Short Story
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「え、ユイ、彼氏いるの?!」
「なにもそんな大声出さなくてもいいじゃない」
校舎内のカフェスペースには、まだちらほら学生が残る放課後。体育祭でもないんだから、そんな大声を出して復唱しないでほしい。
私は齢23の普通の大学に通う普通の学生。特にこれといって得意なことがあるわけでもなく、休日は本を読むか美術館に行くか、はたまた寝て過ごすか。
そんな惰性で日々を過ごす私にも、彼氏がいるというのは自分でも驚きだ。だが、私は『休日は本を読むか美術館に行くか、はたまた寝て過ごすか。』そう表現した。デートは行かないのか、と。普通はそう思うだろう。
私だってデートをしたい気持ちは山々だ。だが、彼は多忙な生活を送っているから、なかなかそうはいかない。
「顔は?イケメンなの?二人で撮った写真とか見せてよ!」
あまりそういうのはしないからなあ、と唸りながらスマホの画像フォルダを開く。表示されるのは講義のメモとして撮った写真や、バイト先のシフトの画像。あとはそこら辺に咲いた花とか、その日の空の写真がちらほら。そういえば、私はしばらく人間を撮った記憶がない。
「全然ないなぁ」
まったくその通り、全然ないのである。
「えー。デートとかで撮らないの?記念日とかさー」
「というか、いつ付き合ったのよ!何年目?!」再び大きな声でそう聞かれて、指折り数えてみることにした。そういえば数えたことがあまりなかった。
指を折っていくたび顔が真顔になっていく目の前の友人。一体どうしたのだろう。
「5年、かな?」
「はあああ?!」
今日一番の大声が響き渡った。一斉に振り返る顔たち。私は知らん顔をすることに徹した。まあ無意味だろうが。
「だいぶ長いじゃん!それなのに写真の一枚も……、というか、全然気付かなかった……!」
「まあ、そんなに会わない、というか、会えないしねぇ」
「相手は社会人ってこと?年上なの?遠距離とか?」
尋問かな、と思いながらも、私は懇切丁寧に返答をした。
「そうだね、社会人といえば社会人だね。働いてる。年はまあ結構上。遠距離の時もあるけど、今はちょっと遠いくらい」
「全然わかんない」
私は素直に答えたつもりなのだが。
「そんな言えないような人なの……?まさか、ヤクザとかじゃないでしょうね……」
「ヤクザが似合う顔ではあるかな」
友人は思わず吹き出した。「ほんと、顔が気になるー!」と、また大声を出した。この子はこんなに大声でしゃべる子だったかなあ……。そんなにこの話がおもしろいのかな。
「とりあえず、詳しく聞かせてよ。年は上って言ってたけど、何歳なの?彼は」
友人は唐突に真顔に戻り、再度真剣な声音で問うた。
「いくつなんだろう……。30歳とか、そこらへんなのかな」
「5年も付き合ってて歳も知らないの?!ていうか、相手は三十路?!」
「だってあまり言いたがらないというか……、私も彼も年齢については無頓着なんだもの」
「年齢以外にも貴女は結構無頓着だと思うわ」
最後のは聞き流しておこう。
「変なおじさんに騙されてるとか……ないよねぇ。そんな5年も持たないよね……」
変なおじさん、と彼を呼ぶにはあまりに可笑しすぎた。私は思わず吹き出した。
変なおじさんかあ……。本人に言ったら絶対に冗談じゃ済まされなさそう。
「というか、つまり遠距離なの?どういうこと?」
「えーと待ってね、アメリカ大使館ってどこにあるっけ」
私は片手のスマホで検索を始める。友人は私の言った単語をただ復唱していた。
「東京都港区赤坂……。あ、意外と大学から遠くなかった」
「ちょっと待ってちょっと待って。彼は大使館に勤めてるの?まさか、アメリカ人?」
「ええと、イギリス生まれ、日本育ち、アメリカ勤務。それで、たまに日本に帰ってくる感じ。何人なんだろう。見た目は日本人ぽいかなぁ。でもハーフだから、どっこいどっこいかな」
