短編


 倫理と政治経済を担当する高柳先生はいつもくたびれた様子だ。

 喫煙所と図書室くらいでしか会わないから、あの先生の印象はそんな感じだった。

 昼過ぎの業間休みが終わり、学生たちは3限を開始するチャイムが校内に鳴り響いた。
 それと同時に、喫煙所の扉が開いた。

「……お邪魔します」
「いえいえ邪魔だなんて。……今日も先生の授業は人気でしたね」
 
 ここに来るための道順に社会科準備室がある。
 授業終わりは大抵その部屋に生徒が一人二人来ているのだが、今日は四人も来ていた。
 そんな光景、他の科目ではなかなかない。
 大盛況な事態だが、高柳先生は「そう……ですかね」とやつれた具合に答えながら、煙草を咥えライターで火をつけた。

「倫理について、載っている本を借りに来る子も多いんですよ」

 今年度はとくにそういう生徒が多い。
 一見、意外に見える子が借りに来るから、よっぽど授業に興味を持っているんだろうなと思う。

 でもこれは個人情報だから口にはできないけど。

「熱心な生徒がいるのは、嬉しいですね」

 高柳先生は、ふふ、と笑った。

「……先生のおすすめの本を教えてくださいよ」

 すると高柳先生は口から煙草を離し、苦いものでも食べたような顔をした。

「映画くらいですよ。私がおすすめできるものは」

 きっとこの人のことだから、サブスクリプションではなくDVDとかで観るんだろう。

「……じゃあ、先生おすすめの映画、家に観に行かせてください」

 聞こえないふりだろうか。
 高柳先生は空を見上げたまま、ゆっくりと口内の煙を吐き出していた。

 

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