Short Story

 激しい雨が絶望の色と、それに怯える心臓を刺激した。
 バルドやメイリン、フィニ、スネークみたいに、特殊能力を持っているわけでもない私は、シエル・ファントムハイヴ伯爵が戻ってきてからは自然に解雇となった。屋敷に残ることも、セバスチャンらに付いていくこともできない。なんの取り柄もない雑用係の私は自分で両方から身をひいた。
 それでも、私は彼のことが心配で、彼の領地を離れることはできなかった。
「シエル……」
 弟でも何でもいい。彼が彼なら、私は名前なんて偽りなんてどうでも良かった。
 私は彼のことが好きだった。
「それは兄のことか」
 いつもみたいな、少し小バカにしたような声色。
「それとも、僕のことか」
 幻聴かと思ったが、目の前にいるのは確かに彼だった。後ろにはセバスチャンを連れて。いつものハットと、コートを身に付けて堂々とそこに立っていた。
「貴方のことに決まってるじゃない……」
 兄の微笑みとは似ていて違う。彼の方が柔らかく微笑むのを私は知っている。
「お願い、私をまたシエルのそばに置かせて。私は貴方の味方でいたいの。何もできないけど、貴方を支えることを手伝わせてほしいの」
 ワガママなことを言っているのは分かっている。それでも、彼の優しさはそんな私を卑下することなく、肯定の言葉で迎え入れてくれた。
 たとえ世界を敵にまわしても、私は貴方を愛し続けたい。





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