友人は絶句していた。何人なんだろう、は自分で言っていて馬鹿な発言だなとは思った。
「大使館勤務の……三十路……ハーフ……。あきらかにハイスペック……」
「そうだねぇ……FBIだしねぇ……」
友人は動きが止まった。まるで時が止まったかのように静止した。
そして彼女が再び大声をあげて、時が止まっていないのだと実感できた。
「えふびーあいぃ?!」
「ちょっとお願いだから静かにして……」
私はそろそろこの場から逃げたくなってきた。いや、もうだいぶ前からそうは思っていたけど、今はかなり逃げたい。
突然、テーブルに置いたスマホがバイブレーションで通知をした。画面がすぐさま点灯して着信の画面が点灯する。表示された名前は、今一番でたくない相手だった。しかもこの表示画面は友人にも現在進行形で見られている。いや、テーブルに置いた私が悪いのだが……。
「あー……」
「ユイ。気にしないで出ていいのよ?」
「あ、それじゃあちょっと失礼……」
「ここで、ね」
語尾にハートがついた調子そう言われ、さらに私の腕をがっしりと掴んで離さない。
これは、覚悟して出るしかないようだ。それに、私だって久しぶりの彼からの着信に嬉しい気持ちではいる。まあ、話の内容が何かによるが。
私は大きく溜息をついて、従う肯定の意思表示と、自分の心を静めた。
「……もしもし」
『ユイ。久しぶりだな。なかなか連絡できなくてすまない』
久しぶりに耳にする彼の声。その声色はとても落ち着いてる。なにか急用や緊急事態が起きたわけではなさそうなので、ひとまず安心した
『今はまだ学校か?』
「うん。……友達とお喋りしてたとこ」
なんの話題を話していたかなんて、口が裂けても言えそうにない。
ちなみに友人は先ほどから一人でニヤニヤとしている。スピーカーにしてるわけではないが、席も近いのでそれなりに彼の声も聞こえているのだろう。
『いま近くまで来ているんだが、一緒に帰らないか?』
友人が小声で黄色い歓声をあげた。マイク越しに伝わらないか冷や冷やするから大人しくしていてほしい。切実に。
「うん、分かった。それじゃあ門の方に出るね。もう着きそう?」
「ああ、もう着いてるよ」
声の方向は右耳と、そして背後。
振り返ると──、
「……随分と早い到着ね、赤井さん」
友人は私の顔と彼を交互に何度も見た。赤井はそんな友人に「Hi」と一言だけ添えた。まあ、挨拶するだけ偉いかもしれない。
「というか、門の警備の人、よく入れてくれたね……」
それに、よくここの場所が分かったなあと不思議に思いながらも、まあ彼は不思議な人だからしょうがない、と有耶無耶にした。
「身分証の提示を、と言うから見せたまでだ」
絶対何かの捜査だと思われただろうな……。校長とかに話が回らないことを祈ろう。
「ほんとにFBIの人なんだあ……」
譫言のように呟いた友人。赤井さんは自分の職業が知られていることに少し驚いていたが、すぐ口角を上げ、細く長い人差し指を口元に添えた。友人はその仕草だけで赤面していた。
「すまないが、ユイを借りて行っても?」
「え、ええ!どうぞどうぞ!というか、むしろ連れて行ってください!」
「ちょっと、それどういうことよ」
「久しぶりなんでしょ!デート行ってきなって!」
まるで自分のことのように嬉しそうにウインクしながらそう言う友人。声は大きいが、こういう優しいところが彼女の好きなところだ。
「じゃ、じゃあ……、また明日ね」
鞄を手に取ると、すぐさま赤井さんが右手で私の手から荷物を取った。そして左手を私の腰に回し、まるで早く帰ろうと急かすようにリードした。
「ごゆっくり~!明日休んでもいいんだからね~!ノート見せてあげるから二人でゆっくりしてきな!」
私は友人に手を振りながら、明日は絶対に1限から遅刻しないで行ってやろう、と無駄に意地を張った目標を掲げた。
まあ、それは今夜の赤井さん次第で達成なるかならないか、決定してしまうだろう。
