Short Story

 懐かしい匂いがした。紅茶と、洗いたてのシーツの匂い。それと、体の重みに沈むベッドの柔らかさ。
「ずいぶんと長いこと眠っていたねえ」
 糸を引くような声がした。
 重い瞼を開けると、黒いレースで囲われた天蓋。シルバーの細かな装飾が、四隅を華やかにしている。
 カーテンが外された窓から、月明かりが照らしていた。
「ここは……」
「忘れちゃったかい? そうだとしたら、伯爵も悲しむだろうねえ。せっかく永い眠りから覚められたのに」
「わかってる。ここはファントムハイヴ邸。シエルと一緒に過ごしたところ」
 そして貴方はお騒がせな葬儀屋。
 なんだか体が重かった。アップルクーヘンを食べたアリスは、きっとこんな感じだろう。自分の手足が、妙に長くなった気がする。
「覚えていたようでなによりだよ。体は大きくなっても、ココは変わっていないようだね」
 葬儀屋は私のこみかみを爪でつついた。
「……なんで貴方がこの屋敷にいるのよ」
「それは君が自分で解くんだね。きみが眠ってる間にも、小生たちの時間は過ぎていっている」
「シエルは?」
 彼は問いに答えなかった。
 その代わり、ドアが三回、軽い音を鳴らした。
 かちゃり、とドアノブが回される。
「お嬢様、お帰りなさいませ。ああ……おはようございます、の方が宜しかったですかね」
 変わらない笑顔でセバスチャンはそう言った。
「ふは。目覚めを葬儀屋と悪魔に迎えられるとはな」
 懐かしさは、心地よさに変わった。
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