Short Story
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意識が朧気だ。ふわふわしている。地に足がついていない感覚。わたしは、立っているはずなのに。まるで幽体離脱したかのように、体の実感がない。
ここは、自分の家、のはず。ドアは開けた。ここは、玄関。靴があるから、玄関。肩に下げた荷物がいつもより重く感じる。そして吐き気がすごい。目の前の廊下が、誰かが描いた騙し絵みたいにぐにゃりと歪んで見える。無意識に胃のなかに入れた薬を排除しようとしている。ここは、本当に現実なのか。まるでバーチャルリアリティーの世界を歩いているような、そんな感覚。
──あれ、わたしは……?
「ユイ!」
知っているような、声が叫んでる。脳の奥深くは認識している気がするけど、でも、この声は誰だっけ。知ってるはずなのに、分からない。
「おい、しっかりしろ!どうした、何かあったのか」
男が、私の両肩を掴んだ。大きな手。同じ家にいるから、悪い人ではないはず。そもそも悪い人ならこんな表情で私のことを見ない。
目の前の男の左手が私の額に当てられる。そして首の横を軽く抑える。私の手を取り、色の薄い爪に触れる。そして私の瞳をじっと見つめてくる。
「……薬、飲み過ぎたのか」
くすり。そうだ、飲んだ気がする。そんなに多く飲んだつもりはない。死ぬつもりもなかった。
「とりあえずベッドで休もう。靴を脱ごうか。いったん座ってくれ」
私は肩を抱かれ、エスコートされるように廊下に座らされた。黒いパンプスが脱がされていくのを、ただぼうっと眺めた。細い、足が、折れそうだ。折って、しまいそうだ。
「ユイ。もう大丈夫だからな。ここは安全な場所だ」
そして男は私を軽々と抱き上げ、私は運ばれる。ふわりと香る匂いが、とても落ち着く。ああ、彼は私を守ってくれる人だ。ええと、──赤井、秀一。
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃない。ユイ、今日もよく頑張ったな。偉いぞ。君が無事に帰ってきてくれただけでも、俺は嬉しい。お疲れさま」
その穏やかな声色が、まるで子守唄のように耳に響く。
ベッドルームのドアが開かれる。真っ白なシーツ。キングサイズのベッド。簡素な部屋。間接照明の暖色の灯りが部屋をぼんやり照らす。ふかふかのベッドに、彼は私を壊れ物を扱うようにそっと下ろし、寝かせた。私は重たい瞼を閉じた。
帰ってきた。家に、戻ってきた実感がやっと体を満たした。
そうだ、薬を、飲み過ぎたかもしれない。
だって、ストレスが酷くて。耐えられなくて。でも死にたくなくて。オーバードーズをするつもりはなかった。でも、何錠飲んだか、記憶にない。あと少しで家に帰れる希望はあった。でも、現実がそれに勝るくらい暗かった。
「水は飲めるか?それとも他になにか欲しいものがあるか?」
私はスローモーションで動く脳でその言葉を理解する。
「水、……と、赤井さんが、ほしい……」
「俺は君のものだ。これからも、いつまでも、ずっとな。……いま水を持ってくるからな。いい子で待ってるんだぞ」
私の頬を撫で、頬笑む彼。こんな優しい顔をすることを、何人の人間が知っているのだろう。
「待って。先に赤井さんが、ほしい」
意識がまだ正常に戻らない。うわ言のように口から出る言葉。こんなこと、普段じゃ言えないのに。
やや間があった。ギシリ、とベッドのスプリングが音をたてた。彼が私に覆い被さる。そして、ゆっくりと、甘く蕩けるようなキスをしてきた。長い睫毛が触れる。薄く目を開けると、隈が心配になるが、それでも優しさを宿す瞳。バードキスと愛撫のようなキスを交互にする。
「……これ以上は俺が持ちそうにない。いまの君に負担をかけたくないから、これで我慢してくれ」
私の髪を撫で、最後にもう一度深いキスをした。
私は、なんだか夢心地だった。もしかして、もう寝てるのかもしれない。まあ、なんだっていい。彼が優しくしてくれたから。私はまだ生きていていいんだ。そう少し思えたから。
私は遠くなる意識に抗えず、ベッドの柔らかさに全てを預けた。彼の香りが全身を包んで、夢の中でも守ってくれるような、そんな気がした。
ここは、自分の家、のはず。ドアは開けた。ここは、玄関。靴があるから、玄関。肩に下げた荷物がいつもより重く感じる。そして吐き気がすごい。目の前の廊下が、誰かが描いた騙し絵みたいにぐにゃりと歪んで見える。無意識に胃のなかに入れた薬を排除しようとしている。ここは、本当に現実なのか。まるでバーチャルリアリティーの世界を歩いているような、そんな感覚。
──あれ、わたしは……?