単位と恋人、どっちをとるか……。
恋人、かな。
私の目標は早くも挫折に終わりそうだった。
「なにもそんな大声出さなくてもいいじゃない」
校舎内のカフェスペースには、まだちらほら学生が残る放課後。体育祭でもないんだから、そんな大声を出して復唱しないでほしい。
私は齢23の普通の大学に通う普通の学生。特にこれといって得意なことがあるわけでもなく、休日は本を読むか美術館に行くか、はたまた寝て過ごすか。
そんな惰性で日々を過ごす私にも、彼氏がいるというのは自分でも驚きだ。だが、私は『休日は本を読むか美術館に行くか、はたまた寝て過ごすか。』そう表現した。デートは行かないのか、と。普通はそう思うだろう。
私だってデートをしたい気持ちは山々だ。だが、彼は多忙な生活を送っているから、なかなかそうはいかない。
「顔は?イケメンなの?二人で撮った写真とか見せてよ!」
あまりそういうのはしないからなあ、と唸りながらスマホの画像フォルダを開く。表示されるのは講義のメモとして撮った写真や、バイト先のシフトの画像。あとはそこら辺に咲いた花とか、その日の空の写真がちらほら。そういえば、私はしばらく人間を撮った記憶がない。
「全然ないなぁ」
まったくその通り、全然ないのである。
「えー。デートとかで撮らないの?記念日とかさー」
「というか、いつ付き合ったのよ!何年目?!」再び大きな声でそう聞かれて、指折り数えてみることにした。そういえば数えたことがあまりなかった。
指を折っていくたび顔が真顔になっていく目の前の友人。一体どうしたのだろう。
「5年、かな?」
「はあああ?!」
今日一番の大声が響き渡った。一斉に振り返る顔たち。私は知らん顔をすることに徹した。まあ無意味だろうが。
「だいぶ長いじゃん!それなのに写真の一枚も……、というか、全然気付かなかった……!」
「まあ、そんなに会わない、というか、会えないしねぇ」
「相手は社会人ってこと?年上なの?遠距離とか?」
尋問かな、と思いながらも、私は懇切丁寧に返答をした。
「そうだね、社会人といえば社会人だね。働いてる。年はまあ結構上。遠距離の時もあるけど、今はちょっと遠いくらい」
「全然わかんない」
私は素直に答えたつもりなのだが。
「そんな言えないような人なの……?まさか、ヤクザとかじゃないでしょうね……」
「ヤクザが似合う顔ではあるかな」
友人は思わず吹き出した。「ほんと、顔が気になるー!」と、また大声を出した。この子はこんなに大声でしゃべる子だったかなあ……。そんなにこの話がおもしろいのかな。
「とりあえず、詳しく聞かせてよ。年は上って言ってたけど、何歳なの?彼は」
友人は唐突に真顔に戻り、再度真剣な声音で問うた。
「いくつなんだろう……。30歳とか、そこらへんなのかな」
「5年も付き合ってて歳も知らないの?!ていうか、相手は三十路?!」
「だってあまり言いたがらないというか……、私も彼も年齢については無頓着なんだもの」
「年齢以外にも貴女は結構無頓着だと思うわ」
最後のは聞き流しておこう。
「変なおじさんに騙されてるとか……ないよねぇ。そんな5年も持たないよね……」
変なおじさん、と彼を呼ぶにはあまりに可笑しすぎた。私は思わず吹き出した。
変なおじさんかあ……。本人に言ったら絶対に冗談じゃ済まされなさそう。
「というか、つまり遠距離なの?どういうこと?」
「えーと待ってね、アメリカ大使館ってどこにあるっけ」
私は片手のスマホで検索を始める。友人は私の言った単語をただ復唱していた。
「東京都港区赤坂……。あ、意外と大学から遠くなかった」
「ちょっと待ってちょっと待って。彼は大使館に勤めてるの?まさか、アメリカ人?」
「ええと、イギリス生まれ、日本育ち、アメリカ勤務。それで、たまに日本に帰ってくる感じ。何人なんだろう。見た目は日本人ぽいかなぁ。でもハーフだから、どっこいどっこいかな」
友人は絶句していた。何人なんだろう、は自分で言っていて馬鹿な発言だなとは思った。
