまだ長い。下り道なのが幸いだ。
「皇室?ああ……。面白いものではなかったな。たまに展示に出されていたが、滅多なことでは外の者はお目に掛かれぬと。大切にしてくれているのは分かるんだが、退屈にはなるよな。それでもまだ、たまには外の世界に連れ出されるからマシだったさ。ああ。その頃は20世紀だったよな。俺の写しも生まれたし、まあ、ある意味ではなかなかに驚きのある時期だったさ」
 坂道を下って、下って、下る。住宅も多いところだ。右手側には保育園だろうか、幼稚園だろうか。それと大学か。学び舎もいくつかある。住みやすそうなところだ。しかし、コンビニはあったが、スーパーは近くにあるのだろうか。電柱が斜めに生えている。暑さで朦朧とする意識だが、ぶつかることはなかった。
「そこにあるものを、無理矢理に動かすのは感心しない。しかも、役割をもっているのに。それを壊すも同然の行為だろう。怖い? ああ、すまん」
 木の先の緑が密集している一角が見えきた。額から流れる汗が前髪を湿らせる。お土産に買った扇子をホテルに忘れてきたのは痛手だった。意味がないじゃないか、と悪態を飲み込む。
「墓守の力がなかったのだろうとは、俺も思ったさ」
 松の木と共に、刻まれた社名と鳥居。その先に見えるのは、五月に馬の風を運ぶ長い道と、その奥に本殿やら。
 これが彼を知る手はずだと限らないことは理解している。それでも、ここに来る意味はある。無意味なことは存在しないのだ。いつかは現在も過去になる。今が過去になるのなら、いまのうちに過去を作る。未来が分からなくても、過去のうちから未来を作ればいい。
 私はそう思っている。ただ、そう思ってだけいた。
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