「ユイ!」
知っているような、声が叫んでる。脳の奥深くは認識している気がするけど、でも、この声は誰だっけ。知ってるはずなのに、分からない。
「おい、しっかりしろ!どうした、何かあったのか」
男が、私の両肩を掴んだ。大きな手。同じ家にいるから、悪い人ではないはず。そもそも悪い人ならこんな表情で私のことを見ない。
目の前の男の左手が私の額に当てられる。そして首の横を軽く抑える。私の手を取り、色の薄い爪に触れる。そして私の瞳をじっと見つめてくる。
「……薬、飲み過ぎたのか」
くすり。そうだ、飲んだ気がする。そんなに多く飲んだつもりはない。死ぬつもりもなかった。
「とりあえずベッドで休もう。靴を脱ごうか。いったん座ってくれ」
私は肩を抱かれ、エスコートされるように廊下に座らされた。黒いパンプスが脱がされていくのを、ただぼうっと眺めた。細い、足が、折れそうだ。折って、しまいそうだ。
「ユイ。もう大丈夫だからな。ここは安全な場所だ」
そして男は私を軽々と抱き上げ、私は運ばれる。ふわりと香る匂いが、とても落ち着く。ああ、彼は私を守ってくれる人だ。ええと、──赤井、秀一。
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃない。ユイ、今日もよく頑張ったな。偉いぞ。君が無事に帰ってきてくれただけでも、俺は嬉しい。お疲れさま」
その穏やかな声色が、まるで子守唄のように耳に響く。
ベッドルームのドアが開かれる。真っ白なシーツ。キングサイズのベッド。簡素な部屋。間接照明の暖色の灯りが部屋をぼんやり照らす。ふかふかのベッドに、彼は私を壊れ物を扱うようにそっと下ろし、寝かせた。私は重たい瞼を閉じた。
帰ってきた。家に、戻ってきた実感がやっと体を満たした。
そうだ、薬を、飲み過ぎたかもしれない。
だって、ストレスが酷くて。耐えられなくて。でも死にたくなくて。オーバードーズをするつもりはなかった。でも、何錠飲んだか、記憶にない。あと少しで家に帰れる希望はあった。でも、現実がそれに勝るくらい暗かった。
「水は飲めるか?それとも他になにか欲しいものがあるか?」
私はスローモーションで動く脳でその言葉を理解する。
「水、……と、赤井さんが、ほしい……」
「俺は君のものだ。これからも、いつまでも、ずっとな。……いま水を持ってくるからな。いい子で待ってるんだぞ」
私の頬を撫で、頬笑む彼。こんな優しい顔をすることを、何人の人間が知っているのだろう。
「待って。先に赤井さんが、ほしい」
意識がまだ正常に戻らない。うわ言のように口から出る言葉。こんなこと、普段じゃ言えないのに。
やや間があった。ギシリ、とベッドのスプリングが音をたてた。彼が私に覆い被さる。そして、ゆっくりと、甘く蕩けるようなキスをしてきた。長い睫毛が触れる。薄く目を開けると、隈が心配になるが、それでも優しさを宿す瞳。バードキスと愛撫のようなキスを交互にする。
「……これ以上は俺が持ちそうにない。いまの君に負担をかけたくないから、これで我慢してくれ」
私の髪を撫で、最後にもう一度深いキスをした。
私は、なんだか夢心地だった。もしかして、もう寝てるのかもしれない。まあ、なんだっていい。彼が優しくしてくれたから。私はまだ生きていていいんだ。そう少し思えたから。
私は遠くなる意識に抗えず、ベッドの柔らかさに全てを預けた。彼の香りが全身を包んで、夢の中でも守ってくれるような、そんな気がした。