「大使館勤務の……三十路……ハーフ……。あきらかにハイスペック……」
「そうだねぇ……FBIだしねぇ……」
友人は動きが止まった。まるで時が止まったかのように静止した。
そして彼女が再び大声をあげて、時が止まっていないのだと実感できた。
「えふびーあいぃ?!」
「ちょっとお願いだから静かにして……」
私はそろそろこの場から逃げたくなってきた。いや、もうだいぶ前からそうは思っていたけど、今はかなり逃げたい。
突然、テーブルに置いたスマホがバイブレーションで通知をした。画面がすぐさま点灯して着信の画面が点灯する。表示された名前は、今一番でたくない相手だった。しかもこの表示画面は友人にも現在進行形で見られている。いや、テーブルに置いた私が悪いのだが……。
「あー……」
「ユイ。気にしないで出ていいのよ?」
「あ、それじゃあちょっと失礼……」
「ここで、ね」
語尾にハートがついた調子そう言われ、さらに私の腕をがっしりと掴んで離さない。
これは、覚悟して出るしかないようだ。それに、私だって久しぶりの彼からの着信に嬉しい気持ちではいる。まあ、話の内容が何かによるが。
私は大きく溜息をついて、従う肯定の意思表示と、自分の心を静めた。
「……もしもし」
『ユイ。久しぶりだな。なかなか連絡できなくてすまない』
久しぶりに耳にする彼の声。その声色はとても落ち着いてる。なにか急用や緊急事態が起きたわけではなさそうなので、ひとまず安心した
『今はまだ学校か?』
「うん。……友達とお喋りしてたとこ」
なんの話題を話していたかなんて、口が裂けても言えそうにない。
ちなみに友人は先ほどから一人でニヤニヤとしている。スピーカーにしてるわけではないが、席も近いのでそれなりに彼の声も聞こえているのだろう。
『いま近くまで来ているんだが、一緒に帰らないか?』
友人が小声で黄色い歓声をあげた。マイク越しに伝わらないか冷や冷やするから大人しくしていてほしい。切実に。
「うん、分かった。それじゃあ門の方に出るね。もう着きそう?」
「ああ、もう着いてるよ」
声の方向は右耳と、そして背後。
振り返ると──、
「……随分と早い到着ね、赤井さん」
友人は私の顔と彼を交互に何度も見た。赤井はそんな友人に「Hi」と一言だけ添えた。まあ、挨拶するだけ偉いかもしれない。
「というか、門の警備の人、よく入れてくれたね……」
それに、よくここの場所が分かったなあと不思議に思いながらも、まあ彼は不思議な人だからしょうがない、と有耶無耶にした。
「身分証の提示を、と言うから見せたまでだ」
絶対何かの捜査だと思われただろうな……。校長とかに話が回らないことを祈ろう。
「ほんとにFBIの人なんだあ……」
譫言のように呟いた友人。赤井さんは自分の職業が知られていることに少し驚いていたが、すぐ口角を上げ、細く長い人差し指を口元に添えた。友人はその仕草だけで赤面していた。
「すまないが、ユイを借りて行っても?」
「え、ええ!どうぞどうぞ!というか、むしろ連れて行ってください!」
「ちょっと、それどういうことよ」
「久しぶりなんでしょ!デート行ってきなって!」
まるで自分のことのように嬉しそうにウインクしながらそう言う友人。声は大きいが、こういう優しいところが彼女の好きなところだ。
「じゃ、じゃあ……、また明日ね」
鞄を手に取ると、すぐさま赤井さんが右手で私の手から荷物を取った。そして左手を私の腰に回し、まるで早く帰ろうと急かすようにリードした。
「ごゆっくり~!明日休んでもいいんだからね~!ノート見せてあげるから二人でゆっくりしてきな!」
私は友人に手を振りながら、明日は絶対に1限から遅刻しないで行ってやろう、と無駄に意地を張った目標を掲げた。
まあ、それは今夜の赤井さん次第で達成なるかならないか、決定してしまうだろう。
単位と恋人、どっちをとるか……。
恋人、かな。
私の目標は早くも挫折に終わりそうだった。