Short Story

女と男で違う器官として挙げられるもの。それは性器と喉仏だろう。そしてそれは刀剣男士と私の肉体の違いも同じことがいえよう。もっとも、普通に生活していて確認できるのは喉仏の有無のみだが。
 刀剣男士の肉体性別の話について、深い謎のままだけれど今は置いておこう。いま一番重要なのは、鶴丸国永という個体の声の妖艶具合である。
「なんで俺の顕現3周年の記念日に、改めてそんなことを言いだすんだい。そもそもこの記念日、もうやめにしないか。記念日を祝おうとしているのは、きみと光坊、貞坊、あと伽羅坊くらいだぞ」
「じゃあ来年もやろうね」
「まったく……。べつに俺たちは恋人でもなんでもないのに」
 麦茶を冷やす氷がカランと音を立てて存在を主張した。
 夏も真っただ中、この日。3年前の今日という日に、雪のように真っ白な鶴丸国永は顕現した。鍛刀によって生まれた。一時の冬の気配を思い出しながら、冷や汗をかいている麦茶を喉へ流し込んだ。
「ほら、鶴丸だっていま私の喉元を見ていたじゃない。おあいこよ」
 そういう話ではない、と自分も思ったが、鶴丸も同じく口に出してそう言った。
「百歩譲ってきみの発言の自由は認めよう。しかしな、俺はこの世に生まれて千年は経っている。仮にも千歳も年上の鉱物……いまは生物だが、それに対して、え、えっちだとか言うのは……」
 要するに、この鶴丸国永は初心なのだ。
 それでいて容姿は昼夜問わず百戦錬磨の風貌。口を開けば、華奢な体から発せられているとは考えられないハスキーな低音。それこそ千年間も日本に在り続けているこその知識と芸の嗜み。儚さ、愚かさ、熱情、嫉妬、憎悪、愛情、人間一人では到底抱えきれないものを経験してきている。しかしながら「えっち」という単語すら言えないウブなギャップ。言葉の意味を教えなければ良かったと後悔はしているが、教えたからこそ、この悶絶の感情を生まれさせてくれている。
「分かった、鶴丸、あなたは自分に対して性的な目で見られるのに慣れていないのね」
 もう一言、付け足そうと口を開いたが言葉は出せなかった。視界いっぱいに広がる雪景色。それと共に口腔内で溶ける熱。指の長い手は私の腰を一掴みされそうな気さえした。
 麦茶のなかの氷はもう溶けてしまっていた。 
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